第六章 ゴルディオスレプリカ
「このっいい加減に!しろぉ!!」
どれほど打ち合いが続いたか、謝鈴は一括と共に長山の刃を大きくはじき、こう着状態を脱し、後方に飛んで間合いを広げる。
「逃がすかよ!!」
それを追撃するように投擲された刃は三本……深い紫色を内包したその魔剣は、蛇が地を這うかの如き軌道を持ってして謝鈴の腹部を貫こうと走る。
速度は高速であり、付与された術式は貫通と追尾。
「セット…」
だが。
「!!」
謝鈴は回避行動を取らず、着地と同時に刃を構えなおす。
「叩き落すって腹か、だが甘い! 何で素手で投げたのか考えるべきだったな!」
くんっ。と長山は指を曲げると、同時に二本の刃の軌道が弧を描くように膨れ、正面と側面の三方向から、同時に謝鈴を狙い穿つ。
「それぐらい! 分かっているわ!」
謝鈴は刃を振ることもその刃に何か対処するような素振りも見せずに、刃を振りかぶってその刃をすべてその身に受け入れる。
だとしても無傷。
謝鈴に触れた三本の刃は、その鎧を貫くこともできず、あっけなく弾かれ宙を舞う。
「っ!?おいおい、フルンディングにデュランダルにブリューナクだぞ!?」
歴史に名を連ねる、追尾と貫通性に優れた武器。
それにかけられている貫通の術式は皆、大魔導に匹敵するほどの軌跡を内包する。
それをすべて同時に防ぐという事は、最上位の衝撃無効の術式が、謝鈴の鎧には付与されているという事。
だが、最上位の術式となると、その文字式はサッカーグラウンド並みの面積を必要とするはずだ。
「……っ!それだけの術式をどこに隠し持って……」
「セット……」
「っ!?」
しかしそれを分析している時間はない。
大剣の放つ光が自らを滅ぼす準備をしていることを告げている。
彼女が間合いを開いたのは、己が刃から逃れるためでも仕切り直しを図るためでもなく、攻撃に転ずるためだと彼が気付いたときには、その刃は既に振り下ろされていた。
「吹き飛べ!!このウニ頭!」
術式で強化された両腕で振り上げられた大刀が横に薙がれ、~爆発~の術式を同時に起動させる。
辺りの雪と針葉樹が吹き飛ばされ、霧がかかったように雪がまき散らされ、謝鈴はすぐさま間合いを取り、様子を見る。
「やったか?」
冷や汗を垂らしながら、謝鈴は雪塵の中に視線を集中させる。
と。
「デュランダル!!」
「っはぁ!?」
霧の中から走る刃。
それは紛れもなく先ほど投擲された刃であり、謝鈴はその不意打ちを反射的に大剣で薙ぎ払い、爆散させる。
「……なるほどね、覇王の右腕って、そういう事」
「……気づいたか」
雪塵の中。
爆風により焼け焦げたコートをたなびかせながら、苦い顔をした長山龍人が現れる。
「かの侵略王がかつて振るった万能の刃……神代のアーティーファクトだろうと、大魔導術式でさえも簡単に打ち破ったアレクサンダー大王の刃……ゴルディオス……。
いっくら探しても見つからねーからどんな能力かは分からなかったが……その能力がまさか、~術式の記憶~だとはねぇ」
「……流石だな、万物。 先ほどの投擲は、私が持つ術式を調べるための布石だったか」
謝鈴は悔しいと言うよりは、清々しいくらいに綺麗な手際に、どこか感動さえも覚えて長山に称賛の言葉を贈る。
「買いかぶりすぎだよ、それは……俺は頭の悪い馬鹿だからねぇ……たまたま苦し紛れに投げた剣が同じ武器で、たまたまそれが術式の発見に至っちゃったってだけだよ。見てよこれ、コート焦げ焦げ……」
「そうか。で?どこまで分かった?」
「そうだなぁ、まずその術式は 記憶した術式の効果を発動することが出来る。だが、発動できるのは常に一つの術式だけ……この戦いの最中に見せたのは、 空中に足場を作る術式に、爆発、そして最上位の防御術式……。 先ほどの投擲を防いだところを見ると。
発動したい術式をいつでもぶっ放せるわけじゃなくて、銃弾のリロード見たく、いちいちセットし直さなきゃいけないみたいだな?」
「……この短時間でそこまで見切るか……流石は、万の武器を従える男だな」
「どうする?まだやるかい?こちらとしてはあんたは殺しちゃいけないってことになってるから、ここで大将の結果が出るのを待つっていう提案を飲んでくれると、こっちは大助かりなんだけど」
「……愚問だな、私は文字通り主の右腕……主の刃を預かる物だ。故に、主の道を邪魔立てするものを前に牙を剥かぬことなどありえない」
「だよねぇ……あ~やんなっちゃうな~もう」
長山は少しため息交じりにそう呟き、刃を構える。
「勝ち目はないよ?姉ちゃん」
「ふん、まだわからないぞ? 貴様の持つ武器では、私の術式を破ることは到底不可能だという事は先ほどの投擲で実証済み……。 つまり、攻撃力は劣るが、防御術式のみを起動していれば、お前は私を倒すことは出来ない」
謝鈴はそう不敵な笑みを零し、術式を起動させる。
「最上位……神の雷でさえも防ぎきる複合魔導障壁!破られる道理はない!!」
謝鈴はそう言い放ち、大剣を振り上げて長山へと走る……が。
「……いいや、無理だよ」
「っ!?」
長山は武器を持たずに、猛進する武神に向かって走る。
「っくううあう!!」
その予想外の疾走に完全に謝鈴は意表を突かれ、謝鈴は詰められた間合いに即座に剣を振るう。
「ぬるい」
その刃を身を低くして回避し、長山はその拳に布を巻きつける。
何の術式付与もされていない唯の赤いボロボロの布は、繰り出される拳と同時にたなびきながら、謝鈴の体へと走る。
「無駄だ!」
下段から放たれたボディーへの一撃。
基本に忠実な、一糸も乱れぬ綺麗な直線の一撃は当然のように障壁によって止められる。
だが。
「は……ぁ…!?」
謝鈴は、嗚咽を漏らして後ろへとよろける。
「だから終わらない!」
「っ!?」
連続で放たれる拳は、謝鈴の障壁を抜けて衝撃だけをその身に叩きつけていく。
「ぐっ!?」
ゴルディオスの術式だけではなく、鎧に施された対物障壁も発動をしない。
「が……あっ!?」
一撃は決して重くはない。
術式も何も施されていない拳は、せいぜい重さは五百キロ程度。
しかし、その一撃は全ての防御行動をすり抜けて、重装備の謝鈴へと響いていた。
「ぐっ!?鎧通しか!?」
「ご名答……あんたも知っているだろう? かつて、二の打ちいらずと謳われた暗殺者がいることを……まぁ、俺は深紅と違ってそういうもんには疎いからな、その真似事程度でお前を仕留めることは出来ないが……こうして術式くらいは通すことが出来るぜ」
長山はにやりと笑い、さらに拳を続ける。
かの武術家に比べれば数段劣るとはいえ、それでいても長山龍人の攻撃は天才的だった。
休むことなく振るわれる拳打は軽くも的確に臓腑に響き、六撃目をその身に受けた謝鈴は既に、意識を半分以上刈り取られていた。
間合いを開こうにも、最初の一撃が足に来ているため、すべての攻撃をかわすことが出来ず。
身を擦りあわすように拳を繰り出し続ける長山に対して、為す術もなく謝鈴はその拳をすべて受け入れる。
「これで!寝てろ!!」
「っくそ!」
小ぶりの一撃。
振りぬかれることのないそのシャープなボディーブローのような攻撃は、同じように障壁に阻まれ。
「!?」
「ぐあぁ!」
同時に蹴られた毬のように謝鈴の体を吹き飛ばす。
「……そらされたか……」
木の幹に叩きつけようと放った一撃であったが、謝鈴はとっさに体を捻り、横方向へと吹き飛ばされ、森の中へと消えていく。
「だが、逃がすかよ!」




