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第六章 万物 対 万物

「っ!?」

森の中へと吹き飛ばされた謝鈴は、体制を立て直して雪の上に着地をする。

「こほっ!」

口には赤い液体がにじみ、体の内側は熱湯を流されたかのようにジンジンと熱を帯びている。

「……セレクト」

防護術式を解除し、謝鈴は自分が吹き飛んできた方向を凝視し、長山龍人を見る。

「丈夫だなぁ、あの技普通の奴なら一気に意識がなくなるんだけど」

「生憎、普通の人間よりも体が丈夫でな」

「へぇ、厄介だねそりゃ」

長山はまた刃を召喚して、謝鈴と対峙をし、

謝鈴はまだ痛みが引かず、上手く動かない体でゴルディオスを構える。

勝負は見えていた。

今の二人は、手の内が完全に敵にさらされているにも関わらず戦争を仕掛けるようなものだ。

「………」

出来て時間稼ぎであり、敗北は決まってしまっている。

「……………くそ……」

謝鈴は現状打開のための作戦を幾重にも頭の中に張り巡らすが、目前に立つのは幾千もの戦場を駆け抜けた英雄を体現するもの。

こんな一瞬で思いつくような策略が通じるわけがない。

地の利も、イニシアチブも手数も何もかも長山龍人は謝鈴を上回っている。

「相手が悪かったな姉ちゃん。そんなでっかい剣じゃ、俺みたいに手数で攻める奴と戦うには少しばかり不利だろ?まぁそういうことだからよ、あんまり気にしなくていいと思うぜ?」

長山は気さくに笑いながら、勝利を確信して刃を宙にうかべ、謝鈴へと文字通り矛先を向けている。

雪の嵐の中でもその言葉は綺麗に謝鈴へと響く。

絶体絶命。

もはや謝鈴には敗北の選択肢しか残されていない。

だが。

「!?」

「?」

謝鈴は突然驚いたような表情をし。

「英雄よ……勝負はまだ分からないぞ?」

不敵な笑みを漏らす。

「?」

長山は思考する。

相手ははったりを仕掛けられる人間ではない。

さっきまでの戦闘での手合わせでもわかる。

直線的かつ正直な太刀筋。だからこそ長山や真紅のようなトリッキーな戦い方をする人間に苦戦を強いられる。


――何か狙ってるのか?

長山はそう結論をだし、慎重を期して攻めの体制に入る。


――狙うは全方向からの一斉投擲……避けたところを、渾身の力を込めた鎧通し――

「っ!?せいやぁ!」

攻撃の手順を組み立て、長山は武器の全操作能力を使用し、総数百を超える刃を謝鈴の周りに召喚し。

反逆者(アイ)へ(ア)の(ン)手向け(メイデン)」

一斉に走る刃は吹き荒れる風よりも、猛る吹雪よりも熾烈に少女の体を狙い蹂躙を開始し、雪塵を巻き上げる。

「!?」

だが、その降りしきる刃の中を、武神は舞うようにその中をすり抜け、その雨から逃げる。

「逃がすかよ!」

だが、そこまでは長山龍人の計算の内。

逃げる謝鈴に向かって長山は飛び、追撃を仕掛ける。

が。

「っはぁ!!」

瞬間。

数十メートル離れた所に居る謝鈴の手元にあったゴルディオスが目前に姿を現した。

「!?俺の真似事か!」

投擲されたゴルディオスは長山の起こした雪塵とその爆音によって、音もなく長山に気取られることなく、その命を削り取ろうと走り。

眼前にその刃が光る。

「!?」

速度は高速であり、これだけの名刀ともなれば恐らく迎撃も間に合わない。

まさに出鱈目だが、最高の一手。

「!??」

だが、これを躱せば……」

長山は、全駆動能力を脚部へと集中させ、その刃を視認する。

距離 残りに十センチ。 速度百六十キロ。

0、05秒で、約二メートルのバックステップにより、致命傷は回避可能。

「っらああああああ!?」

怒号と同時に、長山は後方に身をそらしながら白い個体を蹴り散らす。


雪を蹴る音は、静かに森の中に響き渡り……それ以上の音が……続くことはなかった。


「!!ぶねえ!?」

ゴルディオスの猛進は長山の頬の皮を裂き、肉を切った。


だがそれだけ。


致命傷でもなければ、赤き英雄の進軍を妨げるような一撃でもない。

故に、この攻撃は失敗に終わり、大剣は森の奥へと消えて行った。

「あと少しだったな、謝鈴!!」

長山は回避を確認し、一足で謝鈴へと踏み込み。

間合いを詰め拳を振りかぶる。


先と同じ、術式を貫通する鎧通し。

違うところがあるとすれば、次は加減なし。

正真正銘 二の打ちいらずの拳を打ち込むという事。


走る拳は風を切り、何かをつぶやいた謝鈴の声をかき消して走り。

「……主の為に」

英雄の赤き鮮血を、雪月花の森は吸う。

             

                     ◆


何が起こったのか理解が出来ない。 全ての力を振るった拳は、激痛と同時に俺の意識を刈り取り。

「――!?」

全身の術式障壁を貫通して全身を貫く。

「主の許可は得た……今この時を持って、私は覇王の右腕ではなく。 謝鈴として、お前を排除する」

凛とした声が吹き飛ばされた俺に畳み掛けるように響き、俺は目前の武神を凝視する。


そこに居たのは戦乙女。背に羽を生やし、散った羽が月に照らされ光り輝く。

その身を守っていた鎧は全てはがれ、あるのは背に生えた羽と、その身に刻まれた赤き術式だけ。


その体は幾千もの戦場を駆け抜けた証(傷)が全身に刻まれており、それでいて尚猛々しく……それでいてどこか……美しい。


この少女を戦乙女と呼ばずしてなんと呼ぼう。

それほど美しく。それほどまでに圧倒的なものがそこにはあった。


「どうだ万物……私とて万の武器を携えている。これで条件は同じだな」

「!?」

その一言により、俺はやっとその羽がなんであるかを察する。

「……暗器」

そう、その光輝く羽は全て謝鈴が所有する携帯用武器の群であった。


「ふ……万物よ、どうやら私と貴様は似ているらしい」

「……あぁ、どうやらそうみてーだな」

俺は立上り、目前の戦乙女を見る。

彼女の言う通り、武器の配置の仕方、構え、どれをとっても、あの武器は全て投擲武器であり。

まるで体の中に貯蔵庫でもあるんじゃね―かと思ってしまうほど。

鎖でつながれた近接武器が、スカートのように謝鈴の太もも付近から垂れ下がっている。


「……所詮武器なんてものは消耗品。使い捨ての道具……だから私は、どんな状況でも同じ戦闘能力を引き出すことに重きを置いてきた……」

もともと器用貧乏な性格でね……。

と謝鈴は冷たく漏らす。

目前の謝鈴は先までの少女の面影は残っておらず、冷たい視線だけが身を裂くように俺を切りつける。


「……器用貧乏ってところは納得だけど。だけどよ姉ちゃん俺とは正反対だわ」

「何?」

「俺にとっては、武器は消耗品じゃない……」

「ほう?意外だな……だとしたらお前にとって武器とはなんだ?」

「仲間」

「仲間?武器がか?」

「あぁ……人と違ってしゃべんねーし、感情ってもんもねーけどよ……だけどこいつらには主人がいて、戦い続けた歴史と記憶がある。 その魂を、今こうして俺に預けてくれるんだ、だから俺はこいつらを信じてこいつらと共に戦場を踏みしめてきた」

「万物の英雄ともあろうものが、随分と可愛らしいことを言うんだな……意外だよ」

「あんただって、武器に特別な感情を抱いてるはずだが?」

「……そんなことはない。 武器はあくまで消耗品……目的を達成するためだけの道具だ、ゴルディオスとて、無駄な破壊を避けるために主が渡したもの……武器にはそれぞれ役目があり、その目的を達成するためだけに作られたのだ……その武器の使用目的達成能力に感想を抱くことはあっても、その武器に特別な感情を抱くなんてことはある筈がないだろ?」

「むぅ……確かにそう言われると、俺やっぱ変人なのかな?」

「だろうな……」

冗談を零す長山に謝鈴は苦笑をもらし、その背後にそびえる武具の数々の終着地点をすべて長山 龍人に合わせ。


長山龍人も、自らの周りに召喚した剣をすべて謝鈴へと絞る。


「……この私とて 主の刃(消耗品)……主の為、この身散ろうともお前を打ち倒す!使用目的を達成する)主の邪魔は、させない!!」


響く声は静かに、しかし大気を震わせながら俺へと走る……。

「美しい忠誠心だな、俺なんか逆立ちしたって出来そうにねぇよ」

「? 貴様だって、雪月花当主の為に戦っているのではないのか?」

それに謝鈴は怪訝そうな顔をする。

「ま、桜ちゃんにはもちろん生きててほしいけど、命を懸けられるほどじゃねぇよ。たった一ヶ月……それだけで命を懸けられるほど、俺は綺麗な人間じゃねえ」

「……ではなぜここにいる?」


「我が生涯の 盟友(とも)の為」


その音は、降りしきる雪の中、綺麗に森に響いた。


森の静寂は俺を包み、その言葉に英雄は鼓舞され、鋭さをまし、小さな音を鳴らす。


そうさ……俺の目の前にはいつだって。


――あいつの背中がある――


「なるほど……手強い」

謝鈴は一度瞳を閉じ、深く刃を構える。

それが俺に敬意を表しているという事はすぐにわかり。

「……」

俺もその仮前に応じて裏切りの剣……いや、かつてアーサーに仕えた最高の騎士の刃……アロンダイトを引き抜き構える。


「いざ……」

「あぁ」

降り積もり、木の枝から落ちた雪を合図に、俺と謝鈴は一斉に刃を振り上げた。

                    ◆


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