第五章 光を与えてくれた人
「見えることは怖いこと」
そう笑った。
眼は見えないで暗闇に生きるその子は、寂しそうにそう笑った。
会話の内容はほとんど思い出せない。
もう昔だから。
でもきっと彼女がずっとずっと叫んでいたのは覚えている。
会話の内容は違えど、どんな会話を交わしたかは覚えていなくても……届いていた。
彼女は……助けてと叫んでいた。
……ああそうだ。
だから俺は……あんなことをしたんだ。
「いや!?止めて!」
今思えば、褒められたものではなかっただろう。
俺は必死で少女の目につけられた枷を外そうとした。
「――――――!」
俺はなんて叫んでいただろう? 何かを叫びながら、引っかかれながらもおれは無理やり少女の目に光を浴びせたのだ。
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その時私は見てしまった。
彼の未来を。
その叫びを理解し、助けてくれた少年の未来を。
そして。
あこがれた。
その姿は雄々しく、不器用だけどまっすぐ人を救い続けるその未来は、まるで御伽噺の英雄伝をなぞるよう。
その涙は全て他人のため。 誰にも理解されずとも彼は倒れることなく。
その怒りも全て他人のため。その生命は何よりも清らかに。
彼は誰を恨むことなく。
ただただ人を救い続ける。
そんな未来に私は憧れ、その未来に自分がいることに私は始めて生きる意味を知ったのだ。
自分は死を告げる、死の時期を告げるだけの死神だと思っていた。
でも彼と共に有る私は、弱々しくも、情けなくても、確かに人を救っていた。
彼の未来を……守っていた。
彼の存在が私に意味を与えてくれた。
その日、……彼は私に太陽をくれたのだ。
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「……ト? おーいミコト?」
「……あ、あら?」
気がつくと、隣でいぶかしげな表情をして私の顔を覗き込む当主さんがいた。
お湯はとうに沸騰しており、向いていたたまねぎは気づくとにんにくと同じくらいの大きさになっていた。
「どうしたのぼうっとして?」
「ふふ、少し考え事をしていたの。ごめんなさい」
「別に良いけど、お引越しで疲れてるの?それなら手伝うよ?」
……気持ちはうれしいのだけれども、そうするとみんなが大変なことになってしまうのよねえ。
「大丈夫よ、ちょっと、彼のことを考えていたの」
「彼って、龍人君?」
「あぁ、そういえばあれも彼ね」
すっかり忘れていた……なんてね。
「あなたの守護者さんよ」
「……し、シン……くん?」
「ええ、ふふ、そろそろ思い出すころねえ」
「??」
当主さんは困惑するように愛くるしく首をかしげており、ちょっとしたいたずらを思いつく。
「ふふ、実は昔ね……私と彼は付き合ってたの」
「え?」
「戦場で彼が記憶喪失になったときは絶望したけど……今日、全部思い出すの。今日のためだけに生きてきた……。だから、こっちに今日引っ越してきたのよ」
「そ……んな」
あら……?この反応。
「もう、あんなことやこんなこともした仲なの。楽しみだわ。彼意外と激しいから……ふふふふふ、想像してボーっとしちゃった」
「ふ……ふえええええぇ!?嘘だよね!?」
「……さあ?どうかしら。 多分私のことが気になって気になって仕方が無いはずよ、彼」
「ふえええええええ!」
へぇ、そうだったんだ。 英雄さんからシンクンが振られたって聞いてたけど……
悪いことしちゃったわね……まぁでも、嘘はついてないものね……半分は。
くすりと放心状態の少女に微笑を漏らした私は料理に戻る。
思い出して欲しくなかったはずなのに、今の私はとても喜んでいる。
これが何を意味するのか目の前の少女は知らないみたいだけど、私は知っている。
この想い一つかなえるために私はここまで来た。
一目見ただけでわかった彼のこと。
忘れることなんて出来なかった彼の名前。
一度はあきらめかけたことも会ったけど、助けてくれたのはやっぱり彼で……うん。やっぱり私は、彼に恋をしてるんだ。
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