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第五章 不知火深紅の初恋

「はぁ」

見張りを再開しながら一人物思いにふける。


桜に言われたあの台詞。

「忘れろといわれても……忘れられるわけ無い」

初めて、俺は彼女に触れてそして惚れていることに気づいた。

桜はあれを気の迷いだと認識したみたいだが……思えば、俺はずっと前から桜に救われ、そして焦がれていたのだ……この気持ちは本物で、そして偽りは無い。


あいつと一緒にいる時間が楽しいのも……自分が壊れると分かっていても桜を守りたいと思うのも……全部俺が桜に惚れている証拠だ……。


だから、あの夜を忘れようにも忘れられるわけなど無い……。

俺は全てを捧げても桜を守りたいほど恋焦がれているのだから。


しかし、それは俺の手前勝手な言い分だ。

俺が桜をすきでも……桜は俺を友達と思っている。

だから、昨日の行為を桜は今日、わざわざ諌めに来たのだ。

……桜は俺には惚れていない。

わかって理解してはいるが……ふと単語にしてみると心臓がずきりと痛む。

……あぁ……まったく。


「片思いってのは辛いなぁ」

「だれが誰に片思いしてんだ?」

「……!?ななっ長山!?いつからそこに!」

「え、いつからって……今さっき。の、ノックもしたぜ?」

「む……そ。そうか」

「どうしたんだ?」

「いや、悪いな……少し考え事をしていて……桜は?」

「まだ寝ててドアが開かないから、こうやってお前の様子を見に来たってわけ。珍しいよな、いつもなら銃もってお前と一緒にどんぱち練習やってる時間だってのに」

「……昨日の今日だ……疲れているんだろう」

「それもそっか……いろんなことがありすぎたよなぁ?」

長山は困ったような表情を零してその場に座り込む。

どうやらここで俺を使っての時間つぶしをするつもりのようだが、俺はかまわず冷静になった頭で見張りを再開する。

「で? 誰が誰に片思いしたって?」

ごまかせなかったか。

「別に」

「やれやれ、桜ちゃんに振られちゃったりとかして~」

「なっ。さ、桜から聞いたのか!?」

「え?」

「え」


一瞬俺は何が起こったのかわからずに硬直をし、そして同時に自分が墓穴を掘ったことに気がつく。

「まさか、お前本当に」

「……ちっ。笑いたきゃ笑え」

「んじゃま早速。ぎゃっはっはっはっはあっはあっは!」

「笑えって言ったじゃねえかよー」

「すまん……なんかむかついた」

「ひでぇ!?」

「……ったく、よりにもよってお前に知られちまうとは……」

「まぁまぁ。で?なんていって振られたの??」

「てめぇ……むかつく……主にそのうれしそうな顔がむかつく」

「まぁまぁ、ええじゃないか減るもんじゃねえし。もしかしたら悩めるお兄さんのキューピットになれる、か、も」

長山はいやらしい表情をみせ、がっしりと後ろから俺の両肩をつかみ力強く握る。

どうやら話すまで離さない気構えのようで、ぎりぎりと俺の肩が万力に挟まれているように軋むのがわかる。

……これは、冗談抜きで話さなかったら初対面時の悪夢の再来になりかねず。

仕方なく俺は、言いたくなかった台詞を一言一句間違わずにつむぐ。

「……はぁ……今の関係を壊したくない……そういわれた」

ずきりと俺の心が痛み、俺はスナイパーライフルのスコープから眼を離し、長山と向き合う。

「今の関係を壊したくない……か。いいじゃねえか、裏を返せばこのままそばにいて欲しいって意味じゃん。嫌われてないんだ、まだ脈は……」

「いや、俺が悩んでいるのはそこではない……」

そうだ……俺は桜を守れればそれでいい。桜が最後まで幸せでいられるなら、恋人関係となることまでは望まない……そもそも、俺と桜では到底つりあわない。

だから、俺が気にしているのは……。

「?」

「桜にはそのとき、今のことは忘れようといわれた……」

「今のこと?ちょいと深紅、つぎはぎだらけじゃわかんねーよ。いつもお前が言ってることだろ? 何があったかしっかり教えてくれ」

なぜこういうときにだけ長山は常識人になるのだろうか。

「あ……あぁ、そうだな」

「で?何したのお前」

「……桜を抱きしめた」

「ぶっ!?」

「いや!別に欲情したとかそういう理由ではない!ただ、桜が動揺していたから……ほかに落ち着かせる方法が思いつかなかったわけで……」

「あーオーケー。大丈夫だ……大体分かった、で?それで何を悩んでいるんだ?」

「桜にはそのことを忘れて欲しいと頼まれた……だが」

「?」

「……忘れようとしても、どうしても忘れられそうに無い。 桜の息遣い、感触。

全てが今でもつい先ほどのことのように鮮明によみがえるんだ……だから」

そういうと、不意に俺は長山に頭を小突かれる。

「ぬっ!?」

「お前ってもしかしてバカだったのか?」

「なっ……」

「あのな深紅。桜ちゃんが忘れようって言ったのは何でだと思う? 」

「……恋人関係になりたくないから?」

「三十点。真意を読み取れ朴念仁。桜ちゃんが忘れようって言ったのは、ここで変にお互いを意識しあって関係がギクシャクすることを恐れてだよ。前にも心当たりあるんじゃねえか?」

そういわれて俺は、この前のことを思い出す。

……確かに。関係がギクシャクした訳ではないが、俺も桜もしばらく緊張してお互い距離を置いていた……。

「……あるんだな」

「ああ」

やれやれ、と長山は一つ俺に対してため息をつき。

「はぁ、だったら簡単だ。桜ちゃんが言いたいのは、あのときのことを完全に消去するんじゃなくて、あの時の事を気にしないでこれからも同じように接して欲しいって意味だよ」

「そうなのか?」

「あぁ、保障する。なんなら俺のコレクションをもう一本賭けても良いぜ?桜ちゃんには時間が無いからな……あんまり時間をかけちまうと逆に未練が出来かねない……お前も桜ちゃんと寝たいとか体が欲しいとか思ってるわけじゃねーんだろ?」

「なっ!!?おまっ!何を」

「あら、深紅って意外と初心なのね。まぁいいや、とりあえず。お前は、桜ちゃんが幸せに人生の幕を閉じられればオーケー。桜ちゃんは、お前と死ぬまでずっと一緒にいられればオーケーなんだろ?だったら難しく考える必要は無い。そうだろ?」

「……ただ、桜のそばで親友として守ってやればいい?」

「そういうことだ」

「……そうか」

ふと、心に閊えていたものが少しだけ取り除かれたような感覚がする。

長山はいい事をいった……そうだ。難しく考える必要は無いのだ。

桜は今までと同じように接して欲しいといった。

なら、俺はこれからも桜をそばで守ればいい。

今までと変わらず、俺もそれに不満は無い……。

昨日のことで気が動転していたのは俺のほうだったようだ。

「……納得した?」

「ありがとう長山」

「いいっていいって。ってかお前に素直に感謝の言葉をもらうと気持ち悪いぜ」

「……あぁ、いつもどおりで良いんだよな」

「そういうこった……」


満面の笑顔を長山は俺に向け、がんばれよと一言漏らして俺の肩を叩き、下の階に続く階段のドアを開いて下へと降りていく。

「ああ」

もう見えなくなった長山にたいして、俺は自分のアホさ加減に苦笑をもらしながら短く応えて見張りを再開する。

                   ■


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