08 : Day -28 : Nishien
息を呑むチューヤ。
前門の虎、後門の狼。
アナライザを起動するまでもなく、いずれもそうとうに手ごわいボス戦だ。
名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅
ハマリエル/星天使/D/16世紀/ドイツ/隠秘哲学/モノレール西園
シャンディラ/神将/D/8世紀/奈良/新薬師寺十二神将立像/モノレール東園
チューヤは仲間たちをふりかえり、
「さて、困ったことになったぞ、マフユ」
「両方ブッ倒せばいいだろ、あんなもん」
顔面をヒクつかせ、こいつアホか、という表情で見られたマフユはイラっとした。
彼女自身、片方だけならなんとかなるかもしれないが、両方同時は無理だろうな、という予測くらいは立てられている。
「できるもんならな。俺はできないと思うので、別の方法を考えるが」
「さっさと考えろ、あほんだら」
敵との距離が詰まっているのは、50メートルに満たない橋の両端から、徐々に押し詰められているからだ。
いそっぷばしの中央に、じりじり追い込まれていくチューヤたち。
ふいに、西側(正確には南側)に立つ星天使が、軽く右手を挙げて魅力的なことを言った。
「わが眷属、天使を呪いし忌まわしき邪教の輩。その者を差し出すがよい。さらばこの道、通して進ぜよう」
チューヤたちの視線がウサコに集まる。
彼女自身、しばらく言葉の意味を判じかねているようだったが、ほどなく理解して、じたばたと暴れ出した。
「やだー、施設やだー」
おそらく施設よりもわるい展開が待ち受けるだろうことを予測するチューヤは首を振ったが、マフユはしかたなさそうに舌打ちして、
「もめんこ渡したら、通してもらえるんだろ。しかたねー、死んでこい、もめんこ」
「やだやだやだー、わるいのは天使だもん、やだー」
無理やり首輪のリールごと差し出そうとするマフユの手から、チューヤがそれを奪い取った。
マフユは意外そうな表情で彼を眺め、
「たかが小動物に情が移ったか? もちろん、別の道を発見したんだろうな」
「いや、だが、やってみよう。……逃げる!」
背負い袋から逃亡用の煙幕玉を取り出し、前後と上に向かって放り投げた。
パンパン、パン!
炸裂する癇癪玉のような破裂音と、満たされる煙幕。
通常戦闘なら逃亡に成功するところだが、言うまでもなく──ダメだ、逃げられない!
前後にはあいかわらず星天使と神将が圧迫するようにそそり立ち、この無礼な煙幕に対して怒りの表情で、もう許さないという勢いで押し寄せる。
戦闘BGMへ移行し、状況はいよいよ決した。
「頼むぞ、悪魔たち!」
悪魔使いは全力で、最善の悪魔を展開する。
レベル40半ばの強力な悪魔ではあるが、敵は10以上も高い。
差が10以内であれば、悪魔使いならなんとかする。しかし今回は、それを超えている。しかも同時に2体だ。
冷静な戦力分析ができていれば、そもそも戦うなどという選択肢はないはずだ。
重爆撃のような攻撃がつぎつぎとヒットし、ナカマたちの体力が軒並み点滅する。
チューヤからは攻撃しない。指示は「防御」だからだ。
代わってマフユがそれなりに遊撃を繰り出すが、敵が強すぎる。効果的な攻撃になっているとは言い難い。
ウサコはまんなかでうずくまり、ぶるぶるとふるえている。
レベル30程度の魔獣では、戦闘にならない。
チューヤが重量級の悪魔を3体、橋の前後に展開して中央のウサコを守るような陣形。
4体目の位置には自分が立ち、中央の回復役とともに背水の陣を守る。
ドン、ドン、ドン!
激しい攻撃がチューヤの体力を削る。
いかにクソ体力の悪魔使いとはいえ、死ぬときは死ぬ。
回復役の悪魔の魔法が追いつかない。瀕死になった体力タイプの悪魔が、順にストック枠へと引きもどされていく。
レシピを組み替え、悪魔を再生産しながら、全戦力を投入する。
しかし、どう見てもじり貧だ。
マフユはいぶかしげにチューヤを見つめた。
こいつは、こんなアホだったのか?
どう考えても負け戦だ。こんなくだらないことで死を選択するようなアホには、付き合っていられない。
とっとともめんこを差し出して、自分だけ逃げようか……とウサコの首根っこに手をかけようとした、そのとき。
「来た……!」
血みどろのチューヤの視線が、シャンディラの背後、いそっぷばしの北側のたもとに向かった。
ぎくり、と動きを止める神将。
ふりかえった視線のさきには、そそり立つ黒い壁。
「時間切れらしいぜ、神将さんよ」
黒い壁が橋に向け、猛然と突っ込んできた。
それに呑み込まれようとした直前、シャンディラの姿が消えた。
ここは境界であり、彼らは異世界線の住人だ。
巻き込まれた現世側へは簡単に逃れることはできないが、巻き込んだ側の異世界線に帰ることは比較的自由、という境界特有のルールがある。
最初からこのルールでやっているので、チューヤもそれは理解している。
ゆえに、悪魔がどう行動するか、予測を立てることもできた。
「どうなってんだ、おい」
「走れ、マフユ、ウサコちゃん!」
悪魔をストックへもどし、消えたシャンディラの反対側、ハマリエルに向かって全速で突進する。
ハマリエルは短く舌打ちしながら、愚かな人間どもを押し返そうかと一瞬躊躇したが、すぐにシャンディラと同様の選択をした。
異世界線に逃げ込んだのだ。
「推して参る!」
チューヤはそのまま橋の欄干を蹴って、空中に飛び出した。
マフユ、ウサコも、巻き込まれるように飛んだがそこは空中。
落下が危険だからこそ、手すりがついている。そのまま落ちればもちろん無事では済まないが、チューヤの召喚した飛行系の悪魔によってなんとか空中キャッチされ、無事着地に成功した。
ふりかえり見上げると、いそっぷばしの端までを覆った黒い壁は、悔しそうにしばらく欄干のまわりにとりついてから、ぐるりとまわって下へと降りる道なりに進行を再開した。
こうして当面の危地は、去ったのだった。
「……説明してもらおうか、チューヤ」
チューヤは走りながら、マフユの問いにうなずいて、
「あとでな、とにかく足を止めるな。あいつは、高レベルの悪魔すら逃げ出すくらい、破壊力の塊だ。できるだけ離れていたほうがいいだろう」
破壊力が高いぶん、動きは鈍重のようだ。
橋のように直線的な部分では勢いをつけることもできるようだが、うまく曲がることはできないらしい。
チューヤたちは、不忍池を左手に眺めながら、とにかく境界の端に添うようにして西へと進んだ。
おおむね動物園全体が呑み込まれていると考えてよさそうだが、ところどころはみ出している部分もありそうだ。
しばらく進んだところで、チューヤは説明をはじめた。
「──まず、最初の煙幕。あれで通路の範囲をはかった。橋の周囲の空間だけ、おかしかっただろ」
「そういや、ふつう境界がまだらに分布してるときは、外に出ようとすると押し返されるだけだが」
マフユが危うく死にかけたとおり、橋のまわりだけ異次元の裂け目よろしく、呑み込んだものをすべて殺す勢いだった。
つまり、すくなくとも橋の周辺だけは、複数の悪魔によってつくられた多重境界だったということになる。
「まあ、考えてみれば当然のことなんだ。あの星天使や神将が、自分たちのところにやってきた獲物をまちがいなく食い散らかすために、逃げ道を減らす境界に作り替えたってことだろうからな」
「だからなんだよ」
「ということは、敵は必ずしも協調していない。自分さえよければいいなら、自分のところにやってきた敵だけを確実に殺す算段を立てる。言い換えれば、取り逃したら別の悪魔に喰われて損するってことだ。で、あの場合に別の悪魔といえば……?」
しばらく考えていたマフユは、あらためて背後を顧み、
「あの黒い壁みたいなやつか」
「そうだ。あの天使たちにとってみれば、あの黒いやつは獲物を奪い取る競合相手なんだよ。で、そいつがくるまえに俺たちを食っちまいたい、ってところだったんだろうが」
それができなかった。
あのまま戦いつづければ、自分たちも黒い壁に飲み込まれてダメージを負う。
チューヤたちごときザコのために、道連れになるような戦い方を選ぶのは愚策だ。
「なるほど、だからてめーは時間稼ぎしたのか。言えよ、最初から」
「言っても聞かないでしょ、あんた!」
その後、空中をどの程度、境界が侵食しているかについては、最初に投げた煙幕の空気の流れから判断していた。
まだらに境界化しているということは、うまくルートを選ばないと跳ね返されるおそれがある。それを避けるための観測気球だった。
また、地上ではなく空中を逃げ道に選んだのは、相手が空中を飛んで追いかけてくるタイプではないとわかっていたからだ。
「なんでわかった?」
「もしもし脳みそさん、お留守ですか? 最初からずっと、4本足の鈍重な足音が聞こえつづけてるでしょ。黒い壁の悪魔は、たぶん4本足の牛みたいなデカいやつだと思うよ。空を飛ぶとは考えづらいよね」
いくつかの情報を脳内で組み合わせ、かろうじて見出した勝機だった。
いや、勝ってはいない。ただ「逃げるのに成功した」だけだ。
が、生き残ったということそれ自体が勝利である、という見方もできる。
背後からは、いまだ黒い壁が迫りつつあった。
戦いは、まだ終わったわけではない──。




