第16話 暗躍と別れ
カジノの管理室に男が一人、鼻唄を歌いながら机の下を漁っている。
ゴソゴソと取り出したのは肖像画、サンジェルマン卿の肖像画だ。
それを壁に掛けると、満足そうに頷いた。
頷いた男、キューダ・ゲス・ネカジャノ子爵は機嫌が良かった。
敬愛する、憧れの英雄が、自分を訪ねてきたのだ。
都市会議などで顔を合わせる事は何度かあったが、自分に会いにわざわざ足を運んでいただけるとは。
幼いころより聞かされた、英雄譚に登場する生きた伝説。
亡き父に連れられた食事会で姿を目にし、その涼やかな佇まいに心の臓が締め付けられたのを覚えている。
父が他の貴族に混じって挨拶に赴いた際、頭を撫でられた。
この方のようになりたいと、貴族としての目標になった。
もう40年以上も前の事だ。
「肖像画など飾っていては、気味悪がられてしまうやもしれんからな」
「気にし過ぎでは?」
ガン!
驚いた拍子に、肖像画に背を打ち付けてしまう。
ネカジャノ子爵は慌ててずり落ちたそれを立てかけ直す。
「ブヨークン殿か、驚かさんでくれ。なぜ毎回音もなく現れるのだ」
「くっふっふ。感知を逃れる方法を他に知らぬものでして」
いつものやりとりを経て、子爵は執務椅子にギシリと体重をかけた。
「ブヨークン殿の言っていた通り、サンジェルマン卿は大聖王国の姫を連れてこられましたぞ」
凹凸のない白い仮面が、愉快そうに震える。
「くっふっふ、それは重畳。して、シソーヌ姫に触れる事は叶いましたかな?」
握手をしたことを思い出す。
「うむ、問題ない。ただ触れただけであるが、よろしかったか?」
「ええ、ネカジャノ子爵の魔素がシソーヌ姫に移ったでしょう。ワタクシはそれで位置を特定する術を持っております。これで人員を使うことなく、居場所を知ることが出来まする……くっふっふ」
ネカジャノ子爵はあの時、鋭い視線を向けた護衛の女が頭をよぎる。
「怪しまれてはいないだろうか?」
「問題ありませぬ。サンジェルマン卿の知識の膨大さは恐ろしいものがありまする。しかし知恵を巡らせる方ではありませぬ。永き時を生きる事の弊害ですな、悠揚たる御方ですから……くっふっふ」
そう言い切るブヨークンの言葉に、胸を撫で下ろす。
この男が言うならば大丈夫だろう。
「それで、この後の予定を聞かせて頂けるか? ブヨークン殿」
基本的に、この男の助言に沿って動けば問題はない。
しかし主君である自分が、計画の全容を把握していないのは問題だ。
サインを書くだけの書類にも、しっかりと目を通す。
自分は責任感のある、誇りある貴族なのだ。
「シソーヌ姫を攫います」
ゴン!!
驚いた拍子で、ヒザを執務机に打ち付けた。
「何故だ!!」
「問題ですかな?」
「大問題であろう! サンジェルマン卿の庇護下にある! しかも大聖王国の姫君なのだぞ! そんな事をすればワシは失脚してしまうではないか!」
ブヨークンは仮面を震わせる。
「ネカジャノ子爵ではありませぬ。攫うのは原種主義の過激派たちでございます」
子爵は引き出しから蒸留酒の瓶を出し、そのままあおる。
「続きを聞かせてもらおうか」
「筋書きはこうです。シソーヌ姫の一団を夜襲いたしまする。攫えればそれでよし、失敗しても賊共は大共和国の刺客であることが判明いたします。恐らく魔皇国で大聖王国の姫君が死ねば争いになると、大共和国は企んだのでしょうなぁ。だがそうはいきませぬ。魔皇国の重鎮、サンジェルマン卿の賓客を襲った事実に魔皇国は激怒! 以前から不穏な動きをしている大共和国と魔皇国の衝突が始まる……というわけです。くっふっふ」
瓶を机にドンと置くネカジャノ子爵。
「なるほど。戦争を起こす、と言っていたな。しかし大共和国の刺客だと信じ込ませる事ができるかどうか」
「くっふっふ。信じ込ませるも何も、事実そうなのですから」
「……どういう事か?」
「大共和国の密偵の一団は、既に過激派が押さえておりまする。伊達に数百年暗躍してはおりませぬぞ。くふふ」
「……恐ろしいな。それで、ワシはどう動く?」
「顔を合わせ、既にネカジャノ子爵とシソーヌ姫は懇意の間柄。他国の麗しい姫君を襲った、不届きな大共和国を打ち滅ぼす正義の軍を指揮するのは……誰でしょうか?」
愉快さがこみ上げてくる。
財力はある!
人脈も増え!
名誉も手に入れ!
武力も我が手中に!
ネカジャノ子爵は、比類なき英雄になる。
「ふぅあっはっは! いいぞいいぞ! あの偉大なるサンジェルマン卿も! ワシを認めて下さるだろう!」
「くっふっふ、何をおっしゃいます。目標は目指す為ではなく、超える為にあるのです。偉大なるネカジャノ子爵……」
◇◆◇◆
俺はベッドの上でまどろんでいた。
サジーさんの邸宅から《友人の幸せ亭》に戻り、挨拶周りを終えたメイ姫たちと夕飯を食べ、翌朝早くにメイ姫一行を見送って別れを惜しんだ。
大変だったよ。
泣くは喚くはで、
主にシソーヌ姫が。
若い魔人族の2人はマキマキに、
中年の魔人族2人はソレガシの旦那とアルセーヌさんに、
ソマリさんはアグーに、
メイ姫はアルマにそれぞれ握手していた。
アグーは握手じゃないね、手を添えられてた。
あとアルマとメイ姫はなかなか握手を解かなったな。
仲良くなって良かったね。
シソーヌ姫とメイ姫はその後に抱き合って泣きわめいていた。
ゼッタイ会いに行くからねぇぇ!!
ってなもんだ。
俺は腕を組んで、微笑ましくみんなの様子を見てたんだけどさ、メイ姫が去り際にコソっと渡してきた物がある。
「対の通信魔導具です……必ず連絡いたしますわ」
とか言いつつ、握手のふりして渡されたそれをスッと腰の袋に入れた。
いや、違うよ?
いつ連絡が入るか分かんない電話を、アグーに渡すのも良くないじゃん?
それで他のみんなに見られたら、またなんか冷たくされるじゃん?
捨てるのも失礼じゃん?
しょうがないじゃん?
でも朝から疲れたなぁ、気疲れした。
ユウゲンさんがカジノで無理しないように付き合って、なんやかんやで一日が終わった。
今日を振り返りつつベッドでゴロンとする。
アグーがスピースピーうるさい。
あと鼻提灯がデカい。
ソレガシの旦那は逆に静かすぎる。
……死んでないよな?
まあいいか。
俺も夢の中に入っちゃおうかな……。
って時に、ガイアセンサーに見慣れない反応が複数上がってくる。
お客さんかな?
敵意があるけど。
さあ戦いです。




