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第17話 《友人の幸せ亭》襲撃


 闇夜に薄く、刃のような月が浮かぶ。

 魔防都市メサルテ。その三等地区。

 繁華街から離れた、宿屋が立ち並ぶ一画に潜む影。

 ポロイス大共和国の密偵であるバナーガーラは息を殺し、聴力では捉えられない音で仲間に合図を送る。


 蚯蚓人ミミズジンである彼は声帯ではなく、ヌラヌラとした肌を震わせて声を出す。

 言葉として発することが基本だが、同種族同士では高周波を使い、他の種族に気取られないよう情報をやり取りすることも出来る。

 通信魔導具いらずだ。

 他種族に傍受されない事を考えれば、より優れた通信手段と言えよう。

 

 バナーガーラはふと思う。

 何故わざわざ、他の種族に合わせて過剰に音を出さねばならんのだ。

 便利さを求め、祖先から引き継がれた生活・文化を捨てる愚か者共め。

 許しがたい……。

 いかんいかん。

 今は任務に集中しなければ。


 原種至上主義者である彼が、多様な種族が共存するポロイス大共和国で生活するのは苦痛だった。

 原種主義の過激派などと同胞を揶揄する声に、内心不快に思いながらも表面上は同調して出世を重ねた。

 蚯蚓人ミミズジンである特性が隠密任務で重宝されたのだ。

 当然だ。

 祖先から受け継いだ能力なのだから。


 隊の長に任官され、同胞を自隊に組み込み手柄を重ねた。

 原種至上主義連盟内での影響力も増し、今やバナーガーラは連盟内で13種族長の一人にまで数えられるようになった。


 今回の密命は重要度が違う。

 連盟顧問ブヨークン殿が言うには、この任務がポロイス大共和国を押しつぶす起因になるらしい。

 同じ13種族長であったリザードマンのシアーシャは、大皇国マルマリ子爵家公女の誘拐任務に失敗して檻の中だ。

 

 シアーシャは13種族長の中でも最弱。


(自分は同じ轍は踏まぬ)


 決意を胸に、手段を問わず任務を遂行する事を誓う。

 闇に溶け込んだ、部下30名が目標の宿屋《友人の幸せ亭》を包囲した。


 

 

 ブヨークンから知らされてある二階、三つ目の部屋を確認。

 明かりは消えている。

 目的である大聖王国シソーヌ姫の他に、

 黒斧を使う護衛騎士の女と、光る弓と燃える鞭を扱う女が同室しているはずだ。

 手練れだと聞いている。

 ならば気配を消して、電光石火で姫を攫う。

 戦闘で負けるとは思わないが、慎重を期すに越したことはない。


 自分と手下3名で壁に張り付き、くだんの窓までよじ登る。

 互いに頷きあうと《解除キャンセル》の効果を付与した特製の魔導具で《拒絶リジェクション》を解き、胸を撫で下ろす。

 これが弾かれれば強行手段に出るほかなかった。


 カ……チャ……、


 窓を開ける。


「オッスオッス」


 赤い仮面の男が身を乗り出してきた。

 とっさに窓から飛び降り、意識を切り替える。


 すでに状況を確認した部下が宿の正面扉を《石弾丸ストーンバレット》で破壊していた。

 包囲を任せた10名を除いて、部下と共に中へ押し入る。


「来たな。狼藉者共め」


 白い全身鎧の騎士が、仁王立ちで腕を組んでいた。

 

「「《石短刀ストーンナイフ》」」


 部下が二人、石のナイフを具現化させて襲い掛かる。

 だが瞬時に間合いを詰めた白騎士に、部下たちは首を掴まれ床に叩きつけられた。

 

(これは抜けぬ! 姫を殺せ!)


 高周波で指示を飛ばし、残りの部下たちが壁をよじ登って二階の部屋へ向かう。

 

「はい! ザンネン! バクレツ・ナックルぅ!」


 部下たちが降ってくる。

 見上げると、二階の柵に赤い仮面の男が立っていた。

 

「救世戦士! アスガイアー推参! 用事があるならアポとってどうぞ!」


 失敗か!

 残った部下は6人。外に10人。

 致し方なし。


(外から土魔術で宿屋ごと押しつぶせ!!)


 身体を震わせ、最終の指示を出す。

 狼狽える部下の気配。


「覚悟を決めろ。大義の為だ」


 部下に告げる。

 高周波を使わないのは、普段の修練でかけ続けた音だったから。

 身構えるバナーガーラたちだったが、静寂が続く。

 

「なぜ何もおこらない!」


 その疑問の答えはすぐに出る。


「この方々への質問ですかな?」


 燕尾服を着た人間が、部下を二人担いで宿に入ってきた。


「残りの皆さまも眠っていただきました」


 どさりと部下を床に下す人間。いや、ヴァンパイアか。

 サンジェルマン卿、直属の眷属ならば勝ち目は薄い……。


「ぐあ!」


「ぎゃっ!」


 部下が倒れていく。

 仮面の男の横で、弓を構える少女が見えた。

 残るは自分ひとり。

 

「まだだ!」


 まだ想定の枠からは出ていない!

 もとより大義の為ならば! 命など惜しくはない!

 

 懐に忍ばせた裂炎魔石に魔素を流す。

 掲げたソレは、煮えるように瞬いた。



 失敗した場合は、ただ死ねばよいと、告げられていた。



 ふざけるな!

 我らにも! 意地がある!

 

「道連れにしてくれる! 共に死ねぇ!!!!」


 叫んだバナーガーラは、掲げた腕が軽くなった事に気が付いた。

 

「なあ、コレってヤバイかな? エネルギーが膨らんでんだけど」


 目の前で、赤い仮面の男が裂炎魔石を持っている。


「カブラギ殿! 捨てろ!」


「カブラギ様! お捨て下さい!」


「カブラギさん! ヤバいヤツです!」


 仲間の言葉を聞く仮面の男は、破裂寸前の裂炎魔石を抱きかかえた。

 何を!


「アスガイアぁ! メガガードぉ!!」


 ボン


 間抜けな音が鳴り、仮面の男の身体から煙が上がる。


「痛ったぁ……。ギガガードにすりゃ良かった」


 何でもないように佇む、仮面の男。


 馬鹿な……。

 裂炎魔石だぞ?

 粗悪品などではない、純正の……。




 ……まだだ!!


 この男は危険だ!

 今ここで!

 殺す!!!!


三重岩石尖槍トリプルロックスピア!!」


 両手を突き出して渾身の魔術を放とうとした、その時。


「客じゃないなら帰んな!!」


 衝撃が脳天を揺さぶり、宙を舞うフライパンを見ながらバナーガーラは意識を失った。


 

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