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81 : Day -22 : Tokyo Teleport


 青白く光るシート。

 横たわるケートの全身に、燐光がまとわりついて流れる。


 傍らには、ともにコードを書いて天才を助けた魔王バエル、いやさシャイロック。

 彼は人間というものにあらためて瞠目し、心胆から敬意を表している。

 このようなテクノロジーを完成させる天才が、ときおりでも出現するのだから、人間なんかただのエサ、などと軽んじるわけにもいかない。


「データとっといてくれよ、シャイロックさん」


「了解。いってこい、大天才」


 破戒のユダヤ人がエンターキーを押し込んだ瞬間、ブン……ッ、とケートの影が()()()なった。

 彼は「量子化」され、ここにいると同時に、彼方にも存在する、ゆらぎ、もつれた量子状態に置き換わったのである。

 天才は霊界電話で情報をやり取りするだけに飽き足らず、ついに距離を超えたのだ。




 姿を現したケートの立体映像は、意想外に実体があってリアルだった。

 それだけ高度なオブジェクトが指向されている、ということなのだろう。

 この時点で、チューヤたちの理解はまだまだ浅い。


「……チビ」


 マフユの表情から力が抜ける。

 こんなクソに助けられるくらいなら死んだほうがマシだ、という表情が垣間見えたが、まだ死んでもらっては困る人々の存在が、かろうじて彼女をこちら側に引き留めている。


「なんだと!? わたしの境界だ、ここはわたしの境界だぞ……っ」


 絶叫する安藤マルオ。

 彼らのルールによれば、当然、そんなことあってはならない。


 一方、東京テレポートで謎の秘密兵器を開発している(らしい)ケートの存在は、いまやチューヤにとって欠かすことのできないインフラとなっている。

 おのおのに得意不得意があり、それぞれできることをやるしかないわけだが、なかでも欠かせない「技術」の側面で、ケートがいなければ話が進まなくなっていた。


「待ってたよー、ホントだよー」


「なつくな。……いいぞ、チューヤ。置き換えは成功だ。おまえに召喚される悪魔の気持ちがわかってきたぜ」


 異世界線に存在すると同時に、こちら側にも実体化する悪魔は、基本的に「分霊」という状態にある。

 今回、ケートが試しているのは、同じではないが似たようなロジック。

 どうやらケートは、自分の召喚枠を使って実体化してきているようだ、とチューヤは理解した。


 なにをしでかすか、いつだって天網恢恢なケートのやることだから「受け入れるしかない」と心を開くチューヤとケートの意識は、霊界電話がつながる程度にはたしかに「通じ合って」いる。

 実体化したケートの指が、いくつかの悪魔を指さすと同時に、プログラムがほどけてその場に崩れ去る。

 それはマフユも、安藤マルオ自身さえ同様だった。


「なんだ、きさま、なにをした!?」


「バッグドアを開いた。おまえのつくる精密機器の品質には敬意を表するが、そいつを動かす基盤の魔術回路を設計したのは、ボクたちなんでな。……どこぞの蛇に盗まれたが」


 強制的に武装解除されたマフユは、そのまえの時点で乗っ取られた状態よりはマシになっている、という見方もできるが、ほとんど興味なさそうに脱力したままだ。

 ただ両手両足は自分の思い通りに動くので、目のまえで、ただのオッサン然としている安藤マルオの顔面を、思いきりぶん殴っておくことだけはした。


 結果、互いに機械の力を借りることができなくなって、肉弾戦のモードに移行するかと思いきや、チューヤたちの召喚悪魔の力や、スキルまでが解除されたわけではない。

 あくまで「キカイのカラダ」というカテゴリが機能停止しただけの話なのが、機械に頼りきっていたアンドロマリウスの実力は、たかが知れていた。


「いいことを教えてやろう、正義の悪魔さん。サイバネティクス利用してるのは、おまえらだけじゃないんだよ。秩序の名のもとに死んでくれや」


 ケートらしい皮肉な言い回しが、悪魔の耳まで届いたかはわからない。

 武装さえ解除してもらえれば、あとは残り3体の召喚枠だけでじゅうぶんだ。

 チューヤはみずからのバランス感覚の名のもとに、敵に深刻なダメージを与え、戦闘不能にしてやった。


 その背後、すでに終戦モードで、ケートとマフユが向かい合っている。

 不倶戴天の彼らにはいくつか、話すべきことがあるようだった。


「感謝はしねえ。その必要もねえしな」


「期待はしてない。……代わりに身体で払ってもらうぜ、チューヤ」


「なんか怖いけど、了解です。ケートモン」


 言いつつ、マフユの言いまわしも気になった。

 ──その必要もない?


「そのクソに払わせるまでもねえだろ。……あたしから、たっぷり取れたはずだぜ。実験データってやつがな」


「まんざらバカでもないな。ああ、もちろんだ。おまえらのテクノロジーは理解している。というか、技術なアドバンテージはない。おまえらにできるのはただ、倫理を無視することだけだ。……認めよう、ボクたちにできないことをやっている、その分だけ上回っている」


「そのくらいで満足しとけよ。これ以上、下手に突っ込むと火傷するぜ」


 両者の視線は殺伐として、いましも取っ組み合いがはじまるかとチューヤは警戒したが、どうやらそういう雰囲気でもないようだ。

 むしろ、つねならざるほど落ち着いていて、互いの立ち位置を理解している友人、とまではいかないが落ち着いた知人同士の会話のようではあった。


「そうだろうな。……人体はパーツだ。そいつを交換すれば、最強にもなれるし、不老不死にもなるだろう。

 とても大きなパズルで、さまざまな研究や実験が必要不可欠だ。十歳で博士号をとるような連中も、この方向に多くのリソースを振り向けている。あいつらは近いうち、必ずやらかすとは思うが……しょっちゅう口にするのは、倫理とか宗教とかいうブレーキの問題だ。

 その点、バロックの生きざまは……ある意味、()()()()()()んだよ」


 研究を進展させるために、できることをすべてやれる。

 現在は宗教や道徳といったものがブレーキをかけて、科学の発展を全力で抑止している状態だ。

 もちろんまともな科学者、研究者たちは与えられた環境の枠内で、最善の結果を出そうと努力している。

 が、その枠組みから漏れて自由を謳歌できる科学者たちがもし存在するとしたら、警告と抑止の言葉をむけると同時に、嫉妬と羨望の感情も抑えることはできないはずだ。


「聞き飽きたがな。たしかにあたしは、理想的な実験台らしいぜ」


「わかるよ。まともな倫理綱領をもった組織なら、はなからありえないプロトコルだ。宝の山だぜ、おまえの身体」


 ケートの目は、複雑な光を帯びてマフユを見つめている。

 マフユは不快そうに見返したが、視線を避けようとするそぶりはない。


「利用価値で相手を判断する。やられたことをやり返す。当然だな。……欲しいのか? もっと盗めよ、あたしの身体から」


 ぴくり、とケートの肩が跳ねた。

 いうまでもなく強力な測定とサンプリングが行なわれている。ダーク一味からの産業スパイには慣れているが、ダークな一味だからこそできる人体実験の成果は、新たなる世界秩序にとっても宝になりえる。


「……興味ないね。これ以上は、もういらん」


「意見が合うな、あたしも興味ないよ、てめーみたいなクソチビに」


 ケートは一瞬眉根を寄せ、より強い憐憫をこめて言った。


「たまには選んだらどうだ、蛇。聖書が悪魔と決めつけたからといって、最後までその役割をまっとうしなきゃならん理由はない。よく考えてみろ、自分の意志ってやつを」


「ああ? 選んでここにいるんだろうが。そろそろ飽きてきたがな」


 彼らの会話の真意を推しはかるには、そうとうな知識量がいる、とチューヤは察した。

 自分がなにも知らないということを知っている程度には、チューヤにも知恵がある。


 この会話は、かなりむずかしい分水嶺を含んでいる。

 さしあたり、ある種の「合意」が底流しているらしいことは察した。

 あらゆる「勢力」が反目しているように見えるが、部分的に協調しうる部分も少なからずある。

 だからこそ問題は、より複雑なのだ。


「……さて、こっちの問題は解決のようだ。もう一個のほう、なんとかしてやれよ、チューヤ」


「ああ、そうね。そうだった」


 チューヤはあわてて、目のまえで瀕死の人形使に向き直る。

 タイムテーブルは混んでいる。物語は同時進行中なのだ。


「くそ、悪魔め……またか、また殺すのか、安藤の血筋を!」


「……また? どういうことだ。お嬢の家と、どんな関係がある? 教えてもらおうか」


 問い詰めるチューヤの背後で、ケートの影が薄くなっていく。

 マフユは壁に身をもたせ、深い息をついている。

 どちらもやることは多く、予定表にこれ以上の文字を書き込む余地はない。

 チューヤは悪魔使いの全力を尽くし、瀕死の悪魔を相手に「交渉」のテーブルを開く。こればかりは彼にしかできないことだ。


「なぜ教えなければならない。わたしにどんな利益がある」


 チューヤは容赦なく、手に燃え盛る剣の切っ先を相手の腹に埋めた。

 魔力をこめ、最小のダメージで最大の痛みを与える。


「こういう話し合いが望みらしいな。さあ、聞いてやるから言え」


 マフユがうすら笑っている。

 彼女の側(ダークサイド)にも悪魔使いはいるだろうが、彼女にとっては見慣れた「交渉術」だろうか。


「ぐあぁあ、がああっ、くそ、またかよ。おまえらは、いつもそうだな」


「いつも? なんのことだ? おまえらの正義によれば、拷問はNGってか?」


「正義の名のもとにやるんだよ、すべてな。だがおまえらは、邪悪だ。そうだろう、そうなんだよ、言うまでもねえ、そこの細長くのびた子ちゃんよ、てめえはわかってるよな」


 マフユは叫ぶ安藤を一瞥し、呼吸を整えながら静かにうながす。

 彼が存在するだけで、体内のいくつかのシステムが再起動を妨げられているらしい。


「……さっさとぶっ殺せ、チューヤ」


「待て、聞きたいんだろう、教えてやるよ。おまえらの仲間がやってくれたことを。最初から気に食わなかったが、いよいよムカついたぜ。だからおれは、オヤジに伝えてやった。()()()()()()()ってな。地獄の道連れに、()()()()()()()()()ってな!」


 化けの皮を剥がした「正義」が、汚れた言辞を押し並べる。

 チューヤはいっそう威圧を高め、


「言えよ! お嬢の家と、どんな関係がある!?」


「おれのオヤジは、どこぞの令嬢とかいうワルい女に捕まって、地下牢に監禁されて死んだんだ! オヤジはやるぜ、復讐だ、おれの代わりにこいつらの仲間、皆殺しだよ! どうだ、許してほしいか、許しを乞えよ、助けてくれって頼め、土下座して頼めよ、このおれに!」


 叫んだ瞬間、チューヤの手の剣がずぶずぶと安藤の心臓まで埋まった。

 唖然とするチューヤがふりかえったところでは、マフユの長い脚が彼の肘を押していた。


「うるせえ、さっさと死ね」


 断末魔も聞こえない。

 はてしない静寂が、安藤丸夫工房の残骸を満たす……。



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