ユウゲンの②
短いので本日二回目投稿します。
ユウゲンとは仮の名前。
商会に登録した時に、咄嗟に思い付いた。
有限会社だからユウゲン。
本名は松岡隆宏。
地球からこの世界に飛ばされた異界人だ。
あの日、極限の疲労感で意識を失い、気が付くと見渡す限りの大草原に横たわっていた。
身体を起こすも現状を理解できず、マツオカは狼狽える。
(どこだココ? ……何でこんなトコにいるんだ?)
そよぐ風に吹かれつつ、頭を働かせようと努めるも未だ疲労感が身体を支配した。
ふと視界に映る、なびく草原に立つ人影。
霞む視界に目を凝らし、助けを求めようと口を開くが、出しかけた声は喉の奥に引っ込んだ。
小柄な人影は《怪物》だったのだ。
粗末な棍棒を振り上げて向かって来るソレは、創作物に登場するゴブリンそのものだった。
緑色の体色に崩れた腰布。
頭に毛は無く、らんらんと光る瞳には殺意が滲んでいた。
(ひっ!)
慌ててマツオカは手をゴブリンに向けた。
(あっち行け!!)
しかし極限の疲労感が身体を支配し、願いも届かずゴブリンはマツオカの前まで到着すると、棍棒を振り上げる。
(ダメだ!)
目を閉じて両手で身体を庇うが、衝撃は襲ってこない。
代わりにドサリと何かが倒れる音がした。
恐る恐る目を開けると、倒れたゴブリンと馬に乗った集団が視界に入る。
真っ白で翼の生えた馬に跨る、燕尾服の男女が4人。
その真ん中の、見事な刺繍を施した紫色の貴族服を着る巻き髪の男。
銀色の髪が日の光で輝いて見える。
巻き髪の男は気遣いの言葉をかけてくると、馬上から小瓶をほうり投げてきた。
ガラスの中で赤い液体が揺れる。
(飲み薬? これは身体のなかに入れて大丈夫やつだろうか……)
飲むように促された。
ニコニコとこちらを見る顔は優し気で、どこか安心感を感じる。
(助けてもらっておいて不信感を出すのは良くないな……)
意を決して蓋を取ると、グビリと飲み干した。
「……おいしい」
柑橘系の清涼感が喉を潤した。
疲労感は瞬時に消えて、身体も以前より軽くなった気がする。
これは回復薬というものだろうか?
ゴブリンといい、ここは日本ではない……どころではない。
まさか……《異世界》というものか?
いやいや、そう考えるのは早計だ。
海外のどこかかもしれない。
世界のどこかには秘密の技術が確立されて、見た事もない怪物が人を襲うのかもしれない。
日本語が通じるのも語学に精通しているからかもしれないじゃないか。
かも、かも、かも。
……どちらにしろ自分の常識からは逸脱している。
情報が足りない。
せっかく自分に友好的な人間が目の前にいるのだ。
騙されていいようにされる危険はあるが、ここに取り残されればどうせ死ぬ。
マツオカは意を決して立ち上がった。
馬上の男と目を合わせる。
「危ないところを助けていただきありがとうございます。それと……大変恐縮ですけど、人のいる場所までで結構ですのでご一緒させていただいても宜しいでしょうか?」
相手は服装からして貴族とかいう身分かもしれない。
なるべく丁寧に聞こえるよう努める。
巻き髪の男は快諾し、サンジェルマンと名乗った。
マツオカも自己紹介をするとサンジェルマンの片眉が上がる。
日本名が珍しいのだろうか?
お供の馬に――これはペガサスか?――同乗させてもらうと、舌を噛まないようにと声をかけられる。
マツオカは鐙に着いたベルトをしっかりと握り、緊張した。
(飛ぶのか? ホントに? 馬だぞ?)
ばさりと翼をはためかせ、宙を駆けるペガサス。
空から見えた世界に絶句した。
美しかった。
人の手が加えられた施設や大きな街、道路も見えるが圧倒的に自然が世界を占めていた。
爽快な風が心臓にまで吹き抜けるようだった。
果てない景色、彼方に連なる尖った岩山、そこに輝く稲光。
巨大な湖に鳥の群れが降り立つ。
大森林の上ではトカゲが空を飛び、平原では数えきれない牛の群れが移動している。
広大な砂漠も見えるが、信じられない事に虹がかかっていた。
コンクリートに囲まれた中で、他人の顔色を窺っていた自分はなんとちっぽけだったのか。
いや、顔色を窺うのは悪い事ではない。
他人を慮っているのだから。
しかし自分は、自分を守る為にそうしていた気がする。
価値観がひっくり返ったような感覚とはこういう事か。
――もっとこの世界を見て見たい。
そう思いながら、ベルトを握る手にチカラを込めた。
サンジェルマンは自分の邸宅へ招いてくれた。
伯爵位を持つ貴族だと聞き、マツオカは改めて頭を下げた。
明日は一話投稿します。




