第五章 好きな人の香りとワンパンチ
「はぁ……」
一人ため息をついて、私は部屋に入りベッドに倒れこむ。
龍人くんはとりあえずとっちめておいたけど……。
「………もう、最悪だよ」
シンクンに裸を見られた。
凄いはずかしい。
少し前に、シンクンと一緒にお風呂に入ろうとしたことも重ねてとても恥ずかしい。
溶けてしまいそうだ。
「……ううううぅぅぅぅあああああ!」
ごろごろと転がる私。
頭を振れば振るほど、シンクンの顔が頭から離れない。
どうしてだろう。
少し前の私なら、誰かと一緒にお風呂に入るのなんてぜんぜん気にならなかったのに。
今では心臓が飛び出してきちゃうんじゃないかって思うほど心臓がどきどきしている。
……病気なのかな。
……それとも。
「はぁ」
私はベッドから立ち上がり部屋の中を回る。
……どうにも落ち着かない。
そわそわしてしまってしょうがない。
……はぁ……どうしてしまったのだろうか私は……。
「ん?」
ふと、私はあるものが椅子の上にかけられているのを発見する。
「これは」
シンクンのコートだ……。
珍しく、忘れていったのか? それともわざとおいていったのか分からないが……私はそっとそれを手に取る。
ほんのりと香るにおいは間違いなくシンクンの香りで。
「すん」
私は気がつくと、そのコートに顔をうずめて、彼のにおいをかいでいた。
「……何してるんだい?桜」
「!」
気がつくと背後に、カザミネがいた。
「……」
先手必勝。
「え?あ?ごふあ!?」
シンクンの見よう見まねではなつ、右斜めしたから突き上げる右アッパーにより、カザミネの意識を防護術式ごと刈り取り。私はカザミネの記憶を海よりも深い場所へと沈める。
よし……これで元の場所にコートを戻せば証拠は隠滅……。
……隠滅……。
もうちょっとだけ。
「すん」
銃を撃ち続けていたからか、火薬と硝煙のにおいが混じった……シンクンの香り。
はぁ……なぜだろう。このにおいはとても落ち着く。
「……なぁ桜、浴場においておいた俺のコートが見当たらないんだが……知らないか……って……何してん」
先手必勝!
「ごうはっ!?」
「はぁ……はぁ……はぁ」
どうやら龍人君は、逆さ吊りだけでは満足できなかったようだ……。
■
やれやれ。
痛む鼻を押さえながら、俺は一人屋上で見張りを続ける。
何だって俺は桜の部屋でカザミネと一緒に伸びてたんだろうか……ミコトが起こしてくれなかったら本当にあそこで朝までおねんねだった。
ため息をもらしながら俺は見張りを続ける。
「……」
今日、俺は桜にクローバーを一丁あずけた。
分かってはいたが、そうなると俺も命を懸けなくてはならないだろう。
「はぁやれやれ」
右腕を月の光にかざし、すけた差し込む光を俺は正面に見据える。
「腕の調子はどうかしら?守護者さん」
「ミコト」
後ろを振り返るとミコトがコーヒーを持って立っており、そっと俺に湯気の立つマグカップを差し出してくる。
「はいどうぞ。お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
そっとそれを受け取り、口に含む。
「どういう風の吹き回しだミコト?俺に差し入れだなんて」
苦笑を交えながら隣で座ってコーヒーを飲むミコトにそう問うと。
「ふふふ、やっと思いだしてもらえたんですもの。旧交を温めるのも良いと思ってね」
「本当にそれだけなら安心なんだけどな」
ミコトがこうしてくるときは絶対に何か裏があるときだ……。
あーあ、どんなお願い事をされるのか?はたまたどんな未来が待ち受けているのか……。
想像しただけで背筋が凍りそうだ。
唯でさえ今は桜のことで色々と悩みが多いというのに。
「失礼ね、私をまるでトラブルメイカーみたいに」
「違うのか?」
「違いますー!」
子どものように舌を出して威嚇するミコト。
俺が彼女のことを思い出してから、ミコトは少し明るくなった。
というよりも、年相応の女の子のような行動が多くなった。
今思うと、変に演技を続けるよりも、こうやっていてくれた方が俺がこいつのことを思い出すのは早まったんじゃないだろうか?
「……はぁ。 お前は変わったなミコト」
つい、昔の記憶のままの少女と、今のミコトを比べてそんな感想を漏らす。
すでに十年以上過ぎている。
変わったのは当たり前だ。
だというのにミコトは少しだけ悲しそうな表情を見せ。
「ええ、あなたもね。昔みたいにやさしくなくなったわ」
なんて皮肉を言ってくる。
「それは長山のせいだ」
「ふふ、そのようね」
他愛の無い会話。
談笑交じりのその二人の会話は、まるで幼子の時間に戻ったかのようで、俺は十年来の親友と、何一つ不自由も、不疎通も無い会話を楽しみながら、月が空の頂点に達するのを見送る。
「……む、もうこんな時間か」
桜はそろそろ寝た時間だし、俺もそろそろ仮眠を取らなければ。
「ごめんなさいね、仕事中に時間をとらせちゃって」
「気にするな。それよりもお前はもうぐっすり眠れるんだろ? だったらせっかく手にいれたんだから無駄にしないほうがいい」
ミコトはその言葉に少しだけあきれるような動作をして、俺を小突く。
なんだ、俺は何か変なことを言っただろうか。
「そういう台詞は、桜ちゃんにかけてあげなさい」
「え?」
「本当、あなたは興味の無い人間ばっかり口説くんだから……朴念仁。桜ちゃんがかわいそうよ?」
「……お、おう」
よく分からないが、ミコトの説教にうなずいておく。
おそらくはこれが正解の反応なのだろうが、そこはさすが未来視の少女。
どこかあきれたような半眼の表情から、俺はすっかりと心の中で理解していないことを悟られてしまったようで。
「おばかなんだから、相変わらず」
俺よりも深く大きなため息をついた後、ミコトは屋上の扉を開けて、ゆっくりと階下へと降りていった。
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