第四話 快進撃の前半戦
開幕戦を迎えた阪神の相手は、横浜DeNAベイスターズである。
プロの厳しさに教えられた有原だが、いきなりの鮮烈なデビューを見せる。
一方広島の相手は、読売ジャイアンツである。
オープン戦で4本塁打を放った山本は、訳の分からない不調に陥り
二軍に落とされることとなるが…。
【第4話】登場人物
有原悠輔(主人公・阪神タイガース新人選手)
山本康太(ライバル・広島東洋カープ新人選手)
林 和也(ライバル・読売ジャイアンツ新人選手)
馬場和樹(ライバル・中日ドラゴンズ新人選手)
アンディ・ウォーカー(主人公のチームメイト)
マイク・ジョンソン(主人公のチームメイト)
マシュー・ジョーンズ(主人公のチームメイト)
赤井直介(主人公のチームメイト)
佐々木 優斗(主人公のチームメイト)
船瀬三桜(新人女優・主人公の恋人)
遠藤智明(阪神の番記者)
荻野直斗(中日の番記者)
湯浅ゴエ(実況アナウンサー)
有原 実(主人公の父・寿司職人)
有原雅代(主人公の母・高校教師)
有原忠志(主人公の祖父)
有原義子(主人公の祖母)
上川 敏(阪神の監督)
金田 治(広島の監督)
元木由伸(巨人の監督)
畑岡貞雄(阪神の打撃コーチ)
三上源三(阪神ファン)
その他
【本編】
開幕戦を迎えた有原だが上川監督からベンチスタートと告げられ、厳しい表情で試合に臨んだ。
阪神の先発投手は、新人である1年目は最多奪三振に輝いた佐々木 優斗である。
彼は155km以上の速さで、ノビがよく時速を安定し闘志をあふれる先発投手だ。
対する横浜の先発は、ベテランで3度最優秀防御率に輝いた岩尾正樹である。
彼は球威ある真っすぐで、独特の大きなカーブを武器に「右のエース」と呼ばれる存在にはなったものの制球に苦しみ勝ち星が付かない先発投手である。
試合は9回裏、3対2で横浜が勝っている。
ツーアウト満塁、ピッチャーはクローザーのピアース・ウィック。
彼は1年目でセットアッパーとして起用され、11ホールドを挙げた。
2年目からクローザーとして、42セーブでセーブ王を獲得した。
このまま抑えれば、岩尾が勝利投手となり、ウィックがセーブ投手となる。
阪神側としては、一発が出ればサヨナラのチャンスである。
バッターボックスは、7回から登板している「左の快速リリーバー」と呼ばれている存在の9番・吉田燿大から有原が代打となる。
彼は、上川監督から代打を告げられると打撃としての意識と勝負強さの覚悟を持ち、威圧的なオーラでピッチャーを睨みながら打席に入る。
フルカウントの13球目で内角の直球を投げると、彼はバックスクリーンへ放ち代打逆転サヨナラ満塁ホームランで、阪神は開幕戦の勝利を飾った。
この時の有原は、無表情でグラウンドを一周に回るとチームメイトにもみくちゃにされ天然水やスポーツドリンクにぶっかけられた。
一方、打たれたウィックはマウンドで膝を折りながら、大きくため息を吐いた。
彼は、プロ初打席・初安打・初本塁打・初満塁本塁打、初打点を記録した。
ちなみにテレビの実況アナウンサー・湯浅ゴエが「虎のゴジラが、ここに降臨だー!!」と叫んでいた。
その後はヒーローインタビューで、「正直、命がけで自分のプレースタイルを誇りに思ってきましたので、打ちたいという気持ちが強くなるほどいつもホームランを打ちたいと念じています」と表情を何ひとつも変えずに答えた。
また監督インタビューでは、冷静に「有原君はまだまだこれからだと思いますけど、自分を見失わずに打ってほしい」と語った。
翌日、源三は動画撮影で有原がプロ初ホームランに狂喜乱舞である。
「阪神、サヨナラ勝ちじゃー!有原、ようやったな!!」
その後、阪神は負け知らずのままセ・リーグの首位に独走し、有原は絶好調である。
その中で、彼にはいろいろな対戦を物語る。
試合前の巨人戦で有原は、阪神の番記者・遠藤智明に甲子園で林との対戦について聞かれると「甲子園の決勝戦でカーブやスライダーを見たときは、ストライクゾーンのギリギリに投げられたからそう打てるわけない」と冷や汗をかきながら答えた。
そして、迎えたプロでの初打席は4月11日の東京ドーム。
林のプロ初登板は、広島戦である。
試合は1回表、有原はスタメン併行の3番で先発出場している。
ツーアウトランナーなしの状況で初回の打席に立つ。
林はもちろん初球にスライダーを投げ込む予定だが、先輩の柴田栄治が出したサインは直球である。
もちろん林は、先輩の出したサインに頷き直球を投じると有原はこれを振りぬきそのまま看板直撃の外野席にホームランを放ったのである。
また、中日戦で試合前の馬場は中日番の記者・荻野直斗に元同級生との対戦について聞かれると、「今までそんなに緊張したのは全くないが、彼との対戦になるとさすがにそれが溢れてくる」と危機感を募りながら答えた。
馬場のプロ初登板はヤクルト戦だが、サヨナラ負けで敗戦投手となった。
そして、迎えたプロでの初打席は4月21日のバンテリンドーム。
試合は9回表、有原は3番で先発出場している。
馬場は、先輩の小野寺晋治が出したサインはナックルである。
もちろん彼は、先輩の出したサインに頷きナックルを投じると、有原は失投を逃さず振りそのままバックスクリーンにホームランを放ったのである。
その他にも様々な勝負で語られていることはあるだろう。
ちなみに有原が使っているバットの素材は、メイプルである。
一方、山本は絶滅危惧素材のアオダモを使っている。
その夜、寮の部屋で寝ていると畑岡コーチから電話がかかってきた。
「有原、素振りをやるからバット持って来いよ」と自信がついたように呼ばれた。
彼は、慌てて着替えバットを持ちその部屋を飛び出すと3人だけの特訓を繰り返される日々が続いている。
畑岡コーチはスイングの音をチェックし、上川監督は打撃フォームの調整をしている。
スイングが鈍い音になるときつく叱責した。
「おい、今のは完全に鈍いぞ!」
それでも有原は休む間もなく素振りを繰り返すと、上川監督は次のように言った。
「君のスイングはよく分かった、あとはフォームを崩さずにこのシーズンをやり切れるかが君の課題だ」
有原は、次の課題があるかのように告げられると無表情で静かに頷いた。
(打率.443 本塁打 29 打点 132)
一方山本も、金田監督からベンチスタートを告げられると、開幕スタメンにならなかった絶望感とこれからが本番だという覚悟での複雑な表情で臨んだ。
広島の先発投手は、「海を渡ったエース」と呼ばれたベテランの海部哲也である。
スタミナが豊富でスライダーにキレのある先発投手である。
対する巨人の先発は、加崎島の同級生だった林である。
オープン戦で見事パーフェクトピッチングだった彼は、桑田コーチの進言で元木監督から開幕投手に指名された林は、危機感を募りながら開幕戦を臨んだ。
試合は9回裏、3対0で巨人が勝っている。
ツーアウトランナーなし、バッターボックスは8回から登板している9番・斎藤博樹である。
このまま抑えれば、林が勝利投手となり完全試合を成し遂げる。
広島としては、一発が出れば反撃の開始である。
山本は、金田監督から代打を告げられると無表情で打席に立つ。
ツーストライクの3球目で外角のスライダーを投げると、空振りの三球三振で試合終了。
彼は、呆然ながらバックスクリーンを見ていた。
一方新人ながら完全試合を達成した林は、ヒーローインタビューで涙を流しながら
「僕はプロとして初めて、誇りと尊敬を持ってプレーをすることが出来ました」と語った。
ロッカールームに戻った山本は、大きく落ち込みため息を吐いた。
「(今までの僕は、一体何をやっていたんだ?)」
その後、広島は交流戦まで1勝も出来ず断トツに最下位を独走している。
そして山本は初安打や初打点を記録するも、監督室に呼び出されると…。
「山本、お前はしばらく二軍で調整するんだな…」
金田監督から、無期限の二軍行きに命じられた。
「(これが一軍のレベルか…、このままだと有原君に負ける…)」
その後、彼はベンチで大きく息を吐きながら、呆然と立ち尽くしていた。
(打率.142 本塁打 0 打点 6)
そして月日が流れ、迎えた交流戦で有原は数試合前からレギュラーになると同時にフルイニングを出場する機会を増えることとなった。
「(馬場や山本君とか林君かて新人やけど、俺は絶対に負けへん!)」
厳しい表情で三冠王を取る勢いで、全試合を懸けて臨んだ。
開幕戦の相手は、埼玉西武ライオンズである。
阪神の先発投手は、ジョンソンだ。
彼は、初来日の登板からいきなり完全試合やノーヒットノーランを何度も達成した。
さらに、160km以上の時速安定にオープン戦で制球を改善したという。
一方西武の先発投手は、亀田 修である。
彼は、七色の変化球にキレがあり制球抜群の先発投手である。
しかし、負け越しが多く2勝4敗と散々な成績を残している。
試合は1回表、ノーアウトランナー1・3塁で有原がバッターボックスに立つ。
この時、彼は「勝ちたい」という欲求を満たしながら、センター返しでランナーを返したいとその可能性を彼自身に言い聞かせていた。
ワンストライクツーボールで、外角低めのサークルチェンジを投げると、有原はこれを振りぬき左中間の前に落とし、彼の好走塁によりタイムリーツーベースで2点先制である。
その後の打席では、全て本塁打を放ちチームは11対0で大勝となり、ジョンソンはまたまたノーヒットノーランを達成した。
ちなみに守備では、ファースト・有原へのライナーでファインプレーを見せ、また、ピッチャーへの平凡なフライをスライディングキャッチで大いに盛り上がった。
試合後のヒーローインタビューでジョンソンは、「応えのある声援が聞こえてくるからこそ、一番楽しいプレーが出るんです」と冷静に笑みながら答えた。
この時、ベンチで聞いていたジョーンズやウォーカーは静かに涙を流し、有原と赤井は、無表情で聞きながら促した。
(打率.341 本塁打 44 打点 154)
また監督インタビューでは「ジョンソンにいると、完全試合とかノーノーとかを達成してくれているのでファンが喜ぶのも監督としては誇らしいと思います」と語った。
その頃山本は、二軍(地方)球場で素振りをしていると二軍の黒木監督から告げられる。
「山本、今日からお前は一軍に戻る事になった、もう戻ってくんなよ!」
「はい!」
たちまち二軍でタイムリーやホームランを放つ場面などで大活躍をし、一軍に呼び戻された彼は、反省の意味を込めて寮にあったバリカンで頭を丸め、一軍での試合に覚悟を臨んだ。
開幕戦の相手は、福岡ソフトバンクホークスである。
広島の先発投手は、ローズである。
0勝5敗という散々な成績で交流戦を迎えることとなった。
一方ソフトバンクの先発投手は、大石明憲である。
カットボールとナックルを武器に相手を翻弄し、155kmの時速安定を保つ先発投手である。
試合は5回表、1対0でソフトバンクが勝っている。
ツーアウトランナー2塁、バッターボックスは海を渡ってきた4番打者の末川光汰である。山本は、金田監督から代打を告げられると覚悟を持ちながら打席に立つ。
「(前の僕なんかじゃない、今の僕は違うんだ!)」
ノーストライクツーボールで、内角低めのカットボールを投げるとそれを振りぬき右中間へのヒットを放つと、次の打席以降でプロ初2打席連続本塁打を放ち、チームも10対3の大勝で、ついに今季初勝利となりローズは来日初勝利を挙げた。
試合後のヒーローインタビューで山本は涙を流しながら、「自分にもわからないスランプが続いたことを、今も後悔しています」と語った。
また監督インタビューでは「山本君とローズのおかげで、やっとチームも初めて勝つのは正直に長かった」と無表情で語った。
(打率.253 本塁打 19 打点 107)
その後、阪神は交流戦で全勝優勝となり優勝マジックが36に点灯し、首位独走を続けている。
一方、広島は交流戦の中盤まで連戦連勝を重ねるが、西武戦から6連敗となり4位という結果に終わったが、最下位から脱出し、現在は4位である。
交流戦を終えた翌日、源三は動画撮影で優勝マジックが36に点灯したことを狂喜乱舞である。
「阪神、首位独走じゃー!パ・リーグに全勝やー!!」
なお源三は、甲子園や尼崎に神戸などの経路で「六甲おろし」を歌いながら、バイクで高速道路を走り回った。
その夜、有原が寮の部屋で素振りをしていると突然電話がかかった。
「ようゴエモン、マイクから聞いたぜ最近はダーツをやってるんだって?」
ウォーカーは、彼の趣味をすでに把握していた。
「明日は、お前とヒトシとマイクとマシューと俺の5人でダーツをやらないか?」
「ええな、丁度楽しみたい時間やな」
彼から、ダーツの誘いを受け有原は快諾した。
そして翌日、ウォーカーの自宅で5人とダーツを楽しんだ後はパスタやハンバーグなどの食事を楽しんだ。
「(いやー、ホンマにうまかったな…)」
有原にとっては、外国人選手との交流が出来た経験を活かしていくのだろうか?
ちなみに有原の父は、元プロ野球選手である。
1984年に大学からドラフト3位で阪神に入団ながら、チームの打撃陣が不調や捕手の人数不足の理由もあり、開幕一軍「六番・捕手」で出場。
そこから頭角を現し、リーグ優勝と日本一に貢献したが、翌年以降徐々に出場機会を減らし91年オフにトレードで近鉄バファローズに移籍するも、相次ぐケガにより95年限りで引退した。
現在は自宅から歩いて3分の寿司屋「猛虎寿司」で経営しながら寿司を握っている。
母は、大学を出てから神戸の高校で教師として働いている。
一方祖父も、元プロ野球選手である。
知的な風貌と長身で、多くの関係者から“あしながおじさん”とも言われた。
高校時代は四番打者で3年夏の甲子園に優勝し、1954年に鳴り物入りで阪神に入団した。
開幕戦からスタメン出場すると、勝負強い打撃で貢献し、2年目の56年からは3年連続本塁打王、打点王に輝いた。
口数が少なく人の悪口は絶対に言わないことから、コーチやチームメイトから絶大な信頼を得ていた。
60年阪急ブレーブスに移籍すると、42本塁打、135打点で球団初のリーグ優勝と日本一に貢献した。
64年南海ホークスに移るも、67年は左手中指と右手小指を骨折や監督やオーナーとのソリが合わず、その2年後に引退した。
後に解説者やタレントとしても活動し、92年から99年は近鉄や阪神の監督として指揮を執った。
祖母は34年に広島で生まれ育ち大阪へ移住すると、56年に阪神タイガースが公認した専門雑誌社「猛虎魂」に入社した。
そこから15年間記者としてやっていき、71年から91年までは編集長を務めた。
有原は祖父や父の現役時代の写真や、彼の全身写真とともに「さすが、虎のゴジラ!」の見出しがドンと掲載されたスポーツ紙を読んでいると、今さながら自信に満ちていた。
「(3番打者としての俺なら、絶対に三冠王なら、狙える!)」
3番という役割を考えながら、脳裏に焼きつけてそれ以上に強く自分に言い聞かせるようになった。
*この作品はフィクションです。
登場人物や試合内容などすべて架空です。




