第五章 ミコトの引越し
ぱたりとドアを閉め、扉のむこうからかすかに聞こえた相棒の応答の音を聞き、俺はよしと一人つぶやいて階段を考え事をしながら降りる。
深紅の奴にはああは言ったが、俺としてみれば桜ちゃんと深紅がくっつくということ以上に面白いこと、もといめでたいことは無く、どうにかしてあの二人をくっつけさせることは出来ないだろうかと画策をする。
積極的なアプローチというのも考えたが、今のままの関係を望む桜ちゃんに無理にアプローチを仕掛ければ、深紅と桜ちゃんの距離が逆に離れてしまいかねない。
となると必要になるのは第三者によるさりげなーいラブフィーリング
※意味不明。
となれば、動かなければいけないのは当然俺ということになり。
「……へへへ」
このとてつもなく面白そうな出来事を高みの見物で独り占めできるということである。
「さて、相棒のため一肌脱がせていただきますか」
そう、心の中で俺は覚悟と策略を練り、 このときをもって長山龍人による
愛の雪月花作戦がスタートするのであった。
■
午後二時。
城の専属料理人兼居酒屋店主のミコトの仕事にわれわれ全てが納得の五つ星を出し、その後桜の大声による緊急収集により俺たちは村から集められた大工に城の修理を任せながら桜の部屋に集結していた。
集められたのは俺、長山、カザミネ、ミコト そして桜の五人。
現在晴れてミコトが城の専属料理人に抜擢された事により、我らの食料供給事情が精神面でも栄養面でも磐石な体制に戻った。
俺と長山は桜の部屋に一同に解した面々を改めて見回した後、ミコトという救世主の登場に安堵の表情を浮かべながらも新たな問題に頭を抱える。
それは
「……ミコトの部屋の荷物を、どうやってここまでもってこよう」
その問題を提起したのは俺であり、その事実を知っているカザミネのみがアーと言葉を漏らし、そこからあれよあれよと本格的に冬月桜提督による大会議、どきどきお引越し作戦会議が開かれた。
まぁ当然、こんなこと桜とカザミネが作る記憶も吹っ飛ぶ風雲爆滅クッキングに比べればほほえましいような悩みなのだが……。(昨日長山に教えてもらった)
「えーでは皆さん! 本日は私達の新たな家族となったミコトのお引越し大作戦を開くであります!」
ちなみに、桜はこれがやりたかっただけの節がある。
どうやら彼女はアウグストゥスではなく、ヒトラーの方がお好みらしい。
はぁ。
「こらシンクン、返事はサーイエッサーでしょ!」
「さーいえっさー」
正確にはイエスマムである。
「よろしい、では今回の目的を答えなさい!龍人君!」
「はっ閣下!」
あ、こいつ今回は乗っかる方向できやがったな。
そして桜、お前何もする気ないな。
「今回の目的はミコトの散乱している部屋の荷物をいかにして運び出すか、を考えるだけであります。しかし、カザミネいわくミコトの部屋はまさにごみ屋敷。また深紅によると片付けるのにも一日を要するほどの生活力のなさ。
これは一室に納めるために取捨選択をするのは相当な努力が必要だと考えます!」
「……なんだかひどい言われようねぇ」
「事実だろ?「じじつっさ」
抗議の眼を俺とカザミネは一蹴し、ミコトは珍しくしゅんとして押し黙る。
なるほど、自覚はあるのか。
「では参謀!龍人君。問題は何?」
スピード出世だな長山。
「問題の大部分は無数の酒!計算によれば酒の重さは全部で二十トンを超え、トラックを用いても運べず冬月家の酒蔵の許容量をオーバーするかと!」
「それは大変ね!これは議題としては十分ね!」
何かもう桜が暴走してる。まぁ問題といえば問題なのだが……
「あ、ごめんなさい、それなら私もうお酒必要ないから、全部破棄で」
「……」
晴天の霹靂。先ほどまでノリノリ長山と桜は、まるで世紀末に出会ったかのような表情を浮かべ。
「……終ーーー了ーーー!」
桜の一声により第一回桜提督による大陸作戦会議は幕を閉じ、普通にみんなでミコトのお引越しを手伝ったのだった。
■
「ほっせほっせほっせ」
余命一ヶ月とは思えないくらいの勢いで、重さ五キロのダンボールを桜はトラックに積み込んでいく。
なぜお姫様がこんな仕事をしているのかは知らないが、たのしそうなので俺も負けじとトラックに荷物を積み込んでいく。
長山は、力仕事は男の仕事だといっておきながら、先ほどたんすの角に小指をぶつけた後それの下敷きになりあそこで気絶中。
女性のプライベートのものが多い荷造りはさすがに感化できないためミコトとカザミネの両名に丸投げし、無心で淡々と作業をこなす。
「あわわったたたったた」
桜がとうとう足元をふらつかせ、長山の二の舞になりそうになる。
まぁそろそろかなと思っていたのでこちらも用意はしていたのだが。
「あ」
「大丈夫か?」
「……え?あ……う、うん!?」
「どうした?」
「ふえっ!?えと、あの……ありがとう」
「なに、友達なら当然のことだ。それに、そろそろ転ぶころだと思ってたからな」
「なんかすごい悔しい気がする。それは」
「それはすまなかった。今度からは転ぶまでまって助けよう」
「ひねくれもの」
いーだと桜はお嬢様らしくない顔をして、それに俺は一度苦笑をして桜にコートをかける。
これぐらいなら許されるはずだろう。
「ふえ?」
「少し休め。後は俺と長山がやる」
「でも」
「あそこのバカももう少し働かせないと、給料泥棒になる」
「……もう十分、給料以上の働きはしてると思うけど」
「桜は長山に甘すぎる。こいつはこう……右腕がなくなるまで働かせても大丈夫だからな?」
「ちょっと待て深紅!?なにさらっと恐ろしいこと口走ってるのかな?」
「お、なんだ生きてたのか」
「ひどい!?お前それでも人間か!?なんかお前の中で俺の命だけやけに軽くない?! 簡単に殺そうとするなぁ!長山だって生きてるのぉ!」
「……いいじゃねえか、どうせ千切れてもはえてくるだろ?」
「生えるかあ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ長山を相手していると、桜はどこか楽しそうな表情で俺のコートを握り締める。
まったく、あの様子じゃミコトが新しく家族になることが相当うれしいらしい。
「……長山、行くぞ」
「おいこら!?まだ話は終わってねーぞ!」
「終わったら聞いてやる」
「本当だな!?約束だぞ!指きりげんまん!」
「はいはい」
それなら急ぐとしよう。桜の喜ぶ顔がそんなことで見れるなら、いくらだって。
■
引越しは拍子抜けするくらいあっという間に終了し、夕方から夜になるまでには、ミコトの部屋は立派に個室として機能するようになっていた。
まぁ通常よりも胡散臭さ二割増し、洋館の一室に無理やり中華思想をねじ込んでいくスタイルは、確かにお国柄を表しているともいえなくも無いが……。
まぁ、とにもかくにも他の部屋に比べて異質だっていうのは確かだな。
「落ち着かないのよ、洋物は」
と、ミコトはジトッとした眼で文句ある? と訴えてくるため。
それを感じ取って俺は黙って両手を上げる。
「分かればよろしい」
時刻はすでに十九時を回っており。
「腹が減ったさー」
「減ったぞー」
下でバカ二人が鳥の雛のように騒ぎ始める。
あいつらを柱にくくりつければよい柱時計になるんじゃないだろうか?
朝夜七時と十二時にしかならないのが問題だが。
「さて、お仕事の時間のようね」
どこか楽しそうにミコトは自分の部屋をぐるりと一度見回し、俺の背中を叩いて厨房へと向かっていく。
楽しそうで何よりだ。
ゼペットの襲撃とか石田さんの傷とか、色々と面倒くさいことも起こり少々心配もしていたが……まぁ、引越しは正解だったようだ。
と。
「あっ」
感慨にふけっていると、俺は丁度ひじを写真立てに当ててしまい机の上から写真が落ちる。
「しまった……あー」
落ちた銀色の写真立てには数枚の写真が保管されていたらしく、ばらばらに床に置ちたそれを一枚一枚拾いながら俺は自分のドジに呆れながらもとあった場所へと戻していく。
「あ」
その中に見覚えのある写真を一枚発見する。
それは、俺がミコトの家を掃除した日……ごみための中から発見したこいつの家族の写真だ。
「……」
特に気になったものが移っていたわけでも写真に興味があったわけでもないが。
俺はふとその写真をみて思う。
ミコトはあまり家族の話をしたがらない。
生きているのか、どこにいるのか……。思えばミコトに関して身の回りの情報が極端に少ない。
不思議で神出鬼没なくせに寂しがりやなミコト。
もちろん、人の過去に勝手に踏み込むことは人としてアウトだ。
敵陣に単身乗り込むよりも勇気がいる。だから自分から話すまでは放っておこうとは思うが。
「……まぁ、話すことも無いだろうな」
別に、俺には関係ないことだ……。
そう、自分に言い聞かせ俺は最後の一枚の写真を拾い。
「え?」
知らず知らずのうちに声を漏らす。
そのとき……俺は記憶をめくり見た。
それは忘却のかなたへ捨てられ、色あせていたもの。
「これは……」
その写真に写っていたのは。
「俺?」




