第一章 河原の死体
リーベルタース首都の外れを流れる川の河原に、ひとつの死体が横たわっていた。
まだ朝も早い時間だというのに、現場の周囲には既に人だかりができている。誰かが見つけ、誰かが呼び、そして噂はあっという間に広がった。
「……おい、見たかよ」
「胸を一突きだってよ」
「最近、こういうの多くないか?」
ひそひそと交わされる声の中に、ふと一つ、やや興奮を帯びた声が混じった。
「今、話題の仕事人じゃ……?」
その言葉に、周囲の空気がわずかにざわつく。だが、それをぴたりと押さえつけるように、低く、よく通る声が割って入った。
「軽々しく決めつけるな」
人垣をかき分けて現れたのは、衛兵隊長アルフレッド・ラルストンだった。四十を過ぎた体躯は引き締まり、鎧の上からでも鍛えられた身体が分かる。真面目で実直、その評判に違わぬ目つきで、周囲を一瞥した。
「俺はこの男を知っている。人に恨まれるような男じゃない」
その一言で、ざわめきはすっと引いた。
ラルストンは遺体の傍に膝をつき、静かに顔を確認する。すでに顔色は失われていたが、見覚えのある顔だった。
「……ジェフリー・タッカー、四十六歳。タッカー道具店の店主だ」
近くにいた衛兵が頷く。
「はい、隊長。店の評判も良く、揉め事もなかったと聞いています」
ラルストンは返事をせず、視線をゆっくりと胸元へ落とした。
衣服の中央、ちょうど心臓の位置。そこに、正確すぎるほど正確な傷が一つだけ開いている。余計な裂けも、躊躇の跡もない。まるで、狙いを定めて一度だけ刺し込まれたかのようだった。
「……無駄がないな」
ぽつりと呟く。
「剣による一突き。深さも角度も申し分ない。やったのは素人じゃない」
別の衛兵が身を乗り出す。
「やはり、噂の……」
ラルストンはゆっくりと立ち上がり、首を横に振った。
「まだ分からん。だが、もし仕事人だとしたら――」
そこで言葉を切る。ほんの一瞬、考えるように視線を遠くへやった。
「……理由があるはずだ」
その言い方は、否定でも肯定でもなかった。ただ事実を見極めようとする者の、それだけの重さがあった。
周囲のざわめきは、先ほどとは少しだけ質を変えていた。
恐れと、そしてわずかな興味。
“仕事人”という言葉が、人々の間に奇妙な形で広がっている。
ラルストンはそれを気にする様子もなく、淡々と指示を出した。
「現場を確認する。遺体の搬送準備をしろ。それと、周囲の足跡を潰すな。ここに来た者、全員の話を聞く。それから、誰か被害者の身内を呼んで来い」
「はっ!」
衛兵たちが動き出す。
河原の風が、ゆるやかに吹いた。
水の流れる音だけが、変わらずそこにある。
ラルストンはもう一度だけ遺体を見下ろし、小さく息を吐いた。
「……あんた、本当に恨まれてなかったのか?」
答えは当然、返ってこない。
ただ、静かな水音だけが、淡々と流れ続けていた。




