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第五章 二人の恋煩い


12月16日

麗しき雪月花村は相も変わらず雪景色。


ここにきてもう半月以上が経ったが、毎日変わることのないホワイトキャンパスにもいい加減飽きが己の中に芽生え始めており、暴力的な白色に辟易としながら、35回目の冬月桜が放った弾丸を目で追いかけ、変わらず的を外して遙か彼方へ過ぎ去っていく様子を見送る。


「また外した!!」

悔しそうに声を荒げる桜であったが、以前のようにかんしゃくを起こす様子も、じだんだを踏むような行動も見せず、また照準を合わせなおす。


距離にして1キロ近く。 通常ならばスナイパーライフルで狙う距離を、桜には

ハンドガンで挑戦させている。 


どれだけ目がよくとも、通常ではありえない射程であるが、桜が持つ始祖の目と

クローバーの特殊弾丸がそれを実現させている。


これが出来れば、桜は相手の有効攻撃範囲外から一方的に防護術式 妨害術式を無視した奇襲攻撃を仕掛けることが可能であり、十分な戦力となりうる。


そのことを知ってか知らずか、桜も熱心に射撃訓練を行っている。

もう少し休憩を挟みながら行ってもいいものだというのに、姿勢を変えず。

機械のように的へ向かって照準をあわせて引き金を引き、マガジンにこめられた十二発の弾丸を打ち切るのを確認した後、リロードを行い、スライドを引いてまた射撃を再開する。


その一連の動作はまったく乱れが無く、ある意味美しさも感じてしまうほど。

自分が桜に惚れているせいかも知れないが。

こうして銃を握っている少女の姿は、なんと言うか……輝いているように見える。

たとえるならあれだ。

弓を引くアポロンって言うのを見たならば、きっとこんな感じの姿なのだろう。

その姿や構えには無駄が無く。その表情はまるでそのためだけに生まれてきたのではないかと錯覚させるほど、射ぬかれるような鋭い眼光とこちらまで飲み込まれてしまいそうなまでの集中力。


戦場で長く戦っていたが、これほど純粋な殺気を放ちながら引き金を引き続ける人間を、俺は始めてみる。


……そう。桜は殺気でさえも美しいのだ。

「…………まぁ」


「うああああ!ぜんぜん当たらないよーー!」


命中精度はアポロンとは比べるべくも無く……ついでに言ってしまえば、集中力が切れたときに見せるこの可愛さも……俺の心を揺さぶる要因なわけだが。


いや……何を考えているんだ俺は……今はそんなことを考えていたのではないだろう。

まったく、すぐにこうやって思考が桜への思いで染め上げられてしまう。

困った病だ。恋煩いというものは。


ため息を一つつく。

「ふえええ!そ、そんなあからさまなため息をつかなくても良いじゃない!結構がんばってるんだよ私だって!」

「え……あ、いや」

「うううう!」


どうやら誤解を招いてしまったらしく、桜はむくれた表情でこちらを涙目でにらんでいる。 こうやって見ていると、いつもの桜なんだけどなぁ……。

「今日はこれ位にしておこうか、桜」

「えっ!?でも時間が」

「あせっても結果はついてこない。休息も必要だ」

「……う、うん」

桜はあまり納得逝かないような表情をしながらも、ゆっくりと一つうなずき、俺はそっと冬月の城へと戻ることにする。

と。

「あ、シンクン。私少し村に寄るから先に帰っててくれない?」

「む? しかし護衛が」

「ボディーガードの人に送ってもらうから大丈夫。シンクンも少し休んで。ジェルバニスから受けた傷も、完治してないんでしょう?」


桜はそういうと俺に手をふって、一人兵士宿舎のほうへと向かっていく。

その背中は少し寂しそうで、同時についてこないでと語っていた。

「……はぁ」

気になりはしたが、桜の命令と会っては仕方が無い……。

俺は仕方なく桜の言うとおり、ゴーレムを一体護衛の変わりに尾行させ、一人城へと戻っていくのであった。

                   ■

一人、森を歩く。

特に用事は無かったのだが……私はシンクンから離れるために小さな嘘をついた。


なんでだろう。

シンクンが嫌いなわけではない。

彼から離れたいわけではない。 真実を知ってしまっても、彼と離れたいと思う理由にはならない。


そう、ただなんとなくシンクンから逃げ出したかった。

心臓が破裂しちゃいそうで……なんだかとても怖くて。

私はただただ変な嘘をついてこの心臓の高鳴りから逃げようとしたのだ。


「……なんであんな嘘ついたんだろう」


射撃をしている最中は大丈夫。集中を出来ているからシンクンのことを考えずにすむ。

でも、それが終わると、どうしてか彼を意識してしまう。


彼の動作や、唇の動きまで全部眼で追ってしまう。


いつもなら気にならない行動が、私の胸をいちいち高鳴らせる。

本当にどうしてしまったのだろう……私は。

「お悩みのようね?」

「!?」

ふと気がつくと、目の前にはミコトが立っていた。


「ふふふ、こんなところで一人でお散歩なんて、あなたになんかあったら真紅の心臓がつぶれちゃうわよ?」

「うっ……ごめんなさい」

「ふふふ、いいのよ。冗談。しっかりと護衛さんを連れてるみたいだしね」

そういうとミコトはちょっと私の後ろを指差す。

「!?」

と、そこには小さなゴーレムが一匹ひょこひょこと雪にまぎれて飛んでいた。

「……ふふふ、心配性ね、あなたの守護者さんは」

くすくすと笑いながらミコトは後ろのゴーレムを一つなで、そっと向き直る。

「相談なら乗るわよ桜……」

「……ミコト」

ありがとうといいかけて、私は黙り込む。

でも。

「あなたの様子がおかしいなんて、深紅はとっくに気がついてるわよ……さ、心配かけないうちに深紅のところに帰りましょう」

真紅という単語に反応して、私の心臓がドクンと跳ね上がる。

「はぁ……深紅も深紅だけど……あなたもあなたで重症ね」

「うぅ……ごめん。ミコト……やっぱりおかしくなっちゃったのかな、私」

悩む私にミコトは少しだけ困ったような表情を見せた後。

「自分の心が分からないようね……いえ、それだけじゃない。自分の存在まで揺らぎかけている。違うかしら?」

「!?」

ミコトは、まるで心を読んだかのように私にそんなことを言ってくる。


「……図星のようね」

「なんで、分かるの?」

「未来視は私特有の能力。でも占いは、私の趣味なの。意外と得意なのよ? 真紅は信じてくれないけどね」

にこりと笑い、ミコトは一つウインクをする。

そのウインクはどこか妖艶で……とても魅力的だった。

                    ■


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