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お久しぶりでございます。

地域柄秋祭りへの力の入れようが半端なく、その影響もあり執筆が滞っておりました。

元より遅筆でございますがどうぞお見捨てにならないで下さいませ〜(´-`)

里への道を義兄と連れ立って歩く、と言うより既に小走りになっている。

道すがら声を掛けてくる里の者へは、片手を上げ答え、足を止める事なく屋敷へと急いだ。


親父殿は思う様に動かない身体に苛ついて当たり散らすし、それを何とかやり過ごし世話をするのは、なかなか骨が折れる事だ。

里の者が金山まで義兄を呼びに走ったのも仕方ないだろう。あんなんでも一族の頭だから、下手に相手を間違えて怒りを買いたく無いのも分かる。


俺だってまともに取り合ったら本気で殺したくなりそうだし、いや、とっくに殺意にまみれた関係なんだけどな。

義兄の言う通り、もう俺一人じゃあ抱えきれないのも確か。だからと言って嫁に丸投げってのも違うだろ。

ああ、また堂々めぐりが始まった。

俺最近こんなんばっかし。


「この役立たずが‼︎」


屋敷の前の坂を登りながら聞こえて来た罵声に、嫌な予感が的中した事を悟る。

一体誰に喚き散らしているのやら、本当に里の者たちに親父殿を見てもらう事が出来なくなるのは困るんだが。当の本人は意にも介さず当たり散らしてくれる、俺がどんだけ拝み倒して見てもらっているか。ああ、殺意が湧いてきそうだ。


「死に損ないが偉そうに!あんたの素っ首斬り落としてあげる。母様も泣いて喜ぶに違い無いわ。」


「やれるもんならやってみろ! ああっ!」


聞き覚えのある女の声に肝が冷える。

門構えを走り抜け庭に回ってみれば、抜身を握りしめた親父と姉が向かい合っていた。

足腰が立たない親父殿は動かない方の足を投げ出し、刃を握りしめた手で上半身を支え何とか体を起こしている状態だ。とても斬りつける事など無理だが、それでもこれを放っておく事は出来ない。どちらかと言えば親父が膾にされる可能性の方が大だ。あの姉がやると言ったら、相手が動けない病人でも関係ないし、躊躇いもなく殺るに違いない。


「姉貴何やってるんだ!」


「何って、別に。お父様の首を落とそうと思って。」


「っつ!酒呑‼︎どこ行ってた‼︎彼奴を早く叩き出せ‼︎」


まずい、姉貴の様子がおかしい。

俺を見返す彼女は焦点が合ってない茫洋とした表情で、僅かな笑みを浮かべていた。


顔を親父殿に戻しジリッと一歩歩を進める彼女に背筋が寒くなる。

どうやってこれを止めようかと思考を巡らせていると、静かな、でも硬質な声色が辺りに響いた。


「もうよしなさい。」


姉は静かに振り向くも、その顔に表情は無いままにじっと義兄を見つめている。


「お前がやっている事は唯の八つ当たりだよ。」


「八つ当たり、私が?」


「さあ、屋敷に戻ろう。」


静かな湖面を思わせるような凪いだ声は、吹き出す寸前の怒りを孕む姉のそれとは対照的だった。

黙って差し出された手を暫く見つめた姉は、その手を取る事なく親父殿に再度向き直る。


「やっぱりお父様の首を落とさなきゃ。」


「なんだってそんな事言い出すんだ。」


「だって、あの子達が欲しがっているの。」


「あの子達?」


俺の脇を義兄が抜けて姉の前に立つ。

親父殿を背に庇い、姉と向き合う義兄は静かに首を横に振った。




俺も後を追って部屋に上がり、親父殿に肩を貸しながら無理やり立たせると、案の定罵詈雑言がのたうつ。よくもまぁ殺されかけて尚そんな偉そうにしていられるもんだな。


なんの表情もなく夫を見上げる姉は、頑是無い少女のように見えた。

祝言の日に自分の夫になる青年を見上げていた彼女と同じ角度で、でもその表情はまるで違っている。


いつもの威丈高な彼女とはまるで別人の様な様子の姉が訝しい。

どうなっちまったんだよ。


「だって、かわいそうよ。

お父様に一緒に逝ってもらえば、あの子達も遊んでもらえるわ。」


なんてこった。

夢の中を揺蕩う様にぼんやりした顔で笑う彼女を見て確信する。


姉はとうに壊れていたのだ。


「お父様、良いでしょう。」





義兄に連れられ姉は帰って行った。

一体いつからあんな調子だったのだろうか。

さっぱり気がつかなかった、と言うか気付けなかった。姉と向かい合うといつも切りつける様な言葉の応酬で、まともに会話をした事がここ何年もなかった様に思う。


「ったく、大人しくしていてくれよ。毎度毎度騒ぎを起こしてくれて、面倒見てもらえなくなるじゃねーか。」


「クソが!まともに育った子供は一人もおらん!どいつもこいつも使えぬ奴ばかりだ!折角お前らは二本角だったってのに。」


吐き捨てられた言葉を聞いた瞬間、頭に血が上って行くのを感じたのは気のせいではない。体の中を流れる血が沸騰したかの様、カッと熱くなる体が思わず反応した。

布団に横たわる親父殿に馬乗りになり、その鼻と口を塞いだ。俺の体の下で暴れる親父殿の体、動く側の腕も俺の身体に押さえつけられ抵抗らしい抵抗もできやしない。


「こうやって、何人、殺した。」


押し殺した俺の声が遠く、まるで他人の声の様に響いた。

手の下から呻き声が漏れ出る。だが、目の前の男の目に浮かぶのは恐怖などではない。ひたすらの敵意、憎悪。力を失わないその目の光に我に帰った俺は、その手を離した。


「はあっはあっ、っかはっ!」


咳き込む親父殿は、口元からは涎が垂れひどい有様だ。でも、生きてる。まだ、生きてる。

一思いに殺してやりたい。

だけどな、そんなに簡単に死なせてなんかやらない。こいつはもっともっと苦しむべきだ。

肉体の牢獄に繋がれのたうち苦しみやがれ。

だからもっとずっと長生きしてもらわにゃいけない。一時の感情に駆られてとんでもない事をする所だった。


「親父、夕飯は何がいい?精の付く物食わしてやるからな。」


姉の事は言えないな、俺だってとっくにおかしくなってるのかも知れない。







「なあなあ、親父様よ。どうだい、やってみてもいいかのう?」


「お前の好きにすればいいさ。別にこちら側が痛手を被る話ではなかろう。それに、上手く行けば儲けものじゃないか。」


オラはニンマリと笑う。

塩を求める鬼の窮状に、頭を捻りながら互いに利のある話に持って行けないかと考えておったのだが、上手い儲け話を思い付いたのだ。

早く試作の品が仕上がらないかな、気になって仕方ない。


「それはそうと、沙穂はどうだね?」


「大丈夫だ。テンは沙穂を気に入ったみたいだし、あいつは義理堅い所が有るからな。ちゃんと沙穂を大切にしてくれる。それに、沙穂は随分のびのびしてたぞ。世話人の婆とも気が合うみたいで楽しそうにしてた。」


「そうか……、鬼の子が出来たりでもしたら、いよいよ進退窮まる事になる。逃がしてやれるなら今のうちしかなかろう。一度は嫁として鬼の元にやったのだ、鬼との約束は守った事になろう。」


「いや親父様よ、もーいいんだって。そっちはよ。」


苦笑いが半端ない。

テンがあんなに奥手だなんて思いもよらなかったしなぁ。けど、そこまで躊躇するにはちゃんと理由もあるわけで……、確かにあの馬鹿力と体格の違いには少し思う所もあるが、まあテンがなんとかするだろう。って言うか他所様の閨事情に首をつっこむ様な破廉恥な真似はしたくないぞ。


「早く試作品が仕上がらないかな。」


「そんなに良さげな物かね。」


「ああ、楽しみにしててくれよ。」


オラは親父様の背中を見て育って、商売の面白さに気付けた事が一番良かったと思っている。もちろん楽しいばかりじゃない。人が絡んでくるのだ、綺麗事ばかりじゃ済まないのも分かってる。こちら側美味しい思いをするなら、どこかでオラの所為で痛い目に遭ってる人がいるって事も分かってる。正直汚い事も大なり小なりあるのも知ってる。

それでも、親父様のお陰でこの里の皆の暮らし向きは格段に良くなったのは確か。周りの年寄り衆は、もっと貧しかった昔を知っているから、親父様にいつもありがとうって言ってくれる。

オラの自慢の親父だから、親父様に認められたいって思いは常にあるんだ。


「オッシ!気張ってみますか!」


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