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第26話 英雄との決別


 伝令からの報告が耳に入り、キューダ・ゲス・ネカジャノの意識は玉座の間へ戻ってきた。

 

 マルマリ子爵家の公女が攫われた?

 ポロイス大共和国の手の者に。と言ったか?


 聞こえた言葉を頭の中で反芻し、どういう事かを考える。


 そうか! ブヨークン殿が先手を打ったのだな!

 本当にあの男は使える・・・


「どうやらポロイスは、如何にしても大皇国と事を構えたいらしいな」


 大皇が不愉快そうにつぶやく。

 決まりだ。

 シソーヌ姫の来訪は恐らくサンジェルマン卿の入れ知恵だろうが、こちらの方が一枚上手だった。


「ネカジャノ大伯よ! 早々に出立せよ!!」


「ハッ!」


 ネカジャノ大伯は立ち上がり、大皇へ向けて胸を叩くと踵を返す。

 そのまま歯を食いしばるシソーヌ姫へ頭を下げると大扉へ歩き出した。

 

「聖王国の姫君よ。其方の分まで蛮族を蹂躙してくれよう」

 

 大皇の声が背中越しに聞こえる。

 最早シソーヌ姫が何と言おうと決定は覆らない。

 他国の使者が国主へ口に出来る事は、大別すると、

 事実を伝達する事。

 貿易を交渉する事。

 国益を提案する事。

 援助を嘆願する事ぐらいのものだろう。

 今回のマルマリ家公女誘拐の真相を、サンジェルマン卿は気が付いているかもしれない。

 しかし、シソーヌ姫が言葉を発さないという事は証拠がないのだろう。

 不確かな情報で大皇の決定に異を唱えれば、大皇国と大聖王国の関係に陰りが生じる。

 黙るしかない。


 大扉を抜けて通路へ出ると、サンジェルマン卿が立っていた。

 足が止まる。

 肝が冷え、再び緊張しつつ歩き出すと頭を下げて脇を通り抜けようとした。


「覚えているかい?」


 すれ違いざまに声をかけられた。


「え、な、何のことでしょうか」


 狼狽えつつ憧れていた英雄を見ると、その顔は悲し気に笑っていた。


「ユーがさ、会合の時に冗談交じりに言ったよね。不老のお身体が羨ましい、サンジェルマン卿の眷属に私も加えて頂きたいものですって」

 

 言った。

 確かに言った。

 忘れるものか。周りの目がある為に冗談を装ったが、内心は本気だったのだ。


「ミーは断ったよね。ヴァンパイアなんて紛い物の不老だって、うん。弱点は増えるし、多少克服するにも百年以上かかるからって」


「そうですな」


 貴様には無理だと、言外に見くびられた。


「ホントはさ、ユーとはフレンドになりたかったんだよ。あの時キラキラした目で見てきたボーイがさ、大人になっても同じ目で見てくるんだ。そんなユーとは眷属じゃあなくて、対等にいたかったんだ」


 言葉の意味がわからない。

 呆然とするネカジャノ大伯に、さらに言葉を重ねる英雄。


「残念だよ、うん」


 フッとサンジェルマン卿の姿が消える。

 やはり自分の企みは気が付かれていた。

 証拠がない等、公でない個人同士には関係がない。

 確信を持たれるだけの何かがあったのだろう。

 

 これで完全にサンジェルマン卿と相容れる事は無くなった。

 それでいい。

 それでいいのだ。


 ネカジャノ大伯は足を踏み出す。

 戻る事の出来ない、栄光の未来へ。

 自分は偉大なる英雄を越え、更なる英雄になるのだ。





 ◇◆◇◆




 

 走る馬車に揺られ、海崎真希菜カイザキマキナは焦燥を覚える。

 意識を取り戻した、マルマリ家のソマリ家宰補佐から吐露された一連の真実。


 ポロイス大共和国の一部派閥が暗躍して、政治闘争の末にかの国の軍部を弱体化させようと企んでいる事。

 その為に国境で小競り合いを繰り返させて互いの害意を高めた。

 決定打として、ポロイス大共和国の身内であるマルマリ家を害する事で武力衝突を起こさせるつもりらしい。

 ソマリ家宰補佐はマルマリ家身内の安全と、現領地と、国境近くである開拓予定地の保障を条件に協力を約束させられたそうだ。

 ソマリはリザードマンの誘導をした。皇都への出立時期を伝えさせられた。

 提示された武力を確認して、ゼギアス大皇国に勝機はないと判断したらしい。


 それら全てを画策したのは、深藍色の軽鎧を纏った白仮面の男だそうだ。


 提示された武力とはどれほどのモノかとアグーが問いただしたが、ソマリは語ることなく再び意識を失ってしまった。


 戦争を引き起こそうとしている者がいる。

 人の弱い部分に付け込んで、間違った選択をするよう背中を押す者がいる。


 白い仮面の男。


 後手に回る自分たちに、焦りの感情が胸を焼く。


「ソマリとは幼馴染みのような関係なのです。歳も近く、野原を駆けるワタクシの後ろを姫様姫様と困った顔でよくついてきていたものですわ……」


 揺れる馬車の中でメインクーン公女が誰にともなく話す。

 ソマリは傷ついたボンベと魔防都市メサルテから派遣された軍部に保護されている。

 一方的な被害者だと伝えて。


「マルマリ家は私が盛り立てます。姫様がなさりたい様に過ごせるよう、知識と見識を身に付けますなんて言って。よく学び、適性のあった錬金術を修行して……」


 サンジェルマン卿から貸し出された地味な馬車は広々としていて、手綱を握るアルセーヌ以外の共に行動するカブラギ、アグー、魔人族の中年護衛二人が同乗している。

 独白するメインクーン公女に皆が目を向けていた。


「よくもソマリを惑わしてくれましたわね」


 低く呟き、顔を上げた。その目は涙に濡れて血走っている。


「ゆるせるものか」


 真希菜ですらゾッとさせる気配。

 メインクーン公女から怒りの感情が漏れ出した。


 蹄の音のみが馬車内に響いている。

 沈黙を破ったのは仮面を着けたスーパーヒーロー、カブラギだ。


「ちょっと前にメサルテから大勢が出発してたよ。出ていってそのまんまって事はさ、アッチは失敗したみたいだな」


 アッチとは戦争を止めようとしていたシソーヌ姫たちのことだろう。


「やれ暗躍だ、やれ交渉だ、やれ駆け引きだってさ。難しい事ばっかで正直面倒くせえなぁって思ってたんだ」


 軽い調子でそう言うカブラギのデリカシーの無さに諫めようとするも、メインクーン公女以上の怒気に言葉が出なかった。




「上等だよ。俺がぶっ潰してやる」





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