アーチボルト
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綺麗だって思ったんだ。森の中に佇むその子を。
昔、視察に行ったマーロの森で僕はその子を見かけた。十歳だったと思う。エバーグリーン家。出迎えたのは当主と当主夫人とその娘のアマンダ。兄上や僕は彼らから説明を受けながら、工場や森を見て回った。その時に僕は森の中でエルシェを初めて見たんだ。
静かな森の中、たくさんの光がその子の周りを飛んでいて、その子もほのかに光を放ってる。楽しそうにその光達とおしゃべりをしてるようだった。目が離せなかった。その子は僕達に気が付くと森の奥へ走って行ってしまった。他の人間は気が付いていないようだったから、僕はその子が妖精だと思ったんだ。僕には幼いころから不思議なものが見えていたから。おそらく王家には過去に妖精の血が入ったのだろうと僕は考えている。
けど彼女は妖精ではなく、当主の前妻の娘だった。よくある話だ。妻を亡くした当主が新しく妻を迎えたのだ。連れ子は当主の実子だったようだ。これもまたよくある話だ。ただ一つ違うのはその家がエバーグリーン家だったことだろう。エルシェはあまり良く無い扱いを受けながらも、跡取りとして育てられていた。そして婚約者も定められた。
不思議だった。何故エルシェが跡取りのままなのか。溺愛するアマンダを跡取りに据えないのだろうか?エルシェは家の中では孤立しているようなのに。僕は推測した。アラゴ王国国内のマーロの森の中でも抜きん出た樹液の産出量を誇るエバーグリーン家の森。エルシェの周りや森にしかいない光達。そしてエルシェ自身が放つ光。義妹にはない光。エルシェが、つまりエバーグリーンの血を受け継ぐ者が鍵なのだろうと。
何とかして、エルシェを家から離すことが出来ないかと、王都にあるクローバー学園への進学を人づてに勧めてもらった。エルシェはクローバー学園へやって来てくれた。良かった。ゆっくりと僕を好きになってもらおうと、たびたび話しかけた。最初はおどおどしてた彼女も次第に自然な笑顔を見せてくれるようになった。学業にもひたむきに取り組んでいる。このまま少しずつ好感度を上げていこうと思っていたのだけれど、ここで思わぬ邪魔が入る。
ユースティンだ。彼はおそらく僕と近しい存在だ。エルシェと同様に。ユースティンは彼女を随分と気にかけているようだ。エルシェは僕と話している時よりも、ユースティンと一緒の時の方が楽しそうに見える。僕は内心焦っていた。気が付くと彼らは一緒に笑い合っている。エルシェは気が付いていないようだけど、ユースティンが笑顔を見せるのはエルシェの前でだけだ。
事件は突然起こった。エバーグリーンの当主が事故で亡くなったのだ。僕は再び焦った。このままエルシェとアレックスが結婚してしまったら取り返しがつかない。どうやってアレックスから彼女を取り上げようか思案してたけど、彼は僕が思ってた以上に愚かだったようだ。ありがたいよ。彼はエルシェが帰郷する前に手配を済ませ(これはおそらく前々から準備をしていたのだろうと思われる)、新しい当主の座に収まった。ここで僕は前当主の事故死に不審感を持ったが、怪しい点は無いようだった。
そしてアレックスは、いやエバーグリーン家の者達はエルシェを排斥することに成功した。自分達がしたことの本当の意味も分からずに。僕の推測が当たっていれば、もうエバーグリーン家の森はアラゴ王国のいや、この世界の他の森と変わらないただの森になったのだ。国益を考えればそれは損失だろう。けれど僕はエルシェのために、いや、自分のためにエルシェが家を出されることを止めなかった。実際に森を見たが、あの光達は一つも見えなかった。
叔母の家に身を寄せたエルシェを訪ね、復学を強く勧めた。やっぱり彼女だったんだ。彼女の近くにあの光が見えた。随分と数は少ないけれど、彼女を慕うように寄り添っている。僕はエルシェを手に入れたい。彼女は自覚してないけどおそらく普通の人間とは違う力を持つ存在だ。エバーグリーンの最初の二人のようになりたいんだ。そしてこの国をもっともっと豊かにしたい。僕はこのアラゴ王国の王子だから。
エルシェはあのエバーグリーンの家の人間だけれど、ただの平民だ。貴族ですらない女性を妃に迎えるには相応の理由が必要だ。彼女が学園にいるうちに何かその理由を見つけて父である王を説得する材料が欲しかった。僕はエルシェをシンリーンに招待した。あの研究所でなら、何か彼女の特別な力が発揮されるのではと思ったからだ。
マーロドロップ。彼女はいきなり力を示してくれた!マーロドロップは幻の結晶と呼ばれている。昔は認知されていなかったが、今では途方もない価値が見出されているマーロの樹液の結晶。所長の話ではそれは純度の高い結晶を生み出したようだった。それ以降は一度も結晶を生み出せていないようだったけれど、彼女の母はマーロドロップをよく作っていたようだ。それならエルシェにも可能性はある。それから、妖精の言葉を理解できる。または会話をすることができる。ならば、王家のマーロの森に祝福を与えられれば、マーロの森の聖女として僕の妻に迎えることが出来る。
エルシェには何とかして僕を選んで貰うつもりだ。ユースティンに負けるわけにはいかない。エルシェを他国に渡すことは出来ない。エルシェはこのアラゴ王国の国民だ。家族だってこの国にいる。僕の方が彼女を理解して守ってあげられると思うんだ。
ああ、やはりそうだった。エルシェはマーロドロップをつくりだせる。彼女の母親のように。彼女の義妹はどうしようもない人間だが、今回は皮肉にもそれが役に立った。エルシェが何故このことを隠していたのかは想像できる。それでも僕はこのことを報告して、国王である父に彼女との婚約を打診するつもりだ。エルシェの能力は尊厳を持って活かされるべきだと思う。もちろん彼女の意思を大事にするつもりはある。普通なら王子である僕の申し出を拒否することはできないだろう。でも僕は彼女の気持ちが欲しいんだ。だからまずは僕の気持ちを伝えたいと思ってる。
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