68 子供はなにかと仲間はずれ
国立サルートス上等学校。この国で一番のエリート校だ。
そこへ貴族でありながら一般入試で入学した私はとても真面目な模範的優等生だと言えるだろう。
しかも我が国の第二王子エインレイドのお世話もこなしてしまう私、貴族令嬢の鑑として今や違う学部や学年の教師からも声をかけられてしまう人気者だ。だけどうちのクラブ顧問の任命権なんて私にはないので、そこら辺を融通してくれというお願いは叶えられそうにない。
「ローゼンお兄さん。もうお帰り頂いて構わないのです。送ってくださってありがとうございました」
「これでも仕事は最後まで手を抜かないタイプでしてね。ついでに呼び方が間違ってます。帰宅したらまたヌガーキャンディをあげるつもりでしたが、今日はやめておきましょうね」
「ごめんなさい、ローゼンお兄様。心から反省してます、どうか許してください。有能なローゼンお兄様を私なんかの為に拘束しちゃいけないって思ってしまっただけなんです」
ちょっと偏屈な人でも鼻の下を伸ばしておねだりを聞いてくれる実績多数、相手の片腕に両手をかけておめめぱっちり視線を合わせるポーズ。
これはあのバーレンですら私におやつを貢いでしまうものだ。
私はローゼンゴットをきゅんっと見上げてみた。
(腕力だけが全てでは無い。私は可愛さで世界を制するのだ。しかも可愛いだけじゃなく賢いんです、私)
大公邸で大公妃がいる場なら、もっとヌガーキャンディをもらえるかもしれない。その際にエインレイドにもあげると言えばもっと数が増えるかもしれない。
王子様にあげるんですと言えば、店名だって分かっちゃうかもしれない。
これぞ策略の勝利への第一歩・・・!
「所詮は駄犬。だから人間としての礼儀正しさと、動物レベルなご機嫌取りとの違いも分からないのか。生まれ育ちの残酷さとは業が深い」
ローゼンゴットは悲しげに私を見下ろした。
なんだろう。とても蔑まれた気がしてならない。
「いいですか、アレルちゃん。あなたはれっきとしたハリボテ貴族令嬢の皮をかぶった駄犬です。自分を卑屈にみせることで男をおだてて金をまきあげるのは水商売の女に任せなさい。良家の子女がそんな真似をしてはなりません。常に誇りを忘れずに行動するのです」
「・・・・・・」
いや、お前だよ。良家の子女としての誇りを完全否定して駄犬扱いしてるのはお前だよ・・・!
私はこほんと咳払いした。
「それならはっきり言わせてもらいますが、男はきっちりしているけど少しルーズってぐらいのバランスが魅力的に見えるものだと思います」
「技能と精神を評価される仕事と、外見と財布を評価される男の魅力。私は前者こそに重きを置いて生きる男が本当のいい男だと思っているのでおかまいなく」
「ぅぐ」
まあね、ローゼンゴットも悪い奴ではないのだ。その考え方も上司や部下としてなら嫌いじゃない。女性の護衛達がローゼンゴットをいい上司だというのもそこがあるだろう。
通りすがりに手が触れたフリとか、ちょっと口説く感じで迫るとか、そんな姑息な真似をしないローゼンゴットは働く女性にとってありがたい上司だ。性差を理解した上で部下を指揮するローゼンゴットは部下の性的不祥事がとても少ない堅物なのである。
でもね、そういうの私には適用してくれなくていいんだ。少しぐらいは鼻の下を伸ばしてくれていいの。
「中身の思考が腐った野良犬にすぎずとも、身なりを整えて言葉を選べば令嬢としての皮はかぶれるのです。せめて安っぽいもぐりの偽造血統書付きになれるようプライドを持ちなさい」
「・・・どこにプライドがあるのだ」
かつてここまで侮辱されたことがあるだろうか。
そして護衛という名前のガミガミローゼンゴットに背中を押し出されるようにして、私は学校長室まで連行された。
「失礼いたします。ミディタル大公邸よりウェスギニー子爵家令嬢をお連れ致しました」
「おはようございます、学校長先生。先生方もおはようございます。先輩方、みんなもおはようございます」
そこには何故か学年主任や担任教師だけじゃなく、男子寮の寮監達と上級生の先輩達、クラブメンバーもいた。
寮監達、完全に関係ないよね。
何より男子寮監達はどこの暴力教官だよと言いたくなるような濃いサングラスとアーミーグリーンな作業服とダークグリーンな帽子といった恰好であまりにもガラが悪すぎた。こっちの挨拶にも声を出さずに頷く程度。誰もが「こいつらヤベエ」と顔を背けるレベルだった。
フォリ中尉がいないと、なんだかいつもの連帯感がなくなるみたい。
(寮監先生達、素性を先輩達に知られたくなくて落ちこぼれ末端兵士スタイルなんだねと、こんな礼儀知らずにも怒らずにいてあげる私はなんて理解ある女子生徒。そして力関係がよく分かる。うちの担任ってば挨拶しても微笑む程度ってことは他の教師より立場弱いんだ。発言権ないんだね)
先輩とクラブメンバーは周囲の状況を考えたか、「おはよう、アレナフィルちゃん」「おはよう、アレル」「おはよう」みたいな返事を寄越してきたけど、こちらはやや低く小さな声、そして貴公子としての真面目な表情と隙のない制服姿を保っていた。
挨拶された以上はその場の空気を壊さない程度には挨拶を返してくるけど、やはり世間話には持ちこめないってことだね。
キセラ学校長は相変わらずにこにことしていたけれど、いつからこのメンバーが集まっていたのやら。どこまで先輩達が話してしまったかが気にかかる。
「少し早めに登校するようにと無理を言いましたが、元気そうでよかったですよ。おはようございます、ウェスギニー君。ネトシル君、・・・いえ、ネトシル殿にもお手数をおかけいたしました」
ローゼンゴットがサルートス上等学校に通っていた頃、今のキセラ学校長は違う上等学校で勤務していたそうだ。しかし学校間の交流があり、ローゼンゴットの顔を知っていた。
だからなのか、警備棟で顔を合わせた時にもネトシル君と呼びかけてしまっていたのだが、さすがにここまで人が多いとまずいらしい。
なんか学校長ってば物分かりがいいなと思っていたけど、それだけ複雑で多彩なキャリアがあったのである。キセラ学校長はそれらの業績を評価されて国立サルートス上等学校へと異動してきたそうだ。
「いえ、懐かしい母校です。なんでもアレナフィル嬢は、ガルディアス殿下狙いの令嬢に目をつけられないようエインレイド殿下と不純異性交遊に励めば自分の身は安全だと変な思考にはまっておりますので、どうぞよろしくご指導くださいますようお願いいたします。そしてエインレイド殿下。アレナフィル嬢が可愛らしく甘えてきても、そんな浅はかな芝居に騙されぬようご自分を強くお持ちくださいませ」
「ふむ。さすがウェスギニー君は一味違いますね。面白い解決法です」
「ネトシル殿。冷笑しながら言われても僕困ります」
「なんでバラすんですかぁっ」
視界の隅で、担任教師が膝から崩れ落ちる。
一般部のクラスなのに子爵家令嬢が担当クラスにいるということで色々と気を張っていたらしい担任教師、最初はきりっとした真面目な表情でなめられまいとしていたようだ。だけど最近はしょんぼりとした悲し気な表情を私に見せるようになっている。
なんでも普通の貴族令嬢は違う意味で問題児なのであって、私みたいなのは普通じゃないそうだ。
放課後のクラスルームで、
「君に問題がないのは分かるけれど、色々と自分の手には余るんですよ」
と、溜め息つかれた日のことが甦る。
偏見による差別はいけないと思うのだが、
「当たり障りなく生きていきたいのに最近は教科主任からも目をつけられて人間関係にも支障が出ているんですよね」
と、悲哀に満ちた言葉を聞かされてしまうと、私もきつい言葉などかけられなかった。
教師の世界も色々とあるらしい。だけどそれ、私、全く関係ないと思う。
「あー、ほらほら落ち着いて、ね、アレル。そんなアレルの計画聞いて本気で怒るのはネトシル殿くらいだからさ。それで今日は髪も可愛くしてるんだ。リボン似合ってるけど、つけてなくてもアレルはいつだって可愛いよ。でも僕といると身の破滅がどうこうだからアレンになりすましておくんじゃなかったっけ?」
にこにこ笑顔なエインレイドが周囲の空気を考えることなく私の頭を撫でてきた。私の方がちょびっとだけお姉さんだが、エインレイドは自分の方がお兄さんという気分になってることが多い。
ローゼンゴットの発言により、真面目な空気にヒビが入ったことも影響していそう。
「そこは苦渋の選択なのです。これがガルディアス様だと相手は成人。経済力と実行力と手下の数とテリトリーの広さが違います。反対にテリトリーが学校だけのレイドならせいぜい本人と取り巻き程度。私はそこを見極め、エインレイド様に近づく玉の輿野望な女子生徒になりすますと決めました。そしてガルディアス様狙いの人達で勝手に潰し合って全滅した後は一介の女子生徒に戻り、平穏無事に生きていくのです」
上級生達とクラブメンバー達の瞳から力が失せてしまったけど、私にとってこれは切実な問題だ。
肝心のエインレイドは、こてんっと首を傾げる。
「そううまくいくかなぁ。学校では僕、校外ではガルディ兄上でリスク回避な二股かけてるって思われるだけじゃない? でもアレル、契約婚約中だから三つ股? ネトシル殿とか入れて四つ股か五つ股? ディーノやダヴィ、リオとの噂もないわけじゃないから七つ股か八つ股? しかもアレルの好みは父親の子爵なんだよね? みんなアレルの理想とは違うと思うんだけど、それだけ手を広げても大丈夫なんだ? そりゃアレルなら十人でも大丈夫そうだけど」
二股とか言われた時点では皆がぎょっとしていたが、エインレイドが指を三本、五本、更にもう片方の手も使って数え始めた時点で誰もが呆れた眼差しになっていた。
まるで私が希代の悪女のよう。
だけど仕方がない。そう、仕方がなかった。
「いいですか、レイド。大切なのはガルディアス様狙いのお嬢様達は時間がなくて切羽詰まり、既に常識が分からなくなってることです。総力を挙げて私を潰しにかかってきてるのです。私はそんな危ない前線から離脱あるのみなのです。その為ならどんな汚名もかぶりましょう」
「よほど昨日のが堪えちゃったんだね、アレルってば。図書館は人が多いから大丈夫って思ってたのが間違いだったよ。僕も行くんだった。相手を制止することはできただろうし、アレルがいきなり両手の指の数の男をゲットとか言うようにならなかったとも思うしね。・・・ほら、いい子だから機嫌を直そう?」
王子様なエインレイド、やれやれといった顔である。
末っ子だからか、エインレイドは私の頭を撫でるのが実はお気に入りだ。普段は小さな紳士としての礼儀でやらないようにしているけれど、たまに我慢できずに撫でてくる。
子供ならではの初級レベルな撫で方だけど、自分は味方だよって気持ちが伝わってきた。友達同士だから私だってぷぅっと拗ねることができる。
「言葉が通じないお馬鹿さん達に付き合ってられませんよ。となれば前線離脱あるのみ。そんな私の真実の姿は一人だけを好きでいたい純愛ハートを大切にしている清く正しく美しい乙女なのです。誰がそこまで手を広げてますか」
「前線から逃げ出さなくてもアレルなら十分に大丈夫だと思うよ。アレンとは別の意味で凄すぎるって男子寮でもみんなが慄いてたからね」
メガネの奥で紫色の瞳をぱちぱちと瞬かせるエインレイドによると、うちのアレンルードがここ数日男子寮ではなく自宅通学に切り替えているから皆が寂しがってるそうだ。おかげで毎日のように話題にあげられているらしい。
放課後になると、うちのアレンルード、クラブルームでマーサから差し入れもらってからいなくなってたから男子寮にいないなんて気づかなかったんだよね。
(お祖父ちゃま、ルードはずっとパピーの所から通学してるって言ってたし、要はフォリ中尉の私邸とやらに泊まってるから連絡つけられなかったってことか。寮にいたらここにルードも呼ばれてたと思うけど)
目だけでベリザディーノに何か問いかけたエインレイドに、ベリザディーノは軽く首を横に振ることで答えとする。
何を二人だけで分かり合ってるかな。
「大丈夫じゃありません。いいですか、レイド。いくらレイドの方がお買い得物件でも、レイドよりも年上の令嬢ならやはりガルディアス様を狙うわけです。今や成人したフリーな独身令嬢は全員ガルディアス様を狙ってると言っても過言ではありません」
本来はまだ独身の第一王子こそが一番のターゲットなんだろうけど、第一王子については誰もが言葉を濁す。だから私は察していた。
きっと表に出せない健康上の理由、もしくは精神的な何かがあるのだろうと。
一番ありそうなのは、うちの父と一緒でどこかに行ったまま帰ってこないケースだ。あのミディタル大公みたいな王族がもう一人いたところで十分に納得できる状況だ。
「過言じゃない? 別にガルディ兄上じゃなくてもいい男の人って沢山いると思うよ」
「甘いです。誰だってまずは上から狙ってくのですよ、レイド。だけど選ばれるのは一人だけ。ガルディアス様ロックオンな令嬢達は、もしもガルディアス様を獲得できなければ違う有力青年をも補欠で確保しておかないと惨めなことになりかねません。ガルディアス様に狙いを定めて頑張っても、独身謳歌してる男に執着しすぎて時間が長引いてしまえば補欠貴公子だって他の令嬢に取られてしまうんです。だから早めにガルディアス様を獲得する為、令嬢達はなりふり構わない精神状態なのです」
「え、えーっと、そうなんだ」
担任教師も耳をかっぽじってよく聞くがいい。私は本気で不純異性交遊しようとしているわけではない。だから日々の生活評価も優良評価で頼みたい。
そしてその成績書を見た叔父から爽やかな笑顔で抱きしめられるの。こんなにも優秀でこんなにも可愛い私の姪は世界で一番素敵な女の子だねって。
卒業記念パーティの時は叔父にエスコートされて私は誰よりも可愛く踊ってみせるわ。だってうちの父、多分留守。
「そうです。だから強引でも何でもガルディアス様をゲットするか、無理だったなら他の貴公子をゲットしなくてはならない令嬢達にとって、カウントダウンの大鐘はガランゴロン、ガンガンガンガンと大空いっぱいに響き渡ってます。所詮、まだまだ年月が有り余ってるレイド狙いのお嬢様達はチリンチャリンな手元の鈴レベルで余裕をかましていられますが、ガルディアス様狙い令嬢達に漂う危機感は切実です。私は演技力を最大に発揮し、ここはどうでもいいエインレイド様狙いの女子生徒になりすまして身の安全を確保しなくてはならないのです・・・!」
校長室はシーンと静まり返った。こほんと学校長が咳払いをする。
「さすがはウェスギニー君です。常に目的と行動がはっきりしていますね。やはり君はしっかりした子です」
「ありがとうございます、学校長先生。不在がちな父に心配をかけぬよう、私も自分のことは自分で解決できるよう常に努力したいと考えております」
だってエインレイドは私と同い年。エインレイド狙いのお嬢様を見極め、厄介な令嬢がアレンルードの妻にならないように今から危険令嬢リストを作っておかねば。
双子の兄の妻になる人とはうまくやっていきたいの。全ては私の幸せ生活のための肥やしなのよ。
「ええ。その演技とやら、後で詳しく教えてくださいね。ウェスギニー君に恋してもらう為には財産目録書と給与明細書と借金の有無とその金額、そしてどれだけ君に貢ぐ予定かを文書で提出する必要があることは分かっていますから信用しています。学校側も事情を把握した上で、ほとぼりが冷めた頃に二人の仲は清廉潔白であったと浸透させねばなりません」
キセラ上等学校長は何かと警備棟にあるクラブルームへ顔を出す人だ。
多感な時期の女子生徒が、顔と薄っぺらい口説き言葉しか持たない男子生徒や社会人の毒牙にかかることを阻止する為のテーマを話し合っている時に、私はただの男女交際ならばともかく、結婚を考えるようになったら大切な条件を話したことがある。
私は財産と毎月自由になる金額と借り入れられる最大金額を尋ねてきた女の子がいたら、それは結婚詐欺だと男子に教えなくてはならないと語った。そしてうちの兄にもいずれそれを教え込むつもりである。
そして誰もが可愛いと鼻の下を伸ばしてしまう私。相手の資産と給与、借金の有無とその金額、そして私にどれだけのお金と手間を使うつもりなのか、愛はあるのかを把握しない限り結婚はしないのだと語った。
それは矛盾があるのではないかと指摘されたが、男であろうと女であろうと狙われる立場なら全く矛盾はない。
「ありがとうございます、学校長先生。決まりましたら細かくレポートにまとめて相談させていただきたいと考えております」
そして厄介な令嬢リストを融通してもらうのだ。なんといってもエインレイドのお妃様はどうでもいいけど、アレンルードの妻は私の生活に直結する。
「ええ。学校側も内容を精査して城とも連携を図り、お二人の名誉を守りましょう。折角だから隣の部屋で話し合っててくださいね」
「はい、先生。じゃあみんな、隣に行こっか」
私はとても人間が出来すぎているあまり、こうしてぽいっと隔離されてしまうのかもしれない。子供は邪魔だからみんなと一緒にあっちでお喋りしてらっしゃいといった感じが透けて見えた。
ちなみに男に対してどこまで要求する気だと言われることもある私だが、それを教え込んだのは和臣である。
彼は私に、男なんて女の財産は自分のものと思う生き物だから信用するなと語り、様々な場所へと連れ回しながら色々な人達を見せて学習させた。
「財産目録と給与明細と借金って、子供は無理じゃない? 貴族だと子供でも持ってるのかな」
「法律上、特例に抵触する話だな。普通は無理だ。だからビーバー、13年後なんだろ。普段からお父上と叔父君が最高だとか言ってるのも、既に家一軒をヴィーリン夫人付きでくれてるからだろ」
「ここまで財産目当てな愛を学校長先生にまで知られている時点で恥ずかしすぎる。道理でレイドの側にいても先生達が心配しないわけだ」
「あはは。普通ならどれだけ高望みなんだって誰もが呆れ返る話だってね。でもね、叔父上が大公家息女の身分とそれに見合った財産、ミディタル軍の男を好きに見繕う権利をくれてやるから腹心の部下として働けって言ったの、アレル断ったんだよ」
「当たり前じゃないですか。私はそんな愚かな選択はしないのです、レイド」
隣の部屋に移動となれば大人達の視線も外れるわけで、私達はそんなことを話しながらドアへと向かった。クラブメンバーは普通そこまで要求できるもんじゃないって顔してるけど、それは同じ経済力のレベルにいる人達と同じ幼年学校時代、上等学校時代を過ごしているからそう感じるだけだ。
いずれ社会に出て様々な階層の人達とも交流し、一緒に仕事をするようになったら実感するだろう。
金持ちからはどれだけでもたかっていいと考える人達がとても多いことを。そして資産目当てで愛を告白される現実を。
「普通ならミディタル大公殿下の養女なんてこれ以上ない誉れなんだけどねぇ」
「だよ。アレルちゃんにかかったらひどい言われようだな」
「お子様だから価値が分からないのかねえ」
「クラスの女子生徒だって、そんな話が出たら婚約解消してでも養女になるよな」
エインレイドがミディタル大公家息女となる選択肢もあったと言ったことで、上級生達は私がその価値を分かってないのだろうと言い始めた。
勿体無いと思わずにはいられないのだろう。だが甘い。甘々だ。
どうしようもないぐらいにミディタル大公を理解していない甘ちゃんだった。
「そこの先輩方。14才の自分が荷物扱いで外国に運ばれると考えてみてください。大公様が考える養子の使い道とは、即ち戦闘時における大公家子女しかできない働きです。ドレス着て踊ったりお茶したり、誰でもできるお人形が欲しいわけじゃないのです。前線で囮になり、後方支援を行い、いざという時には大公家令嬢という身分をカードに命の確保をした上で敵を籠絡し、無力さをアピールして自由をある程度確保したら情報を抜き取り、その身一つで脱出してくる無茶オーダー。それをこなしてこその大公家令嬢の身分です」
分かってない男子上級生達に私は指導する。
ミディタル大公が本当に連れて行きたいのは私にくっついてくる和臣だけど。良くも悪くも私の周囲には虎の種の印を持つ成人男性達がいるわけで、大公は私を虎の種ホイホイだと誤解していた。
なんかミディタル大公、うちの父の機動力も取り込みたいらしい。情報分野が違うらしく、父の方が地位は低いのにミディタル大公でさえその情報全てを提出させられないそうだ。
あちこちに頼られては出向している父だから、全てを知るのは終わった後になるらしい。
「悪かった。考えてみればあのミディタル大公殿下だ」
「ああ。可愛さなどを評価する筈もない。武勇なき者など排除するお方だ」
「そうだな。クラスの女子生徒達もそんな内容だと知ったら裸足で逃げ出す」
「大公家令嬢の身分があれば、普通の女兵士と違った側面で使えるわけか。混乱も生じさせられる。生還率は低くなるが、それができると見込まれたわけだ」
貴族としての身分だけで考えた自分達が愚かだったと上級生達は悟ったようだ。私もうんうんと頷く。
「そういうことです。この間なんて一緒にお散歩しに行こうと言われて、行き先をしつこく聞き出したらフォガレール運河でしたからね。ただのお散歩と信じてたら今頃学校を無断休みで密入国でしたよ」
「フォガレール運河? 外国人が行けるものか?」
「そんな所、何しに行かれるおつもりだったんだ?」
「退屈しのぎに死の代理人達と遊ぼうと思ったみたいです。さすがに止められてましたけど」
フォガレール運河はその周辺も犯罪組織の村で固められ、積み荷を運ぶ船も裏組織の持ち物ばかりだ。生きて脱出できると思う人は全てにおいておかしい。
ぼやきながら隣の部屋に入ると、冷たいレムレム茶のポットとコップがテーブルの上に置かれていた。
勝手にどうぞということらしい。
「叔父上の無茶言いはともかく、なんでかな。小さい魚はリリースしてあげる魚釣りを思い出しちゃったよ。財産も給与も貢ぐ予定もない僕って、アレルにとってどうでもいい扱いだったんだね。ガルディ兄上ばっかり懐いてるし」
「懐いた覚えはないです。買収された覚えはあります。ガルディアス様の資本力と権限がないとみんなで豪華列車旅行はできないですからね」
「じゃあ兄上と僕、アレルはどっちが好き?」
「チキンステーキとビーフステーキとサーモンステーキとハムステーキを比べちゃダメです、レイド。その時その時で選ぶものは変わるのです。それが人間」
「信じらんない。そう言ってアレル、叔母上が一番好きなんだよね。最初に友達になったのは僕なのに」
にこにこ笑顔が常に備わっていた筈のエインレイドが拗ね始めた。
アレンルードの影響かもしれない。うちの兄は何かと妹を手下呼ばわりするくせに、そんな妹が世界で一番大好きでたまらないもんだからすぐ拗ねる。
男の子同士ってすぐ女の子を取り合うんだからしょうがないよね。可愛すぎる私が一番の愛の犯罪者なのかもしれないけど。
「自信を持つんです、レイド。レイドはちっちゃなお魚さんだけど、勿体なくて誰もリリースしません。レイドだってそのまま捕獲されて食べられるルート一直線です。性格がよくて私と話が合いそうな令嬢だったら紹介してください。だけど私の王子様に近づくなんて図々しいのよって密室で脅してくるタイプなら、私は双子の兄の方だって言っておいてください」
「そんな無茶な。しかも全然悪びれてない」
「大丈夫。為せば成ります。さあ、可愛くおしゃれしてきた私と今日からいちゃいちゃ過ごしましょう。こんなプリティガールと仲良しさんなんて世界中の男の子から嫉妬されちゃうラブラブドリーム全開ハッピーデイズですね」
隣室の学校長はローゼンゴットや男子寮の寮監達、そして他の教師達と何やら話しこんでいる。だから私は王子様を口説き落としちゃおう。
結局のところ、ローゼンゴットはミディタル大公妃の意向を伝える伝書鳩。教師達とも意見をすり合わせているんだろうなと、ドアが閉められていても察せてしまう。
エインレイドとマルコリリオ、そして私はそれぞれのコップにレムレム茶を注いで座った。
「あれ、ダヴィ」
「ほっといていいよ、リオ。ダヴィとディーノもお付き合いとかあるんだろうし。ねー、レイド」
「そうだね」
ベリザディーノとダヴィデアーレは上級生達と何やら深刻そうな顔で話し合っているから放置である。どうやら私という子爵家の娘に対し、同じ貴族階級でもどこまでが許されるのか許されないのか、改めて上級生達は二人から聞き出したいようだ。
「それよりここまで有り難味がない誘惑も凄いよね。それで休み時間だけイチャイチャして、人目がなくなったらポイってされるんだ? 普通、反対じゃない? 本来、二人きりになったらイチャイチャするんだよね?」
「生憎と青い果実なんぞに興味はありません。どうして人目がない所でそんな演技を続けなくてはならないのですか。私を守ると言ってくれたではないですか。さあ、レイド。ここは男を見せるとこです」
「うわあ。だけど僕、みんなが見ているところで女の子とイチャイチャなんて恥ずかしいことして父上に怒られるの嫌だよ」
「そこは成績アップしていけば大丈夫です。大人なんて子供の成績がいい限りは、まあいいかで目こぼししてくれます。だから私の為に演技力を磨き、皆でこの苦難を乗り越えるのです・・・!」
部屋の隅で上級生達とダヴィデアーレが何やらこそこそ話し、ベリザディーノが小さく言葉を挟んでいる様子だ。
――― ディーノも断られましたし、うちも親戚筋が・・。
――― 親切そうな理由を・・・裏では罵倒してました。・・・外を通り・・・まったんです。
切れ切れに聞こえてくる内容からすると、やはり貴族間のパワーバランスと少し上世代の令嬢との兼ね合いがあるらしい。
――― 内心ではどう・・・、先輩だってご存知でしょう。大公家が・・・・・・、悪意は消えないです。僕達は、・・・アレルが一般部だった・・・・・・理解してます。
ミディタル大公家で暮らしている私をお茶会に招きたい夫人や令嬢がいるようで、それに対してダヴィデアーレが説明していた。
助け舟を入れてあげたくても、ならば招待に応じたいかと言えばお断りだ。今の私はそんなことよりウミヘビを運んできたセンターの動きの方が気になる。
上級生達も個人的には私に味方してあげたくても、親しくなったとみれば親や家族、親戚や恋人の身内等から要求されるものがあるのだろう。
それで親の言いなりになるならこの時点でお別れした方がいい。メリットを期待するなら近づいてくるなということだ。扶養家族だからこそ親に逆らえない事情を私も理解しないわけではなかった。
エインレイドもそちらの様子には気づいているみたいだけど、あえて気づかないフリを続けている。
「そりゃアレルが本当に危険ならいくらでも演技には付き合うけど、・・・危険なのかなぁ」
「あれだけの男達に囲まれて誘拐されようとした私は途轍もなく大きな危機にさらされてます。これを危険と言わずして何を危険と言うのですか」
そこでやっとマルコリリオが話に加わった。上級生達の目が外れたことを確認した後というところがマルコリリオだ。
「ねえ。その危険な人達を下着姿にしちゃったのがアレルだよね? アレル、レイドに守ってもらう前に自分で敵を倒してるよね? 今からレイドが守る必要ってあるの?」
「男子寮、そんな話でもちきりだったね。寮に戻ったらみんなアレルってばアレンよりも凶悪なんじゃないかって話になってたよ。アレンがいたらみんな取り囲んでたと思うけど、このところずっといないからね」
私より背も高く、体力だってあるくせしてそんなことを言うのだからどうしようもない。
「生憎と私は暴力なんて無縁な深窓のお嬢様なのです。そして映像を撮っていたのは腹黒い大人達であって、私ではないのです。だけどあれで皆は学んだ筈なのです。おしゃれとは見えないところまで網羅してこそおしゃれなのだと。誰に見せる予定が無くてもゴージャスな下着をつけることで女はハリのあるいい女でいられるのです。誰が知らずとも下着にまで気を抜かぬからこそいい男には隙が無いのです。手間と投資なくしてセクシーは維持できません」
見えない所のおしゃれってちょっと特別感があるよね。
そんな私はかつて弟の服や下着も色々なデザインで揃えてあげたものだ。おしゃれって一発合格なんてまずない分野。あれこれトライし、失敗しながら自分に似合うものを理解していった方がいい。そこは自分と違う他人の意見も大事だ。
自分では似合わないと思っていても、けっこう着てみたら似合う服ってあるんだよ。
それなのにエインレイドはちょっと膨れっ面だ。ちょっと今日は不機嫌?
「そう言うけど、ゴージャスな下着ってどんな下着なのさ。学校でそんなのいいわけ? 華美なものは駄目だよって、僕だって寮での小物とかもシンプルな物を揃えてもらったのに」
「む。それは私もまだ子供だから大人っぽいものは許されてないので、いつかカタログを見せてあげますね。レイドは背も高いし、スタイリッシュなデザインのものが似合うと思います。リオは大柄でも性格がおっとりタイプだからパステル系の方が似合うと思うよ。やっぱり脱いだ時にみんなが幻滅するんじゃなくて、『ああ、らしいな』って思うのがちょうどいいんだよね」
国立サルートス上等学校では、学生としてあまりにも華美すぎる持ち物は控えるようにという校則がある。この学校に通うのは毎日ドレス姿でも通学できる生徒ばかりだけど、あえて制服といったくくりの中で自分なりに相応しい恰好を考えなくてはならない。
勿論、ペンダントとか腕輪とかブローチとかのアクセサリーをつけてる人や、毎日違うリボンをつけてくる人もいるけれど、そういうセンスもまた個性の見せどころなんだよね。
私はシンプルに普段は髪ゴムでまとめていたけど、それは公私を分けるタイプだからだ。学校では地味にお堅く、だけど私服では一気に華やかな方がそのギャップで男は落ちる。
(そうよ、私はいつだってパピーのお姫様。どんな時でも可愛く攻めてくの)
普段は地味だと女として退化しそう? そんなことないのよ。たとえ地味でつまらない形の紺スーツでも、その下にはゴージャスレースな下着やネックレスの存在があるだけで、それらが自分に女だということを教えてくれるわ。
(今はマーシャママが選んだチューリップやダリア模様なパンツだけど、いずれ大人になったら体のラインを美しく見せる下着を買わないとね。やっぱりセクシーは見えない所にお金をかけてナンボよ。ああ、パピーやジェス兄様と道ならぬ恋に落ちちゃったらどうすればいいの)
淡紫の花色な髪にローズピンクの瞳といった色合いから花のような王子様と言われているエインレイドだけど、色合いを考えなければきりっとした男の子だ。背も高いし、姿勢もいい。
あまりにもスタイリッシュすぎるとこの年齢ならではの良さが消えてしまうから、こだわりがありそうであまりないかもしれないといったバランス重視で、それでいて誰が見ても恥ずかしくないゾーンを追求しておきたい。
そしてマルコリリオは気の弱さがどうしても言動に出てしまうから、それで下着だけ攻めてもアンバランスなだけ。やっぱり穏やかな感じなのねって思われるエリアで留めておいた方がいい。
「アレル、レイドに下着の話なんてしちゃ駄目だよ。なんで王子様の下着をみんなが見ることになってるんだよ。それに下着のカタログなんかあるもんなの?」
「情報をスポイルしてたら世間知らずになるだけじゃない。面白みも大事だよ。カタログは今度旅行に行った時に手に入れてこようかなって。だけど女の子の下着姿のフォトブックあげたでしょ? あれも参考になったと思うけど?」
「とっくにあげたよ。おかげで親戚のお兄さんがあれからとっても親切になった。毎年一冊あげれば僕が平和に過ごせる感じで助かったけど、・・・ちょっと幻滅だね。あれだけ偉そうにしてたのにさ。レイドもまだ早いってことで先生預かりって聞いたよ」
どうやら彼らにはまだ早かったらしい。
男女を意識するのは様々なことで性差を感じるようになってからだ。
「そりゃその年でエロガキになったら軽蔑だけどさ。大事なことは憧れレベルでいいから好きな人を作るってこと。そうすれば憧れの人に相応しい自分になろうって身だしなみにも気を遣うようになるから。そこからいい男いい女への道を歩み始めるんだよ。私だって今日は叔父が可愛いって言ってくれそうなリボン選んだもん。たとえ会えなくても心はいつもスタンバイ。それがいい女でいられる秘訣。いつだって恋の最前線にいる緊張感が大事なの」
昨日のことで早朝から呼ばれていたのは分かるけど、学校長を始めとした先生達やローゼンゴットが隣の部屋で真面目に話し合うなら、それはもう大人の話だ。
私はいつだって自分の目的を見失わずに生きていたい。上級生達やベリザディーノ達は家同士のお付き合いもあるから身動き取れないこともあるけど、うちはあまり考えなくていいと祖父からも言われている。
金食い虫で家に居つかない子爵が当主なウェスギニー家は社交に力を入れておらず、ゆえに私が茶会などで貴婦人達のご機嫌取りをしてくる必要は無いそうだ。さりげなく父の扱いが悲しすぎる。
(それでもパピー、けっこう評判いいんだよね。それに子爵で大佐なら別に浪費家でもないと思う。ヴェラストールのアパートメントも維持費用とか考えたらかなり堅実路線)
あの父が金食い虫というのは、きっと自腹で武器購入に大金を投じているからだろう。和臣を見ていたから分かる。
少しでも質がいい物をと思うと、すぐに値段が上がっていく。和臣は自分で作っていたけれど、やはり質のいい素材を集めるだけでお金が飛んでいった。
「いい女なんだ」
「自分で言っちゃうところがアレルだよね」
「ガルディ兄上を巡る前線からは逃走するけどレミジェス殿なら最前線に立つって意味が分からないの僕だけ?」
「アレルの叔父上ってあの楽しそうな方だよね。クラブ参観の時は挨拶しかできなかったけど、大公様のお邸でうちの親とっても緊張してて、だからああやって来た途端楽しい会話してくれてほっとしたって言ってた」
「うちの叔父、そういう人なんだよ。イタズラする時もちゃんとみんなが笑顔になれるイタズラしようねって言うの。あの時は私が理由だったからあえて明るく登場したんじゃないかな」
爵位を譲ってもウェスギニー家当主は祖父だ。父と兄を支える立場を選んだ叔父は、いつだってバランスを考えて行動している。
次の子爵となるアレンルードに茶会を通じて変な縁談を持ちこまれても困るのだろう。
浪費家で見栄っ張りなタイプより堅実で芯のある女の子を捜してきなさいと言われているけど、アレンルードが誰を好きになるかなんて私じゃ分からない。だけどウェスギニー家としてはそういう方針だってことを私に伝えておくことに意味があるんだろうなって思ってる。
「それよりアレル。僕といちゃいちゃする為に可愛くしてきたとか言って、なんでレミジェス殿の好みなの? そういう時って僕の好みを聞いてくれるもんだよね?」
「自分の心に嘘はつけません。どんな私でも世界で一番可愛いと言ってくれるのは祖父と父で、おめかししたら褒めてくれるのは祖母と親戚夫婦で、何気ないおしゃれにも気づいて褒めてくれるのは叔父なのです。私はそこを間違えずに努力するのです」
「努力なんだ」
「レイド、多分そこに努力はないよ。誰だってアレルに寄ってこられたら可愛いねって言っちゃうもん。僕だってアレル見る度に可愛いなって思うけど、喋り出したらその気も失せるし、まだ口の悪いアレンの方が性格的に素直な気さえするよ」
「そこはずっと私を可愛いって思い続けてなよ、リオ。お子様が私に片思いし続けてるだけなら許してあげるから」
「可愛いと思うのは顔だけだって。アレルの中身に僕が片思いするとかってないよ」
男子寮で暮らし始めたマルコリリオ、ちょっと安定感が出てきた。
地方出身な平民がほとんどを占める男子寮だし、貴族慣れしていない彼らに落ち着くものがあったのかもしれない。
「みんなそう言うね。同じ顔だけどアレンの口が悪い分アレルこそ天使の可愛さじゃないかなって僕は思うんだけど、知れば知る程みんなアレンの方が性格も素直だって言い出すんだよ。なんでかな」
「それはその人達の見る目がないだけです。みんなと言いますが、ルードと私を比較できてレイドの周囲にいる人なんて寮監先生達しかいないじゃないですか。所詮はあの年で男の子に囲まれる生活してる人達に女の子を見る目などある筈がないのです。そこは私達をよく知ってるうちの家族に聞かないと」
「ヴィーリンさんとか?」
エインレイドがマーサの名を挙げたが、マーサは駄目だ。マーサはアレンルードに甘すぎる。
「そこはうちの祖父母ですよ。女性はどうしても手のかかる子の方が可愛く思えてしまうのです。だからそっちには聞いちゃ駄目です」
「それってさ、アレルが猫かぶりしてるから手がかからないって思われてるだけじゃない? アレル、ヴィーリン夫人の前だととっても聞き分けがよくていい子だよね? いつもはみんなどころかレイドにも偉そうなのに、ヴィーリン夫人がいるととっても素直だよね?」
マルコリリオが真面目そうな顔を作ろうとしながらもぷくくっと笑い出してる変な顔で口を挟んだ。
「見てて可愛いよね。僕はああいうアレルが猫をかぶって甘えてるとこ、ちっちゃい子みたいで楽しいよ」
「ね、猫をかぶっているわけではないのです。私は大人を心配させないようにこれでも努力しているのです」
「努力なんだ」
そうなんだねとエインレイドが頷くけど、本当に信じてるのかどうかが怪しい。
「可愛いからって騙されちゃ駄目だよレイド。アレル絶対努力してないよ。ダヴィだって言ってたもん。アレルは外面詐欺師だからそこは心をきゅっと引き締めて、これを凶悪そうな男の上級生が言ったことならどう思うか考えれば客観的にジャッジできるって」
「これだから狡猾ダヴィは。そこは凶悪そうな男子上級生じゃなくて、とっても素敵で憧れちゃう年上のお姉様でしょ。坊やはこれだから困っちゃいますね」
外見だってひとつの武器だ。見た目や表情がもたらす印象が時に一つの波紋となる。
私だって何かと留守がちな父に対して、居場所なんて書かなくていいから留守が長い時にはせめてお手紙ぐらい欲しいなって思うし、短くても通話通信ぐらい入れてくれればいいのにって思いもする。その程度の余裕もないとは思わないけど、そこを指摘しないのは父が好きだからだ。だって手のかかる子だなって思われたくないし、帰宅したら誰よりも愛されているからそれで我慢するしかない。
ああ、その微笑一つで私を黙らせる父は残酷な愛の犯罪者ね。それでも私は許してしまう。だって好きだから。
ゆえにまだまだ青い坊や達が、愛のスキルを重ねた私に翻弄されてしまうのは仕方ない。
「誰が狡猾だ。先輩方と一緒なら無茶はしないだろうと思ってたら、全くもう。僕とディーノだって今日は自宅に戻ってくるように言われてるんだからな」
「全くだ。男子寮ってこんなに平和なのかって思ってたら、勝手に外泊届けまで出されてたんだぞ」
私の言葉を聞きとがめたのか、上級生達と一緒にいたダヴィデアーレが振り向いた。話もひと段落ついたのか、ぞろぞろと近寄ってくる。
うんうんとべリザディーノが、ダヴィデアーレに向かって頷いていた。
みんなの表情からして、私をどこかの茶会に招待するというのは諦めたのだろう。いいことだ。私は大公邸の厨房で色々なデザートを作ってもらう今がとても楽しい。わざわざ外に行きたくない。
「二人の帰宅予定がどうして私のせいになるかなあ。それを被害妄想って言うんだよ」
「誰が被害妄想だ。ま、今回はお前がいて令嬢一人も守れないのかと言われないですむのが救いだ。何も知らないくせに、偉そうにお前の体は飾りかよとか兄に言われるのはムカつく」
「大変だな、ディーノ。うちみたいに、女の子の機嫌取りしてるのが似合いだとか言われるよりマシかどうか知らんが」
「ちょっと早く生まれただけでな」
「それだよ」
どこも兄弟問題はあるらしい。うちの兄も妹を手下呼ばわりしてくる。
弟妹とは時に不条理な立場に置かれる被害者だ。分かる、分かるよ。分かるけど私のせいにしちゃダメだ。
「二人共そう落ちこまないでよ。女の子の機嫌も取れないなんて所詮はモテない人生歩んでるんですね、僕の方が兄上よりも魅力的なのは僕の罪じゃありませんって言ってあげればいいんだからさ。ちゃんとモテてるって言われたら、それは男性的な魅力じゃなくてお金の魅力に媚びを売られてるだけですねって言い返してあげればいいんだよ」
「アレル、味方してくれる気持ちは有り難いんだが、うちの兄が愚か者認定されたようで僕は複雑な気分だ」
「あのな、ビーバー。普通の家で後継者な兄に喧嘩を売ったら弟の未来は閉ざされるんだ。同じ息子であっても後継者かどうかで全ては天と地だ。親だって次男坊以下は役立つ存在であることしか望まない」
「・・・そーなんだ。まあ、王子様と一緒なら少しは役立つ情報ぐらい取ってこいって言われちゃうよね」
「学校に通ってる王子にそんな情報とかはないからそれはないんだが、・・・僕もディーノもアレルが狙われているのに気づいてなかったのはどこまで腑抜けなんだとは言われたな」
貴族は大変だ。
その点、私はミディタル大公家預かりだから一安心。
それに祖父と叔父、そしてフォリ中尉からも、昨日の判断そのものは間違っていないと言ってもらえた。
私の話を聞いた王妃とミディタル大公妃は、フォリ中尉との結婚という夢に破れた貴族令嬢に複雑な気持ちを抱いてるけど、こればかりはどうしようもない。
二人は当時の王子妃という地位をゲットした勝者側だが、それゆえに敗者のやらかすレベルを理解もすれば、本質的には理解しかねる立場でもあった。
敗者の気持ちを勝者が完全に理解することはない。それでいて何かが違っていれば勝者もまたその敗者側だったのだ。悔いを残したくなければ、全力で勝つしかない。
「大変だね、二人共。僕はアレルが母上とよく会ってるし、ガルディ兄上がアレルなら何をやらかしてもおかしくないって父上にも報告してるから何も言われないけど。どっちかっていうと、今度は何をやったのかって面白がってる」
「そう聞くとアレルってば本当に凄いお嬢様だよね。うちは僕が男子寮に入っちゃったからかえって気楽みたいだよ。男子寮にいるならもう子供のことは何も分からないってことですませられるもん」
貴族ではない二人にとって男子寮は避難所と化していた。
「リオも大変だよな。うまくやればご両親の商売にもメリットが出てくるんだろうが、大抵は情報だけ取られて利用されるのがオチだ。役に立たないと思われてる方がまだお父上にとっても長い目で見て一番いいと思う」
「うん。それダヴィが教えてくれて助かった。なんか無茶な要求を押しつける気だったみたいで、うちの親もほっとしてた。ばあやもね、やっぱりダヴィはしっかりしてるんですねって言ってたよ」
「実際、言うことを聞かせる為なら人質もあり得るんだよ。言葉は悪いが、子爵家令嬢の雑用係してるってぼやいてるぐらいでちょうどいい。事実はどうであれ、対外的にはそうしとかないと面倒だぞ」
狡猾すぎるダヴィデアーレは私の名誉が地に落ちることを全く考えていない。少年達の友情は麗しいかもしれないが、時に身勝手だ。
まるで私一人が我が儘なお嬢様のようだよ。
「雑用係ねぇ。それを言ったら僕達全員、アレルの雑用係だよね。たしか父上も僕がお茶の用意もマスターしたんだよって言った時、それは何かの役に立つのかいって言うから、王子としての身分を隠して相手を観察して本性を見抜く修行らしいですって言ったら大笑いしてたよ。それはいいようにアレルの雑用係をさせられてるだけだろうって」
「言える。ビーバー最強伝説な」
「ひどすぎる。私はみんなが将来女の子の好感ゲットしてく人生の為に協力してあげてるんだよ」
「あはは。うん、感謝してるって。アレルといるとホント楽しい」
様々な令息令嬢達から熱い視線を向けられた挙句、変装して校内逃亡中のエインレイドだが、このことでどうやら自分は従兄よりはマシみたいだぞと安堵し始めている。
自分のせいで私が狙われたとショックを受けていたエインレイドだけど、誘拐騒動はフォリ中尉が原因だったと知ってからは観察者気分に移行してしまった。
マルコリリオもアレンルードに相談し、自分が安全圏にいることが一番みんなの足を引っ張らないことだと理解したそうだ。
そこへ上級生達が声をかけてくる。
「ところでアレルちゃん。あの前に会ってた方は結局どこの国の方なのかな? さすがに教えてくれてもいいと思わないかい?」
「あそこまで共通語を使って礼儀正しく対応できてたんだ。アレルちゃんは立派だったよ」
同じ上等学校生でもここまで年が離れていると余裕が出てしまうのか。先輩達も、私達のことはちょっと子供がはしゃいでるぞって感じで扱ってくる。
ベリザディーノやダヴィデアーレの愚痴も、どこの家もそれはあるよなって感じで頭を撫でていた。血縁関係はなくても、同じ学校に所属していることで身内感がちょっと出てしまうのかもしれない。
一年生のぼやきなぞ歯牙にもかけず、そんな彼らが気にしているのは大人の世界の情報だ。
「ありがとうございます。そしてごめんなさい、先輩方。昨夜お城で、国王陛下にお伺いを立てて指示を頂いてからじゃないと何も言ってはいけないって言われてしまったんです。あれは見なかったことにしてください」
「あちゃぁ、もう指示が入ったか。それならもう何も聞けないな」
「立ち去られた後のことでよかったさ。さすがに外国の賓客の前であれを見せたらしゃれにならなかった」
「それだよ。本当にぎりぎりで運が良かった」
「アレル、誰かと会ったの? 父上からの指示がないと言えない国の人って、・・・え? 図書館で会った人なんだよね?」
昨夜、彼のことをみんなの前で話せなかったのは状況が分からなかったからだ。エインレイドに話す前にまずはフォリ中尉に状況を聞き出そうと思ったら何も言えなかった。
それで良かったらしい。
彼が名前を出したぐらいだから知り合いだろうと思いきや、フォリ中尉はなんと彼のことを知らず、会ったこともなかった。
だけどフォリ中尉が私のことを動物扱いしていたのは事実だ。なぜ彼がそれを知っていたのか。それはうちの父から彼に伝わったのではないかと、そこでフォリ中尉から指摘されたのである。
その際、祖父と叔父が不自然に黙りこくっていたから王妃と大公妃とフォリ中尉と私の四人がかりで聞き出そうとしたところ、時々うちの父は外国人を入国させているらしいことまでは教えてくれた。
隠れ蓑としてウェスギニー家に縁ある立場での身分書類を作り、こっそり国王や各専門分野の責任者と対面する機会を作ることは十分にあり得るそうだ。
その後はその人を欲しがる部署が対応するので縁は切れると、祖父は言った。一時的な身分なので、その名も使い捨てらしい。
父の職務上、その外国人を部下にすることはまずないが、目を離すことないようにと国王が命じたか、何らかの理由があったら可能性はゼロじゃないとも。
外国の王族がサルートス王国の子爵の部下やってたら駄目じゃないのって思ったし、フォリ中尉もそんなことがあり得るのかと眉間にしわを寄せてたけど、王妃と大公妃はなるほどって頷いていた。ウェスギニー子爵家は係累が少なく、女主人が不在で子供達も未成年とあって自由度が高いから可能なのだろうと。
もしかしたら国王のみが知るトップシークレットの一つかもしれないということで事実確認するまでは口外しないようにと言われた。
私がもらっていた許可のことをミディタル大公夫妻もフォリ中尉も調べるまで知らなかったように、国王だけが知る機密事項は多岐に渡る。
(フォリ先生は、今はこの国に匿われていてもいずれサルートスが後ろ盾になって帰国する密約があるのかもしれないって言ってた。フォリ先生が何も知らないってことは、まだ臥竜たる状態に甘んじているんだろうって)
私に声をかけてきたのも、そんな自分の現在にいら立ち、こっそりミディタル大公夫妻やフォリ中尉と顔繋ぎしてもらう為に私を利用する前段階って奴だったのかもしれない。
フォリ中尉は、彼がそう私を誘導しなかったかどうかも尋ねてきた。私が利用されるのであれば見過ごせないからと。
それって私を使い捨てる為に近づいてきたのかなって悲しくなった。
よくよく考えるとマイシロップまで用意していてとっても自由だったけど。悲壮感がないっていうのか、私以上に馴染んでいたけど。
(しかもあの人、最初は身分を隠してた。利用するどころか、私が守られてたよね。普通なら父こそ売国奴、外国人をスパイとして潜入させる手先となっている・・・ってことになりそうだけど、お祖父ちゃま、それはないって言ってたし)
外国と通じてるんじゃないかといった疑いは大公妃も抱いたらしいけど、
「フェリルドが不定期ながらも王城に顔を出す理由はあるということでしょう。アレナフィルの許可にしても普通のルートではあり得ぬこと。陛下が全てご存じであれば当方も何も疑問を抱くことなく受け入れるだけです」
と、祖父は言った。
続いて叔父も、
「兄は言葉が足りぬことが多々ありますが、それだけ口外できぬことが多いのだと理解しているつもりです。無理に聞き出そうとして嘘を告げられるぐらいなら、その時は疑問を抱いても受け入れるようにしております」
と、父を庇った。
まあね、うちの父に国を裏切ってどうこうしようという熱情はない気がする。
(どっちかってっと貧乏籤かもね。平民一人を亡命させるなら適当な住まいと生活費だけでいいけど、王族や貴族とかだとそれなりに高い家具のついた住まいと身の回りの世話をする使用人が必要になるし、生活費だって平民とは比べ物にならない。だからお祖父ちゃまが言うところの嘘ばかりの金食い虫だったのかも。・・・・・・もし、ここでうちの父を売国奴ではないかと騒ぎ立てた日には、サルートス国王が秘密裏に長い年月と人材と資金を投入していた計画が潰れかねないってことだ)
あの人の持つカリスマ性を考えたなら、本当に表に出さずに匿われているから何も起きていないんだと分かる。
うん、サルートス国にとって危険な思惑があるとは思えない。それに彼はオーバリ中尉のことも知っていたし、やっぱりうちの父ががっちり関与してるよね。
そうなると事は単純でくだらないものかもしれなかった。
(何といっても絡んでるのがパピーだもん。大公妃様も呆れてるぐらいだし)
なんかうちの父に関して私の悩みは常に別方向を向いてる気がしてならない。勇気を出して父に確かめてみたら「へ?」なことが多すぎる。
思えば幼い娘の人格がいきなり外国人に変わったと気づいていても「言いたくなったら本人が言うだろう」と十年放置。
心は他人な親子関係に私が悩みまくって再婚予定を尋ねれば「お前が私の最愛の恋人だろう?」と未来の自宅譲渡を約束して終了。
フォリ中尉やネトシル少尉達とのサンリラ旅行は政略結婚前の見合い的なものだろうか、やはり貴族令嬢としての義務を私も果たさなくてはならないんだろうかと悩んでたら「あいつらはただの虫よけだが?」な人だ。
子爵家の当主が、王族な大公家や高名な侯爵家を虫よけネット扱いしてもいいんだろうか。
そんな父に期待などしていない祖父と叔父は、私が誰と婚姻関係を結んでも対応できるように動いていたらしい。二人に言わせると、父の考え方はちょっと普通じゃないそうだ。
優斗との婚約に関しても、うすうすは家族だということに父は気づいていて、「うちの娘、なんか無茶なこと言い出してる。ま、打ち明ける勇気が出るまでは付き合ってやるか」な気分だったらしい。
信じられないことに、うちの父はどれも自分の娘をよしよしとあやしているつもりだったってことだ。ほとんどおままごとのレベルで。
(私の苦悩って何だったの。もしかして最初から相談しておけば何も悩まずにすんだとかいうオチ?)
愛されている。それは分かる。
愛しているという父の言葉に嘘はなかった。それだって痛い程に分かった。
そんな懐の広い愛情が広すぎて理解できない。苦悩していた私の時間って何だったんだろう。考えると虚しくなるから、もう父のことは置いておこう。
今は彼のことだ。
さて、ここはエインレイドになんと説明するべきか。
(レイドだって王子って立場だもん。悩ませない方がいいよね。色々と考えちゃって誰かに相談したら、今度は機密情報が漏れかねない。レイドにとって頼りになる人が、パピーにとってはそうじゃない可能性は高い)
それでもあんなお茶目な人だし、うちの父が絡んでるなら深刻に考えなくてもいいのかもしれない。よその国に来てマイシロップなんてカフェに置いてる人だもん。
強気でいっていい。
「ふっふっふ、まあ聞いてくださいよレイド。昨日、偶然図書館でとある国の方にお会いしたんです。だけどガルディアス様に尋ねたら、外交が絡む以上、国王陛下に確認してからじゃないと何も言ってはいけないって言われたんです。もしもまた会うことがあったら紹介しますね。私も会ったのは初めてですけど」
「初対面でどうして紹介しようって話になるのか分からないけど、そうなんだ。外国人はけっこう来てるけど口止めされたなら何かあるんだろうね」
その相手に危険性はないのかという表情を浮かべ、ダヴィデアーレが眉根を寄せたのが分かった。
だけど私は気にせず続ける。
「そうみたいです。それで教えてもらったんですけど、レイドも私的な外国旅行なら小貴族の息子って仮の身分で出入国できるそうです。勿論、訪問国の上層部にはトラブル時の迅速な保護目的で正しい身分を連絡しますが、公的訪問挨拶とかしなくていいみたいです。場合によってはその訪問国の権力者の縁者という仮の身分を作ってもらえて便利らしいですよ。各国の王族ネットワーク対応ですね」
「え? それって・・・」
「ええ。だから国王陛下か担当の方に確認するまで何も言うなって」
「そういうことなんだ。そっか。だから父上に確認するんだね。対応の仕方によってはこちらが国として謝罪しなくちゃいけなくなるから」
上級生達も、なるほどといった顔になった。
素性を教えてはあげられないけど、それなら「外国からの賓客が身分を隠して滞在中」というだけのことである。
ちやほやされたければ公式に訪問すればよく、つまりは仮の身分を使ってのびのびと外国で羽を伸ばしているだけだと。
「その通り。さあ、レイド。昨日は大活躍だった私の為に、今日からみんなの前でいちゃいちゃしましょうね」
「うーん。かえって逆効果な気がする。いちゃいちゃって何をすればいいわけ?」
「決まってるじゃないですか。みんなの前で私が『王子様ったら世界で一番素敵ですわ』とか言うから、レイドも『君より可愛い子はいないよ』とか言ってくれればいいんです。あとは手を繋いでウフフ、アハハと微笑み合いながら歩きましょう。リオ達もそんな私達を『なんてお似合いなんだ』とかやってくれればいいですからね」
しかしクラブメンバーは浮かない表情だ。
「なあ、ビーバー。今、自分が世間からどんな目で見られてるか知ってるか? 凶悪女子生徒がその戦闘能力でエリー王子を脅して自分に傅かせているとかいう噂が広まるだけだと思うぞ」
「それこそ悪の子爵家令嬢から囚われの王子様を助けようという義勇軍が学校内で結成されるかもな。さしずめ僕達は凶悪な子爵家令嬢の軍門に下った伯爵家子息といった役割か。ネトシル侯爵家もそれに加わったら、あとは公爵家と男爵家でファイブカードだ」
「そして僕はみんなの雑用係なんだね。五枚の中に入りきらない捨てカードだ」
「リオ、カード強いよね。今度はもっと種類が多いのやってみたいな。僕、あんなに自分がカード弱いと思わなかったけど難しくなればなるほど楽しいってガルディ兄上が言ってた」
「カードは運だもん。僕だって次は負けるよ」
男子寮で何を覚えてきてるかな。その内、賭博にはまらなければいいけど。
「だっれっがっ凶悪令嬢っ。私はっ、あくまでっ、王子様と仲良くラブラブでっ、みんなからの妬みを向けられる心優しきお嬢様なんだよっ? そんな私をみんなが守らなくてどうするのっ」
「それ以前にビーバー、既にミディタル大公殿下がおられるだろ。ファイブカードどころかストロンゲストカードでゴールだろ。お前さん自体プリンセスカードぶっちぎってデビルカードじゃないか。他のメンバーが持ってる一番強いカードを無理矢理捨てさせる最悪カードのくせして誰が守る必要あるんだよ」
「ディーノ、仮にも子爵家の令嬢だ。せめてナイトメアカードにしとけって。あれも有力カードを捨てさせる嫌がらせカードだがデビルはひどすぎだ」
「ナイトメアって陰険すぎないか?」
「ぴったりじゃないか」
「・・・そうか? そうかもしれない」
ダヴィデアーレとベリザディーノはどちらがひどいかを話し始めたけど、どちらも違うと思う。
私はエンジェルカードかフェアリーカードだよ。
「そういえばアレルの誘拐事件、ガルディ兄上を激怒させて人事刷新になったって話だったっけ。たしかにデビルかナイトメアって感じだよね」
「頑張ってね、レイド。きっと勇敢なお姫様がアレルの魔の手から助けてくれる・・・かなぁ。アレルより強い女の子っているのかな。もうそのまま囚われの王子様してた方が平和なのかな」
「それって僕、カードでフリーズかけられた状態ってこと? 折角だから今度はアレルも一緒にカードやろうね。寮だと余ったお菓子とかもらえる人、カードで決めるんだよ」
「凄いよね。僕、あそこまでヒートアップするって思わなかった。しかも全員強制参加」
「僕も最初は要らないからって言ったんだけど、そういうのは駄目なんだって。結果に対して卑怯なことを後出ししないルールを守るのって大事なんだってさ」
「カードゲームはいいですが、それよりもここは私に全面協力を誓うところですよ、レイド」
「ああ、うん。みんなの前でイチャイチャ・・・うん、頑張るけど、・・・必要あるのかなぁ」
別にこれは秘密と言う程のことではない。
聞いている上級生達も家との兼ね合いがあるだろうが、これでエインレイドといちゃいちゃしているのは令嬢達からにらまれない為だとひそやかに噂が広がることだろう。
(なんで私がここまで苦労しなくちゃいけないのかな。だけどもう変装は意味ないし、ここは打って出るとこだよね)
家族や友達からの愛はあると思う。みんなが私を大事にしてくれてるって分かってる。
それでも問題がないわけじゃない。
父の愛情はちょっと行動と解釈の方向性が間違っているし、祖父母と叔父は令嬢教育という言葉に振り回されているし、エインレイドを取り巻く大人達の行動はどこまでも身勝手だ。
私一人が苦労人だよね。
いつか権力を握った第二王子様から利子をつけて感謝代金を取り立てよう。そして私は一生を平和に過ごすのだ。
そう決めた。
(ルードがずっと行きっぱなしってのが気になる。優斗、今からルードの懐柔に入ってるんじゃないかなぁ。センターの人達に根回ししてそう)
さすがに双子の兄を排除はできないと、かつての弟も理解はしているだろう。だが、あの弟は少年時代に姉の周囲にいた様々な男達を排除してみせた悪魔だ。
あのかつての弟を黙らせるには国家権力が必要な気がしてならない。
ミディタル大公ばかりかサルートス国王まで興味津々になるようなウミヘビのフィッティングなんて、それこそ技術者達にどこまでサービスさせてるんだろう。
国家権力を使ってかつての姉を取り戻す根回しの一環じゃないと信じたいけど、あの子だけは信じられない。
ああ、どうしてまともな愛が私の周囲には存在していないの。歪んだ愛は要らない。普通に、まともで、当たり前の愛が欲しい。




