くねくね
「次はここね」
甲子園の魔物に連れられ、佐藤政宗は緑豊かな田園地帯に訪れていた。
結局甲子園の魔物に名前を聞けていない切なさは、生い茂る田畑の力強い息吹と、それにより想起される幼少期の常軌を逸したベースボールトレーニングプログラムの思い出によって、いくらかは薄まっていた。
「はっ・・・・・・いけない!」
突如、甲子園の魔物がピッチングマシンの如く身を震わせる。
「あれは、あれだけはダメよ・・・・・・」
佐藤政宗の視線の先に、それはうごめいていた。
白い。
人のように見える。
しかし、人ではない。
動いているのだ。
くねくねと。
「くねくねっ・・・・・!あれとは関わっちゃいけないわ!」
高校球児とは、動く物体を目で追う習性を備えて生まれてくる生命体である。
投球、打球、スイング、フォーム、走者...
それらの動きを視界に捉え、正確に把握し、対応する。
それをこなす為に生み落とされ、その修練のために存在する高知能生命体こそが高校球児である。
くねくね。
不気味にうごめくその姿を凝視し続けていると精神に異常をきたすと言われるその怪異は、高校球児の生態を逆手に取って天敵としてデザインされたかのような、最悪の相性の相手だった。
そう、まるで練習後に飲むホットチョコレートのように。
「見ちゃダメ!!目を閉じて!!」
しかし、遅かった。
甲子園の魔物はそう感じた。
既に佐藤政宗は、ブツブツと何かを呟いている。
「そんな・・・・・・まさかもう・・・・・・」
その、まさかである。
「縦回転・・・・・・いや、横方向の回転も加わっている。動きの幅がありすぎる、球筋が読めん・・・・・・」
佐藤政宗は、くねくねを変化球と認識していた。
「まさかもう、精神汚染を乗り越えていたなんて・・・・・・」
ただの高校球児ならば既に精神を蝕まれ、将来の夢を聞かれたらサッカー選手と答える異常個体となっているところだが、そこは佐藤政宗である。
高校球児界きっての怪物。その目には、白くて動くものなどは所詮全てが変化球であり、そうなってしまえばあとは球筋を読むだけなのだ。
「どう、読めそう!?」
甲子園の魔物が焦る。
佐藤政宗もまた動揺していた。
ーー変化量が大きすぎる。
これほどの豪快かつ自由自在な軌道を描く変化球は、今までに数えるほどしか遭遇していない。
「球筋がわからん・・・・・・しかし、ならば・・・・・・」
数えるほどの経験から、佐藤政宗が導き出した答え。
それはーー
「わからないほうがいい・・・・・・!」
目を閉じ、渾身のフルスイング。
視覚に頼るから、人は迷う。
ならば目を閉じてしまえばいい。
所詮高校球児でない程度の者らには決してわからぬ世界の話であるが、
迫り来る球威、空気の流れ、バッターボックスの緊張感・・・・・・
それらは時に、千の言葉より雄弁なのだ。
無論、監督の一の言葉はそれらに勝ることは言うまでもない。
高校球児にとって監督とは神に等しい存在。
否、神がグラウンド10周と言おうが、監督が20周と言えば20周走る。
それが、高校球児なのだ。
カキィン!と、小気味いい音が響く。
田園風景のバックスクリーンにくねくねを叩き込む。
豪快なスイングの残火は、かげろうのように。
身を焦がすほどの青春の熱として、バットの先端・・・・・・その向こう側ののどかな田園風景を、フォトショップさながらに歪めて見せる。
二刀流。
近年ではそう称されることも多くなった、野球界の突然変異体。
稀代のピッチングモンスターである佐藤政宗は、同時に至高のバッティングクリーチャーでもあるのだ。
そして高校球児の前でくねくねすることが許されるのは、ナックルボールとチア部の面々だけだった。
「やったわね。さすが痛快なスイングよ」
甲子園の魔物は、その澄んだ瞳をわずかに輝かせているように見えた。
至高の精神と肉体を持つ高校球児。
甲子園の魔物は、佐藤政宗をそう呼んだ。
しかし前回の八尺様戦に続き、今回のくねくね戦を目にし・・・
実際に目の前で行われる完全試合に、改めて理想と現実の得失点差が浮き彫りになったのだろう。
無論、高校野球界きっての比類なき怪物のスコアは、
言うまでもなくコールドゲームだった。




