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66 新たなる可能性を秘めた夕食



 特集速報を見終えた私は、髪を染めていない貴婦人(推定王妃様)と一緒に食堂へと案内された。淡紫の花色(ライラック)の直毛を結い上げた貴婦人(推定王妃様)は、やはりエインレイドと同じ髪の色だ。

 フォリ中尉はこのところずっと男子寮ではなく王城にいたそうだ。今頃はエインレイドが寂しがってるかもしれない。


「レイディ、いつも一人でお食事なのですか? 寂しくなりませんか? そういう日は大公邸なら人も沢山いて大公妃様も喜ぶと思います。レイディがいらしてくださると頑張る気持ちが湧いてくるそうなんです」

「まあ、嬉しいわ」

「アレナフィル嬢。お前は自分がいる場所が常に世界の中心だと思ってるかもしれないが、こちらのお方はそもそもここにいるのが当然のお方だからな?」

「だって狭いお部屋で一人だらだら寝転がって本を読みながらポテトチップス食べるのなら気楽生活ウェルカムですが、こんな広くて豪華なお城で一人のご飯は寂しいです」

「お前の比較は全てにおいておかしい」


 その夕食は貴婦人(推定王妃様)とフォリ中尉と私の三人だった。

 警備棟のマナーレッスンで見た顔がちらほらいたけれど、お茶会レッスンではないので、あちらはあくまで侍女として控えている。レッスンの時は貴婦人役だったから同じテーブルを囲んだけれど、今はお仕事中なのでお世話係というわけだ。


「アレナフィルお嬢様、どうぞこちらへ」

「はい、ありがとうございます」


 とても広い食堂は天井や壁にも美しい絵画が飾られていて、とても華やかな気分になる。そして美味しそうな食事が一皿ごとに給仕されてくるのだ。

 本日の夕食はロンスヘイ国風の料理らしい。野菜を淡白な味付けで食べることが多い国らしいけど、火の入れ方で旨味を引き出すそうだ。

 運ばれてきたスープは緑色をしていて、私なら牛乳やジャガイモを使ってマイルドなポタージュのやわらか緑色なのに、このスープはまさにビビッドな緑だった。生野菜の緑にしか見えない。それなのに火が通っている。


「うわぁ、本当にお野菜って味がしますっ。だけどお城のお野菜ってそれだけで美味しかったですよねっ。あれ? そうなると真似っこしても美味しくならないかもしれない・・・? これ、普通のマーケットで売ってるお野菜で作っても、私じゃそこまで美味しくないかもしれないです。だってお野菜の火加減がとってもぎりぎりで攻めてて、まさにこれって感じがしますっ。私だとここで止められるかなぁ。なんか火を通しすぎる気がします」


 所詮、私は家庭料理しかできない人間だ。プロには敵わないことを知っている。

 さすがはお城の料理だと感動せずにはいられなかった。

 

「厨房が頑張ったのよ。ロンスヘイ料理はどうしても好きじゃない人が多いの。だけどこれなら美味しくできたというので今日出される予定だったのよね」

「なんてタイムリーッ。良かったですねっ、ガルディアス様っ。今日はツイてますっ」

「今日、ツキなんてあったか?」

「あるじゃないですか。レイディとだけの食卓だからお淑やかに食べなくても大丈夫っておっしゃっていただけてるんですよ。そしたらもうこの感動をみんなで分かち合えるじゃないですか」

「・・・お前は食べたら本気でそれまでのことは忘れるんだな」


 何十人も座れそうなテーブルだったけど、家族用の小さい食堂だから気楽に食べなさいと言ってもらえて、私は一皿ごとの美味しさを堪能していた。

 令嬢教育の一環ならそういう感動を顔に出すことなくお淑やかに頂かなくてはならない。そしてあれこれお喋りもしてはならない。あくまでほんの少し語る程度だ。

 お城ってどこも本当に無駄な広さがあるよね。普段暮らしているおうちのコンパクトさと格差を感じる。


「ふふ、夫もアレルちゃんとお喋りしてみたかったみたいだから悔しがっちゃうわね。いつもは夫も一緒なのよ? だけどガルディの私邸に出かけているの」

「ガルディアス様、ここにいるのにお出かけなさったのですか? そしたら家主不在でお戻りになるしかないのでは? それなら待っていた方がいいんでしょうか」

「ディオゲルロス様がずっと入り浸っておいでだから興味津々で出かけてしまったのよ。そうなるとここが困るでしょう? だからガルディをこっちに呼び戻したんだけど、・・・いつお戻りになるのかしらね。昨日から出かけたままなのよ」


 夫というのは国王陛下のことだと思うけど、言われてみればずっとミディタル大公の姿を見ていなかった。

 あれ? もしかして・・・。


「それって・・・」

「ウェスギニー大佐とオーバリ中尉、ネトシル少尉も私の邸に詰めている。まさに通訳が(てん)手古(てこ)(まい)だぞ。誰でも使えると言いながら、あそこまで細かく調節すればする程、使いやすくなるとあればな。ファレンディアの兵器はその購入権だけでもかなりの大金が出ていくだけにうちは見送っていたが、予算増大して取引開始できないのかと言い出す者も出ている。今、レスレ川の一部を閉鎖してフィッティングしているが、関係ない奴らまで一度試させてほしいと列をなしてる有り様だ」


 そうか。やっぱりセンターのウミヘビが届いていたのか。

 あのバッタ品だってみんなが楽しく遊んじゃうぐらいだったんだし、本家本元の製品になれば誰もがウッホホーイ状態だよね。

 だって気分はお魚さん。水の世界は私の世界になっちゃう。


「あー。道理で大公様、最近見ないなと思ってました。そうなるとガルディアス様の分は大公様にかなりフィットしちゃいますけど大丈夫ですか?」

「・・・もう諦めてる」


 二人で使えるように合わせてもらった筈だけど、一人だけを前にして最終調整していくとなれば、やっぱりその人にこそジャストフィットとなる。

 フォリ中尉の顔は、なんだかもう悟っていた。


「負けちゃったんですね」

「ガルディは優しい子だから、結局はディオゲルロス様に譲っちゃうのよ。だけどアレルちゃんがクラブルームに置いてあったでしょう? それをガルディが持っていかせたのね。どうやら改造してくれたみたいよ」

「あれ? てっきりうちの兄が持ち出してると思ってました」


 貿易都市サンリラでゲットしてきた二台は学校に置いてあった。いつでもアレンルードが遊べるようにと思ったからだ。

 だってアレンルード、もう少し体が成長したら水上ボートに乗って戦う球技にも手を出すつもりだもん。それなら水泳にも慣れておいた方がいいよね。水に潜ってるだけでも肺活量は鍛えられる。


「アレンに持っていくように言ったんだ。ウェスギニー家を妬む奴もいる筈だが、そこの息子があまりにも劣るものしか与えられていないと分かればそこまで嫉妬もしないだろう」


 今回運ばれてきたであろうウミヘビと違い、攻撃能力も酸素供給装置もついていない代物だ。嫉妬はされない。うん、たしかに。


「遊ぶのならあれぐらいでいいと思うんですけど。あ、それでユウトは来てないですよね?」

「お前さんの結婚詐欺被害者なら来てなかった」

「ガルディの中では詐欺被害者なの? 私、その方をちょっと見てみたかったわ。だってフェリルド様がいい人だと話していたもの。婚約を解消してもお友達付き合いは認めてあげたいって。アレルちゃんは本当に皆に愛される子ね」

「ありがとうございます、レイディ」


 そうなのだ。やはり正しい評価は気持ちがいい。


「そうやって庇ってもらえるからそこのトリ頭が反省しないんです。今回だって皆が見ていたというのに、貴族夫人及び令嬢に向かって、自分は王族に取り入る必要などない、全ての男は自分の機嫌を取る為に存在するんだと豪語したんですよ。どれだけの人数があの言葉を聞いたやら」

「あらまあ。アレルちゃんったら大きく出たわね。ふふ、でもアレルちゃんはみんなに可愛がられてるし、間違ってはないわよ。いつだってみんながお菓子を貢いじゃうもの」

「面白がらないでください。しかも何故か私を巡る恋のさや当てのような話になってるのだから迷惑もいいところです」


 いやいや、無関係な顔しないで。あの令嬢って二人共フォリ中尉狙いだよね?

 男の言い訳って本当にずるいんだからイヤになっちゃう。


「それぐらい協力してあげなさいな。アレルちゃんは本当に退屈しないわね。でもね、アレルちゃんにしては珍しいんじゃない? アレルちゃんはそういう恋愛沙汰からは逃げる子だと思ってたわ」


 毎朝のマナーレッスンでお喋りしていたせいか、貴婦人(推定王妃様)は私の考え方を把握している。

 第二王子エインレイドの恋人を巡る貴族令嬢達の戦いから身を守る為、私はどこまでもアレンルードを装っていた。もう無効化されちゃったけど。


「そうしたかったのですが、仕方ないのです。だって先輩達、私を庇っちゃって、だけどあの女の人達と先輩のお母様方のお付き合いもあるみたいだったし、そうなると母親が社交界で村八分状態になって泣かれる可能性がありました。女同士の社会は男とは違う厄介な世界です。それならもう私が悪者になった方がいいじゃないですか。あそこまで私が偉そうにやった以上、私を庇って連れて行かせないようにしたって主張すれば恨まれることはないと思います」

「お前な、まるで一人で全てを背負ったようなこと言ってるが、(あらかじ)め上級生達に自分が合図したら即座に離れろと先に指示してただろ? 最初からアレやる気だったろ? 予定通りに服ビリビリにしといて何をいい子みたいな話にしてるんだ? 堂々と王城で表現詐欺をやらかすんじゃない」


 そんなことはない。私は一人で皆を守る為に立ち上がった勇者だ。どうしてそれを責められなくてはならないのだ。


「ガルディアス様だってあれでとっても株上げたと思います。全ての悪評を背負った私だけが可哀想です。そんな私には特別サービスしてくれてもいいと思います」

「全然上がってないんだが? なんで俺がお前の正義感に負けたという話になってるんだ?」

「その方が私の可愛さにメロメロとかいう話より高潔なイメージが出ていいじゃないですか。しかもエインレイド様を大事にしてるってアピールできたし、きっとなんて素敵な従兄弟(いとこ)愛ってことで感動してもらえた筈なのです」

「イメージアップも感動も、お前さんのやらかしたドレスバラバラ事件で吹っ飛んだっつーの。誰も覚えとらんわ。皆が覚えてるのは下着の色ぐらいだろ」


 そうかもしれない。


「そういう一面はあるかもしれません。・・・いえ、こほん。というか、エインレイド様じゃなくてガルディアス様狙いの人達のせいで私ってば誘拐されたわけですよね? 最初のヴェラストールのあれってばそういうことですよね? それならトントンどころか、私こそ貸しがあると思うのです」


 てっきり一緒にいる第二王子エインレイドとの仲を羨まれたがゆえの誘拐だと思いきや、やはりいつ結婚発表があってもおかしくない大公家の跡取り息子が原因だった。

 賢い私はそれに気づいてしまった。

 そこを指摘すればぽりぽりと頬を掻く元凶がいる。


「言っておくが、お前があのアホ護衛共を挑発しなければあの誘拐はなかった」

「そんなの先延ばしにしかならないです。違う時に誘拐されただけじゃないですか。それにエインレイド様、第二王子だから王位継承権的にも大して価値ないって聞きましたよ。第一王子様の継承権が強くて、しかもその第一王子様が恋人も作らずエインレイド様を溺愛してるって。エインレイド様に髪一筋の傷でもつけようものなら第一王子様に殺されるから誰も手を出さないって。その第一王子様は恐れ多いとして、大公家の一人息子様狙いがヒートしすぎて、私、それに巻き込まれただけですよね? 私が狙われたの、エインレイド様関係ないですよね?」


 これは由々しき事態である。まさか第二王子エインレイドが対象外扱いだったとは。

 エインレイド狙いの令息令嬢達は児戯レベルだったらしい。


「誰もが王族なんだから一緒だろ」

「一緒じゃありませんよ。そんなことならエインレイド様とウソっこラブラブしておくんでしたよ。そしたら私、狙われなかったのに。身分はエインレイド様の方が高くても、今狙われてるのがガルディアス様なら私ってば危険な方へ危険な方へと飛び込んでしまってた無力で哀れな被害者じゃないですか」

「あのなあ、学校内では俺なんぞよりエリーだろ。そりゃ誘拐はされなかったかもしれんが、そうなると学校の廊下で足を引っ掛けられたり、偶然お茶をぶっかけられたりはあっただろうよ」

「それは困ります。その時は足を踏んづけて、お茶は相手にぶっかけ直さなくては」

「やめんか、この反撃ムスメが」


 だってもう目立っちゃったんだもん。まだ目をつけられていなければこそこそと逃げることを選んだけど、もう目立ってしまったなら逃げようがない。それなら和臣の言う通り、先制攻撃あるのみだ。


「ほほ。アレルちゃんは本当に分かりやすくて楽しいわね」

「そうなんです、レイディ。それでこの緑のスープ、とっても美味しくて栄養たっぷりな気がします。後で厨房にレシピを尋ねに行ってもいいですか? クラブで作ることができるなら作ってみたいです。生の葉っぱを絞るのもいいですが、こういうのもよさそうな気がします」

「勿論よ。・・・あなた達」

「かしこまりました。それではアレナフィルお嬢様、レシピを厨房に尋ねて、学校で作ることができるようにまとめさせますね」

「ありがとうございます。さすがに出汁とかはもう真似できないので省略するところは省略したいです」


 薄味だから、きっと優斗にも嬉しいだろう。ウミヘビのフィッティングに優秀な人達を寄越してくれたんだろうし、行った時にはサービスしてあげたい。

 そんなことを考えていると、なんだかバタバタという騒ぎが響いてきた。


――― お待ちくださいませっ。

――― いいからどこにいるんだっ。

――― ちょっと、そう慌てなくてもアレルだぞ?

――― こんな所まで入りこんでもいいわけっ?

――― まずいに決まってるだろっ。レイド落ち着けっ。

――― ですから無事でございますっ。

――― まずは安否確認をさせてさしあげて。エインレイド殿下はとても心配なさっておいでなのよ。


 扉が分厚いので、色々な人の声が混じっているのは分かるんだけど、会話が聞き取れない。

 もしかして何かトラブルでもあったんだろうか。お城は常にフル稼働なんだね。

 そんなことを思っていたら、乱暴に食堂の扉が開けられた。


「アレルッ」

「先触れも無しに申し訳ございません、王妃様。エインレイド様をお連れいたしました」

「あ、レイド。それに大公妃様」


 立ち上がって迎えようとしたら、エインレイドの方が早い。

 私はぎゅっと抱きしめられていた。


「レイド?」

「・・・アレル、怪我はないよね?」

「怪我? なんで? どしたの、レイド。やっぱりおうちが恋しくなった? ご飯食べた? 今日のお城のスープってばとってもヘルシーなんだよ。フォ・・・ガルディアス様はなんだか野菜料理かよって感じでもさもさ食べてるけど、これは絶対クラブにジャストなメニュー、そんな気がする。絞り汁より加熱されて甘味が出てるのにどこまでもフレッシュ」


 やはり今日はツイてる。この感動をクラブメンバーとも分かち合えるとは。

 全ては私の日頃の行いが良かったせいだろう。


「何それ。信じらんない。母上、ガルディ兄上、どうして僕に何も知らせてくれなかったんだよ」

「なんでいつでもコレだよ。どうしてあんなニュースになってるんだよ」

「そんな気はしてたよ。・・・お騒がせいたしまして本当に申し訳ございません。非礼を幾重にもお詫び申し上げます、王妃殿下、ガルディアス殿下」

「すっ、すみませんっ。本当に申し訳ありませんっ」


 お怒りモードでプンプンしている王子様はともかく、クラブメンバーはげんなりした顔だ。


「どうか私をお叱りくださいませ、王妃様。無事だと報告は受けておりましたが、やはり自分の目で確認したいとおっしゃるものですから同行いたしました。申し訳ございません」

「まあ、叱るなんてあり得ないわ。ここを離れられなかったから来てくれて嬉しいの。エリーもあの特集を見てしまったのね。トレンフィエラ様、それにエリー達も食事はとったの?」

「食べてる途中で出てきたんだよ。叔父上の所に行ったら、アレルまだ戻ってきてないっていうから」

「それなら一緒に食べましょうね。席を作ってちょうだい」

「かしこまりました」


 フォリ中尉の横にエインレイドと大公妃の席が、そして私の横に三人の席が作られていく。


「アレル、なんでまた誘拐されそうになったの? そんな危険な人達だったわけ?」

「あ、うん。なんか失敗したけどもういいかなって」

「失敗ってやっぱり怪我したのか? 大丈夫なのか、アレル?」


 エインレイドの質問に答えた途端、横のベリザディーノが身を乗り出してきた。


「ううん、そっちじゃなくてニューラブ劇場だよ、失敗したのは」

「何だよそのニューラブ劇場って。大体、図書館に行っても何も起こらないとか言ってて、なんで思いっきり事件になってるんだよ」

「だから新しい恋(おニューなラブ)が始まる筈だったの、私の企画によると」

「お前は誘拐されて恋するのか、アレル。どんな男の趣味があるんだ」

「違うよ、私じゃないよ。誘拐犯と一般人の恋だって」


 ベリザディーノは最後まで話を聞きたまえ。


「何だろう、この徒労感。リオ、僕達やっぱり来るべきじゃなかったと思わないか?」

「うん。なんか心配でここまで来ちゃったけど、・・・アレルって」


 ダヴィデアーレとマルコリリオが今すぐ消えてなくなりたいって表情してる。


「アレルちゃんは本当に思いきりがいいものね。あなた達も驚いたでしょう?」

「はい。レイ・・・、エインレイド殿下がミディタル大公邸に安否確認しに行くとおっしゃったので同行させていただいたのですが、まだお城にいると聞いて、もしかしたら危ないものを振り回した結果、自分も怪我したんじゃないかと・・・。本当にお食事中の所へ押しかけまして申し訳ございません」

「いいのよ、ディーノ君もびっくりしたら怒っちゃうわよね。ところでアレルちゃん、ニューラブ劇場って何かしら?」


 ベリザディーノ達はまず出されたお水を飲んで咽喉を潤した。そして私達がさっき食べたスープが運ばれてくる。


「そうなのです。聞いてください、レイディ、大公妃様。私は気づいてしまったのです。あの誘拐騒動はエインレイド様の傍にいた女の子を狙ったのではなく、今っ、まさにっ、結婚できるお年の大公家のお坊ちゃま近くにいる女の子を排除しようとしたものだと・・・!」

「あらあら。ガルディアスったらついに男女関係のもつれで事件を起こすようになったのかしら」

「ほほ。ガルディはいつも品行方正すぎるもの。たまには羽目を外してもいいんじゃないかしらね」

「お二人共、私で楽しまないでください」


 さすがに貴婦人(推定王妃様)と大公妃相手ではフォリ中尉も言葉に力がなかった。


「思えばエインレイド様なんてまだ子供。この先、次々と出会う可愛い女の子にふらふらするかもしれない水ものです。それならばっ、今っ、結婚に持ちこめそうな独身男性こそが真の狙いだったに違いないと・・・! 豪奢な大公邸、ヴェラストール別邸、そしてミディタル軍事基地を見てしまった私は、ここの次の女主人という地位を狙った陰謀だったに違いないと気づいてしまったのですっ」

「なんでかな。僕、アレルといると王子様だからって持ち上げられているのか、それとも押し下げられてるのか分からなくなってくるんだけど」

「気にするな、エリー。所詮は引き綱(リード)つけられて散歩してるペットウサギだ。大公邸より王城や離宮の方が豪華なことも行ったことないから分からないんだ。今度案内してやれ。そしたらエリーこそ狙う価値があるって熱弁してくれるさ」

「それもそれでイヤだよ」


 エインレイドの横に座ったその従兄が私を貶めてくる。誰がペットウサギだ。


「なんでここまで王族を堂々とランク付けしようとするんだ、このビーバー」

「来るんじゃなかった、僕達の精神的な安寧の為に」

「えっと、・・・僕、貴族だけでも雲の上の人だから王族になるともう考えられない」

「そこの少年達。クラブメンバーは全てを分かち合うのです。私と共に同じゴールを目指さねばなりません。だからこの場では私に完全協力し、次に向けて結束を固めるのです」


 ここまで来ていて何を無関係な顔しようとしているのか。私はいつだって仲間を増やして勝ちを狙っていきたい。


「ガルディ兄上、アレルがまた無茶言ってる。次なんてあるの?」

「無いだろ。さすがに実際の映像は出さなかったが現場は凄かったんだぞ。どうして封鎖してると思ってる。切り裂かれたドレスの端切れを拾わせてるからだ。・・・ですが、大公妃は見ておかれた方がいいでしょう。アレナフィル嬢を預かっているのですから。・・・王城図書館の監視映像を映せ」

「かしこまりました」


 王族の背後には常に使用人がいるものらしい。自分の母親を大公妃呼びしているお坊ちゃまが偉そうに命じれば、壁際にいた人が天井からスクリーンを下ろし始める。

 それとは別に何かを取りに行った人が戻ってきたら、食堂内の明かりが少し落とされた。そしてスクリーンに映像が映し出される。

 遠くから王城図書館庭園の全体像を監視している映像だったらしく、私達の映像はとても小さかった。

 何を言っているのか分からないし、どういうやり取りがあるのかも分からない。顔もよく分からなくて、せいぜい髪の色と服の色が分かる程度だ。

 高い位置から見下ろすといった俯瞰的な映像だったので、人間の配置がよく分かる。


「あれ。けっこう人がいたんだ」

「あのな、アレナフィル嬢。貴婦人の外出は小間使いを一人か二人、そして荷物持ちや手配で雑用する男も二人は連れていくものだ。それとて最低人数。少し離れた所から見ていて、先に部屋を押さえたり、移動車を回したりする為に待機していた使用人達がいたに決まってるだろう」


 庭木や花々が植えられた区画と通路がよく分かる。そしてどこにどんな人達がいたかも。

 思えば貴族夫人と令嬢合わせて四人に話しかけられた筈なのに、途中から女性の人数が増えていたのは小間使いが近寄ってきたからだった。そっちはアフタヌーンドレスとは言い難かったよ。


「そんなことないです、ガルディアス様。大公妃様、列車でも一人できびきび動いてらっしゃいましたよ。小間使いなんていませんでした。決めつけはいけません」

「私は自分のことは自分でしないと戦場までついていけないもの。だけどあの時は護衛兼使用人もそれなりにいたのよ。あまり顔を出さないようにしていただけで」

「そうだったんですか。ローゼンお兄さんも顔を出さずに護衛してくれればよかったのに」


 するとエインレイドが少し考えるような顔になってから口を開く。


「アレルってば、セーターぐるぐるの恨みをまだ忘れてなかったんだ? ネトシル殿があそこまで大事に抱っこして、とっても目立つラッパもあげて、ピンクのブレスレットもつけるぐらいに特別扱いしてるのはアレルぐらいだと思うけど」


 そこでぷっと噴き出す声があったのは、あのピンクのペット用首輪と引き綱(リード)をみんなが見ているせいだ。


「いいですか、レイド。片手で女の子の胴体を脇腹に抱えて運ぶのはタダの荷物扱いです。対象年齢4才のおもちゃラッパは私のような大人の淑女にとってはお子様ガラクタなのです。そしてペット用首輪をブレスレットとは呼びません」

「だけど両手両足プラプラして運ばれてるの、みんなが可愛いですねって言ってたよ。僕だとガルディ兄上、肩に担ぎあげるもん。まだ脇腹に抱えてるだけ特別扱いじゃない? オレンジのラッパ吹いてるのもみんなが目を細めてニコニコ見てたしね。それにピンクのペット首輪って、下町の不良少年になった時もあんな感じの黒革ブレスレットつけてなかったっけ?」


 駄目だ。純粋培養な王子様にとっては、仲いいんだねとしか思えなかったらしい。


「男の子と女の子は違うのです。ここでの焦点は私が荷物やペット扱いされたことです、レイド。いいですか? 男の人が女の人を大切にしている時はまさに壊れやすい宝物のように慎重かつ大切に扱うものなのです。荷物扱いしている時点で、それは大事にしているとは言いません」

「そうかなぁ」

「そうです。そして不良少年黒革ファッションは人間さまのおしゃれですが、ピンクの首輪は完全ペット扱いです。レイディ、大公妃様。この王子様に何か言ってあげてください。王子様はアレが上等学校生に相応しいプレゼントだと思いこんでしまってます。いつかお付き合いするガールフレンドにあんなのを贈るようになったら、生まれかけた恋も完全消滅です」


 まあ、嬉しい。エインレイド王子様からプレゼントよ。何かしらと、リボンを解いて箱を開けたら鎮座している首輪と鎖。カードに書かれた「君のサイズに合わせたよ」のメッセージ。

 もらったガールフレンドだって、ぱたんと箱の蓋閉めて速攻で記憶から消去するよ。病気療養を理由にして全力で遠ざかるね。


「そうねえ。だけどエインレイド様が女の子にラッパや首輪を贈るかしら。あんなのを思いつくのはローゼンぐらいよ。彼、アレルをしまっておく檻まで必要申告してたわよ。さすがに却下したけれど」


 おっとりとミディタル大公妃が語るが、あの男は凶悪犯移送用の檻を一時期室内に置いていた。洗浄させたと彼は言ったが、太い鉄格子には消えない凹みや傷がすごくて異彩を放ち、皆からも不評すぎた。

 撤去されて安心していたが、どうやら新しい檻購入を申し立てていたらしい。私専用で可愛い檻ならいいというものではないと、まずは誰かが教えるべきだ。


「エリーが女の子へのプレゼントを考える日が来たら、まずアレルちゃんに相談するでしょうから何も心配はしていないのだけど、檻はまずいわね。たしかローゼンゴット様が引き綱(リード)を用意したのは、いきなり危ない所へ駆け出して行かないようにじゃなかったかしら」

「ローゼンの目には土掘りに勤しむウサギにしか見えていないみたいですわ。アレルの予定表に目を通して、うちでもガラの悪い部隊が多い日にはそっちに行かせないよう、食べるのに時間のかかるおやつを厨房に頼んでいますのよ。皆のスケジュールにまで関与するものだから、おかげで子供好きで面倒見のいい使用人はちょくちょくアレルを見かけるけど、乱暴なタイプは未だにアレルを見たことがない有様ですの」

「あらあら。さすがはローゼンゴット様ですこと」


 悲しい。なぜかみんなネトシル侯爵家次男坊の味方だ。


「ほらほら、アレル。ちゃんと見ておけって。あれが先輩達だろ。さすがだよな。こうして上から見てると、四人の内の誰かがアレルを抱えて逃げられるよう、常に周囲に目を配って配置を入れ替えてるじゃないか」

「ベリザディーノ君の指摘した通りだ。彼らは周囲の使用人達の動きも視野に入れてアレナフィル嬢を誰かが手薄な側に連れて行けるように背に庇いながらも連携していた。アレナフィル嬢のメイドは殿(しんがり)を務めるつもりだったのだろうが、ここで皆が分散する」


 フォリ中尉は流れを把握していたらしい。スクリーンでは上級生達とデリアンテッセがさっと五つの方向へと私を残して跳躍する。映像では私がみんなに号令したことは分からず、だからとても連携が取れた動きに見えた。

 そして一人になった私を男達が取り囲む。私だけが取り残されたようにしか見えなかった。


「アレルッ」

「どんだけの人数だよっ」


 思わずエインレイドとベリザディーノが小さく叫ぶ。儚い愛の妖精が乱暴な男達に囲まれる悲劇のシーンだ。

 しかしワイヤーカッターがそこで宙を舞ったのである。尚、それらは細くて映像装置には捕捉されていなかった。


「え? ガルディ兄上、これって手品?」

「そんな筈あるか。タネも仕掛けも犯人はそこのペットウサギだ」


 貴婦人達が纏っていた上品な色合いのアフタヌーンドレスが消失し、白いドレスに早変わり。黒っぽいお仕着せみたいなのを着ていた男達はいきなり上半身が白いシャツに、下半身はパンツ残して足が丸見えとなる。

 貴婦人の背後に控えていた小間使い達にしても、私を中心にして一定距離内にいた全員のブラウスとスカートが切り裂かれた。

 映像の中でうずくまる女性達の様子や、人が集まってくる様子などがよく分かる。


(あ。けっこうみんなガン見してる。おおって感じで乗り出してる。男って、男って・・・)


 シーンと静まり返った食堂内で、ぽつりとマルコリリオが呟いた。


「あのさ、・・・アレル、やっぱり最強じゃないの?」

「そんなことないよ、リオ。大体、相手が露出狂だったら服を切り裂いても喜ぶだけだったもん。それにあそこまで人数が多くなかったら、本当はここでニューラブ劇場が始まる筈だったの。結局、大勢で来たあっちが悪かったんだよ」

「ねえ、アレル。だからそのニューラブ劇場って何?」


 エインレイドがとても懐疑的な口調で尋ねてくる。

 スクリーンの映像は止まり、きびきびとした動きで使用人達が片づけていった。


「だからね、ガルディアス様の花嫁ってのがあの人達の目標だったわけでしょ? そうしたらライバル同士が手を組むわけないし、一人で来ると思ってたの。まさか仲良くみんなで徒党を組んで来るなんて思わないじゃない」

「ライバル同士・・・。だけどガルディ兄上が可愛がって連れ出してた女の子ってアレルだけだったし、そしたらライバルはアレル一人じゃない? その二人って本当にライバルなの? みんなのライバルがアレルだよね?」

「・・・あれ?」

「いいから続けろ、アレナフィル嬢。クラブメンバーも一緒に豪華列車旅行に連れてってやると言っただろう。それでそこの話は終わりだ。後はご機嫌で楽しめ」

「そうですが、なんか釈然としません」

「あ。僕分かった。兄上ひどいよ。アレルが可哀想だよ」

「可哀想と言うが、こうしてお前が駆けつけた時には忘れてる程度にどうでもいいことだったようだが?」

「そうだけど・・・。それでアレル、ガルディ兄上の花嫁が目標なライバルとニューラブ劇場ってどう繋がるわけ?」

「ん。つまりあの令嬢達は片思いしてる状態だったわけでしょ? だけど、いくら令嬢にその気があっても、ガルディアス様にその気がないなら話はそれでおしまいなんだよ。その気がないガルディアス様が、わざわざ強い法的拘束力が発生すると分かってる婚姻関係を構築する筈がないんだから。それなら令嬢だってガルディアス様の花嫁野望は諦めて、次のいい男をゲットした方が余程建設的じゃない。だからね、本当はスカートだけ切り裂くつもりだったの」


 思ったより日暮れがそこまで遅くなくて、しかも人が多かったという番狂わせもある。

 そういうのはひと気のない暗がりの中でスカートが切れてしまい、難儀している女性を男性が見つけることから恋が始まるのだ。

 それは王道と言ってもいいパターン。


「どうして次のいい男をゲットとかいうのと、スカートを切り裂くのとが関係するのか分からない」

「安心しろ、レイド。僕にも分からない。ダヴィ、リオ、分かるか?」

「どう考えてもおかしいことしか分からない」

「ごめん。僕も分からないや」

「もうっ。みんなお子ちゃまですねえ。いいですか、少年達よ。女の子のスカートってのはそれだけで男の子のロマンがひらひらしている秘密の花園。もし、不幸にも何故かスカートが切り裂かれた女性がいたら、いい男はすかさず上着を脱いでその姿を隠そうとしてあげるものなのです」

「レイド、騙されるな。不幸にも何故かスカートが切り裂かれた女性とか言ってるけど、犯人はアレルだ」

「うん。みんなが知ってると思う、その犯人」


 いらんことをベリザディーノが言うが、エインレイドも呆れた表情を隠さなかった。


「お黙りなさい、このお子ちゃま共。スカートが切り裂かれて見えてしまう白い下着はまさに汚れなき乙女の象徴。所詮は表面のスカートだけなので、白い下着は夜目にも夏のワンピースドレスにしか見えず、まさに夏のお嬢さんスタイル。恥ずかしいけどあんまり恥ずかしくない。それでも下着だからと恥じらってしまう女性に、なんというたおやかなひとなんだと心を射抜かれながら、そっと上着を貸す男性。ここで芽生える恋・・・! そうして運命の出会いを果たした二人は、新しい恋を知るのです・・・!」


 よくあるパターンとしてこれは外せない。

 女性が困っているところへ現れた男性はその苦難に驚き、すぐに手を貸そうとする。その姿に女性は心打たれるのだ。


「アレル、そこで上着を貸したのが独身じゃなかったらどうするんだ? ついでに見つけたのが女性だったら貸す上着もないかもしれないだろ?」

「その時は息子さんがちょうどいい年回りかもしれないでしょ。そこまで深く考えても仕方ないもん。ダヴィ、そこは運任せでいく勇気も必要なんだよ。考えすぎると何もできないもんなの」

「いや、大事なことだと思うんだが。だって恋の始まりが始まらない」


 ダヴィデアーレは何かと考えすぎてなかなか行動できないお坊ちゃまだ。


「ダヴィは頭でっかちすぎるよ。そんなトラブル見つけたら、大抵はみんな協力して助けてあげるし、そうしたら助けられた方も後日お礼を言いに行くでしょ? そこで運命の出会いがあるかもしれないじゃない。恩人の身内ならお金持ちじゃなくても性格のいい息子さんか甥御さんがいるよ、きっと。大公家の財産も魅力的だったかもしれないけど、そこで貧乏でも素敵な人間性が大事だって気づくことで新しい恋が始まるんだよ」


 第一弾が不発でも、第二弾、第三弾で当たればいい。人生はアグレッシブにいかないと道なんて開けない。そのど根性が、価値ある掘り出し物を見つけ出すのだ。

 どこに隠し持っていたのか、貴婦人(推定王妃様)がはらりと扇を開いて顔を隠す。


「アレルちゃんの行動はとてもコクがあるわね、本当に」

「ありがとうございます、レイディ。人生経験が違うって言うんでしょうか。常に人生の深みが私にはあると思ってるんです」


 やはり年上の貴婦人達には違いが分かってしまうのだろう。所詮、人生経験も全くない少年達と私とでは隔絶したランク差があるのだと。


「大公妃としてそこの自己評価も図々しい小娘に何か言ってやったらどうです? アレナフィル嬢によると、あなたの後釜を狙った女性の末路は新しい男性との出会いだそうですが、今回の騒動でそんなものが発生した様子は全くありませんでしたね」

「そっちの計画は聞いていたけれど、アレルによると女の子のパンツを見たらもうこれは恋に落ちるしかないって話だったから、そんなものかしらと思っていたのよ。上まで切り裂いちゃったのね、アレル」

「本当はスカートだけのつもりだったんですが、あまりにも人数が多くて、ムカッときたのでついやっちゃいました。えへ。だけど貴族の女の人ってドレスの下にあそこまでレースたっぷりなアンダースカートはいてるんですね。パンツ見えなかったです。そしたら男の人のパンツって縞模様とチェック模様が多かったです。男の人の方がカラフル好きなのかなって。それに可愛いゾウさんアップリケしてるのとかもあって面白かったです」


 ぐいっと背後から手が伸びて私の口が塞がれる。見上げれば背後にベリザディーノとダヴィデアーレがいた。


「申し訳ございません。アレルはちょっと、・・・えっと、まだ子供なんです」

「本当に失礼をお詫びいたします。別にアレルはそういう意味ではなく、・・・ただ性別的なものをまだ理解していないだけなのです。どうか妃殿下方におかれましては、・・・寛大なお心でどうかお許しくださいますようお願い申し上げます」


 乗り遅れたマルコリリオが自分の席で立ちあがったままあわあわしている。

 いや、助けてよ。そこで狼狽(うろた)えてないで、クラブメンバーに口を塞がれてるクラブ長を助けるのだ・・・!


「いいのよ。本当にみんないい子ね。アレルちゃんを止めようとしないエリーだけが薄情なのかしら?」

「止めるも何も、アレルを連れて行こうとした男の人達が周囲にいて、そして服が切り裂かれちゃったらパンツ見られるのって当たり前だよ。だけど僕、縞模様やチェック模様のパンツって見たことないや。ガルディ兄上もパンツにアップリケしてるの?」


 どうやら第二王子のパンツは模様なしタイプらしい。従弟からの質問に、フォリ中尉は答える気がなさそうだった。


「あのな、エリー。基本的に下着の話は公衆の面前ですべきじゃないし、こういう食卓の席で相応しい話題でもない。本来は妃殿下を前にして絶対に話題にしてはならん分野だ。だから止めようとした二人と、更に妃殿下が臨席なさっておられる食卓で立ち上がってまで止めるのはまずいと躊躇ったマルコリリオ君は三人共正しい。間違ってるのはそこのアレナフィル嬢だけだ。・・・ダヴィデアーレ君もベリザディーノ君も焦らなくていい。妃殿下ももう慣れておいでだろう」

「ありがとうございます、ガルディアス殿下」

「恐れ入ります」


 安堵した顔で二人が自分の席に戻ったけれど、私の評価だけが何故かおかしい。

 なんだかんだ言ってもフォリ中尉は子供に対してかなり寛容なところがある。今だって三人に対して、みんな偉かったねといった感じで微笑みかけていた。

 それなら私はもっと高く評価されるべきだ。


「仕方ないよ、アレルだもん。じゃあ、ガルディ兄上と僕を前にしてアレルが話すのはいいわけ?」

「二人きりなら誘惑してる流れだが、所詮はアレナフィル嬢だ。ただの非常識以外の何物でもない。今頃はウェスギニー前子爵がどれ程に嘆いておられることか。先程の映像を何故出さなかったかといえば、あの映像が全国に流れてはセブリカミオ殿が寝こむかもしれんと思えばこそだった。人形の映像を出したことで、ミディタル大公仕込みの優秀なイメージが流れたと信じたいところだ」


 言われてみればあの一気にカラフルドレスが白いドレスへ早替わり、ダークカラーなズボンが生足になるそれは凄かった。一瞬マジックということでみんなが身を乗り出す映像だったと思う。

 天才マジシャンとしての道が私に門を開いたことを実感せずにはいられない。

 それなのにフォリ中尉の言い草はまるで私が優秀じゃない子みたいだ。


「ひどいです、ガルディアス様。私はちゃんと考えて発言してます。だっていつかエインレイド様だってこういう出会いがあるかもしれないけど、何も知らなかったら上着を貸すのもすぐには思いつかないじゃないですか。

だけど知っていたらさっと上着を脱いで貸してあげることができます。そういうスマートさが運命を分けるんですよ。・・・考えてみてください。誰もいない場所で植え込みに隠れてしくしくと泣いている少女。それを見つけてしまった王子様は少女の苦難に気づき、そっと上着を差し出す。

なんて素敵な人なのかしらと、感謝の眼差しで見上げる少女。そして王子様と少女は相手の身分を知らず恋に落ちる・・・かもしれないのです!」


 大人の女性二人は微笑んでいたが、なんだか冷たい視線が特に少年達から向けられる。フォリ中尉は、はっと鼻でせせら笑った。


「そんな都合のいい話があるか。その少女と偶然の出会いを演出しただけの工作活動だろ。そんな場所に行かせようとした奴と待ち構えていた少女の涙に騙されるなよ、エリー」

「そうだね。きっとアレルみたいな人が裏で糸を引いてるんだなって思うことにする」

「んもう。なんて夢のない従兄弟同士でしょう。レイディ、大公妃様、何か言ってあげてください。恋とはルーズさがなくては生まれないんだって」


 そこへノックの音が響いて、近衛の青空色の軍服を着た人が入ってくる。


「お知らせした方がいいと判断し、失礼ながらお食事中に参りましたことをお詫び申し上げます」

「何があった?」

「ウェスギニー子爵家のセブリカミオ様、レミジェス様がお越しになり、非常識な時刻ではありますが、もしも可能ならばお食事を終えられて本日の空き時間ができてからで構わないのでお時間を頂戴できないかと、ガルディアス殿下にご機嫌伺いのお願いを出されておられます」


 少し考えるような顔になったフォリ中尉だが、私の前にある皿をチラッと見た。


「もうすぐ食事も終わる。歓談室にお通しして、令嬢はとても元気に夕食を食べている最中だとお伝えせよ。少しは安堵なさるだろう」

「えっと、それってガルディアス様じゃなくて私のことですよねっ? それならもう私、ほとんど食事も終わりましたし、行ってまいりますっ」

「アレナフィル嬢の逃走を阻止しろ。・・・歓談室では王城図書館庭園における本日の正しい映像を見せてさしあげれば誤解もあるまい」

「かしこまりました」


 何故か壁際にいた人達が三人がかりで私の両肩を押さえているのですが、これはどうしたことでしょう。

 家族と離れて暮らしていた寂しい女の子が祖父と叔父に会いにいこうとしているのです。それを止めるなんて悪魔の所業です。

 人間として間違っているフォリ中尉の命令を聞くなんて、それはやっちゃいけないことだ。


「いえいえいえっ、私も家族が参っているとあればやはり自分から説明したいと思いますっ」

「可愛く主張したところで今この城でアレナフィル嬢を警戒していない者はおらん。今や誰もがアレナフィル嬢と二人きりにはなりたくない状況だ。歓談室へ案内する者もおるまい。食事を終えてからなら連れてってやる」

「そしたら私の説明を聞く前にガルディアス様が説明しちゃうじゃないですかっ」

「何か問題が?」

「ありまくりですっ。こういうことはちゃんと私の口から説明することって決まってるんですっ。それが筋を通すということですっ」


 すると大公妃が軽く手首を左右に振り、私の注意を引きつける。


「落ち着きなさいな、アレル。恐らくセブリカミオ様は先にうちに来た筈だもの。そしてアレルが戻ってないことを知ったのね。この時間差を考えれば、ガルディアスの説明は不要よ」

「どういうことですか、大公妃?」

「アレルがここ数日王城図書館に寄り道していたものだから、ローゼンが監視映像係を別につけていたのよ。あんな遠くからじゃない、顔がよく分かる映像をね。恐らくローゼンはそれを見せた。うちが持ってるあの映像を世間に出さず人形を使った特集速報を流したことで、セブリカミオ様とレミジェス様はガルディアスの指示だと察して意見を聞きに来たのでしょう。セブリカミオ様は慎重な方だもの」


 だから私の護衛兼メイドのデリアンテッセが大公邸に戻る前に、既に大公妃は事態を把握していたそうだ。それは相手の顔やメンバーを撮るのに特化していた為、先程の俯瞰的なもののように配置までは分かりにくいものだったらしい。


「ひどいよ、叔母上。それなら僕にもそれを見せてくれればよかったのに」

「皆様ご存じの方のドレスが散らばって下着姿になる映像ですもの。エインレイド様に見られてしまえば恥ずかしくて失踪するか自殺するかといった事態を招きますわ。まだエインレイド様が幼児ならともかく」


 国王の息子に見られたら恥ずかしい映像は、ネトシル侯爵家の次男に見られても恥ずかしいのではないだろうか。

 ここで皆が見た映像は上から下を見下ろす感じだったので、顔は分かりにくかった。


「アレルは白い下着姿は夏のお嬢さんスタイルで恥ずかしくないって言ってたのに?」

「アレルはウサギパジャマを誰に見られても恥ずかしくないでしょうけど、普通の令嬢は白い寝間着姿を男性に見られただけで悲鳴をあげて毛布の下に隠れてしまうものですのよ」

「・・・そっか。言われてみればアレル、そんな子だった」


 エインレイドは、大公妃の言うことが正しいみたいだぞと引き下がる。

 大公妃が見た映像では顔確認ができるものだったという。つまりあの人形が切り裂かれた映像は捏造だからそんなことしていないと言い訳しようにもできないということだ。

 どう考えても祖父や叔父と顔見知りだっただろうし、さすがに仲がいいことはないだろうけど、ウェスギニー家としてはどう考えるべきなんだろう。


「それでアレナフィル嬢。今から嘘だと分かっている言い訳をしにセブリカミオ殿の所に駆けつけてみるか?」

「・・・ああっ、どうしましょう。私、なんだか今日は帰りが遅くなって夜風に当たったせいか、背中がぞくぞくしてきました。もしかしたら風邪をひいてしまったかもしれません。これはもう暖かくして早めに寝なきゃいけない事態です。悪性の風邪かもしれません」

「なんて分かりやすい仮病だよ」

「言うな、ディーノ。もう僕達ではどうしようもできない」

「騙される人っているのかな。アレルのことだから勝算があってやってるんだよね?」


 こそこそと少年達三人が囁き合っているが、問題はその映像の内容だ。

 今から叔父におねだりすれば、ローグとマーサには真実を言わずに、あの人形映像も捏造だと言ってくれるだろうか。

 誰の服も傷つけてないって言えば騙されてくれるだろうか。

 

「レイディ、盗撮はいけないって法律を早急に私は必要としています。この国の法律改正はどこに申し立てればいいんでしょう」

「法律を変えても、この場合は警備業務に必要ということで処理されるから変わらないんじゃないかしら。そうよね、ガルディ?」

「その通りです。何よりアレナフィル嬢はあまりにもやらかしすぎです。ミディタル大公家で遊び場とおやつを与えておけば自分から誘拐されに行かないだろうと思えば、男女の下着観察。取り調べを受けながら紙を要求したかと思えば見た下着のデザインを描こうとしてたんですよ、この非常識娘」

「あらま。アレルちゃん、そんなに素敵なデザインだったの?」

「違うのです、レイディ。私、この間、レジンルー風おしゃれしたローゼンゴット様と一緒に観劇に出かけたのです。すると支配人も私が誘拐されたことに心を痛めていて、舞台後、応接室に招かれたんです。そこでローゼンゴット様の服をひんむいてデザインチェックしながらお喋りしたら、私を誘拐した人の香水とそのタイプ別なのを次の芝居に取り入れてもいいんじゃないかって話になって・・・。いつもは女性が感動する愛がテーマなんですが、ここは喜劇っぽくやってみてもいいよねって話になったんです」


 私も心を痛めていたのだ。商品名を言ってしまったがゆえに、あの三つの香水は売り上げが一気に減ったらしい。

 それならば違う切り口でフォローしてあげてもいいのではないか。


「本当に転んでもただじゃおきないわね、アレルちゃん。ローゼンゴット様が檻を申請してしまうわけだわ」

「それでもケーキのチケットくれるんだから、やっぱりアレル、特別に可愛がられてると思うな」

「ローゼンゴット様、全然私を可愛がってないですよ。いいですか、レイド。可愛がっているというのは君のおねだりは何でも叶えてあげるねと白紙サインしてくれることを言うのです。香水と喜劇のタイアップ販売キャンペーンにも全面協力してくれることを言うのです」

「信じるな、エリー」

「うん、信じないけど」

「ほほほ。おかげでローゼンも柔軟さが出てきましたわ。アレルのお遊びはレミジェス様も容認しているそうですけど、自分の知らない世界を知ってしまったようですわね」


 男達が私に対して冷たすぎる。そしてやっぱり親切なのは女の人だけなんだね。


「今回、私は思ったのです。様々な色の布吹雪が舞う様子はとても綺麗だったと。ちょっとこれは劇場で再現する価値もあるんじゃないかと。というわけで、このアイディアを形にするべくメモをとろうとして、だから他の人達と一緒の取り調べでいいと言ったのですが、ガルディアス様が私を強引に拉致したのです」

「取り調べは警備業務の一環として行われたのであって、そこの令嬢が劇場公開する材料集めの為にあるわけではありません。ついでに拉致ではなく保護です」

「大丈夫だよ、ガルディ兄上。誰もガルディ兄上疑ってないから」


 エインレイドが隣に座っている従兄を見上げて慰めた。


「ひどいですよ、レイド。クラブメンバーはクラブ長の味方をすべきです。ここは私に完全協力してガルディアス様を王子様という身分と権力で黙らせ、私の配下にすべく動くところです」

「無茶言わないでよ。ガルディ兄上に対抗したいなら母上と叔母上に頼めば?」

「レイディと大公妃様はいつも優しいので、このレベルでは巻きこみたくないのです。レイディに言われたらガルディアス様は譲りますが、その代わり恨みも募らせてくるのでこの程度のことで煩わせてしまうわけにはいかないのです。もっと強引にやらなきゃいけない時におねだりします」


 この国における最高権力をおねだりするのは絶体絶命な時である。私はその区別ができる女の子だ。


「うわぁ。ガルディ兄上、もう攻略法をアレル構築済みみたいだよ。ガルディ兄上らしくない何かがあった時にはそういうことなんだなって僕思っとくね」

「それが露呈したところで、そこの詐欺娘を甘やかさないように妃殿下方にはお願いしたいところですね。さて、私は先に退席させていただきますが、大公妃はデザートまで終わってからで構いませんので後からアレナフィル嬢を連れて歓談室までおいでいただきたい。エリー達は明日も学校があるし寮に戻った方がいいだろう。シャワー時間には間に合わないだろうから警備棟のを使えるように連絡しておく」

「ありがとう、ガルディ兄上」

「いいさ。本当にアレナフィル嬢が怪我したらちゃんと連絡してやる。仲間外れにしない。だからこれからは落ち着いて行動するんだ、エリー」

「うん」


 相変わらず仲のいい従兄弟だ。頭を撫でられて嬉しそうに笑うエインレイドを、ミディタル大公妃も微笑みながら見守っている。だけどやっぱり私よりも先に行って打ち合わせするのか。

 私の恨めし気な目線を無視して、フォリ中尉はいなくなってしまった。

 可哀想な私に、給仕のお姉さんが微笑みながら教えてくれる。


「本日のデザートはちょっと特別だそうですわ。アレナフィルお嬢様が恐ろしい思いをしただろうからと可愛いお菓子を作っていたのですけど、殿下がお戻りになったと聞いて、余計に厨房が張りきってしまいましたの。野菜を使った甘いお菓子だそうですのよ」

「えっ、どんなお菓子なんでしょう。良かったですねっ、レイド。みんなも今日はツイてるよ。私ね、さっきのスープをみんなにも味わってほしくてレシピお願いしちゃったけど、絶対に私よりお城の方が美味しいって分かってたもん。みんなで食べられて本当に今日って幸せな一日だと思わない?」

「・・・心配してた僕達が愚かだったことだけはよく分かった」

「言うな、ディーノ」

「僕達も同行してればよかったのかな。だけどあの上級生でも太刀打ちできなかったんだよね。やっぱりアレルって最強だよ」


 そして私は玉葱や芋でできたお菓子に、野菜の新たなる可能性を知った。




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