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『借金50億の悪役令嬢ですが、複利と会計チートで大富豪に返り咲きますわ!〜王太子は損切りし、割安株の天才魔導師と溺愛FIRE〜』  作者: 月神世一


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EP 10

ノアとのお忍び視察デート(※本人は市場調査と広告費のつもり)

「セシリア様、お待たせしました。市場調査の準備、完了しました」

 アークライト公爵邸のエントランスホール。

 階段を降りてきたノアを見て、私は思わず手にしていた扇子を取り落としそうになった。

 彼が身にまとっていたのは――いつもの煤けた白衣、ほつれた裾、首元がヨレヨレに伸びきったシャツ、そして薄汚れた革靴だったからだ。

「ノ、ノア様……? 貴方、これから王都のメインストリートへ市場視察に向かうというのに、その格好はいったい何事ですの……!?」

「え? 何かおかしいですか? 動きやすくてポケットが多く、魔導測定器がすっぽり入る工房着ですが……」

 不思議そうに小首を傾げるノア。

 その背後から、両手にメモ帳を抱えた専属メイドのミアが、うんうんと頷きながら口を挟んできた。

「そうですよぅお嬢様! 今回は『お忍びの視察』なんですから、ボロボロのお洋服の方が庶民に紛れ込めて、目立たなくてちょうどいいんじゃないですかぁ?」

 ミアの能天気な言葉。

 だがその瞬間――私の脳内で、前世の敏腕公認会計士の理性がバリバリと雷鳴を轟かせた。

 ビシィッ!

「ひゃぅっ!?」

 私の愛用の扇子が、鋭い風切り音とともにミアの額を直撃した。

「お、お嬢様ぁ!? な、なんで私ばっかり叩くんですかぁ!?」

「愚か者っ!! 寝言はベッドの中で仰いなさいと言いましたはずですわよ、ミアっ!」

 私は胸元から銀縁眼鏡を取り出すと、キリッと鼻梁へ押し上げた。

 サファイアブルーの瞳の奥で、無知な身だしなみ観を粉砕するハゲタカの目がギラリと覚醒する。

「ノア様、そしてミア! ビジネスや市場調査において、『見すぼらしい格好で行くのが美徳』などというのは、経済の心理学をこれっぽっちも理解していない三流商人の大誤解ですわっ!」

「み、みすぼらしいのがダメ……? でもお嬢様、服なんてただの布切れじゃないですかぁ!」

「ただの布切れではありませんわ! 心理学と行動経済学において証明されている、恐るべき心理効果――【ハロー効果(初頭効果/外見の認知バイアス)】を教えて差し上げますわっ!」

「はろー……こうか……?」

「そう! 人間という生き物はね、相手の『たった一つの際立った特徴(外見や身なり)』に引きずられて、その人物の能力、知性、商品の信頼性、ひいては企業の財務力に至るまで、すべてを無意識に過大評価(または過小評価)してしまう生き物なのです!」

 私は扇子の先をノアに向けた。

「もしボロボロの服を着た男が『これは最新の安全な魔導具です』と説明しても、客は『怪しい、爆発しそうだ、騙されるのではないか』と本能的に警戒しますわ!

 しかし! 洗練された高級スーツを着た一流の紳士が同じ商品を語れば、客は『素晴らしい技術に違いない、信用できる』と一瞬で心を許してしまう!

 身だしなみとは単なる見栄の浪費ではない――相手の警戒心を一瞬で解き、商談を圧倒的に有利に運ぶための【極めて費用対効果(ROI)の高い自己投資】なのですわっっ!!」

「ひゃあああっ! お洋服が信用を生む投資なんですかぁ!」

「その通りよ! 御者、王都随一の高級仕立屋『ヴェルサイユ』へ馬車を回しなさい! ノア様を我が社の筆頭技術顧問にふさわしい姿へアップグレードいたしますわよっ!」

 一時間後――王都の中央大通り。

「…………っ」

 馬車から降り立った瞬間、周囲を行き交う令嬢や貴婦人、果ては道行く騎士たちまでもが、息を呑んで一斉に足を止めた。

 人々の熱烈な視線の中心にいたのは――ノア・ヴァレンタインだった。

 仕立屋の職人が総出で仕立て上げた、濃紺の最高級シルクウールのスリーピーススーツ。

 長身で引き締まった無駄のない体躯に完璧にフィットしたジャケット、糊の効いた真っ白なシャツに、私の瞳と同じサファイアブルーのシルクタイ。

 無造作だった黒髪は上品に撫で付けられ、額を出したことで、彫刻のように整った白皙の美貌と、深遠なアメジストの瞳が白日の下に晒されていた。

「ま、まあ……! あの方、どこの国の王子様かしら……!?」

「息が止まるほど美しい殿方だわ……!」

 黄色い歓声とざわめきが、波のように広がっていく。

 横に立つ私も、つばの広い優雅な帽子と上品なボルドーのドレスで軽く変装していたが、あまりの破壊力に思わず目を瞬かせた。

(ちょ、ちょっと待ちなさい……! 身なりを整えれば見栄えが良くなるとは思っていましたけれど……これ、美貌の時価総額がインフレを起こしすぎて危険水準ですわよ!?)

 私の動揺を知ってか知らずか、ノアは少し窮屈そうにネクタイに指をかけ、アメジストの瞳を柔らかく細めた。

「……セシリア様。生地の魔導伝導率が高くて着心地は抜群ですが……なんだか、周囲からの視線が痛いのですが……」

「コ、コホンッ! 視線など気にしてはなりませんわノア様! ほら、市場の視察を開始いたしますわよ!」

 私たちは大通りを歩き始めた。

 街並みを見渡すと、第2章で打ち出してきた改革の成果が、至る所で花開いていた。

 大通りの商店やカフェの軒先には、ノアが開発した新型ランタン『アークライト・ルクス』が真昼のような澄んだ光を放っている。

 食堂の厨房からは、煙も煤も一切出さない魔導コンロ『アークライト・フレイム』で手際よく料理を作る料理人たちの威勢のいい声が響き、専用カートリッジの配達馬車が忙しそうに街を駆け抜けていた。

「見てくださいセシリア様! 黒鉄商会のボロい旧型ランプは一つも見当たりませんよ! 全部うちのランタンとコンロに置き換わってますぅ!」

 ミアが小躍りしながら報告する。ノアも嬉しそうに口元を綻ばせた。

「街の空気から煙の臭いが消えましたね。火災の発生件数も、王都警備府の発表では前年比で八割減ったそうです。……俺の作った技術が、本当に人々の生活を支えているんだ……」

「ええ、素晴らしい成果ですわ。ですがノア様、市場調査の基本は【現場の生の声(顧客フィードバック)】の収集です。あそこのテラスカフェで、お茶をいただきながら聞き取り調査をいたしましょう」

 大通りに面したオープンカフェのテラス席。

 テーブルには、香り高いエルフティーと焼きたてのスコーン、フルーツタルトが並べられた。

 ミアがフォークを握りしめ、目を輝かせながらタルトを頬張る。

「んん〜〜っ! 美味しいですぅぅっ! こんな超高級カフェでケーキが食べられるなんて幸せですぅ! ……あ! でもお嬢様、このお茶代やケーキ代、それにノア様の超お高いスーツ代って……お嬢様のポケットマネーから出ているんですかぁ?」

「何を言っているのです、ミア。そんなわけがありませんでしょう」

 私は優雅にティーカップを傾け、フッと不敵に微笑んだ。

「これらはすべて――会社法および税務上の【正当な必要経費】として計上いたしますわ!」

「け、経費ぃぃぃっ!? ケーキを食べても経費になるんですかぁ!?」

 ミアの目が点になる。

 私は手帳を開き、ペン先でテラス席の机をトントンと叩いた。

「いいこと、ミア? 世の中の愚かな経営者は何でもかんでも私的な贅沢を経費にして税務署に怒られますが、一流の会計士は【経費になるもの・ならないものの境界線】を完全に熟知していますのよ!」

「きょうかいせん……?」

「そう! 経費として認められる絶対条件はただ一つ――【それが事業の売上や利益を生み出すために直接必要であったかどうか(業務関連性)】ですわっ!」

 私は手帳にさらさらと仕訳を書き殴った。

「第一に、ノア様のオーダースーツ代・金貨三枚(三十万リン)!

 ただの私服であれば個人のプライベート支出ですが、今回のスーツは『筆頭技術顧問として、今後の国家プロジェクトや大貴族との重要な商談・公式発表会に出席するための指定制服』!

 よって、勘定科目は【広告宣伝費】または【福利厚生費(業務上衣服費)】として全額損金算入可能ですわ!」

「ひゃあぁっ! 会社の制服扱いなんですね!」

「第二に、今こうしていただいているお茶代とタルト代!

 単なるおやつであれば私的飲食費ですが、私たちは今、競合店舗の客層を観察し、ランタンの光熱費削減によってカフェの収益がどう改善したかをヒアリングする【市場環境調査の真っ最中】ですわ!

 よって、この支出は【調査研究費】および【会議費】として、一リンの狂いもなく全額経費で落とせますのよっ!」

「す、すごすぎます……! ちゃんとお仕事の理由があれば、ケーキも堂々と経費になっちゃうんですね……!」

 感心しきりのミア。

 しかしその時――テラス席の空気を揺るがす出来事が起きた。

「あ、あの……! もしよろしければ、ご相席してもよろしいかしら……?」

 甘ったるい香水の香りと共に現れたのは、着飾った二人の貴族令嬢だった。

 彼女たちの視線は、私の存在など完全に視界に入っておらず、ただ一人――スーツを着こなしたノアの麗しい美貌へと釘付けになっていたのだ。

「まあ、なんて素晴らしいお仕立てのスーツですの! 殿方、もしよろしければ、この後あちらのサロンでお茶でもご一緒にいかが?」

「私、伯爵家の令嬢ですのよ? 貴方のような素敵な方、社交界でお見かけしたことがなくて……」

 あからさまな逆ナンパ。

 ノアは困惑したように眉をひそめ、アメジストの瞳にスッと冷淡な光を宿した。

「……申し訳ありませんが、俺は今、連れとの重要な――」

 ノアが断りの言葉を口にしようとした――その瞬間だった。

 バチィィィンッ!!

 凄まじい音を立てて、私の愛用の扇子がテラスの丸テーブルを両断せんばかりの勢いで叩きつけられた。

「ひゃぅっ!?」

「な、なんですの!?」

 飛び上がる令嬢たち。

 私はつばの広い帽子を脱ぎ捨て、銀縁眼鏡の奥から、絶対零度のサファイアブルーの瞳で彼女たちを射抜いた。

 その全身から、獲物を骨まで噛み砕くハゲタカの威圧感がゴウッと立ち上る。

「人の大切な【筆頭無形固定資産(ノア様)】に、気安く減損処理を仕掛けようとなさる泥棒猫はどなたかしら?」

「セ、セシリア・フォン・アークライト公爵令嬢……!?」

 私の正体に気づいた令嬢たちの顔から、サーッと血の気が引いていく。

 私は冷酷な笑みを浮かべ、扇子の先を令嬢たちの鼻先へ突きつけた。

「このノア・ヴァレンタイン男爵のスケジュール、頭脳、そして一分一秒の稼働時間は、向こう二十年間にわたり我がアークライト商会が【独占業務提携契約(一株も渡さない鉄壁のロックアップ)】を結んでおりますのよ!

 部外者が無断で彼の時間を奪うことは、我が社に対する明白な【営業妨害および機会損失の強要】とみなしますわ! 今すぐ立ち去らなければ、貴女方の実家の商会との取引を明日から全面停止いたしますけれど、よろしいかしら?」

「ひ、ひぃぃぃぃっ! ご、ごめんなさいぃぃっ!」

 公爵家の威光と私の殺気に呑まれた令嬢たちは、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていったのだった。

 静寂が戻ったテラス席。

 私はフンッと鼻を鳴らし、乱れたドレスの袖を整えて椅子に座り直した。

「まったく……! 少し目を離せば、すぐにハイエナどもが我が社の最重要資産をかすめ取ろうとするのですから油断も隙もありませんわ! これは純粋な【資産防衛オペレーション】ですことよ!」

 早口でまくし立てる私。

 だが――ふと気がつくと、向かいの席のノアが、ピクリとも動かずに私を見つめていた。

 その白皙の頬は、夕陽よりも熱く、林檎のように真っ赤に染まっている。

 アメジストの瞳には、かつてないほどの狂おしい熱情と歓喜の光が、零れ落ちんばかりに揺らめいていた。

「ノ、ノア様……? な、なんですの、そのお顔は……」

「……セシリア様」

 椅子を引く音。

 ノアが立ち上がり、大股で私の方へと回り込んできた。

 逃げる間もなく、長身の彼が私の座る椅子の両脇に手を突き、影のように私をすっぽりと覆い隠す。

 至近距離から注がれる熱い吐息と、国宝級イケメンの命がけの蕩け顔!

「ノ、ノア様!? か、顔が近すぎますわ……っ!」

「……嬉しくて、心臓が爆発しそうです」

 低く、甘く掠れた美声が、私の耳朶を甘美に痺れさせる。

 ノアの白く長い指先が、そっと私の頬に触れ、耳の後ろのサファイアの髪飾りを優しくなぞった。

「あなたが他の女性を睨みつけ、俺を『誰にも渡さない独占資産だ』と守ってくださった……。セシリア様、あなたが俺のために見せてくださるその独占欲こそが、俺にとって何より尊い愛の証です」

「ち、違いますわ! これはただの人的資本の減損リスクヘッジであって、独占欲などでは……!」

「いいえ。俺には分かります」

 ノアは蕩けるように優しく微笑むと、私の手袋を外させ、露出した白い手の甲へ、吸い付くような熱い口づけを落とした。

「あなたが選んでくれたこの服を身にまとい、あなたと並んで歩けるなら……俺は世界中の富も名誉もいらない。セシリア様、俺の人生の全稼働時間を、どうかあなたのためだけに買い占めてください。……俺の心臓の鼓動一つに至るまで、すべてあなたの経費(愛)で落としてください」

「ひゃっ……!? に、人間を経費で落とせるわけがありませんことよーーーーっっ!!」

 ボッッッ! と私の顔どころか全身から湯気が噴き出した。

(重い! 重い重い重いわノア様ーーーっっ! 会計監査の専門用語を、こんな殺傷能力限界突破の口説き文句に魔改造しないでくださるーーーっっ!?)

「きゃあぁぁぁっ! お嬢様ぁっ! ノア様から『生涯全時間買い占め&愛の経費計上プロポーズ』いただきましたぁぁっ! もう早く領収書にサインしてあげてくださいぃぃっ!」

 フォークを放り出して飛び跳ねるミア。

 真っ赤になって手を引き抜こうとする私と、甘い眼差しで私を逃がそうとしないノア。

 王都のエネルギー市場を完全に掌握し、ベンチャー事業を大急成長させた第2章は、これ以上ない大勝利(と糖度過多のラブコメ)のうちに幕を閉じたのだった。

 ――だが、その平穏を破るかのように。

 タッタッタッ! と石畳を激しく蹴立てて、公爵家の早馬の使者がテラスへと駆け込んできた。

 その手には、北部の公爵領の印章が刻まれた、緊急の早馬親書が握りしめられている。

「セシリアお嬢様! ノア様! 北部の【アークライト公爵領】より緊急電です!

 領地の鉱山が完全に枯渇し、農地は冷害の危機に瀕しております! さらに、隣領の悪徳領主が公爵領の買収を仕掛けてきているとのことです! 今すぐ領地へお戻りください!!」

「「――なんですって!?」」

 ミアが息を呑む。

 だが、その急報を聞いた瞬間――私の眼鏡の奥で、冷徹無比なハゲタカの目がギラリと覚醒した。

「ふふっ……枯れ鉱山に、赤字の不毛の雪原、ですって?

 いい度胸ですわ! 会計上は価値ゼロ(減損処理済み)とされていた我が領地に眠る莫大な【未発掘の埋没資産】を、ノア様の技術と私の会計チートで丸ごとマネタイズして差し上げますわよっ!!

 ノア様、ミア、公爵領へ帰還いたしますわよ――!!」

 悪役令嬢セシリアの知財チート無双は、いよいよ広大な赤字領地を世界一の黄金郷へと塗り替える――第3章【領地改革と眠れる資産のマネタイズ編】へと突入していくのだった――!

【巻末付録】セシリアお嬢様の3行マネー講座

身だしなみは浪費ではなく「信用を生む投資(ハロー効果)」! 人は見た目で能力や信頼性を判断します。勝負所での上質な装いは商談成功率を跳ね上げる最強の武器ですわ!

「経費になるもの」の境界線は業務関連性の有無! 何でもかんでも経費にするのは脱税の元。売上や利益を生み出すために直接必要であった明確な理由(エビデンス)を残しなさい!

大切な人的資本(パートナー)には惜しみなく投資せよ! 優れた仲間を輝かせるための支出は、将来何倍ものキャッシュと絆になってあなたのもとへ返ってきますことよ!

読んでいただきありがとうございます。

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