72 : Day -23 : Odaiba-kaihinkōen
どこかでデュラハンのモノクルを入手できていれば、安藤からもうひとつのアイテムを受け取れていた可能性があるな、とチューヤは自分の選択を反芻しながら、セーブ屋から出てきた。
どこにでもある三大屋台は、ここお台場でも絶賛活躍中だった。
「チューヤはいつもゲーム脳だよね」
サアヤが意味のとりづらいことを言う。
ヒナノはぱたぱたと足を踏み鳴らしながら、冒険者たちのお約束を待つしかできない自分を残念に思う。
──東京ポリスアカデミアは、巨大な屋内型複合アミューズメント商業施設である。
その内部は、昼間から慢性的に境界化しており、悪魔たちにとって入れ食い状態にある。
悲惨な「餌場」のはずだが、死体の出ない行方不明者というポリスにとっての鬼門を乗り越えること能わず、現在も「契約どおり」悪魔たちにエキゾタイトを供給する、重要な役割を担っていた。
「まあ、食われるばかりじゃないさ。強くなれば狩り返すことだってできる」
チューヤは仲間たちとともに、ポリスアカデミアの深層へと向かう。
超巨大ダンジョンであるアカデミアだったが、今回は「裏技」が使えた。
デュラハンの片眼鏡だ。
「警察犬みたいだね」
なんとなく借りて覗いてみたサアヤは言った。
警察犬を含め、鼻のいい動物が世界をどのように見ているか視覚化した映像がある。
彼らは人間のように三原色を見分けることはできないが、一色足りない世界に「臭気」という新たな要素を加え、脳内で情報処理して「4次元の視界」を獲得できるという。数分まえ、数時間まえに、その空間を通った「獲物」の影を見ることができるのだ。
警察犬の能力は、まさにこの4次元視界というスキルを利用したものである。
──首のない騎士、デュラハン。死を予言する存在とされる。
みずからの首をかかえる彼(彼女?)がそれを失くしたとき、この片眼鏡で探し出すために得た、4次元の視界。
「首だけ探すアイテムとか、やたらピンポイントだね」
「いや、なんか分断された肉体のパーツを探すことができるらしいよ。かなり重要なアイテムっぽい。売れないし」
冷静に考えれば、使いどころは多い。
バラバラ事件は各地で起こっているし、問題の端緒からして、かなり重要な用途が想定された。
「そっか、自分の臓器が移植されたさきを探す、とかにも使えるのか」
「サアヤさん、怖いこと言わない」
突っ込むチューヤに、めずらしくヒナノが割り込む。
「いいえ、そういうことです。肉体はバラバラにされる時代になりました。問題は人形がバラバラになっても探せるのかですが」
「生き人形なら、人間みたいなもんだし、いけそうじゃない? 現に……導かれているよ」
チューヤの視界には、たしかに一本の「線」が見えている。
その片方がつながっているのは、ヒナノのもってきた心霊写真だ。
「てことはさ、生首か身体かわかんないけど、どっちかはヒナノンちにあるってことだよね」
「考えたくありませんが、まあそういうことでしょうね」
「しょせん人形でしょ、って言いづらいね……」
人形と生き人形は、まったく別といっていい。
やがてデュラハンの片眼鏡は、最終的な目的地を明示した。
マダムXの蝋人形館、ザ・ロウは営業中。その裏口は、どうやら倉庫につながっているらしい。
「礼儀としては、表からはいったほうがいいんじゃない?」
「そうですね。来意を告げて、館主に許可を得てから探索するのが筋道かと」
「ここ境界ですけど……」
境界化しているということは、どこかの悪魔の捕食対象に組み込まれていることを意味する。
ポリスアカデミア全体を捕食対象にしている悪魔は多いので、かなりまだらな境界地図にはなっているが、ここから抜けるなら、おそらくかなり強めの悪魔を探して倒す必要がある。
本来は悪魔が獲物を探して徘徊する巷であるべきだが、「狩る」のはつねに強い側だ。
と、そのときひとりの少女が、車輪を転がして背後を駆け抜けていった。
白いワンピースと麦わら帽子の少女。
どこかで見たことがあると気づいたチューヤは、ハッとした。
「荒川ゆうえんで見た。……ねえ、ちょっと、きみ!」
「…………」
少女は角を曲がり、そのまま行ってしまった。
ダッシュで追いかけるチューヤとその一味。
少女は走る。鉄の車輪を転がして。
チューヤは追う。雌の女院に転がされて。
つぎの角を曲がった瞬間、チューヤは絶叫して地面に転がった。
あとを走っていたサアヤたちは、それなりの距離をとっていたので、チューヤの醜態を後方から静かに傍観する立場を保持した。
転がるチューヤの眼前には、黒いドレスをまとった美女。
──マダムX。
「荒川ゆうえんの移動小屋にいた女だ」
サアヤはすぐに思い出したが、近づいてあいさつしようという気にはならなかった。
マダムXは操り人形のような動きで、ゆっくりとチューヤに手を差し伸べる。
「だいじょうぶですか? 廊下を走ってはいけませんよ」
もちろんチューヤは瞬時に相手の正体を看破したが、相手のほうはチューヤを「知り合い」と認識したかどうか疑わしい。
チューヤが相手の伸ばした手をつかもうかどうか迷っているうちに、相手はその手をさっさと引いた。
彼女は身を起こし、チューヤの背後にいる女たちに視線を移す。
その眼球はつくりもののようだが、ホロウマスク錯視を思わせる奇妙な「見られている」感覚がある。
本来凹んでいる部分が陰影などの影響によって、立体的に見えてしまうという人間の錯覚を利用したトリック──そう、彼女は存在自体がまさにトリックだった。
チューヤのなかばトラウマに近い記憶が喚起される。
つくりものの女は、どこからか操られて動く。そのパーツはつぎはぎで、ふと目を離した瞬間落ちていた首が、つぎにみたときは美しくつながっている。
彼女はマリオネット──。
「マダムXですか?」
彼女に会ったことのないヒナノが、丁重な挙措で問いかけた。
サアヤはこわごわとヒナノの背後に隠れている。
気持ちはわかる。チューヤも、できれば逃げたい。
どこから見ても視線が合う、マダムXのガラス玉のような眼球。
慎重に見なければわからないほど精巧ではあるが、見れば見るほど「不気味の崖」が広がっている。
マダムXは、ヒナノに向き直って軽く首をかしげる。その首がそのまま地面に落ちても、チューヤはおどろかない。いやおどろくが、やっぱりな、という種類のおどろきだ。
その「操り人形」が、どうやらヒナノの胸元を注視している。
自分の巨乳と比較しているわけでは、もちろんないだろう。
ヒナノは本能的に胸元を押さえ防御姿勢をとったが、マダムXは遠慮なく彼女の胸に手を添え、
「ルビー。美しい赤。火葬の炎」
ぞくり、とヒナノの背筋に悪寒が走った。
彼女は、なにを言いたいのか?
そのときポリスアカデミアから、正午の鐘が鳴った。
からからから、と足元を鉄の車輪が転がっていったが、転がしている少女の姿は見えなかった。
「宝石を、あとふたつ」
ぽつりとマダムXが言った。
まるでどこかから届いた電波を受信したかのように。
ヒナノは本能的に、さらに一歩下がる。
このルビーを交渉材料にするつもりはない。
「あのー、この建物の倉庫のなかに、見つけたい人形の部品があるらしいんですけど、探してみていいですか?」
やおらチューヤが、単刀直入に切り出した。
相手は悪魔のようなもの(?)なので、悪魔相関プログラムによる交渉術が効果を発揮する、と踏んだ。
現にナノマシン上には交渉テーブルが開かれ、マダムXはしばらく考えた末、言った。
「宝石、真珠をちょうだい。そうすれば、あなたの望みをひとつ、かなえてあげてもいいわ」
美女タイプの悪魔だ。
基本的には誉め言葉や金銭で交渉成立するが、かなり高価なものを要求してくる確率の高いタイプでもある。
チューヤは考えた。
宝石は冒険の途中で、たまに悪魔から入手することができる。特定の「宝石部屋」の存在も知っている。遺物を発見する悪魔の鼻は、とてもありがたいナビゲーターだ。
「あなたが私にくれたもの、白い真珠のネックレス♪」
背後で歌うサアヤを無視して、チューヤは自分の宝石ストックを確認する。
金町のショップなどでアイテムと交換できる貴重な宝石リストに、真珠は……あった。
「そういえば上野の戦いで、悪魔になったヤクザから入手したな」
「チューヤ、それバッチイやつじゃないの!?」
「宝石は宝石だ。……これでいいかな?」
マダムXは、にっこり笑うと真珠を受け取り、倉庫のさきへつづく道を開けた。
「とてもすばらしい石。これがあれば貴重なミイラの首を、たくさん買える」
マダムXのつぶやきを背に聞きながら、チューヤたちはさきへ進んだ。
どうやら闇には闇のマーケットが、偉大な「流通」経済を誇っているらしい……。
不気味な「剥製室」のまえで、チューヤたちは足を止めた。
片眼鏡はそのさきを指示しているが、チューヤの足はなかなか進まない。
「どうしたのですか?」
いぶかしげなヒナノに、
「あ、いや。薬品の臭いがキツくて」
「チューヤ、もしかしてこのさき」
「ああ、たぶん」
ミョウバンやホルマリンの臭気がツンとくる。
移動小屋でも、マダムXは「作業」をしていた。当然、本館であるこの「ザ・ロウ」の倉庫にもあるだろう。
──刈り取った首を標本にする作業室が。
マダムXといえば蝋人形で有名だが、本来はデスマスクによって広く知られている。
ふと視線を横に流すと、剥製室のむこう側に4次元視界はつづいている。どうやら迂回できるようだと気づいた。
逃げるように行くさきを変えるチューヤに、女たちもしたがう。
隣接する空間は、どうやら「展示準備室」らしい。
本館で展示するための素材を集め、仮に展示して見栄えを確認する場所。
タイトルは「フィリドール」とある。
「カリオストロ、カサノヴァ、サン=ジェルマン伯爵……なるほど、いい趣味ですね」
皮肉につぶやくヒナノ。
パリで生まれ育った彼女にとってみれば、故郷の不思議ちゃんたち、ということになる。
目のまえで蝋人形になっている、これらの謎めいた人物が社交界をにぎわせていたころ、フィリドールのファンタスマゴリーなどが客を集めていた。
幽霊を出現させる、降霊会などの魔術的な催しをする、という行為が巷にあふれていた時代だ。
フィリドールことフィリップスタルは、光学技術によって幻想的な空間を演出する技術に長け、その技術を使ってマダム・タッソーの蝋人形館の成功ももたらした。マリーをイギリスに呼んだのも彼だと考えられる。
マリー・グロシュルツ。のちのマダム・タッソーである。
つぎの瞬間、閃光が走った。
蝋人形たちの首がぐるりと回転し、不気味な動きで「獲物」を探しはじめる。
戦闘BGMが鳴り響く。
どうやらここも、戦闘の巷らしい──。




