第35話 今、ここではじめます。
開いた扉の先は、天井の高い、石造りの大広間だった。
赤い絨毯が敷き詰められた部屋は、壁に悪魔の彫像がたくさん飾ってあって、ちょっと気味が悪い。
玉座の前にただひとり、立ち上がって待ち構えてるのがガドニア候王だろう。
アークガド聖王様よりやや年上っぽいその人は、銀色の髪を肩まで伸ばし、太い眉毛は威厳を感じさせる。
立って待ってるのはアレかな?
目上の国からの使者だから、気い使ってんのかな?
「良く来られた、特使の方々」
しわがれた声で労ってくれる候王。
「久方振りでございます候王陛下。不肖の身でありながら、この度は聖王国より特使の任を賜り、故郷の地を踏みましてございます」
アベイル隊長が恭しく頭を下げて、候王に答える。
シソーヌ姫も前に出る。
「お初にお目にかかります候王陛下。聖王国が第一息女、シソーヌ・ヒーメ・アークガドでございます。特使団団長、アベイル・ミツ・ガドニア殿下の補佐を仰せつかっております」
そう言うと、スカートを摘まんで頭を下げた。
「ガドニア侯国が国主、マシラム・イチ・ガドニアです姫君。侮っていたわけではありませぬが、幼年ながら堂々たる振る舞い。お見事と言うほかありませぬな」
「恐れ入ります」
頭下げてるけど、後ろから見たらニヤついてんの丸わかりだぞ姫。
ガドニア候王が、今度はアベイル隊長に顔を向ける。
「5年ぶりか、アベイルよ。任務ご苦労。此度の特使派遣の意図は察しておる。物資の支援要請であろう」
「ハッ! 慧眼であります」
アベイル隊長が目配せすると、文官のカオッツさんが懐からクルクル巻かれた紙を出して、アベイル隊長に手渡す。
受け取った隊長は候王に近づくと、膝を付いて両手で差し出した。
「親書と、具体的な援助希望でございます」
候王が受け取ると、横に侍るチョーロクさんにスッと手渡した。
「内容は後に吟味する。全面的な支援を予定しておるが、無理がある場合の擦り合わせは後日にしよう。ところで姫君」
「はい。候王陛下」
「聖王陛下は壮健であらせられるか? 大嶮山より東は、いまだ魔王の残党がはびこっておりましょう。国都の防衛は万全ですかな?」
シソーヌ姫が目を伏せて、また頭を下げる。
「お気遣い感謝いたします。父王陛下は健勝であり、ご心配には及びません。国都も治安維持が為の兵を配し、北方へ戦力を集結させてあります。不届きものが入り込む余地はありません」
「……左様ですか、要らぬ世話でしたな。では、休まれるが良いでしょう」
頭を上げて、またペコリとお辞儀するシソーヌ姫。
「おっほっほ。では皆さま、案内をつけますので退室なされませ」
「ありがとうございます陛下。ところで、兄上とも久方振りに顔を合わせたく存じます。どちらにいらっしゃいますでしょうか?」
「デイバースならば近隣国へ出向しておる。帰国はまだ先になろう」
「それは残念です。では援助のご検討、宜しくお願いいたします」
アベイル隊長に素っ気なく答える候王。
なんか、急に俺たちへの興味を無くしたような……。
なんとなく違和感を感じてると、アグーが俺に寄ってきた。
「カブラギ殿、なぜ候王は国都の戦力を確認したと思う? 他の事、特に支援の件を自身で一切の目も通さずにぢゃ」
ガイアイヤーでギリ拾える小声でヒソヒソしてくる。
みんなが候王に頭を下げて退室しようとしている。
「一番関心があるからではないか? 途中で見た退城税、アレは物資を運ぶ商人を少しでも減らし、自国の戦費を集める為では? 村々で見た兵隊は街道警備には多すぎた。まさかとは思うが――」
アグーが早口でそこまで言うと、チョーロクさんが声を出す。
「陛下! 今ここで始めますぞぉ!」
「余の失態か、世話をかける」
その声でみんなが振り返ると、チョーロクさん……いや、チョーロクがローブに包まれた両手を上げて紫電を纏わせる。
「陛下! これはいったい!?」
アベイル隊長が叫ぶと、チョーロクが答える。
「おっほっほ。最善は三日後でしたが、まぁ些細な事です。そちらの妖精殿に感づかれたようですからなぁ。予定を早めて皆さまには今、無力化していただきますぞぉ」
「なにを……」
疑問をアベイル隊長が口にする前に、チョーロクから魔力が広間いっぱいに放たれる。
すると、壁から悪魔の彫像がわらわらと、床に降りてきた。
つうか、ガイアイヤーで辛うじて拾える声が聞こえるのか。
耳がいいな。
「なに!? なに!? どうなってんの!!」
「姫さまこちらへ」
半泣きのシソーヌ姫を中心に、みんなで円陣を組む。
でも、みんな武器を渡しちまってるから素手だ。
魔術師のゴリンさんが手に魔力を集めるが、バチンと弾ける。
「くっ! やはり魔素妨害があるか」
「無骨な城に、ここだけ彫像があるのはおかしいと思ったんぢゃ!」
「おっほっほ、ガーゴイルグレイトです。抵抗はしない方が賢明ですぞぉ」
ジリジリとにじり寄る彫像たち。
円陣が狭まる中、俺が一歩前に出る。
そして両腕をクロスして拳を握り……、
「アスガイアぁ! タイフーンブラストぉ!!」
数十体の動く彫像を弾き飛ばす。
候王とチョーロクは、魔力の障壁で衝撃波を防いだ。
「くそ、出力がでねえし技が安定しねえな」
魔素妨害ってやつか。
円陣の外だけを吹っ飛ばそうとしたのに、内側にも風が吹き荒れてた。
考えなしに使うとみんなも傷つけちまう。
「おっほっほ、これは凄まじい。けれども、搦め手はやはり苦手と見えますなぁ。異界人の相手は、異界人に任せるとしましょう」
チョーロクが手から大きな黒い渦を出すと、そこからガタイの良い騎士が一人、ガシャガシャと出てきた。
中華風で白い翠の柄がついた全身鎧を着て、複雑な装飾の槍を右手に握ってる。
……ヤバイ、ヤバイぞ。
溢れ出るエネルギーの密度が濃い。
濃すぎる。
向こう側が全く見えねえ。
なんであんなのがいるんだよ。
「シュクシ殿。そちらの赤い仮面の者。お願い致しますぞぉ」
「承知」
全身鎧の騎士が低い声で返事をする。
……さっき異界人って言ったか?
「ちょっと待った! アンタ異界人か!?」
「問答無用」
そう言って白騎士が槍を構えたと思ったら、姿が消えた。
下だ!
ウッソだろ!
2メートル近くある身体がそんな低い体勢で突っ込んでくるか!?
俺は突き出された槍を避けようと身体をひねるが、槍先の伸びが鋭い。
ダメだ! 避けられ――
グッ…………ドゥオォォォン!!!!




