↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝キョ。  作者: TKG
PR
13/24

第13話 運命仮説立証実験


───鳴神透───




 ここで二つ、仮説を立ててみよう。


 仮説その一。

 平行世界で、命はつながっている。

 すなわち、母の日の前日に、そよかねーちゃんが死ぬのは、全ての世界で決まっているということだ。

 この後、母の日の前日に彼女が死ねば、その仮説は立証される。

 その場合、彼女の運命は、誰がなにをどうしようと、それは変えられない決定事項であり、すべての世界で決められた運命は絶対であると証明される。


 これが証明された場合、俺はこの先、大人になるまで絶対生き残ることが確定する。

 なぜなら、中身である俺が、大人になってへらへら笑って過ごせる未来があるからだ。

 そして、予言にあった巨人の王クロノスが、『デウス』=『機鎧』によって倒されるというのも、まず覆らないだろう。

 それもまた、運命なのだから……


 だが、そこで確定するのは、そよかねーちゃんの死。

 俺はもう一度、親しい人の。しかも今度は、再び出会って親しさを再確認した人の死を、看取らなくてはならなくなる。


 仮説その二。

 平行世界で、命はつながっていない。

 すなわち、彼女は母の日の前日に事故にあわなければ、死にもしない。全然問題なく生きていけるということ。

 この後、彼女が死ななければ、それは立証される。

 この場合、彼女の運命は、決まっておらず、なにかのきっかけがあれば、変わってしまう流動的なものであり、世界に決まった運命などないかもしれないと証明される。


 これが証明された場合、すべてが不確定のままになる。

 俺が生きて大人になれるかも不明だし、彼女がいつ死ぬのかも不明。さらには、クロノスを倒す予言が本当に当たるのかも不明で、覆る可能性さえ十分ありえる。


 これで確定するのは、あやふやな未来。

 なにも予測できない、俺さえ死ぬ可能性が大いにある、お先真っ暗かもしれない将来だ。



 長いスパンを見て、全ての確実と、俺の将来の安全を考えるなら、仮説は前者で証明されることを祈るべきだろう。



 そう。元々彼女は死ぬ運命だったのだ。

 この絶対的な運命の輪を証明するのなら、決して無駄死にではない!


 大勢の人間のために、俺の安全のために、ここは彼女の死を、俺は祈るべきなのだ……!



 ってできるかー!!



 頭の中でささやいた、天使を叩きのめした。


 祈れるわけねーだろ! 祈り、願うなら後者に決まってる!

 目の前の人が死ぬとわかっていて、なにもしないでその人が死ぬのを望むなんて、誰が望めるか!


 運命ってヤツがあるのなら、あればいい。

 だが、運命が絶対なんてのは、気に入らない! 俺が運命を信じるのは、それが絶対じゃなくて、変えられると証明するためだ!

 祈るくらいなら、そんな運命へし折ってやる!

 運命が変えられた方が後々都合が悪いのもわかっている。


 だからって、目の前で変えられるかもしれない運命を、変えるために動かずしてどうする!



「そよかねーちゃん!」

 頭の中で選択を終え、目の前にいる彼女へ声をかける。

 真姫さんと話していたそよかねーちゃんが、俺へ視線を向けた。

「ん? なんだよ?」


「いきなりだけど、今度の金曜の夜ウチに泊まりに来ない? 日曜までいてくれると、母の日も祝えるし、カーチャンもきっと喜ぶと思うんだけど」


 そう。母の日前日が運命の分岐点ならば、その日全部一緒にいて、命の危険に目を光らせればいい!

 家にいれば交通事故にあわないし、カーチャンもいて、さらに安全は確保される!

 さすが俺様。ナイス俺様!


「あー。確かに、久しぶりに栞さんにあうのもいいかもしれないな。でもよ、土曜はあたし、外せない用事があるわ」

「は?」

「だから、悪いな。その次なら大丈夫だぞ」

 すまん。と、手を上げてくれた。


「はあぁぁぁぁ!?」

 この場合、むしろ突然提案した俺がそよかねーちゃんを驚かせるシーンだと思ったんだけど、逆に俺が驚かされてしまった。


「うぉっ、なんでそんなに驚くんだよ。あたしだって用事くらい、そりゃあるさ」


「土曜……あっ」

 真姫さんもなにか思いついたように、声をあげた。


「あなた、意外に真面目なのね」

 得心して、感心している。


「うっせーな。しかたねーだろ。あたしの力でみんなを守れるかもしれねーんだから」


 え? え? 真姫さんも知っている上、みんなを守れるかもって……?


「なにそれ?」

 思わず声に出た。


「あー、透は『機鎧』の適性なんだった?」

 そよかねーちゃんが聞き返してきた。

「適正って、えーっと……」


 素直に『むり』でした。とは言えず、言いよどんでしまった。

 適性の最低評価だが、その中には能力が高すぎて、普通の『機鎧』では動きがついてこないから無理。という意味もある。

 俺はその後者らしいけど、一般的に考えれば、その評価は最低ランクととられる。

 ゆえに、男の子のプライドが邪魔して、素直に胸を張って適性を報告することができなかった。


「なんか最近、『機鎧』が世界を救うって報道されてるだろ?」

 彼女は、俺の話を待たず、続ける。

 ゴールデンウィークで判明した、予言で巨人の王を倒す『デウス』=『機鎧』が判明し、世界規模で『機鎧』製作などに力が入りはじめたのは、耳に新しい。


「それで、適正『最良』と『優良』をとったヤツは、訓練を受けろって、お上からお達しがあったのさ。で、『最良』なんてとっちまったあたしは、絶対に来てくれと言われたのさ」


「え? マジそれ?」

「ああ。マジだよ」

「マジなの?」

 うなずいたそよかねーちゃんから、視線を真姫さんに変える。


「ええ。本当よ。彼女は入学直後の適性検査で、『最良』の結果をたたき出していたわ。本人、興味もなく、スカウトなんかも断っていたみたいだけど」

「あの時は全然興味なかったからな」


 やれやれと、彼女は肩をすくめた。


 適性『最良』。それは七段階ある適性評価の中で、その名の通り、最も良い評価のことだ。

 世界のランキングにはいる『機鎧』乗りのほとんどは、この『最良』か『優良』の評価を得ているというほど、『機鎧』を動かすのに必要な適性だ。

 当然努力でその適性の結果を覆すことができるが、評価が高くて損などはない。

 その『最良』の適性を持つ者は、一千万人に一人の割合で、五十億人いると、世界に五百人しかいない計算になる。

 ……いや、五百人て、けっこういる気がする不思議。

 ちなみに評価は『最良→優良→良→普通→劣→まるでなし→むり』となっている。


 そんな適性があるのに、興味がないとは、ある意味彼女らしいと言えた。


「でもよ、巨人が現れて、『機鎧』で奴等を倒せるってんなら、話は別だろ?」


 そして、一見不良ぶっているけど、実は正義感が強いのも、俺の知る彼女らしい……

 しかし、予言の『デウス』=『機鎧』という真実を暴いたばっかりに、そんな事態になっていたか。


「だからその日はちょっと外せないのさ。ついでに登録して訓練を受ければ、学校も公欠(公式欠席)になるしな」


「意外にそよかねーちゃん真面目だよね」

「この子今のところ無遅刻無欠席よ。私よりきちんと出席してるわ」

 俺の感心に、真姫さんもうなずいた。

 そーいや真姫さん巨人が出現した日、ウチの中学きてたもんな。あれ、早退とかして待機してたのか。


「うっせーな!」

 顔を少し赤くしたそよかねーちゃんに怒られてしまった。


「つーか俺、そんなイベント知らないんだけど」

 仮にもさ、博士の研究所所属なのに。いや、公式には俺まだ『機鎧』に乗ったことになってないけど。

 防衛戦の時戦場に出てたのは、非実在パイロットの山田権三郎さんだけど。

 それでも、そんなイベントがあるなら、俺に通達あってもいいんじゃない?


「あるわけないわ。今回要請があったのは、適性が『最良』と『優良』をとった、訓練いかんによって、七月以降戦力になる才能ある人への訓練なのよ。あなたの『適性』は?」


「……『むり』でした」


「ぶっ!」

 そよかねーちゃんが噴き出したのが聞こえた。

 見ると、俺から顔をそらし、プルプル肩を震わせている。

 いっそ笑ってくれた方がすっきりするよ!


「い、いや、ちょっと予想外でよ。お前運動神経悪くなかったのにな」

 悪い悪いと、バシバシ肩を叩かれた。

 いえいえ。適性『むり』ってのは『最良』よりも数少ないって聞いたから、笑ってもしかたないと思うよ。

 それに俺は、その適性評価についてはもう気にしていないし。


 ぜんぜんきんしてないし!


「まあ、それなら仕方がないな。でも安心しろよ。あたしが守ってやるから」

 自分を親指で指し、にっと笑った。


 真姫さんがやれやれと肩をすくめている。

 知らないのは、幸せなことね。とか思ってるような表情だ。

 真相が知られたら、怒られるかな?


 でも、そんな事情なら、外せないのは仕方がない。

 なにより、『機鎧』のコックピットはシェルター並とされているから、むしろ安全な場所だ。

 車なんて目じゃないし、唯一の危険信号、巨人は、ここしばらく出てくる予測もない。


 つまり、行き帰りを気をつけるだけで、彼女の命の安全は、ウチにいるより格段に上がる!


「そっか。なら仕方ないね。それじゃ、俺がそこについていってもいいかな?」

「そりゃ、別にかまわないけどよ」

「カーチャンの弁当もってくし!」


「おお、それならむしろ大歓迎だな!」

 諸手をあげて、大喜びしてくれた。

 そういやそよかねーちゃんも、ウチのカーチャンの卵焼き大好きだったっけか。


「あ、せっかくだから、終わったらウチ来る? さっきも言ったけど、いい母の日のサプライズになると思うから」

「そうだな。ここであったのもなにかの縁だ。久しぶりに泊まらせてもらうか」

「カーチャンも喜ぶよ」


 やったー。と俺は思わずはしゃいでしまった。

 よし。これで土曜の帰りも監視できる!

 これで、ほぼ一日そよかねーちゃんの命を脅かす危険に注意を払うことができるぞ!


「なら、朝から迎えに行くから! 起こして帰りまでついていくから!」

「うええ!? なに言ってんだよ!」

「そよかねーちゃんがちゃんと朝起きられるか心配だし、遅刻しないかわからないからね!」

「あたしは子供か!」


 わいわいぎゃーぎゃーと、俺達は土曜にどう行くのか、楽しく話し合うことになった。



「……」

 その時、一人蚊帳の外に置かれ、むーっと、膨れている真姫さんがいたことに、俺は気づかなかった。



 そして土曜日。



「そよかねーちゃーん。あっさでっすよー」

 朝早く、彼女の家を訪ね、インターホンを押す俺がいるのだった。


「ちょっ、なんでこんなに早いんだよ!」

 インターホンから、お怒りの声が響いた。

 だって、心配だったから。家から外に出る前に死んでたなんてなったら洒落にならないからさ。


「ああ、お気になさらず。ゆっくり準備してくれていいから。ぶっちゃけると、このままそよかねーちゃんちで一日遊んでいてもいいよ。なんなら泊まっていってもいい!」

 むしろお休みして家で大人しくしていてくれるのもいい!


「あ、アホかお前はー! だ、誰がお前を泊めるかよ。この、ヘンタイ!」

「なぜにヘンタイ!?」

「うっせえ。ちょっと待ってろ。すぐ行くから」

「いやいや、ゆっくりでいいよ。ゆっくりで!」

「うるせえんだって。わかったからそこで待ってろ!」


 インターホンが切れました。

 会場は、いわゆる運動公園の一角と、そこに併設された体育館で行われる。

 そこまでは、徒歩と電車とで行かねばならないのだが、その行って帰るの行程が、やっぱりちょっと怖い。

 だがしかし、万一車が突っこんでこようと、電車が脱線しようと、彼女をどうにかして守ろうと、俺は思う。

 なにせそのために、俺は博士から新造サムライ号を借りてきたくらいだからな。

 町中で勝手に起動したら下手すりゃ逮捕って話も聞くけど、人の命には変えられない!

 なに。捕まる前に逃げればいいさ。博士の話じゃこのサムライ号、前回の防衛戦とかがあって行方不明になったから、まだ登録していないみたいだから、逃げてもとぼけられるに違いない!


 ま。使わないにこしたことはないけどさ!


 しばらく待っていたら、ジーンズにパーカーとラフな格好のそよかねーちゃんがやってきた。

 一応運動しやすい格好の方がいいからだそうな。


 まあ、『機鎧』も動かし方によっては意外に体力使うからね。


「じゃあ、行くぞ」

「へーい。とりあえずそよかねーちゃん」

「ん?」


「おはよう」

「ああ。おはよう」


 一瞬面食らったようで、苦笑されてから、返事が返ってきました。

 なんだよう。挨拶は大切じゃろうに。


 どうやら彼女、朝におはようなんて挨拶するのは久しぶりで、面食らったらしい。

 鼻の頭をぽりぽりかきながら、そう告白されてしまった。


 そんなこと言われたら、俺までなんか照れくさいじゃないか。


「い、いいだろ! ほら行くぞ!」

 俺も照れくさくて笑ったら、そよかねーちゃんに背中を叩かれ、歩き出すことになった。


 目指すは、訓練会場。

 さあ、今日はしっかりはっきり、運命のヤツをぶち壊すぞ!



 ……



 会場に無事到着することができた。

 歩きと電車を乗り継いで来たけど、俺が心配したような危機は欠片もなく、実にあっさりと、遅刻もせず、三十分もの余裕を持って、会場につけた。

 あまりにも拍子抜けだが、まだまだ油断はできない。

 俺は到着したところで気合を入れなおし、会場へと足を踏み入れた。


 ついて、受付のところへ行くと……


「あら、早かったわね。まだ三十分以上余裕があるわよ」


 そこにはなぜか、真姫さんがいた。


「あれ? なんで?」

「なんでって、私を誰だと思っているのよ。むしろ、主催者に名を連ねる側よ」

「あー」

 そういえば、そうだった。

 防衛戦で大活躍し、世界ではじめて巨人世界の情報を持ち帰り、『デウス』=『機鎧』をつきとめた、日本のエースナンバーで、防衛の要。いまやその界隈において知らない者は居ない人物なんでしたっけ。

 その上、世界ではじめて裂け目の発生を予測する機械も作った、『機鎧』の第一人者の大門博士の孫で、自身もそれに精通しているのだから、これに関わっていてもなんの不思議もない。

 俺は、納得した声をあげた。


 ちなみに俺は、俺経由でむこうの情報を知りたいという博士のわがままから、行って帰ってきたことやらなんやらは上に報告されていなかったりする。


「……そーいやさ。前も色々知ってたけど、あんたなんなんだ?」

 真姫さんを前にして、そよかねーちゃんがはたと気づいたように声をあげた。


「え? そよかねーちゃん知らないの?」

「知らねーよ」

「知らないんだって」


 首を真姫さんに向けて、報告した。


「あなただって最初は知らなかったじゃない」

 彼女も気にしていないのか、慣れた反応だ。

 むしろ俺に対してため息をついてきた。

 あれ? 俺が馬鹿にされてるね。これ。


 まあいいけど。


「あ、一応説明しておくと、真姫さんのおじいさんて、『機鎧』開発の第一人者なんだ。その関係で、彼女もそれ関係に強いんだよ」


「ああ、だからか」

「一応、最初に日本で現れた巨人を倒したのは、彼女らしいよ」


 政府として認められている事実を、俺は告げておいた。

 結局これは、修正されていない。


「へー。てことは、あんたも『機鎧』に乗って巨人と戦ってるってわけ?」

「ええ。戦っているわ。それに関してなら、あなたの大先輩に当たるわね」

「へぇ」


 二人の視線が、ぶつかり合った。

 なぜか、一瞬火花が散ったように見えたのは、気のせいだろうか。


 そよかねーちゃんが、真姫さんをまじまじと観察する。


「なら、あたしでも楽勝だな!」

 にやりと、笑った。


「ふふ。そうだといいわね。甘い見通しや慢心は、死を招くわよ。それを、思い知らないといいわね」

 その態度に、真姫さんはにやりと笑い返す。


「ふふ」

「ふふふふふふ」

 そして二人は、不気味に笑いあった。


 なんか、不穏な空気で微妙に二人の間が歪んで見えるのは、きっと気のせいだね。


「……あれ? てことは、講師は真姫さんてこと?」


「いいえ、私ではないわ。流石に私じゃ威厳がなさすぎるから、かわりに日本ランク二位の人に来てもらっているの」

「へー」

「へー」


 その筋で真姫さんは有名だが、ここに集まる人達は才能はあっても素人で、その筋ではない。ゆえに、いくら実力があっても一般の知名度もないただの小娘では説得力がないというわけだ。

 と、納得の息を吐いたが、同じく『機鎧』バトルのランキングなど目を向けていなかった俺達。二位と言われても、実はどのくらいすごいのか、さっぱりわからなかったりする。

 いや、日本で二番目に凄いって言葉の意味はできるけど、その凄いが、具体的にわからない。

 俺より『機鎧』の世界に疎いそよかねーちゃんも、二位かよ。一位連れてこいよ。って顔をしている。

 いや、二位も凄い人だと思うよ。たぶん。


「じゃああんたはなにしに来たんだ?」

「講師以外にも練習機の整備や調整、他にも色々人では必要でしょう? あなた達だって、知り合いがいた方がリラックスできるでしょうし」

 そよかねーちゃんの疑問に、あっさりと答えを返してくれた。

 確かに、知人がいるのは心強い。


「というわけだから、ついてきなさい。シミュレーションなどなら、個別で私が教えてあげることもできるから」

「なんだよ、結局先生やるんじゃねーか」

「そういうつもりではないけどね。なんなら、先生と呼んでくれてもいいわ」

「いーや、絶対呼ばないね。誰が呼んでやるもんか」

「それだけ気が強いなら、緊張なんかは無縁のようね。楽しみだわ」



 こうして俺達は、真姫さんの案内で会場内へ入っていった。



 会場には、十人ほどの人がいた。

 全員若い。将来のための投資だから、当然だけど。

 ついでに言って、高校生以上なら、才能ある人はすでにプロのスカウトを受け、スポンサーの支援なんかを受けて訓練しているものだし。


「ちなみに、今日の訓練生は全部で六人。まだ二人来ていないわ。むこうにいる人達は、当事者もふくめ、あなた達と同じようについてきた付き添いの人ね」


 確かに、よく見てみると、いかにもお父さんやお母さんといった人達も紛れこんでいた。

 子供は純粋に、予定より早く『機鎧』に触れるから喜んでいるかもしれないけど、親としては、ちょっと複雑な気持ちかもしれない。

 なにせ、下手をすれば巨人に殺されてしまうからだ。

 とはいえ、誇らしさも感じているだろうし、本当に複雑な気分だろう。


「やっぱ、適性が高いヤツってのは人数少ないんだな」

 六人しかいないというのを聞き、そよかねーちゃんが少し驚いた顔をしていた。


「その中でも『最良』はあなただけ。みんな若いから、あなたのことを敵視するかもしれないけど、喧嘩はしないようにね」

「嫉妬の視線はシカトするけど、売られた喧嘩はどうするかしらねーな」


 と、うんざりとしたように、そよかねーちゃんが言った直後。


「へぇ。君が早乙女そよかか……」

 会場に現れた俺達の前に、前髪を指でくるくるさせながら立ちはだかった少年がいた。

 どこか、お金の匂いをさせる、お坊ちゃんのような風体だ。

 会場に十人いる訓練生&付き添いの人のうち、その半分の五人がこの少年とその付き添い。というか、取り巻きのようだ。

 年は、そよかねーちゃん、真姫さんより、一つ二つ下くらい。つまり、中学二、三年といったところか。

 わざわざ、所属がよくわかる制服を着ている。


「ぼくは大成白金高校付属中学二年の、望月望というものさ」


 くるくる回していた髪の毛をぴん。とはねあげ、なんか、自己紹介がはじまった……



 早速そよかねーちゃんが、才能を妬まれて絡まれてる。

 なんか、そよかねーちゃん、物語の主人公みたいだ。




───望月望───




 ぼくは、いつもナンバーワンだった。

 小学校でも、中学校でも、なにをやってもナンバーワンだった。


 だから、『機鎧』の適性も、学校内では唯一の、『優良』

 百万人に一人の才能だった。


 この瞬間。僕の将来は決まったといってもいい。

 パパに頼んで、学校のクラブに『機鎧』シミュレーション専用の筐体も入れてもらったし、去年の学生大会も、日本で一番だった。


 そして今年の四月。

 巨人が姿を現した。


 これはすなわち、世界がぼくという英雄を求めているということ。

 たった一ヶ月で世界は激変し、まるでぼくを求めるかのように、こうして『機鎧』パイロットの召集もはじまった。

 このまま訓練がはじまって、僕の才能が明るみに出れば、ひょっとすると次の防衛戦に呼ばれちゃったりするかもしれない!

『君の才能を、人類のために役立てて欲しい!』

 そして大活躍なんかしちゃったりして。

『なんて凄いんだ。君こそ人類の至宝! まさに英雄だ!』

 なーんてね!


 この今の状況は、ぼくのために用意されたとい言っても過言じゃない!



 そう、思っていたのに……



 なんと、この地区には、『最良』の適性をとったという人間がいると聞いた。

 一千万人に一人という、大天才の才能を持つ人間がいると!



 この、日本一の中学生であるぼく以上の注目を浴びるなんて、許せない!

 僕でも、『最良』の適性ではなかったというのに!

 実はその適性は間違いだって、実力の差を、見せ付けてやる!



「だからぼくと、勝負しろ早乙女そよか!」




───頂上一───




 口論しているのが目に入った。


 確かあれは、名簿にあった顔だな。

 適性が『優良』で、去年中学の部で日本一になった、望月望と、適性『最良』の、早乙女そよか。初心者か。


 ……早乙女って、どっかできいたことあるな。

 まあいい。


 口論というか、前髪をくるくるさせるボウズが、一方的に食ってかかっているというのが正しかった。

 一方的な因縁に、早乙女の方も、顔をしかめ、ぎらりとにらみを利かす。


 ボウズの方は、その眼光で、一瞬萎縮するが、すぐに気を取り直してにらみ合いがはじまった。


 ったく。自分の力が一番とか、日本ランキング二位で日本最強といきがっていた、ちょっと前の俺かよ。

 適性の高さに浮かれて、天狗になっていやがるんだな。


 巨人と戦わない、平時のバトルトーナメント参加なら、それでもよかっただろう。


 だがよ、そんなことを考えていると、戦場じゃマジで死ぬぜ。

 特に、これからはな……


 おっと、いけねえや。

 あの日帰ってこなかった、あの白い乙女のことを思い出しちまった。


 あの防衛戦で、たった一機であの中型単眼巨人を三体も屠ったあの白い『機鎧』

 あの子は、巨人の世界から戻っては来なかった。


 ゆえに、これから俺達は、彼女抜きで戦わなくちゃいけないってのによ。


 だから、俺はあいつらの意識をがつんと変えてやらなきゃいけない。

 世の中は広いって。井の中の蛙じゃいけないってよ。


 あの防衛戦から、俺も、ずいぶんと甘くなっちまったもんだぜ。



「だからぼくと、勝負しろ早乙女そよか!」



「おうおう。やれやれ」


 俺が煽ると、そこにいた全員が、一斉に俺の方を振り向いた。


「頂上さん」

 早乙女の近くにいた、大門の嬢ちゃんが俺を驚いたように見ている。

 なに煽っているんですか。と、睨まれちまった。


 俺は悠然と、片手をあげて、その視線を制する。


「おいおい。やりたいならやらせてやれよ。こいつらまだ、自分の実力がさっぱりわかってないんだ。いっぺんボコボコにされて、未熟を知った方がはやいだろ」


「そうだからって、喧嘩を煽るようなマネは感心しません」


「おう。だからよ、俺が相手してやるよ。日本ランク二位だ。勝てば、一瞬にしてお前達は日本で二番目に強いと証明されるぜ」

 にやりと笑い、俺は自分で自分を指差した。



 ボウズの目の色が変わる。

 標的が、俺に代わった。




───望月望───




 予定されていた学科や色んなものをすっ飛ばして、ぼくは練習用の『機鎧』に乗っている。

 実物に乗るのは、適性実習を受けた時以来だ。


 学生大会だと、『機鎧』は実機ではなく、シミュレーションだから、物足りなかったんだ。


 ここで、いきなり日本ランク二位を倒せば……



 ぼくは、日本で一番強いということに!

 ※違います



 うふ。うふふ。

 こんなチャンスが舞いこんでくるなんて。

 やっぱり、時代は僕のために動いているね!


「おーい。いつでもいいぞー」

 体育館横に併設された運動場で、ランク二位の人が練習用『機鎧』を立たせ、手をぶらぶらとさせている。


 武器は様々用意されている。

 ぼくはオーソドックスな剣を選択した。

 やっぱり、権威の象徴であるこれが一番だよね!


 一方相手は、なにも手にしていない。

 いや、ナックルがあるのか。


 その余裕、僕が打ち砕いてあげるよ!



 ぼくは剣を振り上げ、踊りかかった。



 次の瞬間。

 ぼくは、仰向けに倒れて、空を見ていた。


 なにが起きたのかさっぱりわからない。

 なのに、一瞬にしてぼくの『機鎧』は、ノックアウトされていた。



「おう。ボウズ。わかったか? 世界ってのは、とんでもなく広いぞ。こんな俺でも、巨人との戦いじゃ、死にかけた。適性や、ちょっとシミュレーションの大会で勝ったからって、浮かれてると……」


 腰を下ろし、頂上さんの乗る練習機の顔が、モニターに近づいてくる。


「……命、落とすぞ」


 この練習機は声しか通信ができない。

 でもその声は、どこか悲しさを帯びた声だった……



「お前の慢心は、俺達がちょっと前に通った道でもある。だから、今のうちに心構えを変えておけ。ただ、お前には才能がある。だから、俺は、厳しく言わせてもらった!」


 じーん。

 衝撃と共に、ぼくは心を揺さぶられた。


 これが、日本二位……!


 ぼくとは、器が違う!

 ぼくは、井の中の蛙だったことを、思い知らされた。


「か、感動しました! 先生!」

「せ、先生!?」

「はい。先生! これからもご指導よろしくお願いします!」


 この瞬間、僕の心構えは変わった。

 この人に、師事を受けたいと、思うようになった!


 先生は、一瞬驚いたような声を上げ。


「へへっ。後進の指導も悪くないな」

 嬉しそうに、ぼくを弟子にしてくれた。




───鳴神透───




「……なにこれ」

「いや、私に言われても困るわ」


 俺達を置いてけぼりにしてはじまったバトルの決着を見て、俺は思わずつぶやいた。

 真姫さんも、オデコに手を当てて、苦笑している。


 見物人である俺達は、安全用に並べられた柵の前に立ち、先ほどの一方的な戦いを見物していた。

 剣の振り下ろしを体を半歩だけずらしてかわし、踏みこんでからのボディ→下がった頭へ振り下ろしのストレートと、実に見事なコンビネーションだった。



「次、早乙女!」

「へへ。なかなかおもしろそうだな」

 そよかねーちゃんも『機鎧』に乗りこみ、立ち上がらせた。

 スムーズな立ち上がりで、拳をぶつけ合わせている。


 装備は、彼女もランク二位という頂上って人と同じ、ナックルのみだ。


 そよかねーちゃんはいわゆるピーカーブーのボクシングスタイルで、相手の方は、ゆらゆらと上半身を揺らす動きをしている。

 そういやそよかねーちゃん、ボクシングとか格闘関係もそれなりに興味持っていたっけ。


 彼女の練習機が、頭をふりながら、間合いをつめる。

 一気に近づき、相手の攻撃を一度引き出し、すばやくその身を引いた。


 一歩分、身を引き、ストレートを放った頂上さんの機体に向け、蹴りを放つ。

 その頭を狙った、ハイキックだ。


 ボクシングスタイルから一転、空手の蹴りである。

 その蹴りは、あっさり相手の残った腕に、ガードされた。


 それからも、空手から柔道。柔道からまたボクシングと、そよかねーちゃんの戦い方がころころ変わる。

 一見すると、日本ランク二位の人が、押されているように見えた。


 さすが適性『最良』といった動きである。

 とても、シミュレーションもなく、いきなり実機を動かした動きではない。



「……いやはや、さすが日本二位だね。ねーちゃんのことを完全にあしらってる」

「そうね」


 盛り上がる見物人の中、俺と真姫さんがちょっとしらけた目でその戦いを見ていた。

 一見するとそよかねーちゃん優勢のように見えるけど、その実、この戦いは完全にあのランク二位の頂上さんがコントロールしている。

 どこか彼女を指導するかのような動きが見て取れる。


 きっと真姫さんもそれを察して、俺に同意したのだろう。



 ぴりりりりり。

 味気ない着信音が鳴り響く。

「あ、私だわ」

 真姫さんが、携帯電話を取り出した。


 そして、彼女が携帯を耳に当てるのとほぼ同時に、戦いの方でも動きがあった。


 今まで一方的に攻めていたそよかねーちゃんの動きが、突然止まったのだ。

 両手をだらりと下げたまま、無防備に相手へ歩み寄る。


 一瞬、そのランク二位の人が、面食らった。


 刹那、そよかねーちゃんの右拳が、ランク二位の人の練習機の顔面に、決まった。



 おお。

 ねーちゃんがマジで一撃決めた!

 周囲の見物人達がさらに盛り上がる。


 誰も気づいてないかもしれないけど、この一撃は、コントロールされていない一撃だよ。みんなもっと褒めてあげてもいいと思うよ!


 でも、ランキング二位の人が怒って、マジで攻撃してこないといいな。

 殴られたてたたらを踏んだ練習機が、体を起こす。


 お怒りか?

 まさか事故でも?

 とか心配する俺の内心とは裏腹に、ランク二位の人の心は広かったらしい。


 殴られた顎を撫でると、周りの皆にわかるように、親指を立てた。

「やるじゃないか。才能は、やはりピカイチのようだ。それじゃ、これからちょっとマジで行かせてもらうぜ」

「え? マジでやってたんじゃないのかよあんた!」


 にやりと笑った声と、驚いたそよかねーちゃんの声が、スピーカーから響いた。

 ねーちゃん。その反応、完全に負けてるよ。


「さて」

 と、相手の『機鎧』が拳を構えたその時。



 どすん!


 二体の『機鎧』が対峙するグラウンドに、なにかが落ちてきた音が響いた。

 小さな土煙があがる。


 なにごとか。と思い、そちらを見ると、地面に膝を突き、着地したような格好の男がいた。

 しかもその男は、この現代とは場違いな、古代ローマの剣闘士のような格好をしている。


「まさか……!」

 嫌な予感がする。

 俺は思わず、身を乗り出し、叫んでしまった。


 突然空から現れた男が立ち上がり、剣を抜きながら、にやりと笑う。


 携帯を閉じた真姫さんが、こちらへ走って戻ってくる。

「大変よ。このあたりで一瞬、人間サイズが通れる小さな裂け目が開いたそうよ!」


 まさかと思った考えに、真姫さんが答えを確信させるヒントを告げてくれた。

 その瞬間。俺は安全柵をとびこえ、走り出していた。


 グラウンドにいる剣闘士の体が、ぐんぐんと大きくなる。

 そこに、十メートルサイズの巨人が姿を現した。

 ただ、大きさこそは今まで標準型と呼ばれる十メートルサイズの巨人と同じだが、纏う雰囲気は、今までの者と、明らかに違う。


 そうだ。そもそも巨人と戦える『機鎧』がサイズアップできるのだから、巨人がサイズダウンできても不思議はない!

 なにせ『機鎧』は、元々むこうの技術なのだから!


 そして、あの巨人こそが、そよかねーちゃんの運命を隔てる分岐点に違いない!

 あの場に現れたということは、その狙いは、明らかに『機鎧』!


 つまり今日、この日、ねーちゃんはあの巨人に、殺される!



 くそっ! 一番安全なはずの『機鎧』の中が、一番危険な場所になるなんて!

 そんなこと、絶対にさせるものか!



 サムライ号を取り出し、俺はそれを、天にかかげた。




──────




 観測室。

 そこは、空に広がる裂け目の予測をするため、大門真姫の持ちこんだ観測機により、空間を観測するためもうけられた部署だ。

 大門真姫が管理する観測機本体から送られてくる情報を分析し、いつどこでどのくらい裂け目が開くのかを計算している。


 そこで、異常な報告音が響く。

「早乙女長官!」

「なにが起きた!」


「空間表面に異常を確認。裂け目、開きます!」


「なにっ!? 巨人か? 予兆もなく現れるなど聞いていないぞ!」

「いえ、予兆は先ほど現れ、直後裂け目が開きました。裂け目のサイズは一メートルもありません。巨人が通るには小さすぎます!」


 それは、初めての事態だった。

 観測機の誤作動でもなく、自然現象でもない。

 小さな小さな、人間がなんとかくぐれそうな裂け目が、ぽっかりと開いたという結果だった。

 それは、あくまで、小さな異変。


「そうか」


 早乙女と呼ばれた男は、ほっと胸を撫で下ろす。

 準備をする余裕もなく唐突に裂け目が開かれるようになれば一大事だ。

 たった一メートルの裂け目では、巨人の頭さえ出てくることはできない……


 しかし……


 これは初めての事例だ。

 無視することはできない。


(裂け目の開いた場所は、今日大門君が早期訓練の監督をしているところか)

「……念のため、そこにいる大門君に連絡をしておくんだ。意見をもらいたい。なにもなければそれでいい。なにかあれば、一大事かもしれないからな」

「はい」


 オペレーターの女性が、返事を返した。


(この予感が、当たらなければ良いが……)


 だが、彼の予感は当たる。

 そして、巨人との戦いは、また新たな段階に入ったと、人類は知ることとなる。




───早乙女そよか───




 日本ランキング二位という男は、本当に強かった。

 あたしがどんな攻撃を繰り出そうとも、のらりくらりと攻撃をさばき、かわされる。

 まるで闘牛の牛にでもなったような気分だった。


 あの大門のヤツを見て、楽勝だなんて思った自分が恥ずかしい。


 だが、このままあっさり負けを認めるというのも、気に食わなかった。


 だから、ちょっと頭を使い、フェイントをかけて攻撃することにした。

 正直これは、昔透のヤツにやられた手だ。


 喧嘩の緊張状態の最中、突然無防備にその体をさらす。

 相手は一瞬、なにが起きたのかわからず、混乱する。


 そこを、一気に畳み掛ける。


 今まであたしがムキになって攻撃していたのも、フェイントとして一役買ったのだろう。

 あたしの拳がはじめて、目の前の『機鎧』の顔面に当たった。


 やった!

 とガッツポーズしたのも束の間。


「やるじゃないか。才能は、やはりピカイチのようだ。それじゃ、これからちょっとマジで行かせてもらうぜ」

「え? マジでやってたんじゃないのかよあんた!」


 思わず、口からそう漏れてしまった。

 くそっ、なんか逆にこれじゃ、今マジでやったのを認めたようなもんじゃないか。恥ずかしい。


「さて」

 と、相手の『機鎧』が、初めて拳を構えた。



 ぞっ!


 ヤバイ。

 あたしの背筋が、凍った。

 今までのは、あたしを指導するための、訓練だったと、確信する。

 これからが、さっきの成金(大成白金で略して成金)のボンボンを相手にした、気構えを教える戦いなんだ。


 そう、確信し、それでも少しでも抵抗を見せようとした、その時だった。



 どすん。



 あたし達の横で、そんな音と、小さな土煙が上がった。



 ──っ!



 違う。

 さっき感じた、背筋の悪寒は、目の前で拳をかまえたヤツじゃなかった。

 あたしが感じたのは、今あがった、土煙からだ……!



 そこにはなにか、場違いなコスプレでもしたような、鎧と剣を持った男が立っていた。

 男が、にやりと笑った気がする。



「いかん、逃げろ!」

 どこからか、誰かの叫びが聞こえた気がする。


 あたしはそれに、反応することはできなかった。



 斬!



 目の前にいた、日本で二番目に強い男の『機鎧』が、まっぷたつになった。


「っ!」

 目を見開き、あたしはそれが、一瞬現実とは思えなかった。


 かーっと熱くなる頭と、それでも冷静な部分が、状況を把握する。

 目の前の練習機は、なんとか体をひねり、コックピットへの直撃だけは、避けているのが見えた。

 左肩から股にかけ切り裂かれ、崩れ落ちている。


 同時に、付き添いの見物席から、悲鳴が上がったのが聞こえた。


 これは、あたしには判断できないことで、あとで教えられたことだが、奇襲の上、練習機であったにもかかわらず、コックピットを避けた、あの頂上って男の技術は、確かなものだったらしい。

 並のパイロットならば、棒立ちで殺されていただろう。と……


 そしてその、並どころか、初心者でしかないあたしは……


「てめえこのやろう!」

 拳を握り、相手を挑発していた。


 このまま戦えば、あたしは確実に死ぬだろう。

 でも、直感が告げている。


 あたしがここで逃げれば、自分の背後にいる、この会場に集まった人達が、どうなるのかを。

 あたしが戦わなければ、その人達が、どうなってしまうのかを。


 そんな力のない人達を置いて、あたしが逃げられるはずなんてなかった!


 今、ここで、巨人に対抗できる力を持っているのは、あたしだけなんだから!



 ──その決断は、はじめて巨人を目にし、戦うことを決意した、透の気概とよく似ていた。それは、同じ母に教育を受けたのだから、ある種似通っていても、不思議はない。


 だが──



 あたしが巨人の剣を警戒していると、相手の方が間合いをつめてきた。

「っ! 速い!」


 圧倒的速度で放たれた、突き。

 それは、練習機の胸を狙っていた。

 そこは、あたしの乗る、コックピットのある位置……



 ──長年すでに、多くの経験を積んでいた彼とは違い、才能があっても彼女は、今日はじめて、実践で『機鎧』を動かす、ただの少女だった。



 まだ素人でしかないあたしは、その一撃を、かわすことは……



「させるかよおぉぉぉ!」



 ……できなかったが、その刃が、あたしを貫くことも、なかった。


 誰かの乗る、白い『機鎧』が、あたしを守ってくれたのだ。

 突然現れたそいつが、巨人の戦士へ刀を振り下ろし、巨人はあたしへの突きから刃の軌道を変え、その刀を受ける行動へ変化した。


 あたしを助けてくれた白い『機鎧』の速さにも驚くが、この不意打ちとも言える一撃に反応する巨人にも、驚かされた。

 こんなの、あたしなんかじゃ、手も足も出ない。


 さらに白い『機鎧』に握られたもう一刀が、巨人の戦士を襲う。

 巨人はバックステップを用いて、あたし達から距離をとった。


 白い『機鎧』はそのまま前に出て、あたし達を守るように、巨人の戦士の前に立ちふさがった。


「ここは俺に任せて、そよかねーちゃんは早く下がって!」

 通信機から響いたその声に、あたしは聞き覚えがあった。


 それは……


「そよかねーちゃんは、俺が、絶対守るから!」


 ……透の声。



 白い『機鎧』の姿が、透と重なった気がした。

 あんな女の子みたいで、小さかったあいつが、今、あたしを守るため前に立っている……


 その姿は、なぜかとても、安心感があった。

 なんだよ透。しばらくあわない間に、こんなにかっこよくなっちまいやがって。



「さがるわよ早乙女そよか」

 呆然としているあたしに、少し遅れてやってきた黒い『機鎧』から通信が入った。

 この声にも同じく、聞き覚えがある。

 こっちは、大門かよ。


「でもよ……」

 素人なあたしでもわかる。あの巨人は、とてつもなく強い。

 それなら、あたし達も加勢した方がいいんじゃないかと思う。


「大丈夫よ。彼はあなたと違い、例え無謀に飛びこむ時でも、なんらかの策をもってそこに飛びこむわ。素人なのに、無策で殴りかかろうとするあなたとは違うの」

「んぐっ……」


 はっきりアホと非難されてしまった。

 そりゃ、あたしはあのままだと、あっさり死んでいたよ。でも、この場合はほら、無謀も勇気とか言ってくれてもいいじゃないか。

 あんた達が助けに来てくれるなんて、あたし、知らなかったんだから。


「むしろ、ここにいるのが足手まとい。だから、さがるわよ」

 大門の声には、厚い信頼と、強い確信があった。


 こいつは、あたしの知らない透を知っている。

 本能が、そう告げてくれた。


 ちくん。

 そう思ったとき、なぜか、胸の奥がちりちりした。


「わかったよ」

 こうまで力強く言われたら、あたしもどうこう言うことはできない。

 あたしより経験のある大門がそう言っているんだ。ここは素直に従うべきだろう。


「でも、あんたに従うんじゃないからな。あいつが、あたしを守るって言った男気に従うんだからな!」

「それでいいわ。あなたは足側を持ってちょうだい」


 あたしは黒い『機鎧』と、倒れた練習機を持ち、格納庫となるトレーラーへ退避した。



 そして、透の戦いを見て、あたしは大門の言った、足手まといの意味を、知る。




───頂上一───




 突然巨大化し、巨人になった剣闘士の一撃を、俺はかわすことができなかった。

 練習機だからとか、不意を受けたからとかではなく、例えいつもの愛機に乗っていたとしても、結果そのものは一緒だっただろう。

 それほど敵の一撃は、速く、鋭かった。

 反射的に避けられたのが、幸運だと思えるくらいだ。

 ま、それを無意識的にやるからこそ、ランキング二位に君臨できるんだけどな。



 と、自画自賛は閑話休題して。



 俺が守らなければならない練習生が、無謀にもあの巨人の剣闘士に戦いを挑んでしまった。

 サイズこそ標準型と同じだが、あの巨人は、今まで現れた標準型、さらに中型単眼の巨人よりも、強い。

 素人が戦って、勝てる相手ではない。

 俺がせっかく逃げろといったというのに、聞き入れなかったらしい。


 ひょっとすると、死の恐怖よりも、逃げたことによって広がる被害を恐れたか? と思うが、流石にどうかはエスパーでもない俺にはわからない。


 そんなことより、その次の瞬間、俺は目玉が飛び出るほど驚いた。

 あの練習生が無謀にもとびこみ、返り討ちにあおうとしたその瞬間……


 そこに、現れたのだ。



 あの、白い乙女が……


 富士の防衛戦の時、俺の命を救い、中型巨人を三体も屠った、あの白い『機鎧』が……!



 俺は、あとから現れた大門の嬢ちゃんと、練習生の早乙女に練習機を引きずられながら、それを見た。



 戦いは、一瞬で終わった。

 構えなどないように、二刀をだらりと下げた白い『機鎧』が巨人との間合いをつめたかと思えば、それにあわせ、巨人の剣が襲う。

 あの白い乙女の動きに惑わされず、あの巨人は剣を振るったのだ。

 速い。今まで現れた巨人の動きも速かったが、こいつは、さらに速い!


 だが、乙女は、俺が速いと感じるあの巨人の斬撃など、まるで遅いと言うかのように、動きもとめず、華麗にかわし、その懐へもぐりこんだ。


 そして、そのがら空きとなった胴体へ、右の刀を下から逆袈裟に一撃。

 さらに、左も右と鏡あわせのように、振り上げた。

 刃の煌きが光芒を残し、描かれる、バツの字。


 俺とは、強さの桁が違う。

 思わず身震いするほどの、圧倒的な強さだった。


 やっぱりそうだ。

 この動き。この強さ。

 あの日見た、あの乙女だ。


 前よりも、背中に重いものを背負っていないかのような、より軽やかな動きだ。

 裂け目に消え、もう二度とあえないかと思った。


 だが、また、あえた!


「いやっほー!」

 コックピット内で、俺は飛びあがった。

 だが、巨人が光の霧に消えるのと同時に、あの乙女の姿も消えていた。


 また、前と同じように、影も形もなく、いなくなってしまったのだ。

 戦闘が終わり、練習機から助け出されたあと探し回ったが、見つけることはできなかった。



 一体、何者なんだ!



 それでも情報が全くないというわけじゃない。

 この場に現れたということは、彼女はこのあたりに。しかも、今日の会場にいたということだ!


 これがわかっただけでも、大きく前進したと言ってもいい!



 いやっほーぅ!




───鳴神透───




 剣闘士巨人を倒して、一息つこうと思った瞬間。真姫さんから通信が入った。


「透。なにも聞かず、そのまますぐ『機鎧』を降りて、またその正体を隠してもらえないかしら?」

「は? いきなりなに?」

「今回の件、色々不測の事態が考えられるから、あなたにはまだ、裏方にいて欲しいの!」


 彼女は今回の件で、なにかに気づいたようだ。

 そして、なにか考えがあるらしい。


「わかった」

「え?」


 なぜか、お願いしてきたヤツが驚いた。


「い、いいの? 理由も、なにも説明していないけど」

「そりゃあとで説明してもらうよ。でも、今さっさと正体を隠した方がいいって言うんだから、そうするんだよ。なにか、考えがあるんだろ?」


 俺はそう言いながら、乗降ボタンへ手を伸ばす。


「……ありがとう」


 光が瞬き、巨人が倒れたことにより生まれる光の霧に紛れ、俺はその場から一度逃げ出した。



 巨人が現れ、一斉に避難した人達と共に、まるで今戻ってきたかのように、真姫さんとそよかねーちゃんのいる所へと戻る。

 彼女達の方では、今回の後始末やらなんやらのために、今回来ていた職員の人達が忙しそうに動いていた。

 しばらくすると、今回の一件を聞いた応援の人がきたり、ランク二位の人がなぜか乗るはずだった救急車から飛び降りて、病院にいくのを拒否して強引に連れていかれていたりして、今回の訓練は、当然のごとく中止となった。


 移動型の医務トレーラーもやってきて、混乱で怪我をした人や、戦いに巻きこまれたさよかねーちゃんや大成白金の子なんかの怪我の有無や、メンタルケアみたいなものをして時間が過ぎていく。

 検査も終わり、全部問題なしとなったので、そよかねーちゃんは無事解放された。

 真姫さんは今回の件の後始末やらなんやらがあるらしく、そのままそこでお別れとなった。


 説明は、今度あった時に。だそうだ。


 結局そよかねーちゃんと家路についたのは、夕方になってからだ。

 しかし、今日の仮説最大の危険領域、巨人の襲撃を切り抜けたとはいえ、油断はできない。

 今日という母の日前日は、まだ終わっていないのだから。

 俺は注意に注意を払い、ゴール地点となる我が家をめざし歩いていた。


 今回の一件もあり、そよかねーちゃんは、静かに、話もせず俺のあとをついてくる。


「……透」

 背中にそよかねーちゃんの声が響いた。


「ん? なにー?」

 周囲の警戒はやめず、そよかねーちゃんの方を振り向く。


「今日は、さ……」

 立ち止まり、俺から視線を外し、ぽりぽりと頬をかく。

 なにか、言いにくいように、口の中でその言葉をもごもごさせ、意を決したのか、また俺を見た。


「今日はさ、ありがとよ。あたしを助けてくれて」

 少し頬を染めながら、にっかりと、少し恥ずかしそうに俺に微笑んだ。


「恥ずかしい話だけどさ、透に守るって言われて、嬉しかったよ。あんたも、しばらく見ないうちに、男の子になってたんだね」


 夕日に照らされたそよかねーちゃんは、どこかなぜか、とても綺麗に見えた。

 なんだこれ、あれか? 思い出補正ってヤツか?

 いや、元々そよかねーちゃん美人だけど。


 なんだか凄く、照れる。


「照れるな。俺はただ、自分のためにやっただけだよ。そよかねーちゃんが傷つくのを見たくなかった。それだけだから」


「でもあたしは助かった。そうだな。貸し一つってことにしとけ。いつか必ず返してやるから」

 ああ、こうなったら彼女は意志を曲げない。

 俺は、よく知っている。


「わかったよ。そのうち返してもらうから。ね」


「ああ。覚悟しとけよ」

「覚悟しなきゃいけないんかい」


 俺達は笑いながら、拳をぶつけ合った。


「揚げ足とんな」

 その後、ヘッドロックされて、拳で頭をぐりぐりされた。



 ここからは、いつも通り。



「そーいや透、なんで『機鎧』乗ってんのさ。適性『むり』って、マトモに動かせないレベルなんだろ? つーか大門ともどんな関係なのさ。栞さんに世話になってるだけじゃないだろあれ」

「そのあたりは、あとで説明するよ。もしくは、真姫さんに聞いて。なんか今秘密みたいだから」

「なんだそりゃ……」


 呆れられてしまった。

 今回ので怖気づいてやめなければ、そよかねーちゃんも『機鎧』に乗るみたいだし、博士も紹介して、話してもいいよな。

 まあ、その前にどんな考えがあるのか説明を受けてからだけど。



「まいっか。ところで、明日の母の日はなにか考えてんのか?」

「カーネーション送るくらいかな。なんならそよかねーちゃんカーチャンのかわりに料理作る?」

「そうだな。久しぶりに、あたしの料理、透んちで振舞わせてもらおうか!」

「多分カーチャンも作るだろうけどね」

「相変わらず家事を休むって考えなさそうだしな。栞さん」

「家事はカーチャンの仕事じゃなくて趣味だからね。母の日だから母にやらせろって言うだろうからね」

「かわんねーな」

「おせっかいも変化ナシだよ」

「ホント、かわんねー」



 俺達は、たわいもないことを話しながら、家路に着いた。



「ただいまー」

「おじゃましまーす」


「あら、そよかちゃんじゃない。久しぶりね。お帰りなさい」

 ひょこっと台所から顔を出したカーチャンが、そよかねーちゃんの顔を見て、優しく微笑む。


「……ただいま」


 カーチャンにお帰りと言われ、少しぽかんとしていたそよかねーちゃんが、嬉しそうに改めて、そう答えを返した。



 こうして仮説の証明は終わった。



 そよかねーちゃんは、母の日前日に死ななかった。

 つまり、定まった運命などは、ないということだ。

 予言だって、確実に成就するとは限らないということだ。



 結局確定したのは、先の見えないあやふやな未来。



 でも、そよかねーちゃんが今、生きて、笑っているんだから、それでいいとしよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。