第12話 これも一つの運命の出会いというやつ?
───鳴神透───
ゴールデンウィークからしばらくして。
その日俺は真姫さんの通う大清女子高等学校にやってきていた。
先日ウチに泊まりに来た真姫さんが、携帯電話を忘れて行ってしまったのだ。
俺はそれを届けに、放課後、彼女が確実にいる学校へ、届けにきたというわけである。
我が鳴神家から二駅。大人ならば車であっさりという距離だが、電車通学もしていない中学時代の俺には、ちょっとした遠出であった。
ちなみに、その高校はお嬢様学校と聞いていたが、信じられないことに六時間目をこえて七時間目まである時間割なのだとか。
そんな真面目なところなら、あいつの意識の高さも問題なく受け入れられてるのかなー。それとも、巨人のことで一杯一杯で、逆に誰も近づかせずに、浮いてるのかな。
そこを俺が心配しても、仕方のないことだけど。
なので、俺が学校の帰りにここまできても、こちらの放課後に十分間に合ってしまった。
どうせ忘れたのを思い出して家にとりに来るだろうし、カーチャン昼間暇なんだから届けに来てくれりゃいいのに。何故に俺へ押しつけたのだろう。
おかげで、俺は大清女子高等学校の校門の前で、注目を浴びているのでした。
出てくる人出てくる人が、俺に注目している。
いかにも誰かと待ち合わせという体であるし、待っているのは中学生の子供であるから、警備員の人も手を出しにくそうに、遠巻きに見ているしかない。
状況としては、ちょっとした見世物状態だ。
中身がただの中学生ならば、こん状況では場の雰囲気に浮き足立ってしまい、自分を保っていられず逃げ出してしまっても不思議ではない。
だが俺は、中身は酸いも甘いも知り尽くした大人。
そんな俺様は、むしろこの状態を好機ととられていた!
元の体の大人の俺が、女子高の校門に立っていたら、確実に通報、逮捕、もしくは不審者の事案として注意喚起のメールが送られていたことだろう。
だが、今の俺は中学生! むしろ不審者とも思われず、待ち合わせの体として、堂々とセーラー服の女子高生を見放題!
こんな素敵な好機を逃して、たまるものですか!
ふふ。今日はじめて、子供に戻ってよかったなー。と思ったぜ。
というわけで俺は、真姫さんが校門から姿を現すまで、セーラー服の女子高生達を見て、脳内フォルダにそれを焼きつけようと、彼女達の姿を堪能するのでした。
いやー、やっぱり女子高生ともなると、目の保養になりますなー。
ここで一発悪戯な風でもふいてくれると、おじさん大満足なんですけど。
なんて、女子高生をちょっとエッチな目で見ていたら、このお嬢様学校とは不釣合いな、いわゆる不良風の人と目があった。
セーラー服のタイをつけず、少し着崩し、髪は金髪で、カバンを肩に背負うという、少し古いタイプの不良だ。
いや、ここそもそも過去だけど。
するとその人は、俺を見たまま、足を止めた。
「?」
あまりに凝視しているので、俺もどこかであったことがあるだろうか? と記憶を探ろうとしたが、その人はさらに俺をじーっと。しかも目をそらさず、見ながら近づいてくる。
え? え?
中学一年の俺より身長が高い。百七十近くあるだろうか。
目の前まで近づかれ、じろじろと、頭の先からつま先まで、値踏みをするかのように観察された。
まさか絡まれるのか? と思うが、
「お前、透か?」
と、アゴに手をあて、少し身をかがめた彼女は、俺の顔をじっと見ながら、そう言った。
「あっ」
その言葉と共に、俺の記憶の扉が、ポンと開いた。
「ひょっとして、そよかねーちゃん?」
「そうだよ。やっぱ透か。うわー、ひさしぶりだな!」
いぶかしんでいた顔がぱぁっと笑顔に変わり、ばんばんと肩を叩かれる。
思い出した。昔近所に住んでた三つ年上のおねーさんだ。
名前は、早乙女そよか。
小学校では有名な不良で、いわゆる放置子として夜も外を出歩いていたりしていたが、カーチャンがおせっかいして家に何度か連れてきて夕飯なんかをご馳走してやってた。
それが縁で、仲良く遊んだりもした。
その後彼女が中学に上がる時引っ越したあとは疎遠になって、交流がなくなったんだ。
それから結局、一度もあっていない。
その頃の姿しか記憶にないから、すぐには思い出せなかったよ。
でも、笑った顔は、俺の古い記憶にある彼女そのままだ。
「いやー、栞さん元気か?」
「元気元気。かわりないよ」
「そっかー。いやー、一瞬わかんなかったよ。一気に大人びたなー」
そりゃ、中身は大人になってるしな。
この世界じゃ三年も昔の話だし、俺にしてみれば……
……ん?
そこで俺は、なにか記憶の違和感を感じた。
いや、違う。思い出した。
引越しのあと、もう一度だけ、彼女を見た。
どこでだ?
記憶を探る。新聞? テレビ? 誰かの言葉?
「そよかちゃん。交通事故でなくなったそうよ……」
受話器を置いたカーチャンが、そう言った記憶がある。
新聞の三面記事に、小さく載った交通事故の記事と、彼女の名前。
線香のにおい。そして、遺影にうつる、笑顔の彼女……
……あ。
それに気づいた瞬間。俺の感情とは関係なく、俺の目から、涙が溢れた。
まさに滂沱と言っていいほどの涙が、なぜか、とめどなく流れはじめた。
「お、おい! なんでいきなり泣いているんだよ!」
困惑する彼女をよそに、俺は呆然と、彼女を見て、泣いていた。
感情や、肉体では制御も利かず、ただただ、涙が止まらなかった。
───早乙女そよか───
ウチの母親は、家事も子育てもせず遊びほうける放置親で、父親は金だけを家に入れて、仕事にばかり夢中で家に寄り付かない人だった。
家は裕福だったけど、家にはあたし以外誰もおらず、そんなあたしは、小学校の頃から好きに生きて、将来はそのまま転落していくんだろうな。と思っていた。
そんな時出会ったのが、鳴神栞さんだ。
夜、家にも帰らず、フラフラしていた小学生のあたしを見つけて、「家に帰りなさい」と叱りつけてくれた。
はじめてあったその日は、「うっせーババア!」と怒鳴り散らしてしまったが、栞さんは「おや。そんなに元気があるのはいいことだね」と、余裕の微笑みを浮かべた。
その余裕にイラついて、殴りかかろうかと思ったら、腹の虫が鳴ってしまい、さらに笑われた。
そして……
「お腹が減ってちゃあたしに勝てないよ。ついてきな。おばちゃんが夕飯、食べさせてあげるから」
と、足りない材料を買った証である、調味料の入ったビニール袋を持ち上げて見せた。
それが、鳴神家とあたしの出会いだった。
三つ下の透は、最初あった時女の子と間違えるほど可愛くて、おじさんは仕事人間なのに、毎日きちんと家に帰ってきて、家を支えている。
そして栞さんは、全く他人の子のあたしを、実の子のようにあつかってくれた。
あの日の出会いから、あたしは変わった気がした。
親に与えてもらえなかった色んなことを、たくさん教えてもらった。
実家より、栞さんのところにいることが長かったくらいだ。
出会ってから三年。あたしが中学に入る時、両親は離婚した。
あたしは父親似引き取られることになり、この町を離れることになった。
離婚などより、鳴神家の人達と別れる方が悲しかったのを覚えている。
でも、栞さんは言ってくれた。
「どれだけ離れても、あんたもウチの一員だからね。いつでも帰ってきなさい」
言われて、とても嬉しかったのを覚えている。
同時に、これ以上彼女に頼ってばかりはいけないとも感じた。
いつまでもこの家におんぶ抱っこされたままでは、あたしはダメになると。
むしろ、今度は、あたしが栞さんにしてもらったように、他の子に手を差し伸べる番だと。
父親は相変わらず家にあまり帰らず、一人暮らしようなモノだったけれど、栞さんから習った生活の知恵と共に、やりくりをして、今まで生活してきた。
中学はエスカレーター式のお嬢様学校で息が詰まる思いだったけど、さぼるわけでもなく、群れるわけでもなく。でも、それが嫌でもなく、不思議と穏やかに生活することができた。
まあ、お嬢様と毛色の違うあたしが一人で浮いて孤立していただけだけど。
クォーターのおかげでこんな髪をしているあたしに近づいてくるヤツなんておらず、影から陰口も叩かれているけど、毛色が違いすぎて、気にはならない。
お嬢様は無駄に近づいてはこないから、あわない奴等に囲まれているよりは、一人でいる方が気が楽だ。
中学から高校にも上り、栞さん達と接点も完全になくなりかけ、あの頃のことももう懐かしい思い出になりかけたこの日。
あたしはまた、あの子に出会ったんだ。
見た顔が校門にいると思い、声をかけたまではよかったが、まさか泣かれるとは思わなかった。
しかも。
「あなた、私の知り合いになにをしているの?」
泣き出した透を見て、あたしがおろおろしていると、なぜか、ウチの学校のアイドル。
アイスプリンセスなんて呼ばれて、皆に尊崇される大門まで、あたしに絡んできやがった。
クールビューティーにして孤高。常に優雅で冷静沈着。成績優秀。
しかし、笑った顔など誰も見たことはなく、いつも一人で、どこか遠くを見ているその姿から、お嬢様学校の中だというのに、高嶺の花として崇められている。
こいつの歩いたあとには、ヒソヒソとその姿が美しいとか噂する生徒がたくさんいるのをよく見るほどだ。
あたしだって同じようにヒソヒソ陰口を叩かれているってのに、全く正反対のことを言われている、まさにお嬢様の鏡ってやつだ。
こいつが自分から他人に絡んでくるなんて、はじめて見た。
いつもかけているメガネのレンズが、沈みはじめた日の光を反射して、凄みを引き立たせている。
というか、透と知り合いって、どんな接点があるんだ?
───大門真姫───
放課後。
携帯電話を透の家に忘れたことに気づき、彼の家へとりに戻ろうと、校門をくぐる。
するとなぜか、校門に小さな人だかりがあって、その奥では彼が、早乙女そよかに泣かされていた。
早乙女そよか。
大清の戦乙女や、大清の王子様なんて呼ばれる、孤高の存在。
プリント運びやゴミ運び。さらには街で絡まれた時など、困った時颯爽と現れ、有無を言わさず事態を解決してゆく、一匹狼。
中学時代から誰とも馴れ合わず、なのに困った生徒には手を差し伸べるという、大清女子中学、高等学校で最も頼りになると言われる女の子。
彼女の通った後ろでは、彼女に熱い視線を送る女子生徒が多数いる。
彼女は、巨人と戦うことだけを考えて、周囲から孤立して距離をとられる私とは違い、誰とも馴れ合わず、多くの憧れを受けていた。
彼や栞さんと出会って、周囲を見渡す余裕が出てきたから気づけた事実。
私とは正反対で、周囲の人達から距離はとられていても、尊敬されている人だと思っていたのに。
あなたは弱い者の味方で、弱いものいじめなどはしないと思っていたのに!
中学生を泣かせて、一体なにをするつもりなの!
その子をいじめていいのは、私だけなんだから……って、なにを考えているの私は!
「い、いや、あたしは、なにもしてないんだけど……」
「なにもしないで、なぜそんなに大泣きするのよ……」
しゃくり声はないが、透の瞳からは尋常じゃない涙が流れている。
呆然と、ただ滂沱の涙を流しているという、ちょっと異様な光景だ。
「あたしもわかんねーよ。急に泣かれたんだ。こっちだってびっくりしてんだよ!」
そんな言い訳……と続けようとして、はたと声が止まる。
いや、待ちなさい。
泣いている方が常に悪くないとは限らないわ。
彼が誰かにセクハラをして、彼女が助けた結果、この子が泣いたという可能性も否定出来ない。
これならば、困った者に手を差し伸べる彼女の性格と矛盾はない。
しかし彼女も彼に泣かれるとは予想外。そもそも彼が泣く姿など、ここで見るまで私も想像できなかった姿だ。
ならば……
「ひょっとして、透が誰かにセクハラでもしようとして、あなたが……」
「透が知らない誰かにそんなことするわけねーだろ!」
私の言葉をさえぎり、彼女は怒りを見せた。
となると、この推測は違うと。
「なら状況から見て、あなたが悪くもない透を泣かせたということに……ちょっと待って。なぜあなたが透を呼び捨てにしているの?」
「いや、あんたの方こそちょっと待て。あんたと透はどんな関係なんだ?」
「あなたには関係ないわ」
「関係なくはないだろ」
「あなたに言う必要がないということよ。問題はなぜ彼を泣かせたかということ」
「あたしはなにもしてねーって言ってるだろ。こっちだってびっくりしてんだよ!」
ざわ、ざわ……
ここまで口論して、周囲がざわついているのに気づいた。
いつの間にか、小さかった人垣が、三重二重以上に膨れ上がっている。
客観的に今の状況を思い返す。
男の子を中心にして、私達二人が口論している。しかも、男の子はなぜか号泣しているときたもんだ。
なにこれ。
誰がどう見て考えても、気になって足をとめるだろう。
そのくらい不思議な光景だ。
当人である自分達だって、今なにが起きているのかさっぱりわからない。
注目されていたのに気づいた私達は、二人で顔が赤くなるのを感じた。
「と、とりあえず、他のところへ移動して話をしましょう」
「そ、そうだな」
「さあ透。一度ここから離れるわよ」
「一度ここから離れるぞ透」
((また呼び捨て!?))
私達は透の手を取り、その場から走って逃げ出した。
右手を彼女が、左手を私が持って。
しばらく走り、小さな公園へ到着する。
彼をベンチに座らせ、私達はその前に立ち、視線を合わせた。
「一体なにをしたの?」
「またその質問かよ。あたしはなにもしてねーって」
「なにもしなくてこの子が泣くわけないでしょう」
彼は『機鎧』の操縦は神業だが、肉体はしょせん中学生。力に任せて暴力を振るえば、彼を泣かせられるのかもしれない。
「うぐっ、ち、違う……」
彼が涙を拭いながら、やっと言葉を発した。
「そよかねーちゃんに、久しぶりにあって。懐かしくて、嬉しくて……」
鼻をすすりながら、彼はそんな言葉を搾り出した。
理由は、シンプルだった。嬉しさのあまり、泣いてしまったということなのだ。
言われた彼女の方は、顔を真っ赤にしている。
こんなに動揺するなんて、驚きだわ。
「な、なんだよ。そんなに嬉しかったのかよ。照れるじゃねーか」
照れた彼女は、涙を拭う彼の頭を、乱暴に撫で回す。
多分彼に顔を見られたくないのだろう。それほど彼女の顔は、真っ赤だった。
会話から察するに、透と彼女は、昔なじみのようね。
「……」
それほど彼女は、彼に大切に思われているということか。
久しぶりに出会っただけで、涙を流すほどに。
それほど、想われていたということか。
ちくり。
なぜだろう。胸の奥が、むずむずするわ。
───鳴神透───
なんともお見苦しいところをお見せしてしまった。
もう会えないはずだった人にあえたことで、感情の制御も利かず、延々泣いてしまった。
そよかねーちゃんも真姫さんも困惑させてしまい、本当にもうしわけないぜ。
それに、泣いている姿を見られてしまうなんて、恥ずかしいったりゃありゃしない。
素直にあえて嬉しくて泣いたと告白したら、そよかねーちゃんに少し乱暴に頭を撫でられた。
ああ、懐かしい。
昔はこうしてもらったこともあったっけ。
二度とされることもなかった感覚を思い出し、今度は嬉しい気持ちが俺の心の中に広がった。
「ホント、泣いていたのはそよかねーちゃんと久しぶりにあって、感極まったからなんだ。俺も、どうしてこんなに泣いたのかはわからないよ。だから、カツアゲとか、セクハラしようとしたとかじゃないから安心して。真姫さん」
「そう。ならいいわ」
……にしては、どこか不機嫌じゃありませんか?
「あ、そうだ。これ忘れ物」
カバンから、彼女の忘れ物である携帯を取り出し、返した。
「ああ、やっぱり昨日泊まった時忘れたのね」
携帯を受け取る真姫さんの姿を見たそよかねーちゃんが、首をひねった。
そして、ぽん。と手を叩き。
「ひょっとして、あれか? こいつも、栞さんが拾ってきたのか?」
「ああ、うん。そう。拾ったのは俺だけど、おせっかいなカーチャンがおせっかいしてる」
そよかねーちゃんに生まれた疑問に、真姫さんを指差しながら、俺が答えを返す。
「ひょっとしてあなたも、栞さんのお世話になったことがあるの?」
「ああ。中学に入るまでは、透の家の近くに住んでたのさ」
「そう。これで合点がいったわ」
「それでお二人の関係は?」
最後に生まれるのは、俺の疑問。
「クラスメイト」
「クラスメイトよ」
二人が口をそろえて答えてくれた。
「そっか。なら、そよかねーちゃん……いや、真姫さん……にねーちゃんを気にかけてと、いや? うーん。どっちもどっちかー」
「どっちもどっちってどういうことかしら?」
「こいこら、それどういう意味だ!」
左右同時から叱られてしまったい。
つめ寄られたので、両手を壁に上半身を後ろへそらす。
「ソーリーソーリー。それじゃ、どちらにも質問ですが、どちらがご学友と仲良くやれてますか?」
二人同時に目をそらされた。
……うん。二人共同じようなレベルなのね。
おじさん、君等の学校生活、心配になってきちゃったよ。
「うん。この話題はもうやめよう」
「そうしましょう」
「そうだな」
二人同時に答えが帰ってきた。
君達二人、実は仲よいんちゃう?
「でもま、またあえて嬉しいよ。そよかねーちゃん」
「そんなにかしこまるなよ。ちょっと遠くに引っ越して、二度とあえないわけじゃないだろうにさ」
照れてる照れてる。
でもさ、俺にしてみれば、二度とあえないはずの人に、生きて、動いてまたあえたってことなんだ。
こんなに嬉しいことは、ないだろう?
これだけでも、ひょっとしたら過去に戻ってきてしまった価値はあったのかもしれない。
母の日を目前にしたあの悲劇。
そよかねーちゃんの死が身近で起きたから、俺は死にたくないという気持ちを強くしたのかもしれないな。
……ん?
なにか引っかかり、記憶から、その日をもう一度引っ張り出す。
そうだ。あの日は、母の日の前日。
ゴールデンウィークも終わった、五月の第二土曜日のことだ。
年は、俺が、中学一年の時。
……
……あれ? てことはそよかねーちゃん。もうじき、死ぬ?




