第3話:森で芽生える覚悟
朝の光が、森をやわらかく染めていた。
葉の隙間から差し込む光が、揺れるたびに形を変える。
静かで、穏やかで——けれど、まだ“知らない場所”の空気。
昨晩、老人の家で過ごしたことで、身体は少し休まっていた。
それでも胸の奥には、小さな緊張が残っている。
(……ここでも、生きていかなきゃ)
ぽつりと呟き、胸元のペンダントに触れる。
かすかな温もり。握ると、少しだけ呼吸が楽になる。
でも——
(……頼りすぎちゃ、だめ)
その安心に身を任せそうになる自分を、そっと止める。
助けは、いつか裏切りに変わる。前世で刻み込まれた感覚は、簡単には消えない。
それでも、私は足を前に出した。
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朝食を済ませたあと、私は昨日の約束どおり、お爺さんの手伝いを片付けた。
洗い物を終え、薪を整え、庭を掃く。考えるより先に身体が動く。
手を動かしていると、不思議と心が静かになった。
「ありがとう、助かったよ」
振り返ったお爺さんに、小さく頷く。
それだけで十分だった。
支度を整え、私は森へ向かう。
ざわ、と茂みが揺れる。ぴたりと足が止まる。
(……なに?)
視線だけを動かす。音のした方を見る。
何かがいる。でも、姿は見えない。喉がひりつく。
「……だれか、いるの?」
声は思ったより小さかった。返事はない。
ただ、風が葉を揺らす音だけが、やけに大きく聞こえる。
逃げるべきか——
そう考えた瞬間、胸元にかすかな温かさを感じた。
ペンダントがそっと手に馴染む。
(……え?)
自然に、足が進む。怖い。
でも——前に進む力が、胸の奥に生まれていた。
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森の奥へ進むと、空気が変わった。
静かで、少しだけ重い。
やがて、それは現れた。
苔むした、大きな石。人の背丈より高い灰色の石碑。
長い年月を経ているはずなのに、刻まれた紋様だけは、はっきりと残っていた。
(……これ……)
胸がざわつく。知っている——はずがないのに。
ペンダントがわずかに光る。石碑も、かすかに反応している。
足が自然と近づく。手を伸ばす。
触れた瞬間——
――あたたかい。
石の冷たさではなく、懐かしいぬくもり。
胸の奥に、幼い頃の感覚がよみがえる——母の優しい手のぬくもり。
(……おかあ、さま……?)
視界に断片が浮かぶ——白い部屋、高い天井、光の差し込む窓。
そして、優しく微笑む女性。長い髪、同じ色の瞳。
涙が出そうになるのを、必死でこらえる。
前世の記憶ではない、今の“私”の中にあるもの。
手を離すと、光はゆっくり消えた。
でも、ぬくもりだけは残っている。
まるで——見守られているみたいに。
⸻
夜、老人の家に戻る。
暖炉の火が静かに揺れていた。
差し出された湯を両手で包む。指先の震えはまだ残る。
「……何か、あったか」
不意に、老人が言った。顔を上げる。相変わらず穏やかな目。
「……森の奥で、石を……見つけました」
少し迷ってから言う。
老人はゆっくり頷く。
「……そうか」
火のはぜる音だけが、静かに響く。
「この森にはな、昔から“守る者”がおった」
視線は炎を見つめたまま。
「王に仕え、あるいは——王を守るために、在り続けたものじゃ」
心臓がどくんと鳴る。
「お前さんの持つそれも……」
一瞬だけペンダントに視線が落ちる。
「……その一つ、かもしれんな」
曖昧さが逆に胸に残る。
(……私は)
ただの迷い人じゃない。その感覚だけが、はっきり残った。
⸻
夜は深くなる。
与えられた寝床で天井を見つめる。
(……助けてくれる人がいても)
目を閉じる。
(……信じすぎちゃ、いけない)
前世の記憶——拒絶、無視、存在を否定される感覚。胸がきゅっと痛む。
でも——
今日、石に触れた時、確かに温かかった。
見捨てられていないと、思えた。
ゆっくりペンダントを握る。かすかな光。小さな温もり。
(……この世界で、生きる)
逃げるためじゃない。
(……そして、いつか)
誰かに与えられる側じゃなく——
(……守れるようになりたい)
夜の闇が、すべてを包み込む。
恐怖だけじゃない。
その奥に——確かに、小さな光が芽生えていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
来週から10話辺りまで試験的に週2回投稿します。
月曜日と金曜日を予定しております。
どうぞ宜しくお願いします。




