第9話 国民的アイドル赤点の危機
案外、時間の流れって言うのは早い物でリアナのマネージャーになってから一週間がたった。
この間に俺はというと、学校で噂が広まり生徒たちからは羨ましがられることが増えて行った。
だけど、マネージャーなって良かったことと言うのを俺はそこまで多くは感じていない。
「だって、やってること完全に家政婦だもんな」
毎日リアナの弁当を作ったり、レッスンの付き添ったりと。
やっていることはほとんど召使みたいなものだ。
それなりに上手く関係構築は出来てる気がするけど、未だに心を許されているような事は感じない。
「凪、自分で言うのもなんだけどさ。嫌にならない? 毎日私のお世話ばっかりして」
「なんだよいきなり。変な事を聞いてくるもんだな」
学校終わりに彼女の家で夕飯を作っている途中に彼女はそんなことを聞いてくる。
ちなみに、アイドルの家に出入りして週刊誌とかに取り上げられたりしないかと最初はかなり心配していたが、そこは大丈夫らしい。
ま、なんで大丈夫かは教えてもらえなかったけど。
会社側で何かしらの対策をしているのだろう。
腐っても大手だ。なんの対策も無しに俺を家に向かわせたりはしないだろう。
「良いから答えて。やめたいなら……別に言ってくれたらいいんだからね」
「大丈夫だ。そんなに不満に思ってることはない。ま、もう少しお前が家事を出来るようになったら良いかなとは思うが」
流石に洗濯や掃除くらいはできるようになった方が良いと思う。
夫婦でも、ましてや恋人でもない男にずっと身の回りの世話をさせるのは流石に不健全だ。
「それは当分無理そう。忙しいし」
「ま、だろうな。だから、出来るようになったらで良いけどさ」
最近は武道館でのライブの準備だったり、レッスンだったりでリアナも忙しそうだ。
そんな彼女に無理に家事を覚えろなんて酷な事を言うつもりは毛頭ない。
今はアイドル業に専念してほしいと思うし。
社長もそのためにわざわざ俺を雇ったんだろう。
「凪って真面目だよね。高校三年生じゃないみたい」
「それは誉め言葉か? それとも悪口か?」
「褒めてるの。分かんないの?」
「わかんねぇから聞いたんだけどな。それと、お前テストの方は大丈夫なのか?」
「……テスト?」
ポカンとした表情をしたリアナを見て一瞬で理解した。
こいつ、テストのことを完全に忘れていやがったな。
「もうそろそろ十月だろ? 中間テスト迫ってきてるじゃないか」
高校生であれば、誰もが悩まされるであろう問題が定期テストだ。
ここで赤点でも取ろうものなら補習を受けないといけなくなる。
それは例えアイドルであろうと変わらないことだろう。
流石に担当アイドルが補習を受ける姿なんて見たくないし。
「……凪って勉強得意だったりする?」
「まあ、定期テストでは平均九十点はとれるよう努力はしているが」
「勉強教えて!」
「それは構わないけど。ちなみにどれくらいヤバい?」
ヤバさによっては、どれだけ勉強を教えないといけないかが変わってくる。
それに、あまりにもできないとこれからほぼ毎日勉強を教えないといけない。
「……聞いて驚きなさい。全く持って勉強なんてできないわ」
「……マジかよ。お前」
まあ、そんな事だろうとは思ってたけど。
こいつ定期的に俺と一緒に屋上でサボってるし。
家で勉強をしている姿なんか見たことないし。
実際問題してないだろう。
はぁ、面倒事がまた一つ増えてしまった。
「大マジよ。そう言うわけで何とか私に勉強を教えなさい」
「わかったよ。ちなみに、何点くらいを取りたいんだ?」
「とりあえず赤点を回避したい。補習は嫌」
「了解。ちなみに聞いておくがブランディング的には大丈夫か?」
リアナのテレビでの評価はそれなりに頭のいい子だったと記憶している。
テレビ番組でも平均点くらいは取ってるって言ってたし。
「……やっぱり平均点くらいでお願いしたいかな」
「へいへい。じゃあ、今日は飯を食ってから勉強するか」
「お願いね」
「ちなみに今まではどうやって点数を取ってたんだ?」
「貫井さんに教えてもらってたの」
「……ああ」
貫井さん。本当に辛い思いをしてたんだな。
家事をして、マネジメントもして。
更には、リアナの壊滅的な成績を上げるための手助けまでしてただなんて。
本当に尊敬に値する人だ。
今度から神として崇め奉ることにしよう。
「なによ。その納得したような顔は。微妙にムカつくんだけど?」
「いやまあ、納得自体はしたからな」
「よし、一発殴らせなさい」
「なんでだよ!?」
何故かいきなり暴力を振るわれそうになったけど、それを回避しながら料理を続ける。
さて、どんな風に勉強を教えようか。
◇
「ちなみに、何の教科が一番苦手だ?」
「全部!」
「……だよなぁ」
「そう言うわけで教えてね? 凪先輩」
こういう時だけ、先輩扱いをしてくるのはどうなのだろうか。
そこまで意味を感じないからわざわざ先輩扱いをしなくてもいいと思うのだが。
「わかったよ。じゃあ、国語から行くか。一番教えやすいし」
「おねがいしま~す」
とりあえず、テスト範囲を見てみてざっと教えるか。
そこから後で予想問題を作ってみて。
それを八十点くらいとれるようになるまでやってもらったら大丈夫かな。
六十点は取れるはずだ。
時間が無くて、難しそうだけどそこは俺がサポートするしかないな。
「じゃあ、とりあえずは教科書の読み込みだな。テキスト関連は持って帰ってきてるか?」
「全部教室だね。どうせ家でも見ないから持って帰るのめんどくさくてさ」
「……今日は勉強できないじゃん」
「だね~」
なんて奴だ。
鼻から勉強をする気がゼロじゃないか。
貫井さんは相当苦労してたに違いない。
崇めるって言ったけど、今度から貫井様と言おう。
「はぁ。明日教科書系を全部回収するから持って帰ってくれ。俺がもつから」
「わかった。それと凪」
「どした?」
「私が赤点取ったら許さないからね?」
「……それ、俺が悪いの?」
社会の理不尽に辟易を感じながら、俺はため息を一つつく。
嫌になってきた。
「わかったわかった。じゃ、俺は帰るから。ちゃんと早めに寝るんだぞ」
「はいはい。全く、最近凪がお母さんみたいになってきて私は悲しいよ」
「そりゃすいやせんね。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい凪」
挨拶だけしてから、リアナの家を後にする。
時刻は午後七時を回っていて、外は真っ暗だった。
「早く帰って渚の飯を作らねぇとな。怒られそうだ」
渚って本当に家事ができないからな。
はぁ、年頃の乙女なんだからそろそろできるようになって欲しいものだが。
「ん?」
今、一瞬電柱の影に誰かいたような気がする。
暗いから定かではないけど、確実に誰かしらがそこに居た。
「リアナのスクープを狙っている記者か何かか? いや、そんな風には見えなかった」
だとしたら、リアナの追っかけか何かか?
ストーカーとかだったら問題だな。
一応事務所に連絡だけ入れとくか。
「有名人も大変ってわけね」
「そうね。分かってるじゃない。なかなか見る目があるわね」
「……誰だ?」
背後からいきなり声をかけられて、流石にビックリしてしまった。
しかも、ストーカーっぽい何者かの存在を認識した後だから尚更ビックリした。
「おっと、ごめんなさい。自己紹介が遅れたわ。私は橘 美鈴。リアナと一緒のグループに所属しているアイドルよ」
俺に話しかけてきた人間はとても綺麗な青髪の女性だった。
透き通るようにきめ細やかな肌に冗談みたいに大きな瞳。
頭の良さと言うか、気品のようなものが全身からあふれ出ていた。
「……ああ。初めまして。俺は海原凪。最近リアナのマネージャーになったものです」
「知ってる。あのリアナのマネージャーになる人がどんな人かと思ってたけど、案外まともそうね」
「なんで俺って初対面から変人扱いされることが多いんすかね」
最近会う人の全員に俺は変人扱いされている気がするんだが。
そろそろ泣いてもいいんじゃないかと思えてくる。
いや、結構泣きそう。
俺ってそこまで変人か?
「そりゃあ、リアナのマネージャーになれる人間なんて普通の神経の持ち主だったら気が触れるでしょ」
「……確かに」
言われていれば、あそこまでとがった性格の人間とずっと一緒に居たら頭がおかしくなるかもしれない。
つまり、俺は頭がおかしかったという事か。
知りたくなかった。こんな現実。
「でしょう? でも、思ってたほどいかれて無くて私は安心したわ」
「そりゃ、良かったですけど。俺に何か用ですか?」
「いや、リアナの様子を見に来たらあなたがいたから。話しかけてみたの。良かったわ。あなたみたいな面白い人がマネージャーになって」
「なんか、褒められたり貶されたり。感情の上下が激しくて頭が痛くなってくる」
「ふふっ。ごめんなさい。それじゃ、リアナの様子を見る必要もなくなったわけだし帰るわ」
そう言って橘さんは踵を返す。
どうやら、グループ内の仲が特段悪いと言うようなことが無くて安心した。
「……俺ってそんなに変人かな」
それだけが気になって仕方なかった。
今日、寝れるかな俺。
自分が変人かどうかが気になって眠れそうになかったのだった。




