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第六章 万物の英雄 


白き雪の中に走るは黒き線と白銀の雨。


大量の暗器を繰る戦乙女は、消耗品である刃を雨のように長山龍人へと走らせ、赤き英雄は同じく幾千の戦場を駆け抜けた仲間を謝鈴の元へと走らせながら、自らも漆黒の刃を振るい、謝鈴へとその身を駆る。


「っはああああああああああああああああああああ!」

「っでゃあああああああああああああああああああ!」


もはや、この両者に加減も容赦もない……ただ、己が敵を討ち払うためだけに、自らの全力、全技術を駆使して目前の敵を薙ぎ払う。

「っおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああ!!」

長山は怒声を上げながら、降りしきる雪を凌ぐ数の神話の武器を、一斉に掃射する。

アパラージタがあった。クトネシリカがあった。タンキエムがあった。三尖刀があった。


まるで砲台。

唯目前の敵に、圧倒的な火力を叩きつけるだけ。


だが。

「っでゃあああああああああああああああああああ!!」

それを上回る数の暗器を、謝鈴は一気に掃射する。


長山龍人の一斉掃射を雨とするならば、謝鈴の暗器はまさに滝。

疾風怒濤の表現そのままに、謝鈴の体に刻まれた術式により、貯蔵された武器が一斉に長山龍人を刈り取らんと滝のように長山の武器と衝突し、長山の武器を圧倒する。


「ぐ……あぁっ!?」

一つ一つの刃の質は高くても、その武器の量が圧倒的に違う。


そのため、長山は防ぎきれない部分を自らの刃で防ぐしかなく。

その身を徐々に削られていく。

「私がいることも忘れるな?」


と。 その降りしきる雨の中をかいくぐり、謝鈴は長山龍人の元へと踏み込み、手に持った仕込針をその喉へと走らせる。

「っ!?」

回避は不可能であり、大剣を振るうには間合いが近すぎるため、長山は左手でその仕込針を防ぐ。


                

鈍い音が響き渡り、謝鈴は肉を深くえぐる感触をその身に覚え、同時に長山は熱を持ちながら右腕に異物が混入したことを知らせる警鐘を、歯を食いしばって無視をする。

「っらああ!」

「ぐっ!?」

アロンダイトを投げ捨て、長山は謝鈴の右腕を掴みながら拳を振りぬく。

渾身の力を込めた鎧通し……。 

踏み込みこそないが、至近距離でのその一撃は、寸分もずれることなく謝鈴の体へと入る。

「……かは……」

呼吸が乱れ、謝鈴は一瞬意識が消えそうになるが、すぐさま体制を立て直し、長山との間合いを取る。

「……いってぇな……。 くそっ!」

強引に手に刺さった仕込針を引き抜き、赤き英雄は投げ捨てた黒い剣を拾い上げる。

「……勝負あり……だ!」

「何言ってんだ……この程度で、腕が鈍ったりなんか……」


「お前はもう、私の世界の中」

瞬間、謝鈴は左腕を伸ばし。


「ヒーローズ・ダウンフォール」


術式(汚染)を発動(開始)する。

                    ◆


心臓の音。

全身が異常に身を強張らせ、体内を侵食する異物は体内からナニカを破壊する。

「っ!?なっ!」

全身が鉛のように重く、まるで血液を半分抜かれたかのように目前がブラックアウトをする。


体の自由がきかない……。 


停止している訳ではない……ただ、スイッチを切られたロボットのように、体の自由が利かずにその体が崩れ落ちたのだ。

「こ……こいつは……」

噴出した血液は、つい一週間前に感じた痛みと同じ。


術式で塞いでいたアナスタシア ラスプーチンにより刻まれた一撃が、開いている。

それだけではない、反応速度に加え体温が急速に下がっていく。

「術式無効化か……」

そう、コートに仕掛けられた術式。 そして、長山龍人が所持する術式のすべてが、停止している。

だが……。

「だとしても、俺の武器はまだ……」

そう、俺の武器召喚は、俺の術式ではなく、とある武器の能力故、俺が所持する術式を無効化しても続行される……だが。

「なっ!?でねぇ!」

始動スペルを起動させても、武器は現れることはなく。


それどころか、俺の回り……今まで扱っていた武器が、一斉に速度を落とし雪の上へと落ちていく。


ようやく気付く……俺にかけられた術式は、表面上の術式を一時的に停止させるとか、そういう生易しいものじゃない……。


術式の干渉を、俺の体は一切受け付けていなかった。

「気づいたか、英雄よ」

「っち、随分と珍しい物持ってんなぁ、あんた」

意識を刈り取られそうなのを必死で抑え込み、俺はよろよろと立ち上がり、謝鈴に対して文句を一つ零す。

「あぁ、本来これは、他人の術式から身を守るために、太古の術者が使っていたものらしいんだが……物は使いようだ」

笑みを零しながら謝鈴は両手をかざす。

そう、あちらの術式も効かないとはいえ、あれだけの刃物で体を刻まれれば、簡単に死ねる。


人間なんて脆いもの……術式と言うイレギュラーなものがなければ、あそこにある一本でもこの身を捉えれば、簡単に生命活動を停止するだろう。


だからこそ。

「人は……仲間を求めるんだ」


「何か言ったか?」

「辞世の句を考えたんだけどよ、あいにく思い浮かばなくてな」

「そうか、では終わりにさせてもらう!!」


目前に迫る刃は龍の如き軌道を描き。

まるで鳥の千の鳥の鳴き声を思わせるほどのけたたましい金属音をかき鳴らす。

「私怨はないが!!未来の為に礎となれ!万物の英雄よ!」

 

避けることかなわず……防ぐこともかなわない。

だが……。

「お前じゃ俺には……敵わない」


                      ◆

全軌道能力、一点集中。

……全方位同時射撃。避けられるはずもなく……回避も不可能。


もはやどれだけの数がそこにあるのかも分からないが。

ただ、その全てが私に従い……私に呼応して敵を駆り立てる。


「っつ!?」


操作限界はとうに超えている。 

一つ一つの武器の動きを脳内で演算しているのだ。 いかに人よりも丈夫と言っても。

これだけの刃の軌道一つ一つ操れば、パンクするのは当然。


既に頭は燃えるように熱く、目は動く刃を視るたびに視神経が千切れるような音が響く。

だが、そんなことどうでもいい。

私は主の刃……。

この刃たちと同じ……使い捨ての武器なのだから!!

「主が……主が笑顔でいられるならば!!私は刃で構わない!」


                ――主の為に!!――


全ての術式が遮断され、もはや普通の人間……いや、それ以下の身体能力しかもたない長山龍人へと走る使い捨ての刃たちは、まるでその生き方を表すかのように、雪の森に降り注ぐ。


だが。

「……あんた、サイドキックとしては二流だな……」

「バカな!?」

その英雄は……壊れてはいなかった。

あれだけの刃を何の防護術式も持たず、人よりも劣る身体能力で……。

長山龍人は、その刃の中から生還した。


「何を……一体あの刃の中からどうやって生還した!?」

人の形を保っていられるだけでも驚愕であるのに……まさか、生還するなんて。

ありえない。

だが。


「っへ。防げない、避けられない……なら、奪えばいいんだよ」

腕から流れる血液を払いながら、赤き英雄は両手から武器を落とす。

それはまぎれもなく、私が放った暗器……。


「!?な……まさか、あの武器を一つ一つ!?」

「あぁ、面倒くせーが、一本一本従えてやった……おかげで腕はボロボロだけどな」

「っ!?」


忘れていた……。

いや、知っていながら……今識った。


~万物の英雄~


そう。 万物とは、一万の武器を操れるという意味ではない。


いかなる武器でも……扱えるという意味の比喩だ。


その言葉の意味する数字(刃の数)は似たもの(同程度)かもしれないが……。


その言葉の意味する本質は似ても似つかない(実際に扱える刃の数は到底及ばない)。


「……術式を使わずに、英雄を体現するのか……長山龍人」

そんな驚愕の言葉しか、もはや私には浮かばない。


ありえない……私のように、術式で扱い方を瞬時に理解するのではなく……この英雄は、すべてその身で戦い方を理解しているのだ。


まるで、すべての英雄の記憶を記録しているかのように。

「お前は……何者だ……」

意味もなく、私は目前の男にそう呟き刃を飛ばし。 

奪われる。

「……お前は!何者だ!」

正面からの武器の一斉掃射……だが。

長山龍人はそのこと如くを奪い従える。


歩みは緩く、しかし一歩一歩確実に、英雄はその距離をつめる。

まるで散歩をするように、襲い来る武器を刃を全てその二本の腕だけで奪い取りながら………。


仕留められない。


丸腰の状態で、全ての術式による加護を奪い去った。


しかし、目前の敵は自らに振るわれる刃を奪い、その全てを己のものとしていく。


かの……至高の騎士ランスロットの如く。

「お前は、何なんだ!?」

「英雄……」


振るわれるのは刃でも暗器でもない、英雄の拳。

その言葉と同時に、私の意識は消え失せた。

                      ◆


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