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第五章 仮身の誕生

「桜」

「何か見つかった?」

「お前の父親のレポートだ……」

俺は本棚の埃と格闘している桜を呼び、机の上で開く。

「……これ、お父さんの文字だ」

きょとんとした顔で桜は何かを考えるような素振りを見せる。

「見覚えあるのか?」

「うん……この本、どっかで見たことある気がするんだよね」

眼を閉じて、人差し指を頭に押し付けながら、桜はしばらく記憶をまさぐり始める。


「……まぁいっか。読めば思い出すよね、うん」

あ。諦めた。

手を伸ばし、桜は日記のページをめくる。

ギアの設計図とは違い、少しコンパクトなサイズの日記は、小さく埃を巻き上げ、記された物を開示する。

「……」

現れた日記は、ところどころに黒いものがにじんでいた。

「……これ、インクだよね?」

「……多分」


 ランタンの光が生み出す影により、日記は血液が飛び散っているかのようにも見える。


 まるで血が、読んではいけない部分を隠しているみたいだ。


「ごく」


 小さく隣から息を飲む音が聞こえてくる。

桜でも、やはりこういうのは苦手なのだろうか。

そうなら、この姫様にも可愛らしいところがあるじゃないか。


「……な……何、シンくん?」

「いや、なんでもない。 読むぞ」

「うん」

                        

                        ◆

【―――冷戦の終了は、核抑止の無意味を物語った。


戦争は変化し、時代は変わり、人はもう自らの生息する場をも破壊するだけの兵器を得た。


そして、人類は学ぶ。 現在の武力を保持したまま、第三次世界大戦の引き金を引けば……人類の栄光は、一握の砂の如く……散ってしまう。


だが……人は決して、平和ではいられない……。

そこには不安が生まれ、安全を求める。


 そうなれば、人が行き着く先は一つ、人類は……新たな兵器を所望した。

低コストで、人を核兵器よりも刈り取り、そして……人のみを殲滅する兵器。戦争は変わる……私の手で】


「……お父さんのものだね……本当に」

「桜……大丈夫か?」

「いつまでもお父さんの事に振り回されてるわけにもいかないしね」

「……そうか。じゃあ続きを読むぞ」

「うん」

【……キューバ危機終結後、歴史上では記されることのない、先進国首脳秘密会議が行われた。参加した国は、アメリカ、ドイツ、イギリス、ソビエト、中国……そして日本。

 

 そこで話し合われたことは、新たな戦争についての事だ。

元々核兵器とは、相互抑止を目的としたものでは無い。

他を圧倒する力により、世界の覇権を握る……その為に作られた兵器。

しかし、五十年前はまだ誰も理解していなかったのだ。

人が作ったものは、他人にも作れるという当たり前のことを。

 

 結果、核兵器は全世界に広まった。

微量な核燃料で、圧倒的な破壊を……どの国でも簡単に行えるようになってしまったのである。


 その反省を生かし、話し合われた議題は……核兵器にとって代わるだけの殺傷能力を持ち、それでいて不要な破壊を生み出さない兵器であること。 

そしてなおかつ……相互抑止が成り立つこと。

その二点をクリアした兵器についてであった。

……もちろんの事、そんな都合の良い兵器などは存在するわけもなく、議会は難航した。

が。

 そんな時に、人の代わりに戦闘を行う代理兵士を提唱した人間が一人。

……その男が現代の仮身技術の祖。~ジューダス・キアリー~】

「!?……ジューダス……」

「知り合い?」

「……俺の所属している部隊の、事実上の最高指揮官……俺の上官だ」

「え……でも、シンくんって、これを破壊するための部隊なんじゃ」

「あぁ……そのはずだが」

俺は良くわからなくなり、続きを読み進める。

【ジューダスの作り上げた仮身は、、人そのものであった。命令に忠実な人間……確かに、物として扱える兵士は魅力的だった。

しかし……問題があった。

ジューダスの技術を模倣することは……不可能だったのだ。

彼は天才だった……あの精密な兵器を、すべて手作りで作り上げる。

……手から人を生む。 そんな技術を人が真似ることは不可能……ましてやこの時代の機械などでは追いつけるはずもない。

ジューダスの提案はその為に棄却され、そのプロジェクトは新たな方向を向いた。


 一つは先天性異常の複製。

そしてもう一つは……仮身を一般人でも製造できるレベルまで引き下げること。

……私に割り当てられた任務は、後者であった】

……そこで、そのページのレポートは途切れていた。

「こうやって、仮身は産まれたんだ」

ページをめくりながら、桜は少し真剣な顔をする。

「……ああ」

 しかし、俺が気になったのは他の事だ。

ジューダスが仮身製造技術の祖。

これが本当に俺の知っているジューダスなのか?


……だとしたら。

まさか……東京のあのギアプラントも……。

「シンくん?」

「っ」

「どうしたの?怖い顔して」

「あ……いや。 なんでもない……」

「埃で気持ち悪くなった?」

「大丈夫だ。少し、気になることがあって考え事をしていた。それだけだ、心配しなくていい」

「そう?無理しちゃだめだよ?」

「あぁ……ありがとう」

 桜の言葉で、俺の思考は正常に戻る。

まだ疑念は晴れたわけではないが……その思考は頭の隅っこへと追いやっておく。

十年間奴を見てきたが、あの男が悪になることはない。

あいつの言うことは常に正しい。

思考を放棄するうわけではないが……奴を疑うくらいなら、自分の頭を疑った方がまだましだ。

……仮身の技術を冬月 一心にとられたから、対仮身の部隊を作り上げるなんて子供みたいなこと、ジューダスがするはずもない。

 第一、もしそうだとしたら俺に桜を守れなんて指令を出すわけがない。

だからこの予想は杞憂であり、今は必要のない思考だ。

日本に戻るのは、早くてもあと二週間後……気になるのならば、帰ってからゆっくりと問いただせばいい

そう思い、俺は資料に集中する。

「……何かほかに書いてあるか?桜」

「ん~駄目。何かほとんど実験のレポートみたいになってる……それもかなりグロテスク……うぇ……今夜夢に出てきそうだよ」

「おいおい……そういった資料は俺に回せ……不眠症にでもなられたら石田さんが目を覚ました時に合わせる顔がない」

「うん、そうだね。私頑張る」

「いやだから、そうじゃなくて」

「だって、シンくんロシア語読めないし、読むスピードも遅いから、こういうところでは私の方が役に立つんだよ」

「うっ」

返す言葉もなく、俺が押し黙ると、桜はまた資料を読み始める。

速読と言う奴だろうか、桜はハイペースでページをめくりながら、ところどころで指を止めてはうなずいたり首を傾げたりする。

何やら忙しそうな様子であり、今回ばかりは桜を頼った方がよさそうなので、俺は他の場所を探すことにした。

「っしょと」

 

 高い場所の書物を数冊抜き取り、俺はぱらぱらとめくってみる。

一応日本語表記のレポートを抜き取ってみたが……、そのほとんどは仮身を製造する過程の記録であり、桜に関しての情報は一つもない……というか、桜が生まれる前の記録ばかりだ。

 

 しかし、それならば年代を絞って探せばいいと思うかもしれないが。

保存状態が悪かったせいか、背表紙のほとんどは何が書いてあるか分からない状態であり、その上整理整頓がなされていないため、あたりをつけて探すということも出来ない。


「……しっかし、本当に片付けが出来ない人間だったんだなぁ」


 順番に本を抜き取ったはずなのに、目の前に並んでいるレポートは内容がバラバラであり、もくじに書かれている本の番号も、五の次が十二だったりと、おおよそ順番と言う概念が存在しないのか、何の為に番号を振ったのか分からなくなるほど、棚の書物は適当に収納されている。


「……おいおい、なんでレポートの間に絵本なんて挟まってるんだよ」


 呆れながら絵本を手に取り、俺は埃を払う。

「……アルカナの人々?」


 なにやら変な昔話ではあるが、俺は何故か気になったため、少しばかり作業を中断して、その絵本を開いてみる。


【昔々、人が生まれる少し前。神様は人間を作ろうとしていました。 

しかし、ここで一つだけ問題が生まれてしまいました。 その問題とは、いかに人間を一人一人丁寧に作っても、必ず二十四人だけ、特別な人間が生まれてしまうのです。

例えば、一人は世界の声を聞ける代わりに、死ぬことを失い。

あるものは未来を知ることは出来ても……痛みを知らないもの。……世界を意のままに変化させられる力を持ちながらも……愛を知らないもの。

そういった、特別な力を持ち。代わりに当たり前のものを失った人々が現れてしまったのです。

……神は仕方なく、その人間達も普通の人間達と同じように地上へ送りました。

すると、人間達はその二十四人を、それぞれ神としてあがめ、恐れました。

……やがて彼らを示す言葉……アルカナを作り出しました。

恐ろしい神に対して……少しばかりの皮肉を込めて。

……それからも、アルカナの人々は死んではまた他の場所で生まれ変わり続けました。増えることも減ることもなく、今もずっと、アルカナの人々はこの地球にいるのです」


 なんだこりゃ?

子供用に作られた絵本にしては内容がやけに難しすぎるし。

宗教にしては内容が破綻しすぎている。

これじゃあどんなにそれっぽく唱えたって、お布施はもらえそうにない。

確かにアルカナの元となったタロットは、生まれた元やその起源が曖昧ではっきりとしない。

だからこの話を頭ごなしに否定することは出来ないが……。

それでもこの話は色々と無理がある気がするのだが……。

絵本に突っ込みを入れるのは野暮なのかもしれない。

「って、今はこんなもんに気を取られている場合じゃないだろ」

慌てて本を閉じて、俺はその絵本を元あった場所に戻す。

「真面目に探さなければ」

反省をして頭を一度掻き。

俺は本棚に視線を戻す……と。

バタン。

「?」

突然、背後で何かを落とした落としたような音がする。

「は……ハックシュン!?クシュン!?」

「……桜、大丈夫か?」


 どうやら本を落としたらしい、舞い上がったほこりにやれれてくしゃみを連発している。

「うぅ……くしゅん!?大丈夫っくしゅん!?何も……ないよ」

「ったく、何か変なことでも書いてあったのか」

 埃に喉をやられないようにコートの袖で口元を隠して、俺は桜へ歩み寄ると。

「ううん、別に何もない……何もないよ。 ちょっと手が滑って落としちゃっただけ」

桜は慌てて落とした本を拾い上げ、元にあった場所に戻す。

「……そうか」

「うんっしゅん!?シンくん……ごめん。ちょっと埃すごいから……一回外でよ」

 桜の表情は苦しそうで、埃に目をやられたのか、少しだけうるんでいる。

……これは辛そうだ。

「分かった……いったん出よう」

「うん……クシュン」

 倉庫から桜の部屋まで一度引き換えし、桜のくしゃみが止まるまで待つ。


「くしゅん!? っくしゅん!!」


 苦しそうにくしゃみをする桜を、俺はいつもの場所で眺めるだけ。

……どことなくその姿が愛くるしく思えるのは、事実なのかそれともただ単に俺が彼女に呆けているだけか。

「はぁ」

「ご……ごめんシンくん」

「え?あ……いや」

 今のため息を桜は自分に対してのものだと勘違いをしたらしく、しゅんとした表情をこちらに向けてくる。


 その表情は見慣れているはずなのに、涙ぐんでいるからだろうか?

俺は自分の心臓が跳ね上がる音がひときわ大きく聞こえた。


「ち……違うぞ桜。今のため息は、ここのところ色々なことが立て続けに起こったから、疲労がたまってたというか……あほなことを考えている自分に呆れたというか」

「そうなの?」

「あぁ……別に怒ってなんかいない」

「むぅ……君いっつも眉間にしわ寄せてるからわかんないよ」

「悪かったな、これは生まれつきだ」

「そんなことないよ、生まれたばかりの子供はみんな笑うはずだよ」

「いいや、ガキが一番最初にする事は泣くことだ」

「ああ!!そうやってまたすぐ私の上げ足を取る!意地悪!シンくんの意地悪!!」


 頬を膨らませて桜は怒ったような素振りを見せるが、逆に可愛らしさが増してしまっている。

「まぁ、そんなくだらないことは置いておいて」

「くだらない!?くだらないって言われた?シンくんが悪いのに!」

「あーうるさい……さっさと話を本題に戻すぞ。お前の見た本の中に、何かお前の病気についての記述はあったか?」

「何もなかったよ」


 桜は、あらかじめ答えを用意していたかのように、そう即答した。


「?……そうか。まぁあの書類、変なものも時々混ざってたが、ほとんどが仮身についてのレポートだったからな」

「うん、私のところも似たような感じ……かな」

「やれやれ、結局は無駄足か。石田さんも何故あんな場所の鍵を大事に持っていたのやら」

「きっと、お父さんの書類だったからだよ。当主の部屋を守るのも執事の仕事だって、石田いつも言ってるし」

「ふむ……しかしまぁ、調べれば何か出てくるかもしれないから、後でまた調べるか」

「調べる必要なんてないよ」

「……?」


 その時、俺は桜のセリフに少し引っ掛かりを覚えたのだが。


「深紅~」

「あ、龍人君が呼んでるよ?」

「……みたいだな。珍しいこともあるもんだ」


 長山の声によって、その引っ掛かりは消え去り、俺はそのまま、桜の部屋を後にした。

                        ◆


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