第六章 開戦
不知火深紅は、文字通り神速を持ってして覇王へと疾走を開始する。
「ぬ?」
直線距離、約三十メートルの距離を一足でゼロにする。
この疾風の如き疾走ははまさに神速であり、ゼペットは反応間に合わずに死神が間合いに侵入することを許容する。
「我と近接戦をしようというのか?面白い!!そのか細い腕で、我の拳を受け切れるか?」
だが、その疾駆は突進に近く、猪突猛進と言う言葉がぴたりと当てはまる。
そう、いくら早くても……直線に突っ込むだけなのだから、対処も簡単なのだ。
真紅の挑発じみた疾走にゼペットはどこか愉快そうな声を上げて、その巨腕を振りかぶり。
「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
真正面から不知火真紅を力で叩き伏せるため、渾身の右腕の一撃を放つ。
大気が揺れ、空間を揺らしながら、ゼペットは疾走する死神を煉獄へと叩き落とそうとする。
真紅の速度を考慮に入れたとしても、その力の差は歴然であった……が。
「ぬ!!?」
本能的にゼペットは悟る。
あの一撃を……受けてはいけない
そう自分の脳が反射的に警鐘を鳴らし、同時に自らの腕が引きちぎれるイメージが脳裏をよぎる。
「!?」
その時点で、不知火 真紅の奇襲は成功した。
もはやゼペットは自らが放った一撃を止めることは出来ない。
その圧倒的な物理的破壊力は……理不尽なまでの破壊により……抹消される。
「Third act!」
ジェルバニス・ラスプーチンを制した、破壊の右手。
その手に施された「分解」の術式は、分子レベルで触れたものを分解する。
不知火 真一が作り上げた禁呪。
それが今、ゼペットの右腕を食らいつくす。
「!?主!」
その間わずか二秒。
長山と膠着状態を続けていた謝鈴は動くことが出来ず、衝突による衝撃音と、走る火花に気をとられるが。
「よそ見とは余裕だね?」
「ぐっ!?」
その隙を狙って放たれた三本の刃を大剣によって叩き落とし、長山へと切りかかる。
「そこを退けえええええええ!!」
一刀。
大剣による大ぶりの一撃。
その細い腕からは想像できない速力で振るわれた一撃は。
「っ!?」
長山によって取り出された双剣によって妨げられ、つばぜり合いをする。
「行かせるかよ……深紅の戦いは邪魔させねぇ」
「っ!?」
「どぅおらああ!」
一喝と共に、長山は謝鈴の刃を弾き飛ばす。
「っちぃ!?」
空中に打ち上げられた謝鈴は、空中で体制を立て直して眼下の敵を見据え。
「まだ終わりじゃない!」
自らを追撃する二つの槍を認識する。
投擲の速度は高速であり、彼女の小さな体躯では空中で抑えることは出来ない。
「っく!?」
謝鈴は苦い表情を零し。
「act!」
術式を発動し、空中に赤い陣のようなものを作り出して足場を作り、それを蹴ってさらに長山の頭上へと飛ぶ。。
「……局所的空間凍結か。たかだか踏み台に贅沢なこった、な!!」
長山は舌打ちをし上空の敵を迎撃するために次の刃を投擲する……が。
「遅い!」
謝鈴はもう一度作り上げた足場を蹴って長山の投げた刃を躱し、さらに陣を三つ作り上げる。
「!?なんだ……」
反射的に長山は謝鈴に向けて刃を投擲する。
だが、それは。謝鈴にとって紛れも無い攻撃の好機であった。
「―――っ!!」
謝鈴は長山がこちらを見ていることを確認し、自らを迎撃せんと走る刃よりも早く、陣を蹴る
「!?なっ!」
出された足場を蹴る度に黒髪を揺らして迫る鬼神の速度は倍加し、長山は二度目の加速で完全に謝鈴を見失い、背中をあっけなくさらけだす。
「もらったぞ!!万物!」
振りかぶられた大剣は、容赦なく無防備な長山へと振り下ろされた。
「かかったな」
だが、謝鈴の腕に伝わる感触は人の肉を断つ感触ではなく、
続いて響く金属音により謝鈴の一撃が阻まれたことを知らされる。
「なんだそれは」
……長山は、背後からの攻撃に一切反応していない。
だが現在謝鈴の一閃は彼に届くことなく、刃によって阻まれる。
「……!?」
……長山を囲むように、無数の刃が大刀の行く手を阻み、気がつけば謝鈴を威嚇するように喉元に刃が並んでいる。
「残念。 こいつらはオートで俺のことを守るように出来てんだよ……
だから、もっと踏み込まないと俺に傷一つ付けられねーぞ?」
挑発めいた言葉を漏らしながら、
絡めとられた刃をあざ笑うかのようにゆっくりと英雄は振り返り。
「飛べ」
「ぐっ!?」
空中で制止をして命令を待っている刃に、指先一つ言一つで四肢切断を命令し刃は命令どおり謝鈴の四肢へと走る。
「っ調子に、乗るなあぁ!!」
だが、それよりも早く謝鈴は刃を振りかぶり、横に一閃を放つ。
「―――ッ」
正面からの強引な一撃ではなく、今度は刃の進攻方向をそらすような一撃。
それにより、長山を守っていた刃を滑るようにすり抜け、長山龍人へと走る。
巨大な大剣と自分の身を、降り注ぐ武器の雨の間をすり抜けさせることと、針の穴に糸を投げいれることに、どれだけの難易度の差があろうか?
その見事の一言に尽きる可憐な突進は、力技のみを警戒していた長山龍人にとって最大の奇襲となった。
今度こそ……。
それほど無防備、無反応……。
赤き英雄はその光景にただ微動だにすることもできずに……謝鈴の姿を見つめていた。
だが。
「!?」
その刃は、黒い聖剣により受け止められる。
微動だにしなかったのではない……動く必要がなかっただけ。
この一撃を止められ、謝鈴は初めて気が付く。
長山龍人の能力は……戦士の魂を徘徊させ戦わせているのではなく、あたかも周りに戦士がいるように、操作しているだけなのだ。
つまり……この赤い英雄は……戦士ではなく傀儡子の部類に近い。
そして、踏み込むように誘導をしたのは、この男にとってこの間合いこそが最良の攻撃を仕掛けることが出来る距離だから……そして彼女は追い詰めたつもりが、あっという間に形勢不利という状況に踏み込んでしまったのだ。
「っ!?この嘘つきめ……貴様も戦士を名乗るなら、正々堂々戦ったらどうだ!?」
「へっ!そういうセリフは、深紅にでも言うんだなっ!!」
「!?」
猛攻。
それ以外の言葉が見つからないほど、長山龍人の攻撃は文字通り降りそそぐ。
人の体ほどある大刀を押しのけ、同時に休むことなく刃を謝鈴に浴びせる。
謝鈴は当然その刃を大刀で防ぐことになるが、視線を上空に走らせた瞬間に、のど元に黒い切っ先が迫り、これをはじけば頭上から脳髄を抉らんとする刃が降り注いで来る。
当然、リスクを負ってまで彼女をここに誘い込んだだけはあり英雄はこの戦術を完全に理解している。
同時に視界に収まることがないよう、長山も刃も、常にどちらかが死角に入り込むように攻撃を仕掛け、謝鈴はそれを全て動体視力のみで防ぎきる。
それはまるで、降り注ぐ小雨を全て回避しながら、相手の斬撃を防がなければいけない子どもの遊びのように理不尽で、一方的だ。
だが、それのみで撃退できるのならば、少女がRODのナンバー2の座を得ることは無かっただろう。
長山からの下段からの斬撃を受ける瞬間に、謝鈴は腕力の力のみで長山の体制を少しばかりはじく。
その僅かな隙こそが、謝鈴の命をつないでいる。
その腕力をを警戒しているのか、長山から放たれる一閃一閃は受けきれないほどでは無く、既に打ち合いは30合を超えようとしている。
そして
謝鈴は少しずつ、しかし確実に消耗させられていた。
続けざまに斬撃を走らせ、謝鈴はそれに呼応するように刃を振るい、大気を震わせる。
「っでゃああああああああああああああああああああああああああ!」
「そらそらそらぁ!」
それでも互いに一歩も引かず、両者は無数の斬撃を叩きつけ合い、戦闘は長山優勢のまま膠着状態を迎える。
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