人と木精と
来ていただいてありがとうございます。
「待ってください!そんなことをしたら、樹液の生産に携わってる人達が困ります!女王様っ」
「おかあさまよ?」
「お母さまっ!」
「はあい。でもダメよ。許しません」
薄らいでいく姿……。ああ、消えちゃった……。女王様、ものすごく怒ってるのね。どうしよう、こんなことになるなんて……。あれ?そういえばいつの間にか森の中に戻ってる……?
「エルシェ、話は終わった?」
呆然と座り込んでいた私のそばにユースティン様が現れた。
「ユースティン様」
「私の金の姫君」
「え?」
体がふわっと浮いたっ!と思ったら、ユースティン様に抱き上げられてるっ?!そのままユースティン様が高く跳んだ!ううん飛んだ?
「きゃあああっ!」
思わずユースティン様の首に抱きついてしまった。高いっ!広い広い森がはるか下に見える。浮遊感にそわっとするわ。あ、でも暗いせいか、舞っている光の粒がもっと輝いて幻想的。っていつの間にか夜になってる?本当に不思議なところ……。でもきっとここはそういうところなのね。
「エルシェ、上を見てごらん」
「星空に光の帯が……フリルみたい。なんて綺麗なの……」
「世界が君を歓迎してる」
大きな山の頂上に二人で並んで座った。
「エルシェ、女王様から聞いた?私達の……」
「あ!……はい!そうなんです!!どうしたらいいでしょう?」
「え?やっぱり……嫌なの?」
「え?嫌っていうか!困ると思うんです。みんな」
「え?皆が困るの?そうか、エルシェはみんなに愛されてるから……」
「え?私……?」
なんだか会話がかみ合っていないみたい……?
「…………」
「…………」
白くて透き通った花が風に乗ってたくさん流れてきた。綺麗……。これはどういう現象なのかしら?ユースティン様は
「これは風に咲く花だよ。妖精の世界を飛びながら咲くんだ」
そう言って一輪を私の髪に飾ってくれた。
「その、私達の婚約の事なんだが……」
「あ、そのことですか!」
私は顔に熱が集まるのを感じて下を向いた。
最後に聞いた女王様の言葉が衝撃的で吹っ飛んでたわ……。ユースティン様はため息をついた。
「ごめんなさい。女王様からマーロの木の樹液を止めたって聞かされて驚いてしまって……」
「人間達が君にしてきたことといい、今回のマーロの森の件といい、仕方が無いと思うよ」
「……ユースティン様は人間がお嫌いですか?」
「全部を嫌いにはなれないけれど、印象はあまり良くないな」
冷たい声に、当然だって思う心と、悲しいって思う心があるの。
「私、ここへ来てこの世界が私の居場所なのかもしれないって思いました」
風にのって目の前にやって来た花を両手で包んで、そっと風の流れに戻した。
「こんな風に花が咲いてるのが自然なんだって思うんです。でも、不思議だと思う自分もいて……」
ユースティン様は静かに私の話を聞いてくれている。
「私はマーロであり、人でもあるんだと思います。少なくとも心の半分は人間です」
「私も人みんなを好きな訳じゃないんですけど、大好きで大切な人達もいるんです。だから、その人達が困るのは私も嫌なんです」
叔母様や、森番のおじいさん達の顔が浮かぶ。
「だから女王様怒りを解いて、人の世界のマーロの森を元通りにしたいんです」
「アラゴ王国の主要な産業の一つ、か。アーチボルトもきっと困ってるよね」
あ、そう言えば、私、アーチボルト殿下に婚約を申し込まれてたんだった。忘れてた!早く戻ってお断りしなきゃ。だって、私はやっぱり……。私はユースティン殿下の横顔を見た。
「私よりもアーチボルトの方が好き?彼の求婚を受けるの?」
あれ?どうしてそのこと知ってるのかしら?不思議に思ったけど私は慌てて言った。誤解されたくない。
「え?そうじゃないですっ!わ、私はっその……ユースティン様の事が……好きです」
熱に浮かされてじゃなくて、夢の中でもなくて、やっとちゃんと伝えられた。
「エルシェ……でも君は人として生きていきたいのでは?」
私は首を横に振った。
「女王様から許嫁だって聞いて、その、嬉しかったんです。だから、ご迷惑じゃ無かったら……」
私の言葉はユースティン様に抱きしめられて止まってしまった。ユースティン様の頬が私の頬にすり寄せられた。
「っ!」
体も動かなくなる。こつんとユースティン様の額が私のおでこに当てられた。もう、目を開けていられなかった。ギュッと目を瞑る瞬間に見たのは優しく微笑む顔。
「愛してる、エルシェ。私の金の姫君」
ユースティン様は私にそっと口づけた。
その頃アラゴ王国では
エバーグリーン家をはじめ、国内のマーロの森の木々から樹液が全く採れなくなった。それとほぼ同時に国内ではいつもの冬よりも厳しい寒さなことも相まってか、たちの悪い感染症が流行を始める。年の終わりと新しい年を祝うために家族や親戚と集まる時期だったために更に被害は拡大し、薬が品薄となってしまった。人々は薬の代わりにマーロのシロップを競うように買い求めたために、そちらも店先から消えた。マーロの樹液は栄養が豊富で、昔から薬代わりに飲まれてきたからだ。やがて体力のない幼い子ども達や老人達が高熱が出て寝込み始めた。アラゴの悪夢の始まりだった。
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