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番外編2-3




『…明らかにストーカーっぽいよな?やっぱり…』



龍はコーヒーを飲みながら苦笑した。





龍がいるのは駅前にあるカフェ。

家から歩いて15分ほどの場所にあるから時々利用しているのだが、わざわざ昼の3時に店を閉めてまでここに来たのにはわけがあった。


このカフェの、道路を挟んだ向かいにあるおしゃれな居酒屋は、本日ゆめが参加する新歓コンパの会場である。

数日前ゆめには寛容なことを言ってみたものの、心配で心配で朝から仕事が手につかなかった龍はついに我慢できなくなり、店を閉めてこうして偵察に来たのだ。


やりすぎだとわかってはいるが、一度嫌な想像をしてしまうともうどうにもならなかった。

これじゃあまるで一鷹だと思いつつも、コンパの集合時間の1時間前にはこの辺りをうろうろしていた。

まるで檻の中の熊のように落ち着きがないせいか道行く人にじろじろ見られているような気がして、龍はこのカフェに腰を落ち着けることにしたのだ。


窓際の席だが、よほどのことがない限り、道路の向こうから自分を見つけることは不可能だろう。

龍は安心して、コーヒーを飲みながら自分の正面にある居酒屋周辺にそわそわと視線を走らせていた。

眉間にしわを寄せ、真剣に考え事をしているように見える龍に、女性からの熱い視線が集まっていた。

もちろん、本人は全く気付いていないが。


龍の頭の中にはゆめでいっぱいで、もし現在の龍の思考が周囲にいる女性たちに見えたなら、みな一斉に引いてしまっただろう。




龍は自分の妹と同い年の恋人に、文字通りべた惚れだった。

かわいくて、愛しくてたまらない。

その容姿も、しぐさも、聡明さも、弱さも強さも欠点も、それこそ全て。

放したくない、ずっと抱きしめていたい。

ゆめを想うだけで胸の奥がきゅっと切ない音を立てる。


血のつながっていない妹・はるかに対してはこんな気持ちになりそうにもないし、考えるだけでもあほらしい。

だから、時々胸に突き刺さる一鷹の「ロリコン」という一言は、きっと当てはまらないと思っている。

アクセサリーショップに来る、彼女たちと同年代ぐらいの女性には、全く興味が湧かないのだからそれは正しいと確信したいと考えていた。

やはりゆめだから、他の誰でもない彼女だからこんな気持ちになるんだろう。



外見のワイルドな男らしさや朴訥とした態度からすると意外だが、龍は案外ロマンチストだった。

誰にも言ったことがないが、ゆめは自分の運命の女性だと考えていた。

龍はあの忘れられない雨の日にただ一人の女性であるゆめに会うために、出会いと別れを繰り返してきたのだ、と。

それはずっと昔から約束されていたことなのだ。

だからこれほど彼女のことを愛しているのだ。


そう考えるだけで、龍は言いようもない誇らしさを感じるのだった。



そんなことを考えていたら、居酒屋周辺に大学生らしき群れが立ち止まった。

にぎやかに騒ぐその中心辺りに、ゆめの姿がちらりと見えた。

今朝着ていった若草色のニットのカットソートにスリムなジーンズ、龍がプレゼントした淡いピンクのコートをきた彼女は、一人だけ浮かび上がるように見えた。

きっとそのほっそりとした手首には、かつて龍がプレゼントしたブレスレットがはめられているだろう。


離れた場所から見ると、同年代に囲まれたゆめは自分とは全くかけ離れた年代の、それこそ”女の子”に見える。


『ゆめと腕を組んで歩いているのは、伊達舞子さんだろうか?』


大学入学してから、ゆめの話の中で一番出てくるのが彼女だった。

紹介されたことはないがとにかく元気いっぱいでいつも助けてもらっていると言っていたが、ここから見た限りでも明るくて真っ正直で元気いっぱいに見える。

それに、周りにいる男たちに怯んでいるゆめをうまく守り、励ましてくれているようだ。


ゆめに対して必要以上に過保護になっていることは、龍にもわかってはいた。

けれど、ゆめがぼろぼろに傷ついたあの事件は、龍にも未だに深い傷として残っている。

あの頃の、傷だらけになって心閉ざしていた彼女は遠い日のことになりつつあるけれど、龍にとってはいまだに忘れられない生々しい記憶だった。


そういう意図がないとしても、独善的な情熱に駆られやすい男たちがゆめを傷つけるのではないか?

完全には癒えていない男性一般に対する不信感や恐怖心を拒絶とみなし、己のプライドをかけて無謀な行動に出るのではないか?


彼女の気持ちを無視して絶望の淵に突き落としてしまうかもしれない男は、ゆめが魅力的である限りこれからも無限に出てくるだろう。


もう二度とそんな思いはさせたくない。




そんな物思いの中、舞子の言葉にゆめが楽しそうに笑ったのが見えた。

龍のそばにいるゆめは、まるで子供みたいに無邪気に笑う。

今見たのはそれよりももっと控えめな笑顔だったが、それでも龍の心はざわめいた。


どうして自分がここにいるのだろう?

ゆめと同じような年代だったら…。

ゆめを案じる気持ちとともに感じる、おなじみの焦燥感であり、嫉妬だった。


ふと考えて、首を振った。

そんなことは本気で望んではいない。

今の自分があるから、こうしてゆめを守ってこられたのだから。

それでも、時々二人の間にある年齢差に焦りを感じないわけにはいかなかった。



だから、余計にゆめの事が心配で、心配でたまらないのだ。

事ゆめに関しては、どうしても自分に自信が持てなくなる。

全力で守りたいというのに。



大学生の一団はぞろぞろと居酒屋に入っていき、路上をほんの数分前と同じく歩行者がせかせかと歩いていく。



『…2時間ほどって言ってたっけ?』


龍は腕時計で時間を確かめた。

どうやって時間をつぶそうか?

友人の食事も出しているカクテルバーに行こうかとも思ったが、ゆめのことが気になって仕方ない状態では時間も遅々として進まないだろう。


しばらく逡巡して、すっかり冷えた二杯目のコーヒーを一口飲んだ。


『出来ればこんなことはしたくないんだけどな…』


龍はわずかに顔をしかめ、携帯を取り出した。












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