来訪
来ていただいてありがとうございます。
あれから私は熱が下がらなくて三日程寝込んだの。体が熱くて頭がはっきりしない。その間に、
「お義姉様?眠ってらっしゃるの?」
アマンダの声が聞こえた気がするけど、良く分からない。あの子が私の部屋へ来ることなんてないでしょうからきっと夢ね。前のユースティン様のように。寮監の女の人が時々様子を見に来てくれたのは覚えてる。処方された熱さましの薬はあまり効かなかったみたい。
四日目の朝、やっと熱が下がって起き上がれるようになったの。でも不思議なことに昨夜までの重い感じが全く無くて、何だかとっても体が軽い感じなのよね。病み上がりってこんな感じだったかしら……?小さい頃以来、熱なんて出したことが無かったから分からないわ……。空でも飛べそうな感じなの。妙に解き放たれた気分というか、何か羽織っていた重いコートが脱げたような……?今は冬だからコートは着ておくべきよね?外は一面銀世界だし。ってバカなこと言ってる場合じゃないわ!早く授業に出なくちゃ!随分勉強が遅れてしまったわ!私はお風呂に入って体を清めて、早速今日の授業に出るべく準備をしたの。
クローバー学園の冬の期間は間に年終わりと年初めのお休みが七日間入る。他のお休みとは違って、学園も寮も完全に閉鎖されるから、その間の課題資料の本を借りておかなければならなくてちょっとバタバタしたわ。課題も無くしてくれたら良かったのに……。この学園はそんなに甘くは無いのよね。
教室で友達にお休みの間の課題の事を聞いて、休み時間に図書棟へ行った。この学園の図書棟は五階建ての建物が丸々図書館になってるの。蔵書の数はお城のそれを超えるって言われてる。私は目当ての本を探してた。やっと見つけた本を手に取ってパラパラめくっていたら、ふいに耳元で囁き声が聞こえた。
「エルシェ、もう大丈夫なの?」
驚いて振り向くと、すぐ後ろにユースティン様がいらした。夢中で探してて全然気が付かなかった。ユースティン様は私の病気の事ご存じだったのね。私は頬がかぁっと熱くなったわ。熱を出していた時に見た夢のことが蘇る。私ったらなんて夢を見ちゃったの!?ユースティン様の顔がまともに見れない。
「は、はい。ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
私は本を抱きしめて下を向いた。
「本当に?まだ顔が赤いみたいだけれど……エルシェ……君……?」
ユースティン様は私の肩に左手を置いて、右手を頬に当てて上向かせた。
「……!」
近いわっ!すごく近くにユースティン様のお顔がっ!驚いたように私を見つめてくるユースティン様。さっきよりもっと顔が熱くなる。もう限界っ!
「すみませんっ!失礼しますっ!」
私はユースティン様の前から駆け出した。
「あ、エルシェ!」
うわー、また熱がぶり返しそう!胸がドキドキしてる……。変に思われなかったかしら。叶わない想いでもせめて悪い印象は残したくない。次は気を付けなくちゃ。長ーいため息が出たわ……。こんなんじゃしばらくユースティン様に近づけないわ。とは言っても、何となく避けられてるみたいだから、きっとそんな心配は必要ないわね……。
…………ユースティン様はお優しいから、病み上がりの私を心配してくれただけよね。
昨年の年またぎのお休みはエバーグリーンの家に帰ったから知らなかったけど、王都はとても賑やかで華やかなのね。あちこちに新しい年を迎える飾り付けがしてあって、行きかう人たちもみんな楽しそう。今年からはもうエバーグリーンの家には帰れないから、王都にある叔母様の家に帰ったの。
「叔母様、買い物はこれで全部よね?」
私は紙袋の中身を一つ一つテーブルに置いて行った。叔母様は慎重に確認してから
「ええ、大丈夫よ。ありがとうエルシェ。手伝いはもういいわ。課題もあるのでしょう?」
年の終わりは何かと忙しいの。朝から店の前の雪かきをして、叔母様の雑貨の店もお客様が多いから私も店に出て働いてるの。今も午前のお客様がやっと一段落したところで、頼まれた買い物に出て帰って来たところなのよ。
「でも午後も忙しいのでしょう?私にも手伝わせて叔母様。課題は夜の方が集中できるのよ」
私は叔母様の用意してくれた昼食を頬張りながら、そう答えた。
叔母様の料理の味はお母さまのと同じ味で食べるとほっとする。懐かしい味。そして何よりもとても美味しいの!元気が出て来るわ。新しいお義母様は料理を全くしない人だった。その為にお父様は料理人を雇っていた。出て来る料理も豪華なものになっていったわ。その分も経費が余計に掛かってたと思う。思えばその頃からあの二人の贅沢嗜好は垣間見えていたような気がするわ。
「大丈夫なの?貴女つい先だって体調を崩したばかりなのに、そんなに無理をしなくてもいいのよ?まだ顔色も白くて、あら?髪色も薄くなったみたい……病気のせいかしら?それにしては前より綺麗になったような……」
叔母様は私が学園で寝込んでいたことをとても心配してくれた。ちょっと後半部分は独り言に近くて何を言ってるのか良く分からなかったけど……。
あと、多くは口に出さないけど、叔母様もエバーグリーン家のことは知ってるみたい。
「あの人達にも困ったものね……。昔からその素養はあったけれど……」
なんてこぼしていたから。
「叔母様、私本当にもう元気よ!不思議と前より体が軽くて、何なら庭を駆けまわりたいくらいなの」
「ふふ、エルシェったら、小さい子みたいね。でもそれは止めて頂戴。秋に新しい球根を植えたばかりなのよ。じゃあ、午後もお願いね」
叔母様は優しく笑った。その笑顔は記憶にあるお母様の笑顔にとてもよく似ていたの。ああ、懐かしい。もう一度会いたいわ……。
夕方、お客様の入りが落ち着いた頃に思いがけないお客様がやって来た。
「アーチボルト殿下!……アマンダ?」
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