第25話 シソーヌがんばる
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ゼギアス大魔皇国の皇都ゼギアス。
その最奥部に鎮座する、皇城の頂上にある玉座の間。
透明金属に囲まれ、洗練された細工の広間は訪れた者に敬意の念を抱かせる。
神銀で作成された玉座に座るのは、一見10歳にも満たない幼女。
ネメスと呼ばれる、地球で言うエジプト風の頭巾を被った頭からは三つの角が伸びている。
彼女こそが魔法大国ゼギアスの技術で加齢を抑えた現・大皇である、《アビシニアン・ディア・ゼギアス》その人である。
実年齢は公表されていない。
けだるそうに足を組み、高座の下でかしづく男を見下ろす。
「ネカジャノ子爵よ。そちの言う事が真実ならば……余は領土を増やさねばならんぞ」
肘をつき、指を弄びながら幼女は告げた。
告げられた男は、魔防都市メサルテを取り仕切る三貴族の一人、キューダ・ゲス・ネカジャノ子爵である。
「ハッ! 大皇陛下へ御不快な報告をしなければならない事に、胸を痛めております」
頭を下げたまま、胸の動悸を感じつつ予定通りの言葉を口に出す。
「証拠はあるのだろうな……。大陸七国協定の中で、先手を打つに足る確固たる証拠は」
ネカジャノ子爵は、胸元からポロイス大共和国の斥候である、蚯蚓人のバナーガーラから奪った紋章を取り出す。
「これに」
近衛が子爵からそれを受け取り、ゼギアス大皇へ膝をついて手渡す。
「ふむ。確かに、ポロイス大共和国が一定の功績を上げたものに下賜する紋章であるな……」
つまらなそうに、紋章の刻まれた記章を眺める。
暫し手元で転がした後で近衛に手渡すと、不意に玉座の肘置きを打ち叩いた。
「舐めおって!! 下賤な種族の寄せ集めが!!」
静かな玉座の間に打撃音が鳴り、残響がこだまする。
記章を握りつぶさなかったのは貴重な証拠だからだろう。
「兵の準備をせよ。……指揮は誰に取らすか」
唾を飲み込み、覚悟を決めてネカジャノ子爵は声を上げる。
「恐れながら申し上げます」
「……なんだ」
大皇の冷たい声が響く。
今が正念場だ。
自分が全てを握るかどうかの、人生の分岐点だ。
「兵は拙速を尊ぶと申します」
「ふむ……然り」
「我が子飼いの戦力を既に国境にて待機させており、兵数は約一万であります。お許しとあれば、先発隊として出陣させていただきたく」
静寂。
「ほう……。準備の良い事だな。しかし余の記憶が確かならば、貴様に軍の指揮の経験はないはずだが」
「ハッ! 確かに自分には指揮の経験はありませぬ。しかしこの度襲われた大聖王国の姫君、シソーヌ様は自分と懇意の間柄でございます。恥ずかしながら友人が命を狙われた事実に腸が煮える思いであり、悪逆非道な蛮族共に正義の鉄槌を下したく、先行して準備を整えさせて頂きました」
床に視線を向けたまま喋る。
玉座から愉快そうな声がかけられた。
「ふふふ。皇都府に報告もせず、大聖王国の姫が何をしにと考えておったが……。師父と貴様に会いに来ておったのか」
師父とはサンジェルマン卿の事だ。
今回で、サンジェルマン卿と自分は袂を分かつだろう。
もう戻れない。
確固たる立場を今、確立せねばならない。
「御許可を」
「許す。蛮族共の住処を削り取れ。五日後のオウゴン教視察に関しては余が自ら事情を説明してやろう」
大皇が玉座から、ポスンと立ち上がった音がした。
「先に仕掛けたのは向こうだとな。英気の高い者を余は引き立てる、後発の軍の全権も貴様にくれてやろう。ならば子爵では不十分よ、貴様は今後伯爵……いや、大伯を名乗るが良い」
喜びに、打ち震える。
侯爵とはいかぬまでも、サンジェルマン卿の伯爵位を名目上だけでも上回った。
「過分なるご配慮。恐悦至極に存じます」
「よい。今は緊急時ゆえ、爵位の授与式は省略する。早々に出立せよ」
「お待ちください!!」
後ろから、聞き覚えのある声が響いた。
「突然の訪問、非礼をお詫びいたします。アビシニアン・ディア・ゼギアス大皇陛下」
カツカツと近づく足音。
この声は。
「アークガド聖王国が第一王女、シソーヌ・ヒーメ・アークガドでございます」
これは予定外だ!
ネカジャノ子爵の背に汗が伝う。
「大皇国内での事とはいえ、狙われたのは私でございます。ならば、先にポロイス大共和国へ詰問の使者を送るべきなのは、聖王国ではないでしょうか」
大皇が玉座に、ポスッと座る音がした。
「ふむ……。先に協定相手である、大聖王国の無礼を許そう。大聖王国、その王族となれば世界の守護者筆頭の子孫であるからな。我ら魔人族とも格は劣らぬ」
ちらりと玉座を盗み見ると、大皇が足を組んで肘をついたのが見えた。
「して、先ほどの言葉の真意、聞かせてもらえるだろうな大聖王国の姫君よ」
「はい。直接喧嘩を売られたのは私ですので、先に殴らせろ。という事です」
静寂。
「ハッハッハ!! なるほどな! 然り然り! してどうする?」
「はい。泣いて謝れば許して差し上げようと考えております。その際、他人様の土地で粗相をした賠償も約束していただこうと考えております」
不味い!
ネカジャノ子爵は焦る。
ポロイス大共和国の所属の者がシソーヌ姫を襲撃したのは事実だ。
証拠もある。
大共和国を現在取り仕切る竜人は、信義を重んじると嘯く理屈屋だと聞いている。
自国の監督不行き届きを認め、それなりの謝罪をする可能性は高い。
ゼギアス皇国への賠償も余程の額でなければ認めるだろう。
交渉を挟まぬよう、問答無用で仕掛ける手筈であったのに。
このままでは……、
戦争にならない。
戦争にならないとなると、自分が軍の指揮を執ることもない。
折角の爵位授与も取りやめになるやもしれない。
一度大皇が口に出したとはいえ、実績の伴わない爵位授与はあり得ない。
どうする?
ネカジャノ子爵は思考を巡らす。
自分ならば妙案を思いつくはずだ。
考えろ、考えろ。
しかし答えは出ない。
その時、玉座の間の扉が開いた。
「申し上げます! 本日謁見の予定であったマルマリ子爵家、メインクーン・アメト・マルマリ公女がポロイス大共和国の手の者に攫われましてございます!」




