番外編2-4
「ゆめちゃぁ~ん、食べてる?飲んでるぅ~?」
「あ…は、はい、あ、あの、大丈夫、です」
さっきから何度こんなやり取りをしているだろう?
ゆめはため息をついた。
酒が進むにつれて宴会はどんどん盛り上がっていき、最初はゆめに遠慮していた男たちのたががはずれていった。
そのため、多くの男子学生がゆめを取り囲み、押し合いへしあいし、なんとか彼女の気を引こう、話をしようと躍起になっていた。
隣に舞子がいて追い払ってくれているからいいようなものの、そうでなければいったい何人の男が酔いに任せてゆめに抱きついていたかわからない。
宴会終了予定時間まで、あと1時間ほど。
ゆめはもう1時間前から帰りたい気持ちを押し殺してきた。
一度舞子のブロックをかわして肩を抱いたり、髪に触ったりした男がいたからなおさらだ。
ゆめは未だに男性一般が怖くて仕方なかった。
龍はもちろん、いろはの夫である一鷹は別として、どこかに彼女を散々傷つけた元義父を髣髴とさせるところがあったからだ。
自分がもてるという自覚はなかったが、それでも男性から向けられる欲望には敏感なゆめは、その手の勘定をむき出しにされると怖くてたまらなかった。
さらに今は宴会の席だから話題も下品で性的なものが多く、不快感は増した。
ゆめは極力耳に入れないようにし、ウーロン茶をちびちび飲むことで自分の気持ちをそらしていた。
とにかく、舞子のためにもここは我慢しなくてはならない。
あと1時間…ゆめはちらりと時計を見た。
「…俺は龍がよもやストーカーにまで成り下がるとは思ってもみなかったよ」
「…一鷹、うるさい」
「だってさぁ、ゆめちゃんがたかが新歓コンパに参加するってだけで、
俺呼び出してまでこんなところで張り付いてるし?」
「お前だって以前いろはが女子会に行ったとき、こっそり居酒屋で
酒飲んでたじゃないか。
それに俺、5日前にお前たちをジョイプラスで見たぞ?
あれはどういうこと…」
「うっさいっ!つまんねぇことほじくり返すと帰るぞっ!」
龍はカフェから一鷹を呼び出した後、コンパが始まって1時間ほどした頃には今の席に二人で座り、酒をちびちびやりながらゆめの様子を見ていた。
座ってる間ことあるごとに一鷹にからかわれ、さらにコンパの席でゆめに触れている男子生徒を目撃したことで、かなり不機嫌になっていた。
だから言わないでおこうと決めていた、いとことその夫の痴話げんかを叩きつけたのだ。
それは5日前、アクセサリーのデザインに煮詰まった龍が街をぶらぶら散歩していたときのこと。
ジョイプラスというファッションビルから、いろはが出てくるのが見えた。
娘のひとはは祖父母のところに預け、久しぶりにビルの中にあるクイックマッサージで全身をほぐしてきたのだ。
すっかりリラックスモードなのか、ひとはの夜鳴きがひどかったため目の下にクマを作っていたのに、血色も元に戻っていた。
龍が声を掛けようと歩き出したとき、店の前に立っていたちゃらちゃらした男二人がいろはの前に立ちはだかった。
明らかにナンパだった。
性格と裏腹に見た目が儚げに見えるせいか、いろはは昔からよくナンパされていた。
そのため、いろはが一人で街を買い物に出かけるようになってから、一鷹はずっといろはのボディーガードをしていた。
もちろん、自分の将来の嫁を守るための、むき出しの男の本能からの行動だった。
それは結婚後も健在で、一鷹の過保護ぶりには両親はともかく、親戚一同あきれ返るほどだ。
それでも「私だっていい大人だし!」といろはが本気で怒って以来、彼女は自由に歩き回っていたのだが。
いろはがナンパについていくわけがないし、何かが起こる前に自力でどうにかするほどの逞しさはあると知ってはいたが、万が一怪我でもしたら一鷹が何をしでかすかわからない、と龍の背中に冷たい汗が伝った。
とにかくいろはを救出しようと慌てて人ごみを縫っていったところ、自分よりもすばやく3人に近づく影が。
そして次の瞬間、二人の男は地面に倒れ、いろはは男の方に担ぎ上げられていた。
もちろん、その男とは一鷹だった。
一鷹は彼の父親の会社に勤めており、もちろんそのときはばっちり就労時間だった。
それでもいろはからのメールでマッサージに行くと知り、会社をサボってまで見張らずにはいられなかったのだろう。
そして心配が現実となった一鷹の嫉妬リミッターは簡単に振りきれ、その全てがいろはに向いたわけで。
翌日のいろはの様子から、その後何があったのか…龍にはうっすらと想像できた。
だからこそ、こうして一鷹に弄り回されると言い返さずにはいられないのだ。
お前のほうが数十倍もひどいだろう、と。
俺がストーカーならお前はサイコパスだろ、と。
むっつりと機嫌の悪くなった一鷹は、それでも帰るつもりはなかったようだ。
なんだかんだで昔から龍には借りがあるし、なにより大親友に大切な人が出来たことがうれしくて、本気で二人を応援していたのだから。
それに、龍がゆめを必要以上に心配する気持ちはわかる。
これまであった事件を横に置いておいたとしても、嫉妬深い自分が龍と同じ立場なら、龍以上に目も当てられないことをしでかすと断言できるからだ。
と、突然、龍が蒼白になって立ち上がった。
一鷹が振り返った先には、ゆめの肩を抱いている男子学生の姿が見えた。
ゆめはおびえているようで、全身が不自然に硬くなっている。
「あのヤロウ…っ!」
「おい、今行くのは早ぇよ。
ほら、舞子嬢が救出した」
「……くそっ!」
龍はコップに残っていたウーロン茶を飲み干した。
自分が酔っ払っては、何かあったとき動けないと、龍は一滴もアルコールを飲んでいなかった。
目の前で一鷹は遠慮の欠片もなく、おいしそうにビールだ、日本酒だ、焼酎だと飲んでいた。
ゆめのことを思えばこれもたいした苦労ではないと思っているが、やっぱりいつものように飲んで、酔っ払った振りしてゆめをかっさらった方がいいんじゃないか?という気がしてきた。
多少良心の呵責に苛まれるかもしれないが、正当化できる範囲だ。
龍の心はゆめとの約束と保護欲の間で大きく揺れていた。
宴もたけなわ。
残り一時間を切ってしまい、ゆめとより親密な付き合いがしたいと考えていた男たちが一斉に動き出したのだろう。
龍の握りこぶしは、すでに真っ白になっていた。




