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第37話 魔獣大侵攻


 外の騒ぎが気になり、マツオカは靴を履いて窓から様子を伺う。

 三等地区でも外れにある《友人の幸せ亭》は貧民街からも遠く、本来は閑散としているはずだ。

 にもかかわらず、多くの人々が決して広くない路地を怯えるように走り抜けていく。

 逃げてきた先に何があるのか、窓からは伺い知れない。

 マツオカはサンジェルマン卿から譲り受けたリュックサックを背負い、部屋を出た。


 ロビーに人の気配はない。

 ご主人がいないのはいつもの事だが、女将さんまでいないのは珍しい。

 サンジェルマン卿の所有する《友人の幸せ亭》は現在、シソーヌ姫一行の貸し切り(自分は例外だが)の為、他に宿泊客はいない。

 つまり、今この宿にいるのは自分だけのようだ。


「不用心だな……」


 折れ階段を下ってカウンターの前まで来たが、奥にもやはり、誰もいないようだ。

 信用されているのか、ただ危機感がないのか。

 豪快に笑う女将さんの顔を思い浮かべ、自分の両親とは対極にあるような夫婦を好ましく思い、つい笑みが浮かぶ。


 外の騒ぎは気になるが、宿に誰もいないのは不味いのではないだろうか?

 留守番をするべきかと、食堂の椅子へ向かう。

 と、


「なんだぁ? 残ってるヤツがいるじゃねえかよ」


 先日に襲撃者が壊した入り口から、ぞろぞろと男たちが入ってきた。

 人数は4人。

 人相が悪く、身なりは良くない。全員の頭に獣耳があるところを見ると獣人族のようだ。

 荒くれた雰囲気を見るに、冒険者か傭兵だろうか?

 大きな荷物を抱えているし、宿泊客かもしれない。

 マツオカは断りの言葉を発しようとした。


「おい。アイツ商人みたいだぞ。てめえその背負ってるカバン寄越せ。そしたら骨一本で済ませてやるよ」


「なんだ殺さねえのか? つまんねえな」


「戦利品に血が付くだろうが馬鹿」


 獣人族たちの口から飛び出した物騒な言葉に、マツオカの開いた口からため息が漏れた。



◇◆◇◆

 


 眩暈を覚えつつ、倒れた獣人族の一人を仰向けにすると頬をペチペチと叩いて呼びかける。


「起きてくださーい」


 獣人族の男は目を開き、マツオカを見ると身をこわばらせた。


「ひ……殺さねえでくれ」


「質問の答え次第ですよ。アナタたちは誰ですか? 過激派の方たちですか?」


「違う……違う。ただの火事場泥棒だ。魔が差したんだよ、許し……許してください」


 目に涙を溜めてそう言う男に、複雑な感情を抱きながら言葉を重ねる。


「火事場泥棒ってどういう事ですか? 外の騒ぎと関係あるんですか?」


「魔獣が襲ってきたんだ……。すげえ大群で、外にいた大共和国攻めの兵隊も軒並み殺されちまったらしい。最新の魔防障壁だっていつまでもつか分からねえから、皇都までの大街道に誰も彼も避難してんだよ」


 マツオカの胸がざわつく。

 ゼギアス大皇国の軍勢は、最新魔導兵器を備えた強力なものだと聞いている。

 魔獣の危険度が特級や超級であろうと、そうそう簡単には負けないはずだ。

 軒並み殺された。という事は全滅?

 龍種でも押し寄せたのか?

 


 女将さんたちはどこにいる?



「分かりました」


 マツオカは立ち上がり、リュックサックを背負い直した。


「も、もう行ってもいいか?」


「いいえ」


 獣人族の男は後頭部を床に打ち付け、再び昏倒した。

 割れた床を見て嘆息する。


「ご主人に叱られるかな……」





 マツオカは人の流れに逆らい、城壁に向かっていた。

 荷物を背負う者、荷車を引く者もいる。

 大通りの道幅は広いが、流石に収まり切れない人の波に混雑を極めていた。

 メサルテの警備隊が飛行フライの魔術で浮いたまま、魔素を乗せた声で避難指示を飛ばしている。


 喧騒の中をマツオカは歩く。

 邪魔にならないよう道の隅を。


(自分が行かなくても、なんとかなるんじゃないかな)

 

 そう思いながらもマツオカは歩く。

 メサルテにはヴァンパイアが多数暮らしている。

 どれだけの人数かは知らないが、フリードリッヒやエカテリーナ、カツゲン等はサンジェルマン卿直属の眷属で、戦闘能力も高いはずだ。

 ゼギアスの魔導具を求めて滞在している冒険者には、AAA級やS級のランクの者も少なからずいるだろう。

 

 しかし、マツオカの足は止まらない。

 なんとかなるかどうか、自分の目で確かめたかった。


 城門に近づくにつれて人も減り、自分のような物好きが幾人か城門に向かっていた。

 しばらくして目当ての壁にたどり着くと、魔人族の警備隊に声をかけられた。


「貴様商人か!?」


「ええ、まあ」


回復薬ポーションに魔石の持ち合わせは!?」


「ありますけど」


「それは良い! 城壁を上がれ! これより都市防衛戦に入る! 物はあるだけ買い取ってやるから補給に備えておけ!」


 相変わらず魔人族の人は偉そうだなぁと思いつつ、許可が出た事に安堵して高い階段を上る。

 昇りきった先の景色に、息を飲んだ。


 形様々な蜘蛛の魔獣がウゾウゾとひしめき、クリア状の魔防障壁へ群がっている。

 大小様々な蜘蛛の群れ。その最後尾に、邪悪を形にするとこうなりますよと言わんばかりの怪物がいた。

 薄墨色の体躯は輪郭が霞んでいて、女性的な体つきは芸術的でもある。

 下半身は蜘蛛の形をしており、空間にぽっかりと穴が空いたような漆黒色だった。

 ギリシャ神話に登場する怪物、アラクネを連想させる姿だが、感じる禍々しさに肌が泡立った。


 よく見ると、ゼギアス大皇国の紋章が描かれた旗が大地に倒れている。

 砕けた魔導兵器の数々に、動かないゼギアスの兵隊も。


「魔防障壁に限界が近づいておる!! 魔導砲の準備はいいか!!」


 聞こえた怒声にハッと我に返る。

 声の方を見ると魔防都市メサルテの三貴族の一人、サイベリアン伯爵が甲冑に身を包んで指示を飛ばしていた。

 自慢の髭が鎧の胸部を隠している。


「冒険者に傭兵共よ!! 魔導砲で打ち漏らした魔獣を駆逐せよ!! 報酬は弾んでやるゆえしかと働け!!」


 都市警備と裁判機構を取り仕切るだけあって威厳は十分だ。

 呼びかけられた冒険者や傭兵団にも、見覚えのある顔がいくつかあった。


 S級冒険者の《超級狩り》、虎の獣人マラハタ。

 AAA級冒険者《技能者》、エルフ族ネスラ。

 AAA級冒険者《法光》、神官崩れの人族ソウリマン。

 ゴールドランクの傭兵団、《太陽と月》など、

 

 腕に覚えのある猛者が大勢いる。

 しかし不安は拭えない。

 これだけの数の暴力と、邪悪の権化を目にしては。

 

 兵士の一人に声をかけられ、城壁の一画に誘導された。

 回復薬ポーションや魔導具が広げられて兵士の数人が検品しつつ帳簿を付けている。

 後日、正式に支払いが行われるのだろう。

 大陸七大国であるゼギアス大皇国ならば名誉の為、踏み倒したりはしないと踏んだ商人たちが、流石に後出しでは保証がされないだろうと惜しげもなく物品を並べている。

 この場に残った商人たちは博打に出た者たちだ。

 避難もせず、在庫の全てを高値で売り払おうとしている。

 自分たちの命すら商売の道具とする彼らも、泰然自若と戦場を眺めていた。


 歩むその先に、湯気が立っているのが見えた。

 首を伸ばすと、大きな釜が設けられて炊き出しが行われているようだった。


「配置に就く前に口に入れときな! 腹が減ってちゃチカラが出ないからねえ!」


 釜の前でオタマを振り回しているのは、見知った中年の女性だった。


「女将さん!?」


「あぁ! ユウゲンさん! 逃げなかったのかい?」


「何やってるんですか! 女将さんこそ逃げて下さいよ!」


 速足で歩み寄る。


「ガッハッハ! いいんだよ! あたしゃ最高の幸せを味わったからね! 万が一があっても悔いはないんだよ!」


 女将はそう言って、頑丈そうな身体を揺さぶる。

 

「自分が幸せだから、周りもそうなってほしいのさ。こんな事態に黙ってられるかっての。ほら! ユウゲンさんも食べな!」


 差し出されたお椀を受け取り、マツオカは《友人の幸せ亭》という宿の、名前の意味を理解した。


「十分後に魔導障壁を解除する!! 障壁が破られる前に機先を制すぞ!! 配置に就けぇ!!」


 サイベリアン伯爵の指示が飛ぶ。

 非戦闘員のマツオカはその場に留まり、リュックサックを下ろして手持ちの回復薬ポーションを並べる。

 他の商品は検品に間に合わなさそうだ。仕方ない。

 ただ、数少ない《霊薬》は一つ懐に忍ばせた。

 

(いざとなれば……仕方ないな。身体がもてばいいけど)


 兵士たちが城壁を行きかう中で蜘蛛の群れを眺めていると、遠くに見える邪悪の権化が身体を仰け反らせた。


(何かする!)


 マツオカが身はこわばらせる。

 邪悪の権化の下半身から、レーザー光線のように黒い何かが射出された。

 目にも止まらぬソレは魔防障壁を砕き、そのままマツオカ達の区画の左へ。


 炊き出しをしていた場所へ迫る。


「女将さん!!!!」


 マツオカは、手を突き出し、念じた。


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