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37 説明は身も心も疲れる


 私の朝のお茶会練習は、貴族令嬢として恥ずかしくない社交教育というものである。立ち居振る舞いや礼の示し方、タイミングや歩幅などを叩きこまれるというそれだ。

 私はそれを、王子であるエインレイドに対する保険みたいなものだろうなと考えていた。

 現在、変装してまで本来のクラスから逃げ続けている王子様は、押しかけ恋人候補令嬢や、押しかけ側近候補令息に食傷気味だ。青少年の健全な育成を考える私も、その状況下に王子様をおいておくことはよろしくないと判断している。

 だけど問題は、時にこのサルートス国において小さな紳士淑女としての社交があることだろう。まさか毎年、上等学校生全学年のダンスパーティがあるなんて思わなかった。

 誰でもいいから王子がエスコートして出席する際の女の子が必要になることを貴婦人(推定王妃様)は案じているのではないか。

 

(別に王子様が一人ぼっちで参加しても問題ないと思うんだよ。それにダヴィとディーノとリオが一緒にいてくれるなら恋人募集組ってことで良いお嬢さん情報が集まりそうだけどなぁ。いや、それから逃げたんだった)


 思えば、そういうことで集まる令嬢情報なんて、結局は大人の身勝手な理由が先行しているものだ。

 ファレンディア国で生きてきた経験が私に囁く。

 過去を振り返れば、アイダ研究センターの経営者である融(とおる)・相田(あいだ)。彼の一人息子とされていた優斗(ゆうと)・相田(あいだ)に近寄ってきた他の研究所関係者や、娘を持つ大人がどれ程いたことか。

 子供の頃から賢かった優斗は、様々な人から「うちの娘といいお友達になれると思いますよ」みたいなお誘いが多くて辟易(へきえき)していた。

 元気で積極的な溌剌とした女の子から「あなたとお友達になりたいの」バージョン。

清楚でありながら幸薄そうな美少女が涙ぐみながら「お願いです。一緒におしゃべりしているフリだけでいいんです。そうじゃないと私、私・・・」バージョン。

きりっとした知的乙女による「そういう背景に興味はないんだ。ただ、君とはこの研究で話が合うかと思って声をかけてみた」バージョンだけじゃない。

女の子集団に囲まれていじめられているような状況目撃パターン、突然故障した噴水の水を同時にかぶってしまったパターン、散歩していた犬がじゃれついてきたパターンと、ユウトはあらゆるシチュエーションを経験した。

 最初は私も偶然の出来事をそんなに気にしなくても・・・と、弟の繊細さを笑ってすませていたけれど、あまりにも多種多様による出会いやアクシデントが多いことに気づくと背筋が寒くなったものだ。

 うちの子が世界中から狙われていると気づいてしまった恐怖。

あれは被害妄想なんかじゃなかった。それなのに相手はあくまで偶然の接触を装っているのだから拒絶も礼儀正しく行わなくてはならない。

 それがどれ程の苦痛だったことか。

 あの頃、帰宅したら私の腰に抱きついて動けなくなる程に、優斗は近寄ってくる人間を嫌がっていた。

 まともに学校にも通わせてもらえず、ひたすらセンターの為に尽くしていた優斗。学校にさえ通っていれば、まだ同級生とかとときめくような甘酸っぱい恋ができただろうに、天才少年を今の内にと思う大人の欲望にさらされていたのだ。

 だから仕方がないのかもしれない。王子様という立場に生まれたエインレイドを私が見捨てられないのは。

昔の優斗の面影がちらついて、せめて少しでも逃げ場を作ってあげたくなる。

 だけどサルートス国の第二王子は優斗と違って優しい大人達に見守られてもいた。今や王子を親友だと心から思っている友達だってできた。

 子供は子供らしく遊んで、たまには馬鹿なことして、失敗は怒られないように証拠隠滅して、そうやって大人になっていくものだ。

 優斗のようにお友達がいない寂しさを姉への執着でごまかし、粘着質タイプな成長を遂げるべきじゃない。

 そんな厄介な弟を、それでも見捨てられない気持ちが私にはある。同時にあの弟が多少の困難で挫けるような性格ではないことも分かっている。


(今はアレナフィルになった私だけど、それでも愛華だった昔を忘れたわけじゃないから)


 あの子がわざわざサルートス国に来た理由は私の出した手紙のせいだ。センターの船を使った以上、外国で使用しても不具合が出ないかどうかの試験をするということで、不自然な出国を強行したのだろう。

 優斗はいつだって私の為なら非常識になる。

 あんな無茶をして父に叱られていないといいのだが、優斗のマネージメントをしている個人秘書の佐々木(ささき)という女性の様子から察するに、特に問題なく終わったのだろう。変なデータ改竄をしていなければいいけれど。

 いや、考えるまい。

 父は優斗を利用していたが、成果に見合う給与や権限はちゃんと与えていた。そこが救いだろうか。あの優斗が改竄したなら証拠は残していない筈だ。そう信じる。

 佐々木と名乗った女性は優斗の生活世話係だと言っていたが、センターに出入りしているならそれは秘書だろう。彼女から聞き出した情報である程度の補完はしたつもりだ。たとえ行方をくらましていた私でも、かつてはセンター内全ての情報を閲覧できた身である。

 センターにおいてサルートス国との取引にメリットはないと優斗が言った以上、本当にメリットはないのだろう。

 今は頼りなく可愛いだけの14才だけど、家族を守る為なら私だって覚悟を決める。ウェスギニー子爵家も優斗も私が守る。

 だから私は警備棟にあるその貴賓室に足を踏み入れた。


「おはようございます、レイディ。ウェスギニー・インドウェイ・アレナフィルがご挨拶申し上げます」

「おはよう、アレナフィルちゃん。今日はね、こちらの皆様が参加なさるそうなの。同世代の男の子達じゃなくて、たまにはお父様よりも上の世代の方々を招いてのお茶会練習もいいのではないかと思ったのよ」

「はい、レイディ。皆様、ウェスギニー・インドウェイ・アレナフィルと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


 私はにっこりと微笑みながら挨拶した。

 貴婦人(推定王妃様)と大臣や役人らしき人達がテーブルに着席している貴賓室。普段は貴族夫人役をしてくれる女官の人達も壁際に下がっていて、まるで置物のように静かだ。


「なんと可愛らしいお嬢さんだ。いつもこうしてお茶会の練習をしているのかい?」

「はい。私、貴族のお友達がいなかったのでお茶会に参加したことがなかったのです。普通は母親がそういった手ほどきをするそうですが、私に母はおりません。それを聞いて、上等学校に入学してからお友達になったみんなが協力してくれて、まずは緊張しないようにと、ここで練習させてもらえるようにしてくださったんです」


 男性の中で一番偉そうだから、この人が大臣なのだろう。

 彼の瞳に私はどう映っているのだろう。子爵家令嬢でありながら、こうして王妃自らが茶会の練習に付き合ってくれている女子生徒は。


「そういうことならお友達を是非紹介してあげよう。とても素晴らしいお嬢さん方を知っている」

「ありがとうございます。ですが私、貴族のお友達はあまりほしくないから大丈夫です。お気持ちはとても嬉しいのですが」

「へ? そ、そうなのかね」


 面食らったような顔になる大臣にとって、この子爵家の娘はどれ程に礼儀知らずだと判断されたのか。

 だけどもらって嬉しくない恩を売りつけられるなど冗談ではない。

 娘を溺愛しているウェスギニー子爵フェリルドは、貴族における社交などしたければすればいいし、したくなければしなくていいと、とっくに告げているのだ。ウェスギニー家当主にとっては大公家令息すら虫除けネット。


「はい。マナーは恥をかかない程度でいいのです。私は男性に養ってもらうのではなく、自分でお金を稼いで自立した大人になりたいのです。勿論、会社経営しているご令嬢とかであればお友達になる価値もありますが、決算書も読めず、現場の状況も知らないようであれば意味がなくて・・・。私、今の内から様々な職種について見聞を広げ、いつか一番コストのいいのんびりした生活を送ると決めております」

「・・・・・・そうなのか」

「はい。ですからこの上等学校でも一般部を選びました」


 王子エインレイドの学友として私の名前は知られている筈だ。そして私の成績も恐らく調査済みだ。

 それならば大人の事情も理解するだろうと、それなりの要求をこの人達は出してくるつもりだっただろう。よくある「子供でも君は賢いから分かるろう? そうだね?」というアレだ。

 それを一つずつ潰していくしかないと、私は考えた。

 大丈夫、思い出せる。


「なかなかはっきりしているんだね。それならば茶会のマナー練習も意味がないだろう」

「そんなことはございません。私にそういった情緒が足りないのは恐らく母も姉もいなかったせいだろうと、上等学校に入ってできたお友達が私を励ましてくれたのです。

 お茶会の練習をしながらレイディのお考えに触れ、お母様とはこういった存在なのだなと私も母のフォトを見ながら考えられるようになりました。私にとって、それまで母は、ただ微笑んでいるだけのフォトでしかなかったのです。

 世間一般のお茶会練習としての積み重ねはできておりませんが、私の心にはかけがえのない糧となっております」


 居心地の悪い沈黙が満ちる。

 まず、あくまで貴婦人(推定王妃様)は息子である王子のガールフレンド教育ではなく、母を早くに亡くした女子生徒に対する憐れみの気持ちから参加しているのだと、私は大臣の認識を正しく軌道修正しなくてはならなかった。

 何故ならば。

 父よりも叔父よりも、私こそが一番手強いと思わせなくてはならないからだ。

 そんな私の事情に興味などなかった大臣は、こほんと咳払いする。


「そうなのかい。いや、私達は君に話があってね、それでこの場に混ぜてもらったんだよ」

「お話?」

「そうだとも。まずは座っておくれ。今日はお茶会の練習なんかはとりやめて、話を聞いてほしいんだ」


 そもそも私を立たせたまま会話する時点で、普段、女性の茶会など参加していないのがよく分かる一行である。

 貴婦人(推定王妃様)も分かった上で見ていたのだろうが、私は大臣の部下でも何でもない。よそのお宅のお嬢さんを座らせもせずに話をすること自体が間違っているのだ。

 貴賓室テーブルは、執務室のデスクではない。私は大臣が関与する取引相手でも業者でもないのだ。


「申し訳ありませんが、未成年である私は、家族のいない場所で大人からの話を聞いてはならず、子供が何らかの返事をすることもしてはならないときつく言い聞かされております。何かお話があるようでしたら、まずは父、もしくは叔父にお願いいたします。

 そういうことでしたら本日は下がらせていただきます。レイディ、申し訳ございませんが、本日は下がらせていただいてもよろしゅうございますか?」

「・・・そうね。お茶会の練習に付き合ってくださるという話だったから、初めての大人の男性を交えたお茶会の体験レッスンにはいいかと思ったのだけれど。仕方がないわね。いいわ、今日はやめておきましょう」

「はい。それでは皆様。どうぞごきげんよう」


 私が軽く礼を取って回れ右しようとすると、がたっと慌てて立ち上がる音がした。


「い、いやっ、そうではなくてっ。私達は君にっ、婚約者の話を聞くだけだっ。座りたまえっ」


 振り返れば、大臣よりも若い男性がかつかつと近寄ってくる。

 がしっと肩を掴まれたので、私はじーっとその手を見つめた。

 私とてそこまで四角四面に生きているわけではない。この推定20代後半男性が私の好みであれば、頬を赤らめて見上げてあげてもよかったが、やはり父のスペシャルでデリシャスな抱きしめ方に比べて、こいつの掴み方は下の下すぎた。


「頼むから警戒しないで欲しい」

「・・・・・・」


 私はじーっと、自分の肩を掴んでいるその手を見つめ続ける。

 奥歯に力を込めて噛み締め、息を少し止めていると顔が赤らんで涙がぽろっと零れた。


(女はウソ泣きもできて一人前なのよ、坊や)


 その場の空気が慌てたようなものになり、私の肩に手を置いていた推定20代後半やや睡眠不足なクマのある男性が、戸惑った感じで少し後退(あとすさ)った。


「レ、・・・レイ・・・」


 頼りなげに貴婦人(推定王妃様)を振り返れば、さすがのタイミングで優雅に立ち上がる。

 その動作さえ気品に満ち溢れていた。

やはり貴婦人は別格だ。推定20代後半睡眠不足風味男性とはレベルが違う。


「離れてあげてちょうだい。アレナフィルちゃんはご家族以外とはあまり交流もなく育ってきていたのよ。いきなり見知らぬ男性から肩に手を置かれて怖くない筈がないでしょう。脅迫行為にいたるなら、さすがに看過できませんよ」

「すっ、すみませんっ。いえっ、申し訳ございませんっ」


 貴婦人(推定王妃様)が近寄ってきてハンカチで私の頬に軽く触れようとしたことから、その推定20代後半男性が慌てて離れていった。

 さすがは貴婦人の中の貴婦人。ハンカチを取り出す仕草にすら高貴さが漂っている。


「ああ、ほら。泣かなくていいのよ、アレナフィルちゃん。だから怖がらせないようにって言っておいたのに。ごめんなさいね、アレナフィルちゃん」

「レイディ。・・・や、やっぱりもう、大人の人、乱暴すぎて、怖い、・・・です」


 ひっくひっくと噓泣きだけど、息を止めていた甲斐があった。

 この一芝居、貴婦人(推定王妃様)は私の味方である。

 ぎゅっと抱きしめてくれて、なんだかもう優しい気持ちの大盤振る舞いをしてしまった。


「仕方ないわね。ガルディとグラスフォリオン君を呼んでおいてよかったわ。・・・あなた、ちょっとガルディ達を呼んできてちょうだい」

「かしこまりました」


 壁際にいた女性が出ていくが、ネトシル少尉にしか話を通していない。どうしよう。いいや、フォリ中尉なら合わせてくれる気がする。

 とんでもないいじめっ子だけど、フォリ中尉は限度をわきまえて動いている。そんな気がする。今の状況下、私の婚約がサルートス国で確定するような後押しはしない筈だ。

 そこはさすが国王の甥である。面白がってやらかしていい範囲と、自分の一言がもたらす重みとを理解した上で彼は自分を律している。


「ガルディアス様、グラスフォリオン様、お連れいたしました」

「ありがとう。・・・悪いわね、ガルディ。往復の付き添いと言ってあったのだけれど」

「いえ。ネトシル少尉からエリーの話を聞きながら楽しく過ごしておりました。おやおや、相変わらず泣き虫だな、アレナフィル嬢」

「おはようございます、皆様方。やはり知らない男性はまだ早かったんじゃないでしょうか。せめてレミジェス殿を同席させておいた方が良かったのではありませんか?」


 やがて二人が入って来て、しっかり私が大人の男性を苦手にしていることを匂わせてくる。まさに保護者抜きで会おうとした一行への非難をにじませて。

私はひょいっとネトシル少尉に抱えあげられて、棒付きキャンディを口に入れられた。

 昨日、打ち合わせておいただけあって、彼はよく分かっている。うん、まさに子供っぽい。


「知らない人だから人見知りしてしまったかな。大丈夫だよ、アレナフィルちゃん。怖がらなくてももう大丈夫だ」

「リオンお兄様ぁ。・・・あのね、頭、もっと垂らした方がステキ」


 抱っこされた私はごろごろと懐きながら、きちんとセットされていた髪を指で勝手に乱した。

 この方が甘い感じが生まれて、男の色気が漂う。用務員姿であれば地味なのも仕方ないけれど、貴賓室では素敵な殿方でいてほしいの。だって私も淑女だから。


「相変わらずブレないわね、アレナフィルちゃん」

「何でしたら今度見せてもらうといいですよ、アレナフィル嬢のイメージチェンジテクニック。周囲に埋没していたネトシル少尉が、いきなりあちこちで年上美女ばかりから声を掛けられ続けていました」


 貴婦人も驚く、ちょっとのそれで一気に変わるネトシル少尉は凄いのです。

 年上の女性に好評なこの甘さ漂うフェイスが手折りたくなっちゃうのよね。分かってくれると信じていたけど、これは何故か女の人にしか分かってもらえない。男の人は、なんとも思わないらしい。なんでかな。


「エリーもそれなら魅力的になるかしら」

「どうでしょうね。アレナフィル嬢は、相手の好みを考えません。双子の兄は、アレナフィル嬢によってアライグマのパジャマをいつも着せられているそうですよ。もう嫌だって言っているのも聞かずに」


 貴婦人(推定王妃様)とフォリ中尉の会話が聞こえるが、気にしないことにした。うちのアレンルードはアライグマパジャマが大好きだ。それ以外の意見は認めない。


「知らない人から肩に手を置かれてしまったものだから怯えてしまったのよ。悪いけれどあなた達もいてちょうだい。二人共、ウェスギニー子爵に信頼されているから大丈夫でしょう?」


 強要は常に密室で行われる。部外者が増えれば増える程、それはしにくくなる。

 すぐに泣いちゃう子供だからこそ信頼できる大人の立ち合いは大切で、貴婦人は無理なくそこへ持っていった。フォリ中尉も合わせてくる。


「ですからアレナフィル嬢にはまず父親に紹介してもらい、常にご家族同伴で、更に時間をかけて信頼を築いてからでないと駄目だと言ったでしょうに。こちらは本当のことを言っているだけなのに、誰も彼もが信じなくて困ったものだ。そうして子供を怖がらせて泣かせて何がしたいのか。・・・アレナフィル嬢を見れば、知らない男など全ては痴漢だと思うことぐらい分かるだろうに」


 貴婦人(推定王妃様)の誘導により、本来は同席しない筈の二人がこれで同席することになってしまったが、きっと大臣もまさか大公家と侯爵家の息子が出てくるとは思わなかったであろう。

 私はいつだってオープンにやるのだ。裏取引する時以外は。


「ガルディアスお兄様ぁ、・・・ひっく」

「いつまでも泣くな、アレナフィル嬢。ほら、約束していた試験問題集だ」

「うわあ。これ、欲しかったんです」

「ああ、笑ったな。大丈夫だ、もう何も怖いことはない」

「はい、お兄様」


 学校ではウェスギニーと呼び捨てするフォリ中尉だが、プライベートではアレナフィル嬢と呼ぶ。プライベートで親族でもない女性を愛称呼びしたら、恋人と思われてしまうかららしい。


(やったっ。本当にくれるだなんて、しかも沢山っ)


 免許や資格でも、国によって年齢制限や試験内容の範囲が異なる。私はかつて取得していた資格などがサルートス国では何才から受験資格があるのかを調べ、せっかくだからとフォリ中尉に試験問題集をおねだりしておいた。

 だってお金持ちだから。フォリ中尉は支払いでせこいことを言わない。叔父もそうだけど、こういう太っ腹な経済力も魅力の一つと言えるだろう。

 父や叔父の前では可愛くて頼りなくて守ってあげたいフィルちゃんでいたい私は、こういう免許や資格は家族に内緒でこっそり取るのだ。


「買いに行きたかったけど、本屋さん、父が戻ってくるまでお出かけできないから、・・・本当に、嬉しいです」

「気にするな。通常は成人してから受験するものだが、年齢制限はない」

「みんなで一緒にお勉強します。仲良く受かると嬉しいです」

「そうだな。期待している。エリーも受けるのか?」

「試験問題見せてから、みんなでどれを取りたいのか考えます。自分がやりたくないものを受けても意味がないから。だけど5級とかなら持っていてもいいかも?」


 ナイスだ、フォリ中尉。さすが無料でウミヘビを手に入れていくだけの仕事はする男。

 飴をもらって泣き止むとはあまりにも幼すぎる、やっぱり馬鹿なんじゃないかといった目でみていた大臣達だが、私が嬉しそうに抱きかかえた幾つもの試験問題集を見て戸惑った顔になった。

 さりげなくネトシル中尉が、

「重いからちょっと預かっておこうね」

と、代わりに持ってくれたがそのサービスぶりがまさに王宮の護衛担当エリート士官だ。


「エリーが何か資格を取れたらご褒美にまたどこかに連れて行こう。前子爵夫人と出かけたいところを考えておくといい」

「はい。お祖母(ばあ)様、お花が大好きなんです。綺麗な所がいいです。リオンお兄様も一緒?」

「勿論だよ。だから心配しなくていい」

「はい。ガルディアスお兄様、いつも綺麗なおめめパッチリ系お姉様にモテモテだから、ほっとかれて寂しくなるんです。リオンお兄様も凄みのあるお姉様にモテモテですけど、そういう人はお花畑にいないから」

「はは。言われてますよ、ガルディアス様」

「花畑にいるかいないかだけで、言われてることは同じじゃないか?」


 どうやら私は将来有望な大公家の息子と侯爵家の息子、更には国王陛下の息子を誘惑する魅力たっぷりな悪女となっていたらしい。

 だけど子供の内は、「お勉強」を前面に押し出せば全ての大人が黙る。

 まさに天下御免の強力ワードだ、「お勉強」。

 これでフォリ中尉にしても、エインレイド王子の試験勉強を私が一緒にすることで成績が上がったご褒美で連れ出しているという言い訳ができるだろう。ナイスだ、私。


「アレナフィルちゃんはお勉強頑張り屋さんだものね。二人が一緒なら怖くないでしょう? 練習じゃなくてお茶だけ飲みましょうね。泣いたら何か飲んだ方がいいわ、アレナフィルちゃん。甘いお菓子もあるのよ。・・・そちらもアレナフィルちゃんが怯えて警戒するような話し方はやめてくださいな。幼年学校入学前からウェスギニー子爵目当てで近づいてくる大人に連れて行かれそうになることばかりだったというので、家族が認めた人以外を信用しないように徹底されている子ですのよ」

「申し訳ありません。まさか・・・、いえ、すみません」

「部下が失礼いたしました。かなり賢いお嬢さんだと聞いていたので・・・」


 さすがにここまで取り扱い要注意な子供だと思わなかったらしい大臣とその部下達だ。肩に手を置いただけで泣かれてしまったらどうしようもないだろう。

 往来なら治安警備隊がすっ飛んでくる事態だ。

 自分は怪しい者ではない、王城で勤務する高官を不審者扱いするとは貴族令嬢としての嗜みもないのかと言いたくても、私は既に母親がいないからということを逆手に取っている。そしてウェスギニー家当主が紹介し、信頼できると太鼓判を押した人間以外は信用しない慎み深い箱入り令嬢なのだ。


「アレナフィルお嬢様。マナー練習は、今日はしなくていいですからね。怖がらなくても大丈夫ですよ」

「はい」


 女官の人達が淹れてくれたお茶が配られていく。私は貴婦人(推定王妃様)とフォリ中尉の間に座らされた。


(この位置はいささかまずい気がする。何かあったらすぐフォリ中尉に手をつねられそうだ。なるべくレイディの方へ寄っておこう)


 すると貴婦人(推定王妃様)が違うテーブルに置かれた試験問題集にちらりと目を遣る。

 あれはフォリ中尉に私が相談していたもので貴婦人はまだ知らなかった。


「アレナフィルちゃん。あれ、全部受験するの?」

「私はそのつもりです。だけどお勉強はみんなでやりたいから、もしかしたら少し保留しておいて、体を動かす方の資格を先に取ろうって言われるかもしれません。馬のお世話の資格もあるらしいんです。今、それも誘われています。早口言葉検定は、みんなちょっと微妙な反応でしたけど」

「早口言葉検定?」

「はい。それをマスターすると、何かあった時、短時間でかなりの情報を伝えられるらしいんです。聞き取る方も同じぐらいにマスターしていないと意味がないんじゃない? って、みんなは言ってたんですけど。父に聞いたら、所持金が限られていて有料公衆通話装置を使う時に活躍するだろうって言われました」


 貴婦人(推定王妃様)は、私達がクラブ活動しながら試験勉強をしていることも知っている。

 もう少し子供らしく遊んでいいのではないかといった眼差しだ。まさか片手間に受験するだけなんて言えない。

 試験を受けに行くと言えば王子だって外出の許可は出るだろうし、試験が終わったら会場近くのお店を回って遊んできてもいいと思う。私は一石二鳥、三鳥、四鳥を狙う女だ。


「そうなの。だけどそこまで一年生の内から頑張らなくてもいいんじゃないかしら。もっと遊んでもいいと思うのよ。やる気が空回りして燃え尽きたらどうするの?」

「その時は旅に出ます。違う場所で違う自分になってリセットすることで見えてくるものがあると思うんです。父もいつまでも元気で働けるとは限らないし、その時は父と二人で仲良く各地の名物を食べてみたいです。白い地図を用意して、行ったところを塗りつぶしていったら楽しいと思うんです」


 全学年の試験を全て受けた私は、渡されるのは皆と同じ卒業時だが、授業や試験を受けなくても卒業証書が約束されていた。

 だからあまりにも「王子様を狙い隊」の動きが激しくなったら、ほとぼりが冷めるまで逃亡予定だ。


「転んでもタダでは起きない感じね、アレナフィルちゃん。ボーイフレンドじゃなくてお父様と行くの?」

「はい。だけど父が不在なら叔父と行きます。成人してドレスが似合う年になったら、叔父にエスコートしてもらって、父とファーストダンスを踊って、叔父とセカンドダンスを踊るのが夢なんです。父はエスコートの約束をしても帰宅していなさそうなので、やっぱり叔父かなとは思うんですけど」

「まあ。その頃には素敵なボーイフレンドができてるかもしれないわよ?」

「そうだといいんですけど、たとえボーイフレンドができても、その繋がりなんて不安定なものですよね? 何があろうと私を愛してくれるのは家族だけだと思うから、私も家族を一番愛したいです」


 あくまで家族大好きアピールをしておくのは、まさに「こんな頼りない娘であればそりゃ父親も叔父も婚約届など出す筈がない」と、納得させる為だ。

 自分が納得しないと、人はいつまでもしつこい。

 私が貴婦人(推定王妃様)と、そんな話をしている時、大臣らしき人達とフォリ中尉が何やら話していた。

 

『まさかわざと控えておられたのですか?』

『泣かせるようなことをしなければ出てくる必要もなかったのだが? 結局は断られているのを、あんな頼りない子供を利用するつもりか』

『ですが・・・』

『まずは状況をよく見るがいい』


 さすが大公家の息子だけはある。フォリ中尉は偉そうな態度を取る時はとても偉そうだ。相手は自分よりも年上の大臣なのに。

 そんなことを思いながら、貴婦人(推定王妃様)とお喋りしていれば、黒いスポンジケーキに見せかけて、中にクリームが入っているお菓子が出された。

 フォークを突き刺して食べてみたら、しゅわっとする食感ととろけるクリームが口の中で踊る。


「気に入ったかしら?」

「はい、レイディ。ふんわりとしていて、中のぷちぷちしているベリーがとっても甘いです」

「よかったわ。アレナフィルちゃんは本当に美味しそうに食べるのね」


 だって美味しいものを食べることって幸せを実感できることだから。

 寂しい夜も冷たい朝も悲しい昼も、暖かいお茶と美味しいお菓子で慰められる心があった。

 美味しいものを知って、それを大事な誰かにも食べさせてあげようって思えたらもう孤独なんかじゃない。孤独じゃない心のぬくもりは自分に勇気をくれる。

 この世界に自分は一人じゃないのだと。

 大臣達のいる席なので、貴婦人(推定王妃様)も、アレルちゃんじゃなくアレナフィルちゃんと呼ぶけれど、それだけ普段、愛称呼びされているのが特別なんだって分かる。

 うん、私は一人じゃない。

 さっき私の肩を掴んだのとは違う人がこほんと咳払いした。


「えーっと、アレナフィルちゃん? こちらの方は怪しい方でも何でもないんだ。変な話もするつもりはなかったし、・・・だから話を聞いてくれないか。君の婚約者の話を聞きたいだけなんだ」

「・・・私に婚約者はいませんけど?」


 誰もが可愛いと言ってくれるまんまるおめめで、私は不思議そうに尋ね返す。


「は?」

「私、まだ子供だから婚約者はいません」


 私はゆっくりと、はっきりとした発音で繰り返した。

 そのことを言い出してきた40代のちょっとふくよか系男性を、私はテーブルを挟んでまっすぐ見つめる。


「人違い、だと思います。そういうことでしたら、お気になさらず、どうぞお引き取りください。レイディは、私に母も姉もいないことを不憫に思われて、お茶会のマナーを教えてくださってるだけです。もっと上級生のお姉様方のことだろうと思いますが、どうぞ調べ直してそちらを当たられてください。私、まだ一年生です」

「い、・・・いや、だけど、君・・・、ウェスギニー子爵家のアレナフィル嬢だろう?」


 その人の横にいた大臣らしき人も、困惑顔で私を見た。


「はい」

「ファレンディア国のユウト・トドロキ殿と婚約しているよね?」

「していません。・・・あ、えっと、お約束ならしました。ユウト様、とてもお綺麗な顔立ちでしたので、もしも私が大人になって誰も結婚相手がいなくて、そしてユウト様もその時に独身だったらお嫁にもらってくださいって」


 私はそこで照れながら言ってみる。


「えっと、・・・つまり結婚の約束、だから婚約、だね?」

「違います。私、父と婚約なんかしてません」

「は?」


 初めて聞く人は、私の父自慢を最後まで聞いてくれるのだ。しかし、慣れたらほとんどの人はもう聞いてくれなくなる。

 ここはやはり初めての人なので、父の素晴らしさをとっくりと語るべきでしょう。うん、そうに違いない。

 たとえフォリ中尉とネトシル少尉が、聞き飽きたと表情だけで語っていたとしても。


「だって私、同じこと、いつも父や叔父に言ってます。父はいつも最愛の女の子は私だけだって言ってくれるんです。だから一生仲良く暮らしましょうねって、私も父に言っています。叔父もなかなか結婚しないものですから、もうここはまとめて父と叔父を両脇に揃えて目の保養をしながら生きていこうかと。だって私、父と叔父のこと、大好きなんです。だけど父や叔父と仲良く暮らしていても、それって婚約とも結婚とも言わないって思うんです」

「あ、・・・はあ。仲がいいのですね」

「はい。だって父も叔父も顔とスタイルがいいんです。やっぱり毎日見飽きない顔と体って大事だと思います。せっかく娘に生まれたなら堪能することこそ正しい在り方だと思うんです。だって父も叔父も、エスコートは最高で、いつでも優しい人ですから」


 貴賓室の真ん中で父と叔父への愛を語っても、私とて女の子。もじもじしながら言ってみたら、隣のフォリ中尉から呆れたような視線が飛んできた。

 いいの、分かってもらえなくても。男の人って共感力が絶望的だよね。


「勿論、たまに私を連れ出してくださるガルディアスお兄様やグラスフォリオンお兄様、それにボーデヴェインお兄様もとっても素敵で、見ているだけで心が満腹状態になります。これが大人の魅力なのねってドキドキしてしまうぐらいです。父は、そういう一流の男性を見ておけば、変な殿方に引っ掛からないだろうと言うのですけれど、本当に素敵です。そう思いません?」

「は、はあ。まあ、どちらもそうでいらっしゃいますね」


 さすがに本人を目の前にして、人間は悪口など言えないものだ。

 ちらりとフォリ中尉やネトシル少尉を見てから、推定40代ふくよか系男性も頷いた。


「やっぱり男の人から見ても素敵ですよね。そうしたらなんと、ガルディアス様とグラスフォリオン様がお友達になったユウト様ったら、今までにないタイプだったんです。

 今まで私、父や叔父を見ていて、男の方の魅力は鍛えられた筋肉にあると思っていたんです。だけどユウト様みたいな筋肉とは無縁の方でも、頭が良くて細身でバランスがいい美形なら、これはこれで素敵って思ったんです。

 だからいつか私が大人になって、ユウト様も私も独身で恋人がいなかったら結婚を前提にお付き合いしてくださいって言ったんです」

「そ、そうですか」

「はい。六番目ですけど」

「・・・六番目?」

「ええ。私、父と叔父とガルディアスお兄様とグラスフォリオンお兄様とボーデヴェインお兄様にも同じこと言ってるので、ユウト様は六番目です。本当は一番私を可愛がってくれる祖父を一番にしたかったのですが、祖父には祖母がいますからやめたんです。だって祖父と祖母が仲良くお出かけしているのってとても幸せなんです。たまに私、祖父母と親子ごっこするんです。お父様とお母様と子供ごっこ。祖母が楽しそうにしてくれるからいいかなと。父も気にしませんし」

「・・・・・・はあ」


 どんどんと皆の瞳から力が失われてきている。

 大臣はフォリ中尉を冷たい眼差しで見ていた。どこか馬鹿にした気配もある。


「こほん。その六番目とかいうのはともかく、ガルディアス様はそうなると三番目(・・・)なのですかな?」

「はい。以前、三番目は父の親友だったのですけど、父の親友は私が取り持った縁で結婚してしまったので外したのです」


 どうせ大公家の息子が三番目だなんてと、フォリ中尉を馬鹿にするつもりなのだろう。だが、そんなことはさせない。

 ミディタル大公家の恨みは買いたくない。だってミディタル大公、怖いんだもん。


「あなたの取り持った縁?」

「そうなんです。父の親友だけあって話の分かるところが気に入っていたんですけど、まさに才色兼備と言っていい可愛らしいタイプの素敵なお姉様がいて、これは相性ばっちり、ここでこんな清楚で知的なお姉様を逃がすだなんて絶対駄目だと思ったんです。だから二人が仲良くなるようにデートを何回か仕組んで、ついに結婚までゴールインさせました。あの時は、なんて私ってばいい仕事をしたのだろうと、本気で自分に感動したぐらいです」


 別にいい男を虜にする悪女でも何でもなく、私はあくまで可愛い妹スタンスだ。

 皆の恋愛を邪魔する気もない。恋人にしたい父も、結婚したい叔父も、素敵な恋人ができたら家族として祝福し、その女性とも仲良くするつもりはある。

 意味が分からないとばかりに、大臣らしき男性が眉間にしわを寄せた。

 だけどこんな子供っぽい生徒に対し大人げない態度もとれないと、そんな感じである。


「あなたのお気に入りとは、いったいどういう基準なのですかな」

「見ていて心が喜ぶ美形鑑賞です。ガルディアスお兄様にしてもグラスフォリオンお兄様にしても着やせしているだけでいい肉体していますよね。うっとりするぐらいに素敵です」

「・・・・・・それは、いささか不埒な趣味ですよ、お嬢さん」


 言われると思った。だけど私はそんな言葉で怯(ひる)む女ではない。


「そうですか? だけど大人だってやっているでしょう?

 何の為に試験があるのかといえば、それはその人が学んだ蓄積を見る為です。少し話せば知性と教養は分かるものです。その姿を見れば鍛えた肉体も分かります。表情にも生き方は出ますし、知識の引き出しはそれぞれに違うものです。だから試験や面接を行い、いい人材を獲得するのではありませんか?

 もしもあなたが人を使う立場にあるならば、私以上に人を眺め、観察している筈です。それを不埒な趣味だと言う人はいないでしょう。

 私は一緒にいるならお喋りしていても楽しくて優しい人がいいです。

 勿論、結婚したらその人はパートナーに一番誠実であるべきだと思うから私の『大人になってもお互いに恋人がいなくて独身なら結婚してくださいリスト』から外しますけど、それまでは私がうっとり眺めていても私の勝手だと思うんです」


 くっくっくと笑っているのはフォリ中尉だ。

 大臣は真面目な婚約について話すつもりだっただろうが、肝心の私は自分に優しい男の人とは誰とでもそういうことを約束しているときた。

 それはまさに「パパ、大きくなったら結婚してね」レベルだ。まともに受け取る方がおかしい。

 そこは優斗もおかしいことになってしまうが、そこは言葉の壁が立ちはだかって違うニュアンスだったことにすればいい。


「私が三番目とは思わなかったな、アレナフィル嬢。かなり私は高評価されているということか?」

「本当は五番目だけど、ちょっと気遣って三番目にしてみました。だってガルディアスお兄様、とっても人気だからすぐに他の人とゴールインしそうですよね? だから順位を上げても意味がないかなって思ってるんです。どうせガルディアスお兄様、すぐに私を忘れて捨てていきます」

「なんだ、五番目か。あれだけ利用しといて。この私を荷物持ちだと思っているのはアレナフィル嬢ぐらいだぞ」

「いい男はどれだけ貢いだかなんてカウントしないからいい男だと思うんです。父も言ってました。何をしてやった、あれをしてやったと、恩着せがましい男などに引っ掛かるなと。その上で、考え無しに浪費する男も論外だと」


 大臣一行は、貴族令嬢のお友達を作ってあげて、まともに社交もできない子爵家の娘を救済してやれば十分だと思っていただろう。

 しかしその子爵家の娘はそんなものを恩に感じるどころか、そういうことを言い出すような男に引っ掛かるなと教育していたのであれば、既に大臣一行はその子爵家の娘にとって不逞の輩だ。


「ウェスギニー子爵がいる限り、アレナフィル嬢はまともな恋愛ができそうにないな」

「いいんです。だって父がいれば私、それで満足ですから。それにガルディアスお兄様、いい男ですよ? ケチ臭いこと言わないですし、試験問題集もくれました。

 自己満足にすぎないプレゼントなんて、処分が面倒なだけです。相手が欲しがるものを外さない上、お茶目なところもあるガルディアスお兄様とグラスフォリオンお兄様は、たとえその身分がなくても、その存在感だけで女性を虜にする魅力的な男性だと思います。私、素敵な男性を素敵だと見極めることに妥協したくないのです」


 もともと、さっきの涙は本当に泣いていた訳じゃない。しかも、貴婦人(推定王妃様)が頬を軽く押さえるようにして拭いてくれたので、目の周りも赤くなってなどいない。

 私の子供らしからぬ言い分に、大臣の部下の人達がその眼差しを険しくしていた。

 だから私も微笑む。子供らしからぬ口角だけを上げるそれで。


「ユウト様も引き出しの多さがとても魅力的で、ガルディアスお兄様やグラスフォリオンお兄様と話している時は技術者の視点から専門的な話を、そして私とお喋りしてくださる時は人を驚かせるおもちゃの話をしてくれました。・・・ユウト様の工房で作っているというそれもパンフレットになっているものではなく、殴り書きでのそれを見せていただきましたけど、たしか義肢が気候風土の違うサルートス国でも変わらず動くかの耐久試験でいらしていたとか」

「そうですね。やはりその話を、アレナフィルさんも聞いていたのですか」

「はい。何と言っても大人になって恋人がいなければ結婚を考える同盟を締結した仲間ですから」


 先程、私の肩をがしっと掴んでくれやがった推定20代後半男性に向かって私は微笑む。

 どういう人間性なのか分からず、彼らは今、私を見極めようとして行動を考慮中だ。だからこそこのテーブルを私が制することができる。


「サルートス国での大量生産は無理とあって、我がウェスギニー子爵領の小さな工場でならば作れるのではないかと思い、ユウト様からお話を伺いました。

 ですが、サルートス国での技術は荒すぎて、全ての工具をファレンディア国から買い付けなくてはならないこと、何よりそこまで細心の技術を持った人間を育成しなくてはならないこと、それに要する年月と費用を試算した結果、ウェスギニーの小さな工場でも採算が取れるまで二十年はかかり、その価値はないと判断しました。

 では、ファレンディアで出来上がったものを輸入するというのはどうかと思いましたが、その工房はもっとお金になる製品がメインで、大した儲けにもならない義肢など、空いた時間に少数を作ってあげるだけでも奉仕作業だとか。

 大量生産など論外、いい技術者をそんな金にならないもの作りに従事させるぐらいならもっと金になる製品作りに携わせるということでした。

 その人のデータを取った上でのオーダーメイドであることを考えたなら、技術発表の試作品でありこそすれ、ユウト様の工房はその製品を本当に作って売り出したいわけではないのです」


 既に大臣とその部下達も分かっているだろう。私の言葉を聞かせる為に集められただけだと。

 それまで何も言わずにいた30代らしき男性が唇を歪める。

 

「なんとまあ、子供だと思いきや、やはり・・・か。やはり小賢しさはあるようですな」

「まあ、ひどい。子供相手に小賢しいだなんて。そういうひどいことを言うおじ様には、私が作ったウェスギニー子爵領でそれを製造したらどれくらいかかるかの試算表、やっぱり教えてあげません」


 技術こそが国の資源であるファレンディア国。技術者をこの国に呼んで指導に当たってもらうだけでかなりの金額が動く。そして他国に技術を出すつもりのないファレンディア国は分からないようにトラップをしかけるだろう。

 すると大臣らしき人が穏やかそうに笑った。


「いや、勝手に価値を推し測ったことに間違いがあるだろう。ウェスギニー家のアレナフィル嬢。その試算表を見せてもらえるかな?」

「その前におじ様はどこのどなたですか? レイディがお茶会練習のお客様役でお招きしたということでしたので、私もお名前を聞くことはしませんでした。ですが、ウェスギニー子爵家が試算したデータを、名前も知らず、祖父も父も叔父も了承していない人に渡す程、私も子供ではないのです。

 そして試算表は私が作ったもので、父も叔父も持っておりません。

 何故ならユウト様は、ウェスギニー子爵領では手を出す方が損になるのは何故かを教えてくださる為にご指導してくださったのですから。普通ならば、損したところでその工場の選択ミスということで放置するものです。知識は金銭で贖(あがな)わなくてはなりません。私はユウト様から教えを乞う為に、200ローレ (※) を支払いました。その姿勢を評価して教えてくださったのです。

 勿論、子供が大金を持ち、自分勝手に散財するのはよくありませんが、私、貴族の娘としての社交でお金を使わない代わりに、現金で好きに使っていいお金を渡されておりましたので、我が家としては全く問題ございません」


(※)

200ローレ=200万円

物価を考えると貨幣価値は約1.5倍として300万円

(※)


 勿論、嘘だけど。

 どこから200ローレという金額を出してきたかというと、たしか昔、どこかの指導費の謝礼が大体そんな感じの金額だった。両国間の貨幣価値を擦り合わせていないから、正しくはないだろうけど、そこはもう考えない。

 だけど皆は息を呑む。

 子供が情報料を払った上で手に入れたものを、大人が横取りするのかと指摘してみせたからだ。まさか婚約がどうのこうのといった相手に私が大金を支払っていると誰が思うだろう。


「私が200ローレを払った上で学んだそれを、無料で教えてもらおうとするのはおかしいと思います。それならあなたも200ローレ出してユウト様に教えていただくべきです。ユウト様のお話は難しいことも多くて私には分からない箇所もありましたが、大人ならばそんなこともないと思います」


 沈黙が続いた後、フォリ中尉が面白そうに笑い出した。


「くくっ、やっぱり可愛がられているように見せかけて取れるものは取っていたか。さすがだな、アレナフィル嬢。そういうことならば、ネトシル少尉と祖父母同伴家族デートは、豪華列車旅行なんていうのはどうだ? あちこちの駅で降りて散策できる。勿論、退屈しないよう双子の兄も、アレナフィル嬢の友達も連れてきて構わない」

「え? 豪華列車旅行?」

「ああ、そうだ。いつもは夕方前に送り届けていたが、宿泊付きとはいえ、侍女や護衛も連れていくし、ウェスギニー前子爵ご夫妻やレミジェス殿と同じ個室車両ならば、ほかの車両に男がいても全く問題なかろう。その上で600ローレ (※) 払おう。今、その試算表について教えてもらえないか?」


(※)

600ローレ=600万円

物価を考えると貨幣価値は約1.5倍として900万円

(※)


「えっ。600ローレ? どんなぼったくりですか。私、そんな悪い子じゃないです」

「その年で金の使い方を分かっていたご褒美だ。愚かな使い方はしないだろうからな」

「え? だけど私、今度遊園地で大散財する予定なんですけど。大金をもらったらぱあーっと使いきっちゃいますよ?」

「別に構わん。その代わり、エリーにもいずれその顛末(てんまつ)を教えてやってくれ。いい刺激になるだろう」


 不覚にも心がきゅんきゅんとときめく。だけど私は大きな誘惑を退けた。


「ありがとうございます、ガルディアスお兄様。ですがお金のやり取りに関して父や叔父に相談することなく、お返事はできません。だけど豪華列車旅行の許可を祖父母と父と叔父にとってくださるのでしたら、ここは特別サービスで教えて差し上げます。だってガルディアスお兄様、色々な所に連れてってくれますし」

「物わかりのいい子は好きだぞ、アレナフィル嬢」

「私もお金払いがよくて、けちけちしたことを言わない方は大好きです。やっぱりガルディアスお兄様は五番目じゃなくて三番目かなって」


 さすがにこんな会話を侯爵家の息子であるネトシル少尉とやらかそうものならば、後で彼が何を言われるか分からない。

 そういう意味で大公家の息子というフォリ中尉は役どころをよく分かっている。

 どうせ私もそんな大金、本当にもらう気はない。豪華列車旅行は、ウミヘビ代金ということにしておこう。何ならオプション代金を大幅割引してあげてもいい。


「ここは一歩進んで二番目か、いっそ一番目に持ってこないか?」

「ごめんなさい、ガルディアスお兄様。私の記憶が始まった時から常に私を大切にしてくれた父と叔父を裏切ることはできません。その代わり、ガルディアスお兄様がどなたかとお付き合いもしくは結婚するまでは、私の三番目でキープしておきますから、それで許してください」

「その強欲さも悪くないな。そして私も大臣がそこまでのめりこんだそれに興味がある。で、資料を取りに行かないと説明は難しいか?」

「大丈夫です。頭の中に入ってます。えーっと、レイディは興味ありますか? 製品内容から説明した方がいいですか? それとも市場価格も踏まえた上での説明は鬱陶しいですか?」

「・・・ここはガルディがスポンサーだもの。ガルディに聞いてちょうだい、アレナフィルちゃん」

「私は大臣が興味を持っていたとかいうそれを見てもないのでな。何も知らない人間に対しての説明で頼む」

「分かりました。なるべく簡単に説明していきますので、更に詳しく知りたい時は、ガルディアスお兄様は別にお時間を取ってください」


 そして私は立ち上がり、壁の所へ行く。

 ここの壁は真っ白だが、それが助かるというものだ。私は残光ペンを取り出した。


「では、この壁に書いていきます。あ、後で消すことを心配しなくても大丈夫です。これ、一定時間が経ったら消えますので。インクとか塗料を使うわけじゃなく、空気中に色のついた空気を滞留させることで壁に文字を書いているかのように見えるだけです」

「アレナフィルちゃん。そんなの、どこで買ってきたんだい?」

「えへ。ユウト様から買いました。お外で使うには風で飛んでしまうらしくて、屋内でも風の動きがあるところではちょっと駄目なんですけど。グラスフォリオンお兄様、興味ありますか?」

「風で飛ぶのはちょっと困るな。だけど何かあった時、緊急時にどこにでも痕跡を残せるかもしれないという意味ではとても興味あるよ」

「じゃあ、一本余ってるからグラスフォリオンお兄様にあげます。その代わり、豪華列車旅行でフォトモデルしてください。窓からの淡い陽光に照らされて物憂げにしているのとか、きっと絵になる気がします」

「勿論、俺のことは好きにしてくれて構わないよ」

「はい」

 

 すまぬ、異国にいる弟よ。残光ペン、持ち歩いていて私に販売したことにしてくれ。

 心の中で私は謝っておいた。

 折角だから作ってみたこの残光ペンは役立つようであまり役立たないのだ。だけどこういう時には役立つ。


「では、ユウト様が扱っていた義肢についてですが、現在、サルートス国で出回っているのは木製や芯に金属を入れたものが主流です。勿論これも、一人一人の体に合わせて使いやすくしなくてはならないので、専門の技術者の所で細かく微調整されるオーダーメイドです。

 ですが今回、ユウト様が扱っていたのは、本物の肉体にしか見えない上、寝たりお風呂に入ったり泳いだりする時に取り外したりする必要もないというものでした。それこそ体が動かなくなったり失ったりした人にとって、朗報としか言いようがありません。何故ならば、本物の肉体のように関節も動くのですから。

 義肢といっても手足だけではなく、肉体のどの部分であろうと、内臓以外であれば対応可能で、しかも取りつけて本格始動してしまったなら、メンテナンスに行くのは五年後でも大丈夫という画期的なものです。体形が変わらなければという注釈がつきますけど」


 あらまあと、貴婦人(推定王妃様)が目を丸くして大臣らしき人に話しかける。


「道理で力を入れていたわけですわね。多少、嫌がられようが何であろうが、これは話をまとめる価値がありますわ」

「恐れ入ります。全くその通りでございます」


 ひどい。私の味方だと思っていたのに、貴婦人(推定王妃様)は私よりも大臣を取るのですか。

 だけど私は続けた。


「その内部に使われている芯、つまり骨の役割をする材質は、金属ですが水や汗に触れても錆びず、しかし骨と同様の強度になっています。つまり凶器にならぬよう、強い衝撃を与えれば折れるようになっています。その金属は合金ですが、その材料、割合、加工法などはメーカーしか知らず、技術込みで購入するしかありません。形を指定して購入するので幾らとも言えないのですが、まあ、片足の膝から下までということで大体が100ローレ (※) としてください」

「質問いいかな、アレナフィルちゃん? ならば長さで換算されるのかい? 太もも部分も含まれたら倍額かな?」

「どちらかというと技術料が高いのであって、半分の長さであれば半額というわけではありません。これは大人サイズの値段ですが、たとえば両手両足なら四倍金額というものでもなく、二倍程度です。とはいえ、この場合はあくまで試算表なので、大体、骨を含んでいる物を作るとして、尚かつ骨部分は100ローレから200ローレと考えてください」

「分かった。ごめんね、続けてくれる?」


 ネトシル少尉のことだから全部覚えて帰りそうだなと私は思ったけれど、それはそれでいい。

 お金を払ってさえくれるなら義肢を作りたい時、優斗への口利きぐらいしてあげてもいい。ネトシル少尉はいい人だ。


「この骨部分にしても微妙に値段が異なってきます。というのも、その人の職業や生活に応じてのオーダーメイドをあの工房は可能としており、場合によっては軍人の動きに耐えられるような鋼鉄レベルで強い骨も、そして高齢のやせ細った人にも対応できるような弱々しく軽い骨も作れるので、一概にいくらとは言えないのです。

 更にはオプションで別金額が発生しますが、発熱機能などを取りつけることもできます。つまり雪山などで遭難した場合、その義肢で体を温めることもできるということです。また大きな川や湖沼、海辺で暮らす人ならば水に浮く機能を取りつけることもできます。それは50ローレ程です」


(※)

50ローレ=50万円

100ローレ=100万円

200ローレ=200万円

物価を考えると貨幣価値は約1.5倍として50ローレ=75万円、100ローレ=150万円、200ローレ=300万円

(※)


 私は簡単に人の体を描いて、片方の膝から下を丸く囲って、「100ローレ」と書いた。その下に「オプション50ローレ」とも。

 この場にいる人にとって100ローレなど大した金額ではないだろうが、あまりにもラインナップが多岐に渡ることはそこで察したらしい。

 恐らく優斗は簡単なパンフレットしか作っていなかっただろう。売る気などなかったのだから。


「まずサルートス国に導入するならば、その骨部分の金属も何種類導入するかを決めなくてはなりません。何故ならそこまで細かい微調整された骨の流通はファレンディア国だけで、他国であればファレンディア国の特別製品使用料を、購入とは別に払わなくてはならないからです。一番、無難なタイプを決めるとして、加工した骨を買わせてもらうならばまだ1000ローレ程度の使用料を先に払う必要がある程度ですが、もしもサルートス国でメンテナンスするならば、1000ローレとは別に5000ローレを最低でも払わなくてはなりません。それは工場の大小によりますが、ウェスギニー子爵領の数十人規模の一番安い工場で、取扱使用料金が6000ローレです。ですが、それは材料を買わせてもらうのであって、加工用の器具は別個に買わなくてはならないのです。そちらの加工用器具は5000ローレ見ておいた方がいいかと思います」


(※)

1000ローレ=1千万円

5000ローレ=5千万円

6000ローレ=6千万円

物価を考えると貨幣価値は約1.5倍として1000ローレ=1500万円、5000ローレ=7500万円、6000ローレ=9千万円

(※)


「この時点で、そこまでのお金を出してまで工場を作ったり取り扱いしたりするメリットについて考えるものは出てきます。必要としている人が千人単位、万人単位でいるならばともかく、数十人や百人程度の需要で取り扱っても旨味はありません。何よりそれだけのお金を払っても、ガラクタとなるとあっては」

「ガラクタ? どういうことだ、アレナフィル嬢?」


 フォリ中尉の質問が飛んできたので、私はそちらに向き直った。


「工具と材料があっても、技術者がいなければ使いこなせないということです。メンテナンスといっても、それは作るより簡単という意味ではありません。骨部分だけであっても、ほんの僅かに削りすぎても、今度は削りすぎたものをどうしようもないことになります。何より肉部分もまた大事なのです。

 さて、この技術者を育成するにせよ、ファレンディア国ですら100人から始めてモノになるのは数人です。サルートス国でその技術者を育成する為にファレンディア国から技術者を招聘し、そしてモノにならない九十人余りをどうするかという話も出てきます」

「なるほどな。だが、今の時点でそれなりに技術のある者に学ばせればモノになる確率は上がるだろう」


 フォリ中尉の指摘は尤(もっと)もである。


「それでもモノにならない人が多く出ることを踏まえた上で、生活できる給料を出しながら育成しなくてはならないわけです。

 家族持ちの男性の一年間の給与が400ローレとして、何らお金を生み出さない技術習得をさせておけるのは何人でしょう? たとえば100人の技術者を学ばせるとして使い物になるのがどれくらいの割合かは分かりませんが、その時点で、一年間で4ナロメインの費用が発生します。半分の50人なら2ナロメイン、更に半分の25人なら1ナロメイン。

そして教えてもらう際にはその工具をファレンディアから買い付けなくてはなりません。また、ファレンディアの高レベル技術者を招いて指導に当たってもらう為に、お友達価格で安く協力してもらっても数千ローレ以上必要になるのは分かるかと思います。

つまり、始動する前の初期投資において、どんなにコンパクトな安価ベースでいくとしても、3ナロメインは用意してほしいです」


(※)

400ローレ=400万円

1ナロメイン=1億円

3ナロメイン=3億円

4ナロメイン=4億円

物価を考えると貨幣価値は約1.5倍として400ローレ=600万円、1ナロメイン=1億5千万円、3ナロメイン=4億5千万円、4ナロメイン=6億円

(※)


「ふむ。採算が取れるのは二十年後というのはそれか。たしかに初期投資を回収するだけで十年がかりだ」


 フォリ中尉が面白そうにワインレッドの瞳を煌めかせる。


「ユウト様の持っている工房でも、この繊細なそれに対応できる技術者は20人もいません。だから多くの発注には応えられないし、金にならないそれに対応させたくないというわけです。

 何故ならいくら高額品でも人が義肢に払うのは数百ローレ。覚悟しているのはせいぜい500ローレが限度でしょう。そして一つのそれを作るのに要する期間はどんなに短くても一ヶ月。基本的には一年を通してデータを取ります。優秀な技術者をそんな採算の取れない仕事に就けておくよりも、違う仕事で稼いでもらうというのが経営者の判断になります。何故ならば、骨となるそれを決めたら今度は肉部分に移るからです」

「無駄に高機能すぎるのが仇になっているわけか」

「その通りです。あくまであれらは、これだけ高品質高機能なものを作り上げることができるという発表作品にすぎません。

 技術を売るとはそういうことです。いずれは義肢専門の専門病院を作りたいとか、リハビリセンターを作りたいとか、そういったその技術を必要とする所に高く売りつけてお金にし、そのお金でもって違う技術を育成する為にある展示作品にすぎないのです」


 私は白い壁に、中央に骨のある肉の断面図を描いた。


「次に肉部分の説明になりますが、骨の周りには髄液や神経、筋に肉や脂肪が混在しています。表皮の色は肌に合わせてのオーダー染色となりますが、産毛やすね毛も自由自在のオーダーメイドです。尚、日光に当て続けても十年経っても色あせ無しの表皮、はたまた日焼けしたような色に変色する表皮と、幾つかのパターンがありますが、導入するならばどちらかにしろと言われることでしょう。まあ、そんなのはどうでもいいとして、肉部分です」

「どうでもいいの、アレナフィルちゃん? 女性にとってとても大事だと思うわ」

「レイディ。だけどその産毛とかの割合や肌の色とかって反対側の体のデータを転写するからそこまでじゃないんです。せいぜい技術としては300ローレぐらいだからどうでもいいかなって思うのです。それ以前にもっとお金と技術がかかるのが肉部分なんです」

「そうなの。肉が大事だったのね。しかもお金がもっと飛んでいくのね」

「はい、そうなんです。骨よりもこちらの技術がメインです」


 それでも私は、「皮膚素材導入費用は300ローレぐらい」と書き、断面図の横には「胴体側」と書く。

 なんというサービスぶり。やはり豪華列車旅行が待っていると思うとウキウキしてしまう。


「さて、この断面図だけで計測値を何百回も取り、動かそうとした時でもどこまでだと動きをためらっている状態なのか、本当に動かそうとしたらどの強さの脳波と信号が出るか、計測とモデル人形出力を繰り返していきます。

 つまりここで病院の設備と専門医、そしてプログラミング技工士が必要になります。

 必要になってくるのが専門機器です。その設備がある病院ならいいのですが、脳内の信号やその際の様々な体内全てのデータ、つまり瞳の動きや発汗なども全て計測し、それをモデル人形に出力してその行動が正しいかどうかのすり合わせを行うわけですが、それらの設備をゼロから揃えようとしたら1ナロメインは必要となります。

 ですから、そういった医学的研究を行っている専門機関と提携するのが一番安上がりでしょう」


(※)

300ローレ=300万円

1ナロメイン=1億円

物価を考えると貨幣価値は約1.5倍として300ローレ=450万円、1ナロメイン=1億5千万円

(※)


「すまないが、アレナフィルさん。そのモデル人形というのは何かを教えてもらえるだろうか」


 大臣の部下らしき推定30代男性が軽く手を挙げて質問してくる。


「はい。人間の行動をモデルとして追跡する人形です。

 たとえばあなたが仮に右手の肘から先を失い、義肢を作ろうとしているとしましょう。では、あなたはなくなった右手を上げようとしてみます。だけど右手をなくしているので、右手は上がりません。だけど右手をあげようとした気持ちは頭の中で生まれていて、それに合わせて肩とかも動いているわけです。

 左手で右の肩と上腕部を触ってみてください。右手を上げようとしたら右肩も動いているのは分かりますね?」

「ああ」


 そこでふと私は思った。

 もしかしてこれはとっくに授業が始まっていないだろうか。

 いいや、後で学校長先生に泣きついて出席扱いにしてもらおう。それとも大臣権限でどうにかならないだろうか。

 最後にはフォリ中尉の権力でどうにかしてもらえると信じる。


「では、隣の人がモデル人形だとしたら、あなたのその右手を動かそうとしたその信号を受けて、代わりに右手を上げるわけです。

 正しくその信号が伝わっていればあなたがどこまで右手を上げようとしたのか、それこそ軽くテーブルの上に手を置く程度に上げるつもりだったのか、それとも伸びをするぐらいに頭の上まで上げるつもりだったのか、そのモデル人形を見れば分かるわけです。

 その信号伝達が合っていなければ、全く違う左手とか、右足が上がるかもしれません。自然な動きになるように、ほんの少しだけ上げるだけとか、動こうとしてためらった時に少し上下に揺れるとか、そういったことまで全てモデル人形を見ながらデータを照合していきます。だから何百回、何千回でも自然な動きになるように、何度も日を変えてそれをやります。何故なら緊張していたり、その時の体調によったりで、違うデータになるからです」

「そうか。うん、説明ありがとう」

「どういたしまして」


 私は壁に向き直った。


「この肉部分ですが、体温程度の発熱機能を入れるとして、場合によっては脈拍などもオプションで取りつけることができます。義肢を使っていることを知られたくない人は、そういうオプションをつけます。だからどの材質を使うかで値段は変わってきます。

 先程、雪山で暖を取れるような発熱機能を骨につけるか、水に浮く機能をつけるかと言いましたが、それに合わせて肉部分も違う材質を使うのです。いざという時に発熱する機能をつける人は、水分を熱に変える材質を表皮裏に仕込むこともあります。また、浮く機能をつける人は、肉部分もさらに浮きやすくなるものを使います。

 また、肉部分は必要とあれば表皮からの触感が伝わるようにもできます。ただし、怪我した時には本気で痛いので、つけない人がほとんどです。それでも職業や家庭の事情的に誰かに触ったり看護をしたりする人、つまり医療関係者や家族との触れ合いが多い人はつけることを選びます」

「アレナフィル嬢。そのオプションは他にもあるのか?」

「ありますよ? だけど冷やかしはお断りです。お金を用意した上で本気ならば見せてくるとは思いますが、その予算に応じて見せるものも違ってくるでしょう。とりあえず私は、ガルディアスお兄様、グラスフォリオンお兄様にとって必要かな? と思えるオプションを例に挙げてみました。やっぱりお仕事で冬の山に入ったり、船でどこかに行ったりするかもしれませんし」

「ありがたいが、やっぱり方向性がおかしいな、アレナフィル嬢」

 

 なんて失礼なのだ。だけど今、フォリ中尉は豪華列車旅行のスポンサー予定者。

 だから私はこほんと咳払いして話を続けることにする。


「何にせよ、どのタイプで商談をまとめるかを決めて、そして発注量によっても金額が増減します。

 そのあたりは単純な金額計算ですが、問題は義肢の肉部分です。

その自分が動かそうと思ったらその通りに動くというそれを義肢部分に埋めこんでいく作業は数百万から数千万のデータポイントが必要となります。

その為、専門医の要望に応えてプログラミング技工士がそれを作り上げていくのですが、それはモデル人形とは別にモデル義肢を作ってまずはそれで試します。そのモデル義肢を使って生活してもらい、それで不具合が出ないかどうか、生活上どんな時に不便な動作をするかをチェックしてもらうわけです。

 この専門医は幻肢痛にも詳しく、しかも経験豊富な医師であることが望ましく、プログラミング技工士も心理学を学んだ人であることが望ましいとされています。何故なら、人の心や体は機械のようにはいかないからです。加齢による不具合が出ていたりしたら、その際の反応速度やレベルも増減しなくてはなりません」

「医師は医師でも、いささか専門的知識が深い医師が必要となるわけか。その技工士も」


 一応、そういった義肢が必要となる人は軍部に多そうだなと思ったので、私もそこそこ丁寧に教えてあげるのだ。

 だけどセンターが受注することはないだろう。


「そうです。ガルディアスお兄様方みたいな人の反応速度になると、一般人とは違ってきますし、耐えられる強度も違ってきます。そういった様々な経験がある医師が必要となるわけです。また、データポイントにしても、一般人ならば普通の人のように肉の動きが分かるように、そしてガルディアスお兄様みたいな職業ならば、見ても悟られぬようにと、そういったプログラミングをしていかねばなりません」

「では軍のそういった計測を行っている部署に協力させねばならんわけだな」

「理論上はそうなりますが、一般人への義肢作成なら、そんなハードな骨もケーブルも使用しないです。世の中、一番大多数で需要があるものが流通すると決まってます。その場合は軍も自分達用に予算を組み、一枚噛ませてもらう必要があるでしょう。だけど何かとお金を使ってくださる気持ちに応えて教えてさしあげるなら、そのお金を用意しても無駄に終わります。目先の欲に駆られてお金だけ失うのは他の人に任せて、ガルディアスお兄様は高みの見物しといた方がいいです」

「そうしておこう。続けてくれ」

「はい」


 医師と技工士のイラストを四人ずつ壁に描いた私は、少なくともそれだけの人数は揃えたいのだと無言で示した。


「サルートス国に義肢制作の専門医がどれだけいるかは知りませんが、工場を稼働させるならそれに連携した病院、そしてその医師を雇用する必要がでてきます。プログラミング技工士は、留学に出して学ばせるか、招聘して教えてもらうかで、やはり人件費及び人材育成費用としてそこそこ見ておく必要があります。

 先程の骨などよりも高いお金がかかりますし、何よりそのデータのプログラム法を買い取るには骨なんて目じゃないお金がかかります。教育する医師や技工士にもノウハウだけを持ち逃げされないようにしなくてはなりません。

 ですが、この技術も教えてもらえるのは上っ面だけです。そこは覚悟しておかねばなりません。

 モデル義肢を使って数ヶ月経ち、違和感やこすれ、微妙な当たり具合などのチェック、わざと転んだりした時の反応などデータとの照合ができて、やっと本当の義肢制作にかかります」


 色々な人が関与するのだが、日常生活している土地も冷えがきついとか、湿気が多いとかで、かなり体調に影響する。

 それらも、経験から来るデータを蓄積している医師やプログラミング技工士ならいいが、やり方を教わった所から始める医師やプログラミング技工士は、一から始めなくてはならないのだ。

 そういったことを説明すれば、いつの間にかフォリ中尉の質問も飛んでこなくなっていた。


「ですが、サルートス国でも、自分に部下がついたら部下に仕事をある程度は教えますが、自分なりのコネや裏技や人脈は教えませんよね? それに自分だけが使えるそれを部下に渡したりもしません。ファレンディア国は更にそれが顕著です。

 よほど打たれ強い医師やプログラミング技工士でないと、途中で心が折れて辞めるだけでしょう」


 本当に大切な技術は外国に出さない。

 そもそも教えてもらうならファレンディア語を学ばなきゃいけないというハードルが、まず高すぎる国だ。

 ハッと気づけば誰もが静かになっていたので、寝ているのかなと思ったけど、みんな起きていた。


「えーっと、そういうことで、一番安上がりなのはファレンディア旅行してそこで作ってくることだと思います、ハイ」


 そそくさと椅子に戻ってお茶を飲もうとしたら、新しいお茶が差し出される。さすがは推定王宮の女官。見事だ。


「アレナフィルお嬢様。そのお茶は冷めておりますから、こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」

「さっき食べててもこれぐらい入るだろう、アレナフィル嬢? 栗は嫌いだったか?」

「大好きです」


 するとフォリ中尉が、とても美味しそうな純白の生クリームと果物で飾られたケーキの皿を渡してくれた。

 さっきまでこんなお菓子はなかった筈だけど、もしかして私が説明している間に、誰かに用意してもらったのだろうか。

 いい人だ。たまに意地悪だけど、フォリ中尉はいい人だ。


「長く喋って疲れただろう。茶が冷めるまでこの炭酸入りジュースも飲むといい。その菓子は差し入れに持ってきたんだが、さっきと違ったタイプで栗のクリームが入っている」

「ガルディアスお兄様。そういう大盤振る舞いなところ、最高だと思います」

「ああ」


 ぱくっと食べれば、高級蒸留酒の香り漂う生クリームと果物とスポンジケーキが絶品のバランスで、口内でダンスを始める。なんという豊かな味わい。そして食べ勧めていくと下に隠れていた違う味が現れた。

 なんということでしょう。

 マロンクリームとパリパリしたパイが層になっていて、しかも刻んだ栗がクリームの中に散らばっている。

 一つのケーキで二つのケーキ。なんて素敵。果物も栗も、じゅわぁっと広がるハーモニー。

 ああ、みんなにも食べさせてあげたい。


「これ、とっても美味しいです。どこで売ってますか? 早速買いに行くんです。これってもしかして予約しなくちゃ駄目ですか? みんなにも食べさせてあげるんですっ」

「気に入ったならまた差し入れてやる。とある来賓を交えての晩餐会で出したデザートだ」

「うわぁ」


 よしよしと頭を撫でてくるフォリ中尉の手に、ほわほわした気持ちを増量サービスしておいた。

 しゅわしゅわした炭酸ジュースにもクラッシュゼリーが入っていて太いストローで飲むのがとても楽しい。ああ、心がふんわりしてしまう程に、この炭酸ジュースにも豊潤さがあるの。


「ところでアレナフィル嬢。もしも君がサルートス国に、そこまで高品質高機能でなくてもいいから、そこそこ品質のいい義肢を普及させたいと思ったらどうする?」 

「ファレンディアの、そういう物まねメーカーと契約すればいいんじゃないですか? あそこまで高機能じゃなくても、人間、杖や歩行補助具を使ってどうにかしているわけで、何もわざわざユウトのような一番高いところと契約しなくても、もっと安いところと契約すればいいだけだと思います」


 私はちょっと記憶を振り返る。

 まあね。大臣だってサルートス国民のことを思って手に入れたいって思ったわけだしね。

 優斗に踊らされてうちの叔父を困らせるような私の婚約話を強行しようとしなければ、私だって優しく教えてあげたよ。


「ファレンディア人でもあんなセンターの高額製品、買える人なんて一握りですよ。どこぞの英雄だとか、王族だとかに恩を売る為に最高品質で発注がかかるってものです。つまりその後に大金が動くってことです。大体、義肢に発熱機能なんて要らないでしょ。触れば冷たく感じないって程度で十分。そこそこ関節を動かせたらそんなものでしょ。だったらカニエ製造とかサダミツセンターとか、そのあたりかなぁ。まだあるかなぁ」

「それはあのユウト・トドロキに尋ねれば分かるか?」

「それは聞くだけ無駄。ガルディお兄様だって普段はオーダーメイドな服ばかりでしょ? それこそ立派な門構えの服飾店は知っていても、庶民が買うパンツ売り場を知らないようなもん。ユウトに聞いたところで、サルマネメーカーを知らなきゃいけない理由を教えてよって鼻で笑うのがオチ。・・・知りたいんですか?」

「ああ、知りたいね」

「しょうがないなぁ。有料通話装置、国際通話だと高いんですよ」

「気にせずこの警備棟のを使って構わん」


 くいっと顎で示された通話装置。

 だから私は部屋の隅にあったそこに行って、ファレンディア国の番号を打ちこんで、案内ダイヤルを入力した。

 勝手にそこにあったペンとメモ用紙を使うことにする。


『はい。こちらは番号案内センター、時間外受付です』

【いくつか知りたいのですが、まずキタナのカニエ製造、そしてイコマのサダミツセンターの番号を教えてください。その後、ファレンディア国全体に範囲を広げ、クラス6からクラス8までの義肢製作所を順にお願いします】

『その場合、外国からの通話通信ですから、そちらの金額にして3ローレ頂きますが、大丈夫ですか?』

【はい、構いません。カニエ製造かサダミツセンターに商談を持ちかける予定ですが、同業他社も知っておきたいだけですから】

『かしこまりました。数としては多くありませんので、このまま申し上げます』


 思った通り、カニエ製造もクラス6、サダミツセンターもクラス7に入っていた。

 せっかくだから所在地アドレスも教えてもらう。

 書いたリストを持って席に戻り、フォリ中尉に渡した。


「クラス6が少し高品質、クラス8がその中では低品質。これ以上、品質を下げるならわざわざ外国のものを買う意味がないの。大体の値段を聞いてあげたいのは山々だけど、時差的に営業してないし、今はあっち、夜明け前だからって割り増し料金取られちゃった」

「仕方ない。仕事が早いな、アレナフィル嬢。真ん中がファレンディア語、右側がサルートス語か」

「そうじゃないと何が書かれてるか分からないでしょ? こっちだと夕方になってからが、あっちのお昼なの」


 正しく人の仕事を評価できるのは素晴らしい。

 子供でも知ってる番号案内だけど、遠慮なく褒めるがよい。


「ああ、分かりやすいな。このクラス分けでいくと、あのユウト殿の義肢クラスは?」

「あそこが扱っているのはクラス1から3ぐらい? だけどさっき説明したのはクラス3から4ってとこかな。一般人への発表作品だから」

「で、これはどこから教えてもらった情報だ?」

「勿論、年中無休で教えてくれる番号案内サービス。誰でも通話すれば、有料でファレンディア国内の通話通信アドレスを教えてくれます。外国からだから3ローレ取られるってことだったから、警備棟の人にはガルディお兄様が責任もってお金払っておいてください。ファレンディア国内からならせいぜい30ナン程度なんだけど、そこはもう仕方ないってことで」


(※)

30ナン=30円

3ローレ=3万円

物価を考えると貨幣価値は約1.5倍として30ナン=45円、3ローレ=4万5千円

(※)


 ファレンディア国かそうでないかだけで、ゼロの単位が三つも異なってくるのだ。あくまで自国民ありきなファレンディア国は、たかだか番号案内であっても差別が凄い。

 警備棟の通話通信費用の予算を越えていないことを祈るばかりだ。

 そして後で、

「なんだ、この高額請求は」

などと言われたりしないよう、皆の前で私はフォリ中尉に支払い宣告するのだ。

 私に払えだなんて言わないで欲しい。だって子供だからそんなお金払いたくない。


「ふぅん。これらの会社、尋ねればアレナフィル嬢並みに詳しく価格を教えてくれるのか?」

「通話通信で教えてくれるところはまずないですね。文書通信で、外国に輸出実績があるのか、その際の値段はどれくらいなのかを、どこかの会社を使って問い合わせた方がいいです。ガルディお兄様の所の会社、使うの?」

「そうだな。良かったら問い合わせの例文を書いてくれると尚ありがたい」

「仕方ないですね。リオンお兄さんと一緒にフォトモデルしてくれるならやってあげてもいいです」

「・・・くっ。はは、そうだな。自宅から出さないのならやってやる」

「約束ですからね」


 態度はでかくて性格もいじめっ子だが、金払いとフォリ中尉の肉体は悪くない。きっといいフォトが撮れるだろう。いつかお金になる日が来るといいんだけど。

 私は通話通信装置の所にあったメモ用紙を取ってきて、ファレンディア語で定型文としてのそれを書いていった。私がそれを書いている間に、赤色のペンも持ってきてもらって、赤ペンでサルートス語訳を注釈として翻訳もしておく。

 横から覗きこんでいたフォリ中尉も満足そうだ。


「ご褒美に今日の授業は公休ということで出席扱いにしておいてやる。疲れただろう。ちょっと休め」

「別にまだ夜じゃないですよ。お日様が出てる時間帯は元気に動く時間です」


 ひょいっと腰を掴まれて体が宙に浮き、いつの間にか後ろにいたネトシル少尉に抱っこされる。

 お気に入りはエメラルドよりも深い緑のセクシーな瞳と、ルビーのように清冽で甘く輝く赤い瞳なんだけど、たまにはこういう茶色の瞳もいい。光を透かして輝くブラウンは温かみがあるようでクール、とても幻想的だ。


「お疲れ様、アレナフィルちゃん。大人に囲まれて緊張しただろう。休憩室に行こうね。女性も二人、付き添いでお願いするから大丈夫だよ」

「リオンお兄さん、やっぱりもう少し色気を出してった方がいいの。そうしてると横顔のラインもきりっとしてて精悍さがとっても魅力的。前から見ると甘い感じなのに、そのギャップにきゅんときちゃう。お隣は習得専門学校なんだよ。ぴちぴちの女の子がウハウハ。年上の妖艶系お姉様もいいけど、たまには年下の清純派もいいんじゃないかなぁ」

「そうだなぁ。だけど今は仕事だけで手一杯だからなぁ」


 なんでだろう。心がとてもふわふわして、楽しい気持ちがいっぱい弾けて溢れていくの。

 よしよしと背中を軽くぽんぽんされて、なんとなく目が閉じていった。


「全く子供に何を飲ませてるんですか」

「はは。幸せそうな寝顔じゃないか。・・・女官長。どこか一部屋に簡易ベッドを運び、目覚めるまで二人、室内で待機させておけ。扉の前は警備員に守らせ、眠る令嬢の部屋に押し入る者がないよう手配せよ。ウェスギニー家から学校側へ怒鳴りこまれてもかなわん。レミジェス殿に連絡を入れて来校を要請し、女官長自らが事情説明し、必要ならば全ての記録を渡してアレナフィル嬢に不名誉なことは全くなかったことにご理解いただくように」

「かしこまりました」


 なんだか遠くで男の人や女の人の声が聞こえるけど、何を言っているのかが分からなかった。

 慣れ親しんだ声だけど、どうして父も叔父も何も言わないのかな。いつもは抱きかかえながら頬にキスしてくれるのに。

 私が寝ている時に人の声がするなら、それはローグかマーサ、もしくは家族と決まっていた。

 だけど私を抱きかかえている人から変な下心は感じない。だから大丈夫。・・・・・・多分。


(私が一緒に寝るのはパピーかジェス兄様かルードなのに)


 その後の記憶がないんだけど、貴婦人(推定王妃様)のお供でついてくる女性が、

「お目覚めですか? 昼食は食べられそうですか? まずはスープからいかがです?」

と、運んできてくれたお昼ご飯の香りで目が覚めた。

 




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