第6話 キューダ・ゲス・ネカジャノ子爵
外伝からの、別視点です。すみません。
魔防都市メサルテ。
皇都を覆うように建造されたその都市は《皇都の壁》と呼ばれる。
魔術先進国とされる、ゼギアスの技術を結集した魔防障壁。
魔船が空を飛び、最新の魔導具が開発される魔術研究最先端の地。
七国同盟が成る前には理論は構築されど、魔導媒介が追い付かずに新型の魔術は机上の空論に終わることが多かった。
だが大聖王国を経由してザバナン大連邦国のドワーフ族が開発した技術が入ってくると、上質な魔導具が制作されるようになり、他の追随をみない魔術都市へと変化した。
6属性に耐性を持つ最新の魔防障壁は、かのアークガド大聖王国の聖結界をも凌駕すると言われる。
その技術を学ぼうと、多くの種族が留学に来るようになった。
しかし、人体への魔素蓄積量がエルフ族以上である魔人族は選民思想が強い。
ゼギアス大皇の鎮座する皇都へは魔人族以外の滞留をなるべく認めたくない為、魔防都市メサルテに魔術学習院、貿易拠点、娯楽施設などを建設した。
結果メサルテは、ゼギアス大皇国で最も栄える大都市へと変貌したのである。
◇◆◇◆◇
魔防都市メサルテの娯楽施設を統括する、キューダ・ゲス・ネカジャノ子爵はカジノの管理室でワイングラスを揺らしていた。
魔王の脅威が去った為に他国からの旅行者が増えている。ガドニア侯国からも富裕層が流れ込んできた為にカジノへの客足は多い。
自分が努力することなく業績が上がるのは、自分が努力して成果を上げる時とは違った高揚感がある。気分が良い。
運も実力のうち。
この都市を裏から支配する偉人、敬愛するサンジェルマン卿もこのネカジャノの手腕にきっと舌を巻く。
そう思うと酸化したこのワインも一級の味がする。
ような気がする。
酸化したワインを飲んでいる理由は《もったいない》からだ。
ネカジャノ子爵は倹約家なのだ。
「むっふっふ。この業績ならば貿易拠点まで任されるかもしれんな」
急上昇する書類上のグラフを眺めながらアゴの肉を揺らした。
「くっふっふ。流石はネカジャノ子爵ですなぁ……」
子爵はビクリと身体を揺らし、ワインがひざに零れる。
「ああ! もったいない……。なんじゃブヨークン殿か驚かさんでくれ。なぜ毎回音もなく現れるのだ」
「くっふっふ。感知を逃れる方法を他に知らぬものでして……。蓄財は順調なようですなぁ」
突如部屋に現れた、深藍色の軽鎧を着る仮面の男。
いつもの事だ。
いつも驚かされる。
だがこの密会を他に知られるわけにはいかない為、男の言い分に反論はしない。
「いかにも。今回のお布施は既に用意してある。ほれ」
机の上にある、重たい袋をネカジャノ子爵がジャラリと持ち上げる。
「おお。この音は純金貨ですなぁ。くっふっふ、かの創世神も喜ばれることでしょう」
「それで過激派の連中にマシな武器でも用意してやるといい。武具の商会はワシが押さえておるから心配は無用じゃ」
「そう致しましょう……。過激派が動き、大共和国の庇護国を盗賊を装いつつ攻撃しております。それらしい証拠は残しておりますので、余程の愚者でない限りゼギアス大皇国が絡んでおると考えましょうなぁ」
ネカジャノ子爵は立ち上がるとワインの瓶を掴み、グラスに注ぐ。
「余程の知恵者が、偽りの証拠に気が付く可能性は?」
ドカリと再び座る子爵の質問に、手を腰に回したブヨークンの凹凸のない白い仮面が愉快そうに震える。
「くっふっふ。ゼロでございます」
「貴方がそう言うならばそうなんだろうの」
ワインをあおり、先の計画を思い起こす。
このブヨークンという男。
ある日突然現れ《創世神の使徒》を名乗った。
突然の訪問者を最初は警戒したが、自分を使えば望みが叶うと言い切る男の話を戯れに聞いてみる事にした。
当時は暇だったのだ。
一山いくらの貴族に過ぎなかったネカジャノ子爵は野望こそあれど、それを叶える方法が分からなかった。
気が付くと、ゆったりと喋るブヨークンの魅力ある言葉に聞き入っていた。
曰く、創世神に見出された隠れた英傑である。
曰く、時が来れば龍のごとく能力を発揮する大器。
曰く、あまねく大地を慰撫する徳がある。
曰く、自分が背を押せば全てが叶う。
曰く、必ず叶う。必ず。
ネカジャノ子爵が考えていた事だった。
なぜ自分のような才能溢れる男が現状に手をこまねいているのか。
なぜ誰も気が付かない。
時代が悪い。
自分ほどの男がなぜ。
協力者がいないからだ。
きっかけさえあれば……。
話の続きを促すと、ブヨークンは計画を話し始めた。
政情不安な中規模国、ガドニア侯国の富裕層を招き入れる。
その財力を借り、自分の所属する娯楽産業を取り仕切る貴族派閥を手中にする。
原種主義の過激派を手懐けて手駒にし、政敵を排除する。
武具・魔導具の流通を抑えた後、過激派を陰ながら支援する。
過激派が乱した治安を理由に武力増強を提唱し、責任者に就任する。
財力・人脈・武力を持ち、最高の権力を手に入れる。
細かい戦略は、ブヨークンがその都度提案することになった。
人を使うのも英雄の条件だと納得し、ネカジャノ子爵はこの話に乗った。
まだ途中だが、何もかもが上手くいって今の地位がある。
当然だ。
自分が実行しているのだから。
ただ気になる件が一つ。
「ブヨークン殿、創世神さまの加護はいつ頂けるのか? ワシは早く不老の身体が欲しいぞ。ヴァンパイアのような不便なモノでなく、本物の不老が」
「くっふっふ。もうじき区切りがつきます。その時に必ず」
またブヨークンは仮面を震わせる。
「ただ……」
「ただ?」
「恐縮ですがネカジャノ子爵にお願いしたい事柄が一つ」
「何かな?」
子爵はワインを揺らし、再びあおる。
「大聖王国のシソーヌ姫が魔防都市メサルテへ向かっております。ワタクシが誘導したのですがねぇ。それで子爵にはカジノで《神霊薬》を景品に出して頂きたいのです」
吹き出されたワインが書類を濡らした。
「《神霊薬》は手元に一つしかないのだぞ!」
「投資ですよ子爵。すぐにまた手に入りまする。くっふっふ」
「……まぁいい。ブヨークン殿の提案に間違いはない。だが理由くらいは聞かせてもらえるのだろう? なぜ大聖王国の姫を?」
ブヨークンは腰に回していた手を広げた。
「戦争を起こす為ですよ」




