第9話:特別科と、噛み合わない二人
学園の奥。
他の校舎から離れた、静かな建物へ案内される。
ここが特別科。
そう思った瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。
人気はない。物音もない。
まるでこの場所だけ、学園から切り離されているようだった。
扉を開ける。
中は驚くほど簡素だった。
机が二つ。椅子が二つ。
それだけ。
——やはり、私たち二人だけ。
そう実感した時。
「……来たか」
声が響いた。
顔を上げると、窓際に一人の男が立っていた。
年齢も、性格も掴めない。
だが、普通ではないことだけは分かる。
そこにいるのに、気配が薄い。
存在が掴めない。
「本日より特別科一年を担当する」
名乗りはしない。
それすら不要だと言わんばかりだった。
「ここには規則はほとんどない」
淡々とした声が続く。
そして。
「——生き残れ」
その一言だけが、重く落ちた。
空気が変わる。
「基礎は終わっている前提で進める」
教官の視線が、私とノアへ向く。
「お前たちは、選ばれた側だ」
選ばれた。
その言葉だけが、妙に重く胸に沈んだ。
「だからこそ——試す」
床に魔法陣が展開する。
「実戦形式だ」
……え?
理解が追いつかない。
空間が歪み、現れたのは黒い獣だった。
瘴気をまとった異形。
息が詰まる。
本能が警鐘を鳴らしていた。
「山の外縁に出る程度の個体だ」
教官は淡々と言う。
「死にはしない。たぶんな」
……たぶん。
その一言が、やけに重い。
「倒せ」
次の瞬間。
獣が動いた。
速い。
一直線に、こちらへ迫る。
来る——!
恐怖で身体が動かない。
その前に。
影が割り込んだ。
ノア。
無駄のない動きで間合いに入り、獣を斬り裂く。
だが。
「……浅い」
獣は倒れない。
すぐに再生し、再び襲いかかってくる。
そんな……。
「核を壊さなければ意味がない」
ノアが淡々と言う。
再び踏み込む。
速い。
だが、獣も速い。
一瞬の隙。
爪が振り下ろされる。
危ない——!
考えるより先に、身体が動いた。
足元から光が広がる。
結界。
ノアの前に壁のように展開される。
衝撃。
獣の攻撃が弾かれた。
「……」
ノアが、わずかにこちらを見る。
また……勝手に出た。
制御できていない結界。
それでも——止められた。
「……そこか」
ノアが呟く。
次の瞬間。
動きが変わった。
迷いなく踏み込む。
「遅い」
獣の核が砕け、音もなく崩れ落ちた。
……終わった?
力が抜ける。
同時に、強い疲労が押し寄せた。
「……連発はできないか」
教官が小さく呟く。
見抜かれている。
「だが——十分だ」
視線が二人へ向く。
「今のは連携だ」
連携……?
そんなつもりじゃなかった。
けれど。
結果だけは、そこに残っている。
「……勝手に入るな」
ノアが言う。
冷たい声に、肩が揺れる。
「邪魔になる」
胸が痛む。
それでも。
「……でも」
言葉が出た。
「危なかったから」
ノアがこちらを見る。
「……だから非効率なんだ」
否定。
けれど、昨日とは違う。
完全には切り捨てていない。
そして。
「……次は、もっと早く張れ」
——え?
「遅いと、間に合わない」
それだけ言って、視線を外す。
胸の奥が、わずかに熱を帯びた。
今の……。
認められた……?
「……興味深いな」
教官の声が落ちる。
「噛み合っていないのに、形にはなっている」
鼓動が速くなる。
落ち着こうとして、胸元のペンダントを握る。
まだ、少し温かかった。
まだ噛み合わない。
理解もできない。
それでも。
確かに、何かは動き始めている。
守る力と、壊す力。
交わるはずのなかった二つが——
今、同じ場所に立っていた。




