異変
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アーチボルト視点
「一体何が起こっているのだ」
僕の父であるアラゴ王国の国王は困惑している。兄である王太子や大臣達は対応や対策に追われている。
国内で発生した感染症はあっという間に国中に広がってしまった。民が苦しんでいるのに僕には何もできない。逆に第二王子である僕が病気になるのを恐れて家臣達に自分の部屋に閉じ込められそうになる始末だった。不幸中の幸いと言っていいのか、まだ奇跡的にこの病での死者は出ていない。しかしこのままではその状態も長くは続かないだろう。感染症の薬を隣国に手配するも、隣国でも同様の流行り病の兆しがあり、難航している。
そして、アラゴ王国のマーロの木が全て沈黙してしまっている。何故マーロが突然樹液を出さなくなってしまったのか。報告によればエバーグリーン家にマーロシロップの増産を命じたが、エバーグリーンの森でも同様に樹液が取れないのとのことだった。さらに、森の木々が傷つけられて酷い有様になっているという。その報告を聞いて僕はピンときた。恐らく僕達は木精達の怒りを買ってしまったのだ。
そして、エルシェやユースティンに連絡が取れない。エルシェの叔母の家にはエルシェはおらず、クローバー学園の寮は閉鎖されているので王宮に招いていたはずのユースティンの行方も知れなかった。もしかすると二人は妖精の世界へ行ってしまったのだろうか。
僕はいてもたってもいられず、王宮を飛び出した。馬車を走らせ、エバーグリーン家に向かった。雪が積もる道は危険だったが出来うる限り急がせた。いつもの倍以上かかって到着したエバーグリーンの森は報告を聞いて想像したよりももっと酷い状態だった。
エバーグリーン家の屋敷を訪ねた。先ぶれは出してある。アレックスと年配の女性が出迎えた。この人が先代の当主夫人か。エルシェを苛めて追い出した人物。僕は冷たく二人を見据えた。
「よ、ようこそおいで下さいました。アーチボルト第二王子殿下」
弱々しい声でアレックスが頭を下げた。
エバーグリーン家の屋敷はさほど大きくない。当然だ。貴族ではないのだから。しかし、廊下や通された応接室には不似合いな豪華な家具や趣味の悪い置物がおかれている。それが無ければこじんまりとした素朴な良い家だと思えたものを。恐らくこれは前当主夫人の散財の一端なのだろう。
「アレックス・エバーグリーン。これはどういうことだ?なぜ森があんな状態になっている?」
無残な傷跡が無数に残る木々。心を閉ざした森。静まり返った空間。僕が妖精や精霊を感じ取れるからなのか、森全体が僕達を拒絶しているように思えるのだ。
「ぼ、僕のせいではありません!みんなが、親戚の連中が僕が止めるのも聞かずに……」
アレックスは青い顔をしてうつむきがちに喋っている。
「情けないな。当主は君だろう?」
「……みんな僕の言うことは全然聞いてくれなくて。アマンダがもっと木に穴をあければ樹液の量が増えるかもしれないって、みんなを唆したんです」
「ちょっとお待ちなさい!アレックス!!」
ここでアレックスの隣に座っていた女性が、趣味の悪いゴテゴテと装飾のあるドレスの膝を叩いた。テーブルを叩くと手が痛むからか?太めの指先にはまるのは大きな宝石のついた指輪が複数。宝石店で試着して抜けなくなって買い取ったのだろうか?そんな疑問が湧いてくるが、とりあえず尋ねるのは堪えた。
「アマンダのせいにしないで。あの子は何も悪くないわ!大体あいつらが勝手にやったことでしょう?どうして唆したなんていうの?!」
頭に響く不快な声で、アレックスを罵り始めた。
「本当の事でしょう?彼女がみんなを扇動したんだ!僕は悪くない!」
「まあ!男のくせに婚約者を庇うどころかアマンダを悪者にするのね!」
王子である僕の前で醜く言い争いを始めた二人に僕は呆れてしまった。
「エルシェの行方を知らないか?」
アレックスとエルシェの義母の言い争いが静まった時、僕は本題に入った。
「エルシェは……、ユースティン殿下と一緒に光に包まれて消えてしまいまいした」
僕はアレックスからその時の詳しい状況を聞き出した。
「やはり、そういうことか……」
アレックスが聞いたという声は恐らく妖精界の人物のものだろう。『もうこの国に祝福は必要がない』と妖精界の力ある存在が語ったというならば、このマーロの木々の沈黙はこのエバーグリーンの森の惨状が原因だと思われた。そしてその存在がエルシェを連れ去ってしまったのなら、もうエルシェは戻ってこないかもしれない。
「なんてことをしてくれたんだ」
僕は頭を抱えた。状況は最悪だ。病の薬は入手困難、病気を治せるわけではないが、栄養豊富で薬の代替品になり得るマーロのシロップを作ろうにも木々からは樹液が採れない。現在国にある在庫を放出してもマーロのシロップが足りるかどうか……。アラゴ王国はマーロの樹液で外貨を稼いでいる。国内の在庫はそこまで潤沢ではないのだ。
僕は絶望的な気持ちになりながら、父である国王にこのことを報告すべく馬車を走らせた。一刻も早く対策を打たなければならない。けれど僕の頭はたった一つのことしか考えられない。
「エルシェ、もう君に会えないのか……?」
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