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第五章 誤解が解けて、機嫌が良くなりました。

12月15日


「おっはよー!」

「……おう……おはよう」

朝、やけにニコニコ顔でみなに接する桜を俺はエントランスで見かける。

「おはよーカザミネ!石田の様子はどう?」

「え?ああうん。もう心配ないっさ」

「そう!良かった!あっ龍人君おはよーーう♪」


なんだあのハイテンションとニコニコ顔は……。

「な……なぁ深紅。桜ちゃんに何があったの?」

「いや、知らないぞ……お前だって知ってるだろ。昨日俺は桜に部屋を追い出されて自分の部屋でねたんだよ」

「そ……そういえばそうだったな」

二人そろって首をかしげる。

「なぁ桜ちゃん。 何か良いことでもあったのかい?」

「うん?何にも無いよ?」

「じゃあ、どうしてそんなに気分が良いんだい?」

「えへへへへ、わかんなーーい♪」

……。

「ふふふ、機嫌が直ってよかったわね、守護者さん」

どうやらミコトは全てを知っているようで、その様子を見てあいかわらず不適な笑みを浮かべている。


理由を聞いたとしてもこいつは教えてくれないだろうし……。

まぁいいか。桜の機嫌が直ったなら、それでいいか。

「しんくーん」

桜は周りに花でも飛びそうな笑顔を見せて俺の方へ走ってきて。

「射撃の訓練にいこー♪」

そういいながら桜は俺の首根っこをつかんでさっさと走り出す。

「ぐふぅ!?」


「いってらっしゃーい」

「死ぬなよーシンクー」

薄情な友人二人に見送られながら、俺はシャツの襟首でしまる首を何とかしようともがき苦しむも引きずる桜の力は万力のごとく、俺はなすすべなくずるずると屋敷から雪降り続く冬月の森へと連れて行かれる。

当然桜は上機嫌につき、俺がそんな生と死のハザマをぎりぎりのラインでシーソーゲームしているとは露ほども気づいておらず。

俺の意識はじわりじわりと肺の中の酸素がヘモグロビンにより削り取られていくたびに薄くなっていく。

っていうか、機嫌が悪くても良くても……結局俺は桜に振り回されるのか。


やれやれ。

そう俺は心の中でため息を漏らし。同時に今日は何を教えようかと桜の特訓プランを練るのであった。

                    ■


いつもの射撃訓練場。

「あっ!お待ちしておりました桜様!!今日はこのアサルトライフルの世界代表、ロシアの生み出したAK-47の使い方を!」

「いえ、そんな桜様を鉄火場に赴かせる銃など扱う必要はございません!こちらのドラグノフを!」


 ボディーガードたちは二日ぶりに現れた桜を歓迎するようにさまざまな銃器の扱い方を頼んでもいないのに解説を初める。

確かに、桜のハンドガンの命中率はほぼ百パーセントになっており、そろそろ動く的とは言わずとも、新たな銃に挑戦する頃合ではある。

しかし。

「すまないが、今回は俺に任せてくれ。桜には他の銃を扱う前にやることがある」

「え?今日はシンクが手ずから教えるんですか?珍しい」

「ああ。まぁな」


俺はそれを追い返して二人きりにしてもらうことにする。


いつもなら、ボディーガードに拳銃やアサルトライフルの扱い方を教えさせるのだが……。

「どうしたのシンクン?やることって何?」

「……お前が射撃訓練を始めたころ、用意したものがあるだろ?」

「用意したもの?……んー……」

桜は少し考えるようなそぶりを見せた後。

「……あっ。そういえばなんか的を用意してたね?」

「正解だ……」

武器庫から用意した何の変哲も無いマト。

しかし、これには一つの仕掛けが施されている。

「桜、これをもう一つの眼で見てみろ」

「え?なんで?」

「みれば分かる」

「うん……わ、わかった」

桜はいぶかしげな顔をしながらも一度瞳を閉じ、そっと開く。


いつもの青い瞳ではなく、全てを見透かすような赤い瞳。

そして。

「え?何これ」

驚いたように眼を丸くする。

「どう見えている?」

「えと、複数の術式が、あっちこっちに張り巡らされてる」

よかった、違う見え方をしていたらどうしようかと思ったが、おおよそ俺の思ったとおりに見えているようだ。

「色によってどの術式がどの効果を発してるかの区別は出来るんだな?」

「うん。直接頭が理解してるから、多分見ただけで大体は読み取れるよ。距離が離れてても大丈夫かな」

そういう桜は少し自慢げにそう語り、俺はとりあえずはうまくいきそうだと心の中で安堵し、特訓内容を説明する。

「お前の目で、このマトにある術式を切れるようにするのが特訓だ」

「え……」

「難易度はかなり高い……人の形を打つのではなく、今度はこの線を打つわけだからな……精密さはかなり要求される……だが、これを覚えてさえくれれば……お前も十分に戦えるようになるだろう……それと」

俺はそういって、懐からクローバーを取り出して渡す。

「え、これは」

「お前にこれを預ける」

「でも!?そしたら」

「次のゼペット戦……下手をすればお前も戦わなくてはならなくなる。当然、そうならないように全力をもって挑むつもりだが……最悪の場合、お前も自分の身を守らなければならなくなる。すまない……俺にもっと力があれば」

情けない。対大量破壊兵器専門部隊隊長とか名乗っておきながら、護衛対象に武器を持たせることになるとは……。

「気にしないでシンくん。 私だって戦う気はバリバリだもん……それに、私の眼があれば、ゼペットのあの術式を打ち抜いて、ゼペットを倒せる……そうでしょ?」

「ああ、だが、あいつの防護術式はクローバーをもってしても打ち抜けない……だから、正確に術式を打ち抜かなければ話にならないぞ」

「……うーん……動いてる敵には当てられないよ」

「分かってる……動いている敵に銃弾を正確に当てるのは桜にはまだ無理だ……」

「え?じゃあ」

「ああ、だから戦おうとするなよ?術式を打ち抜けるようになったとしてもだ。

相手の動きが止まっている間。相手が反撃を出来ない距離から打ち抜いて、外したらすぐ逃げれる場所でなら打っていい」

「……それ、絶対に撃て無くないかな」

「いいんだよ撃たなくて」

って言うかそのまま逃げてくれるのが一番おれとしては理想的なんだがな。

「とりあえず。術式を打ち抜けばマトは砕けるように出来ている。今日は見ていてやるから、がんばってみろ」

クローバーを他人に触らせるのは桜が初めてだ。

父親の形見であるこの銃は、誰かに触らせることなど考えたことも無かったが……桜になら、渡してもいいと思える。

「……」

桜もそのことをしっている。

そのため、軽いはずの銃を、桜はとても重そうに持ち……スライドを引いて構える。

まったく、いつの間にかすっかり形もさまになっている。

そう感心していると。

「ねぇシンクン」

桜が不意に銃をおろして、俺に問いかける。

「どうした?」

「同じような質問を前もしたと思うんだけど……本当に私って、生きていいのかな?」

「なに?」

「残り二週間……君に守って欲しいなんていったけど…………私なんてすぐいなくなっちゃうのに……いろんなものを犠牲にして、誰かをこの手で殺してでも生きながらえようとしてる。それって私のわがままなんじゃないかな?」

考えるようにして桜はそう語り、しかしどこか要領を得ないしゃべり方をする。

「……人は常に誰かを犠牲に生きている。気にする必要は無い。なぜならお前は、自分から誰かを犠牲にして生きながらえようとしているわけではないからだ」

慰めはするが、桜は納得しないような表情を浮かべながらも。

「そっか、そうだよね」

などと自分をごまかすように何度もうなずき、再度照準を合わせる。

        


その後、雪降り続く雪月花の森には、日が暮れるまで銃声が鳴り響き……それでも森はそれに抗議をするわけでも、、ゆらゆらと風に揺られながら、一喜一憂する桜をただただ温かい眼で見守っていた。

                     ■


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