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36 愛に頭脳はいらない、心だけがあれば


 国立サルートスという名前がつくそれぞれの幼年学校、上等学校、習得専門学校は、サルートス国における一番のエリート校だが、貴族の特別枠が存在する。

 だから実力で賢い人と、お情けで通うことができる人とがいるわけだ。


「あのなあ、だからって貴族ならみんなアホだと決めつけるってどうよ。ハングリー精神とか言ったところで、その方向性が常に学問に向くわけないだろが」


 サルートス国では流通していないエロス炸裂なフォトブックのお礼にと、警備棟の人達から沢山の大粒ブドウをもらった私。

 この美味しい大粒ブドウをバーレンにも分けてあげようと、隣の敷地にある国立サルートス習得専門学校の研究室へとやってきた。おうちで奥さんといちゃいちゃしながら食べられるようにと、大粒ブドウはそのままお持ち帰りできるようにしてある。

 そんなバーレンと私は、ブドウをたっぷり載せたタルトを二人で食べていた。


(なんかみんなタルトの方を喜んで食べるんだよね。やっぱり甘いクリームがあるからかなぁ。単にブドウの皮を口から出すのが面倒とかいう理由じゃないよね?)


 勿論、クラブメンバー達はクラブルームでブドウタルトとそのままのブドウを私抜きで食べている。おそらく学校長も今頃はクラブルームでおしゃべりしながらブドウを食べていることだろう。

くれたのは警備棟からなので、警備棟の人達とアレンルードにはブドウタルトをプレゼントだ。ローグとマーサにはブドウそのまま。だってその方がヘルシー。

 アレンルード分のブドウたっぷりタルトは、同じ男子寮で生活しているエインレイドが配達してくれるそうだ。なんて素敵な王子様。

 もらった大粒ブドウをその日の内に振り分け、私はこうしてバーレンの所にやってきたのである。

 そしてバーレンに、父はどこまで頭がまわるだろうか、貴族の特別枠だから大丈夫だよねと相談していたら、そんなことを言われてしまった。

 なんということでしょう。

 私はショックを受けた。


「嘘。だってパピー、子爵家の跡取りだったんでしょ? そしたら卒業まで全てはノンストップ自動走行だったんじゃないの? 勉強する必要なかったんじゃないの? そりゃパピー、有能そうだなって思ってたけど、軍って頭脳より肉体だよねっ? だからパピー、素敵な体なんだよね?」


 海を隔てた異国にかつての弟がいるとなれば、現在の祖父母や父や叔父を相手に演技力と辻褄合わせが必要になる。

 できればすんなり騙されてくれるちょろい父親が希望だ。


「アホか。そりゃ何も勉強しなくても卒業できただろうが、勉強したっていいわけだろ。フェリルはあの頃、完全犯罪にはまって様々な推理小説を読みふけっていた」

「へー。だけど推理小説読んでも学校の成績に関係しないと思う」


 ついでに机上の空論と現実は別物だ。推理小説のように、現実世界の物事は運ばない。

 たとえばある程度の時間でこの距離は移動できると、推理小説ではその方法が披露されたとしても、現実的に混雑する場所で全力疾走なんてできないものだし、移動中のアクシデントはつきものだし、何より自分がその時に知人から呼び止められたら終わりだ。

 世の中には様々な「予想外の出来事」が溢れていて、祖父母の誕生日のお祝いに間に合うように家を出たというのに、

「実の親子であるという身分証明書と確認にご協力願います」

と、何かと予定外の接触で時間を取られた私達親子だから力強く主張できる。理屈と現実は違うのだと。

 うちの父ってば、可愛い双子を誘拐している悪い色男だって思われちゃうんだもの。家庭を持った落ち着きがないって言うのかな。そこはもう独身者の危うさと色気が漂ってるの。そう、プロデューサーは私。

 もう本当に父ってば、悪漢主人公小説(ピカレスクロマン)の主役も似合ってて最高すぎる。

 だけどバーレンは、過去を振り返るかのように窓の外を見た。


「あいつの恐ろしい点は、それを改良して実行にうつすことだ」

「レンさんも何言ってるんだか。だからってパピーが殺人事件を完全犯罪で起こしたわけじゃないでしょ」


 何を恐ろし気に語っているのか。

 男の子ってそういう所あるよね。大したことのない武勇伝を大きく語るってとこ。

 どうせぬいぐるみを人型にしてベッドで寝ているように見せかけて、ちょっと夜遊び行ってみましたって程度のことでしょ。

 いつも上流階級の社交場に出入りしていると、たまには庶民の酒場に行ってみたくなるって程度のことに目くじら立てる必要ないよ。

 私なんて一人暮らしだったから、そんな小細工せずに遊びに行ってたし。夜の盛り場はあまり行かなかったけど、ちょっとこだわりのある雰囲気のいい店のカウンターには行っていた。

 その場限りのおしゃべりをしながら、思った以上に著名な人が巷にはうろちょろしていることに驚いたものである。


「殺人事件は起こさなかったな。いいか、フィルちゃん。いくらお前さんが愚かな考え無し女だろうが、あいつの微笑を本気にするな。これでも長い付き合いだ。それなりのアドバイスをしてやらんでもない」

「全然アドバイスになってない。何が言いたいかなぁ。はっきり言ってよ」

「つまりは、だ」


 バーレンはその水色の瞳で私を力強く見据えた。


「愚かな小手先のごまかしを考えることなく、全てをフェリルに報告し、相談しろ。それだけだ」

「だけどっ、レンさんは分かってないからそう言うんだよっ。パピーなんて子爵なんだよっ。フォリ先生はパピーより今は地位も下かもしれないけど、ミディタル大公の息子さんなんだよっ。パピーより偉い人になっちゃうんだよっ。そんな相手に沈黙誓約書を書かせるだなんて、パピーが言える立場じゃないのにっ」


 娘可愛さに、部下にそんな誓約書を書かせたとなったら、父こそがいずれ出世した部下から糾弾されてしまうではないか。

 私には素敵な年の取り方をした父と、仲良くいちゃいちゃして過ごすという将来計画がある。そんなことで輝く未来生活を壊されてはたまらなかった。

 ウェスギニー子爵家没落なんて心から御免(ごめん)被(こうむ)る。


「そりゃそうかもしれんが、お前さんはもっと言えん立場だろうが。何の地位もない未成年者が、士官に対してそんな誓約書にサインさせられる力があるとでも本気で思ってるのか?」


 だからその無力な分は知恵で乗り切るんだよ。当たり前じゃない。


「大丈夫。だって私、未成年なんだよ? 未成年相手に本気で怒る方が恥ずかしいんだよ? だからそこを突いてサインもらうの。所詮、男なんてレアアイテムをぶらさげれば、

『くっ、足元見やがって』

とか言いながら言いなりになるってもんさ。だってトビウオのバッタ品どころか、トビウオの上位機種、それも本家本元製品。ここで意地張ったらもう二度と手に入るチャンスなんてないんだよ? だってサルートスってばファレンディアと兵器売買契約してないし」

「貴族令嬢の思考じゃねえ。どこのゆすりたかりだ」

「失礼な。貴族令嬢だからこそ将来の禍根を絶やしておくのだよ」


 私だって考えた。

フォリ中尉は偉くなる人かもしれないが、そんな彼でも逆らえない人がいる。

 それは私と一緒に毎朝のティータイムを過ごしている貴婦人(推定王妃様)だ。さすがの国王の甥も、貴婦人(推定王妃様)には弱いらしい。

国王の息子なエインレイドは、フォリ中尉の言うことをおとなしく聞いてしまうから駄目だ。


「どうしてフェリルはまだ帰ってこないんだ。なんでこんなバカ女を野放しにしてるんだ」

「童顔キチク男にバカ女言われる覚えはない」


 顔を片手で覆うバーレンは叔父のレミジェスに、

「フェリルに連絡つき次第、自分の所へ連絡をよこすように伝えておいてください」

と、頼んでいるそうだが、どうやら父はまたどこかに行っているらしい。

 だけど私もとろとろしていられない理由があった。

 優斗から、ウミヘビを運ぶ手配をしたと言われたからだ。私が絡むとおかしくなるけど、あれで優斗はとても気のつくいい子だ。


『アレン君にあげる分は、こっちに来た時に自分で持って帰るといいよ。アレン君が大人になってから、アレナフィルがあげれば? 装備もアレナフィルが考えてカスタマイズすればいい。それでも今回、8台運ばせるよ。今はその1台をアレン君にあげてもいいけど、まともな大人は子供にあんな物を渡さないだろうね』


 言われてみればその通りで、私もアレンルードが何か無茶した時に水中でも助けられるグッズがあるならもらっておこうといった気持ちが強かった。たとえ嵐の海に落ちても、あれで助けに行くことができる。

 だけどよくよく考えたら海も大河もここから遠かった。何より危険な兵器を子供が所有していい筈がない。

 高性能な武器があれば使いたくなる、子供に渡すものではないという優斗の意見は正しい。


(優斗と違って、ルードは別にその頭脳目的で誘拐されることはないもんね)


 問題はウミヘビがただ輸送されてくるわけでなく、わざわざセンターの担当者が運んでくるということだ。トビウオから改良されたウミヘビは様々な機能がついているので、そのまま納品というわけにはいかないそうだ。

 運んできた人が、必要に応じてカスタマイズするという話である。カスタマイズとは何ぞやと思ったら、どの武器をつけるかつけないかといったことらしい。


『さすがにオプションまでは約束に入ってない。それは実費で応相談ってとこだね』


 何もつけなくていいよ、そんなの。なして金なんぞ払わねばならんのだ。

 そう思ったら、何もつけないノーマルでも納品時にある程度のフィッティングが行われるらしい。ヒレみたいな部分にしても、使用スタイルに合わせて大きさを変えて納品してくれるそうだ。


「ジェス兄様はユウトに、子爵邸に運ぶように伝えてたみたいなの。だけど私としてはそこをどうにかうまくうちに変更させたい」

「何言ってるんだか。子爵邸の方がその客が泊まるにしても、おもてなししてもらえるだろうが」

「そうかもしれないけど、ジェス兄様、子爵でもないわけだよ? 今はもう軍の士官でもないんだよ? ごり押しされたら逆らえない立場だもん。兵器の引き渡しに巻きこみたくないんだよ」


 叔父のレミジェスは父のフェリルドに連絡が取れない内にウミヘビが到着したなら、バーレンに通訳をお願いしたいと依頼してきたそうだ。

 そう、問題はウミヘビが子爵邸に運ばれてしまい、ただの受け取りならば問題なかったが、付ける装備をオプションとして実費請求されることだ。

 人間、あるとなれば欲しくなる。問題は、その交渉を誰がするかだ。

 ここはもうお金持ちなフォリ中尉に私は押しつけたい。叔父にそれをさせたら、値段交渉まで押しつけられてしまうではないか。


(軍人なんて少しでもスペックの高い武器を欲しがるコレクターだもん。ジェス兄様が気の毒すぎる。そんなのとセンター担当者との間に挟まれての値段交渉なんて)


 私の為にこれ以上叔父は誰かと揉めないでほしい。私の為に叔父が辛い立場に置かれるだなんて耐えられない。ただでさえ大臣に喧嘩を売っただなんて、聞くだけで辛いのに。

 更に大臣の欲しがっていた製品を無視して全く違う製品の引き渡しに協力していたなんて噂が流れてしまったなら・・・!


(パピーとは違う魅力なジェス兄様。あんな素敵なお部屋を今から用意してくれていたあの人を苦しめるだなんて、・・・私にはできない)


 せめて叔父への攻撃が止まるように、私からその大臣に喧嘩を売り直さなくては。

 だけど優斗はそれを聞いて、

「馬鹿だなぁ、アレナフィル。そこは取りつける武器の交渉を君の叔父さんだけができるようにすればいいだけでしょう?

 あくまでうちはウミヘビ本体の納品。勿論、つけられる武器は色々とあるよ? だけどそれは君の父親や叔父に価格と取りつけ交渉権があることにすれば、その叔父さんの苦境だってどうにかできるんじゃない?

 大臣なんて他の人を使って黙らせればいいんだよ。つまり、ウミヘビを受け取る人間を盾にすればいいのさ。何ならウミヘビ本体は子爵邸に運んで、取りつける武器は君のおうちに運んであげようか? そうして君だけが価格交渉できるってことにすれば優位に立てるよ」

と、にこにこと言いやがった。

 おーまーえーのーせーいーだーっちゅーのっ。

 どうしてあの子は、ほかの人を使っていいように動かせばいいという感覚しかないのか。


(通常の移動日数を考え、誰もが到着はかなり先だと思っている。だけど運んでくるとしたらセンターの船。航行速度は普通の船とは比較にならない)


 ウミヘビの本当の価値を、できることなら祖父母には知られたくない。怒られるのはもう嫌だ。

 送り届ける場所をうちにしてもらいたいと、優斗に頼んだら、

「それでもいいけど、アレナフィル、学校に通ってるんでしょ。さすがに大人に受け取ってもらわないとまずいし、何より家政婦さんがそんな兵器の受け取りや、ファレンディア人をおうちに招き入れることって言葉も通じないのにできるの?

 引き渡し締結書にサインもらわないといけないし、その際には説明だって必要だし、それならホテルに宿泊させておくからアレナフィルから連絡をとるように、ってところまでだよ。できるのは」

と、言われてしまった。

 ホテルに宿泊してもらっておくのもいいけれど、夜間に未成年の女の子が一人で外国人男性を訪ねて行ったら即座に通報されるだろう。いかがわしすぎる。

 だけど昼間にマーサしかいない家に外国人が訪ねてきても、お互いに会話にならなくて困ってしまう上、子供が戻ってきたらその受け取りをするとして、持ってくるファレンディア人だって未成年の子供に納品するのは却下するだろう。

 いくら優斗の権限でそこはどうにか押しきるにせよ、せめて保護者も立ち会わせろと、誰だって言うと思う。

 バーレンを前に、私も項垂(うなだ)れるしかなかった。


「せめてもらえるのがぬいぐるみ程度だったならどうにでもなったのに」

「そもそも未成年が、カツアゲで兵器もらおうってのが図々しすぎただけだろ」

「仕方がなかった。ユウトに誘拐だなんて犯罪歴をつけない為には」

「気にするような男に見えなかったのは俺だけか?」

「あの子、世間知らずなんだよ」


 うちの弟は賢いけど、たまに何も考えてないことがある。

 もうそこは諦めて、姉としてせめて厄介ごとを片づけてあげるしかない。本当に男の子ってやりたいことやって、後片付けとか全く考えないから困るよ。

 だから今、私はどうやってこの件をごまかすかを鋭意考慮中だ。

 叔父に頼めばほとんどのことは叶うが、

「あのね、ジェス兄様。フィルね、あの誘拐とかいうの、一生黙っててもらいたいの。だからね、フォリ中尉達全員、沈黙誓約書、サインしてほしいの。お願い。お手伝い、して?」

というのは、姪の可愛いおねだりとして許される範囲に相当するだろうか。祖父母にばれなければ大丈夫だろうか。

 いや、待てよ。

 そこで私はピンと閃いた。

 誰か一人に協力してもらってどうにかしようとするから、無理なことがでてくるのだ。つまり、他の関係者全員に協力してもらえばどうにかなる。

 自分が無力なら、有力者を引きこめばいい。


「そうだ。みんなを巻きこめばいいんだ。みんなでやれば怖くない」


 バーレンが、

「そのみんなから俺は抜かしてくれ」

と、呟いたが、聞こえなかったことにした。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 朝のお茶会練習で私の話を聞いた貴婦人(推定王妃様)は、

「アレルちゃんの行動はいつでもキレがいいわね」

と、頷いた。

 お茶会における招待客の役をしてくれている警備棟責任者のエドベル中尉、そして用務員を装っているネトシル少尉や、貴族夫人役の女性(推定王宮で偉い女官)も、うーんといった表情である。

だから私は重ねて言ってみた。


「お茶会は根回しの為にも使われるということでしたので、これも根回しだと考えたのですが、どうでしょうか。これは根回しになっているでしょうか。明日が決戦日として、レイディの協力が必要なのです」

「根回しというよりも、私を悪だくみに引き入れようって感じね。だけどアレルちゃんが一番の功労者なんだし、少しは好きにさせてあげてもいいのかしら。要はガルディに協力させる為に私が必要なのね?」


 貴婦人(推定王妃様)が思慮深い面持ちで確認してきたので、私は大きく頷いてから悲し気な表情で説明する。


「そうなんです。だってうちの父は無力な子爵。物だけ取り上げられて、ユウトが私を誘拐しただなんて事実無根な噂が流れるのでは意味がありません。

 それなら私はたとえ誘拐されたという醜聞がつこうとも、気にせず生きていきます。だって私、結婚願望ないからそんな醜聞、痛くも痒くもないんです。・・・だけど、ファレンディア旅行の際に、大型遊園地や高級旅館でのおもてなしをしてもらう予定である以上、ユウトに対して不誠実な人間でいたくはありません。

 ユウトが誘拐しただなんて話がカケラでも出るくらいなら、あれらは最初からこの国に持ちこまれるべきではないんです。ユウトの名誉が汚されるならば、ユウトの自腹によるそれらを受け取るのは卑怯です」


 私の弟に犯罪歴などつけるわけにはいかない。

優斗はどんなにお金を稼いでも、使う暇もなくせっせと働いていた。そんな真面目な子なのだ。あの子は世間知らずだけど、悪い子じゃない。


(優斗の名誉を守ってあげられるのは私しかいない・・・!)


 その場に沈黙が流れた。

 こほんとエドベル中尉が咳払いをする。


「えーっと、アレルちゃん。なんで大型遊園地とか、高級旅館とかいう話がここで出てくるのかな?」

「だってエドベルさん。私、以前からファレンディア旅行に行きたかったんです。ユウトだってお詫びに連れていってあげると言いました。

 ユウトの秘書のお姉さんに聞いたのですが、フェリンキングダムは一日中、それこそ朝から晩まで遊べるらしくって、敷地内ホテルの内装も凝っててお料理もプリティフェリンちゃんというキャラクターものばかりらしいんです。高いけど美味しいらしいんです。プリティフェリンちゃんの特別石鹸とかパジャマとかがお土産にもらえるらしいんです。限定ドリンクはとってもカラフルで行ったら飲むべきらしいんです」

「・・・その人に、誘拐されたんだよね?」

「そんな事実はなかったのです」


 きっぱりと私は言いきった。

 私が子爵家の娘でなければ、それこそ昼過ぎに出かけた女の子が、

「ごめんね、パピー。なんか外国からやってきて迷子になっていた人を案内して送ってきたら、ヴェラストール駅まで来ちゃったの。今から帰るか、ホテルに泊まるかするね。どっちにしよう?」

と、連絡して終わることになっただけだろう。

それを聞いた父だって、

「可愛いフィルを一人で泊まらせるわけないだろう? 迎えに行ってあげるよ」

と、言ってくれたに違いない。

 あまりにも早い対応により誘拐されたとばれてしまったが、私を見かけたという叔父と兄が素早く対応しないでいてくれたなら、あれはただのお出かけでごまかせた。

 つまり全ては不幸な偶然と成り行きだった。それだけだ。

 というわけで、それはもう終わったことだ。

 優斗は高級旅館の方が私の好みだろうと考えたらしいが、秘書のお姉さんは私の年齢的にフェリンキングダムホテルの方がいいのではないかと思ったそうだ。

 センターの研究員に、育児放棄されている女の子がいるそうで、その子と一緒に遊びに行ってはどうかと勧められた。なかなかの美少女だと、秘書のお姉さんは言った。

 昔の優斗を連想してしまい、不覚にも泣きそうになった。

 プリティフェリンちゃんに興味はないが、これでも私は永遠の二十代。そういったものも子供のように楽しめるスキルは所有している。花火も上がるし、賑やかで楽しいらしい。色々な味のアイスクリームもあるという話だった。

 美少女と手に手を取って、きゃっきゃうふふと遊びに行くぐらい、なんてことはない。兄はいるし、弟もいるが、妹はいなかった。そろそろ新しい扉を開いてもいい頃だろう。

 勿論、高級旅館の味やおもてなしだって捨てがたい。

 それならどちらも楽しめばそれでいいよね? 


「いやいや。よく考えよう、アレルちゃん。そんな人が、君を帰国させてくれると思うかい? それこそファレンディア国で監禁され、行方不明扱いになって帰ってこられなくなるかもしれないよ? この国ならばともかく、外国で何かあっても対応は遅れる。そこはご家族ともよく話し合うべきだよ。ね?」

「心配してくださってありがとうございます、エドベルさん。だけどユウトはそんなことしません。忙しいユウトが誰かを監禁したところで、自宅に戻れるのは数週間に一度。数週間にせいぜい数時間しか会えない監禁に意味はありません。その間に逃げられるし、私の世話をさせている人から通報されます。

 それぐらいなら私が成人してから雇用の提案をしてくる方が現実的です。同じ職場ならいつでも会えますから。

どちらにしても未成年の私では話にならないです。少なくとも習得専門学校を卒業もしていない人間を、あちらも雇える筈がありません。だからこそ、私は未成年の間にやりたいことをやるのです・・・!」


 力強く言ってみせたが、サルートス国の法と保護者に庇護されている未成年者だと厄介だからさすがの優斗も手出しは控えるだろうというだけだ。

 学歴なんて本当はどうでもよくて、大切なのは私が成人しているかどうかだ。私が成人したら何をやらかすか分からないと、本当は思っている。

 だけどそんなことをこの場で口にするほど愚かにはなれなかった。それだけだ。


「なんだか分かり合ってしまってるのね、アレルちゃん。その方もそこまでアレルちゃんにしてくれるだなんて。お喋りしたくて誘拐したと思ったら、お詫びに高額品をくれて、しかも旅行の時には観光案内もしてくださるんでしょう? 普通、本気で結婚する気じゃないと、そこまではしないんじゃないかしら」

「普通の男女の恋愛関係ならそうかもしれませんが、私達の場合はちょっと違うから大丈夫です。なんとなくですが、気が合ったんです。初対面でも分かり合えることってあるじゃないですか。私達の間にはそれがありました」

「そうなの。だけどファレンディア国に行ったら、口説かれちゃうんじゃないの? アレルちゃん、未成年の間だけの婚約じゃすまないかもしれないわよ。アレルちゃんは自分がとても可愛い女の子だってことを理解していないんじゃないかしら。誰だっておうちに持って帰りたくなるぐらいに、アレルちゃんは可愛いのよ?」


 貴婦人(推定王妃様)はいい人だ。私のことを心配してくれている。

 まさに優しいお母様って感じの人だと思う。

 お茶会の練習が、一気に人生相談の様相を呈し始めた。


「大丈夫です。私、年上の男の人には興味ないってことで、誰かのフォトを持っていくつもりですから。そこらへんはきっぱりお断りする為にも、年齢的に対象外だって証拠に十代少年のフォトを『私、この人が好きなの』って、持っていくつもりなんです。やっぱり女の子は同世代の男の子にドキドキするものですよね。今、この上等学校で一番カッコいい男の子のフォト、多めに集めようと思っています。

 あ、そうだ、エドベルさんは知りませんか? この学校で一番かっこいい男の子。レイドは駄目ですよ? さすがに王子様は巻きこめません」

「それこそアレルちゃんが好みなかっこいい男の子を見つければいいんじゃないかな? 誰か素敵な男の子を見かけたりしないのかい?」


 エドベル中尉の悪気のない質問が、私の心を抉(えぐ)る。


「ダミーで適当な少年のフォトを持っていけても、男の価値は安定性と経済力と肉体です。それを上等学校生だなんて・・・・・・素敵だなんて、自分の心に嘘なんて、つけない」


 一気にトーンが落ちた私に、皆の憐れむような視線が集中した。

 用務員なネトシル少尉が私の頭を撫でてくる。

 彼の撫で方は力加減や手の大きさがとてもよろしい。


「アレナフィルちゃん。無理に好みでも何でもない男の子を好きになろうとなんてしなくていいと思うよ」

「好きになるんじゃなくて、好きなフリをするだけです。私、ユウトとだけは結婚したくないんです。だから、ここは彼では決して勝てない若さを持ってこなくては」


 私は力強く拳を握った。

 そうだ。私は弟を育成してモノにするような変態ではない。


「それならクラブメンバーのフォトでいいんじゃないかな?」

「いえ、身近だと人物特定が可能です。全く接点のない少年でなくては。他校の生徒だと、尚いいです」

「・・・なんだか虚偽証拠の強引すぎな捏造になってきてるね」


 ネトシル少尉の言う通りだ。

 今、女上司に迫られて私とのウソなラブラブモードフォトを必要としたオーバリ中尉の気持ちがよく分かる。


「仕方ありません。私、束縛系で粘着質な男の人は嫌なんです。人間は自由であるべきです。だから何があろうと対象外だってアピールをする為、上等学校生の隠し撮りフォトを私は必要とするのです」

「そうなんだ。だけどね、彼も誘拐はよくないけど、慰謝料代わりにそこまでさせるのもどうかと思うよ。あのファレンディア人、破産しちゃうんじゃないかい?」

「大丈夫です、リオンお兄さん。だってユウト、使う暇なく働いてたって言ってたからお金は余ってます」


 私だって鬼ではない。全てを弟にたかろうと思う程のクズではない。

 だけど私が祖父母から相続していた財産は、私が亡くなった時点で父が相続したが、優斗にも分けてくれたそうだ。それを回すから好きに使ってと言われている。

 優斗の懐は痛んでいないし、元は私のもの。


「それをアレナフィルちゃんに使ったら、それこそ、それだけお金使わせたんだから結婚しろって言い出すよ。フラれた途端、そういうことを言い出す男は一定数存在するからね」

「言うかもしれないですけど、使わなくても言うから一緒です。それなら使った方がいいじゃないですか。それに私でおもてなし練習しておいたらユウトも恋人や結婚相手とデートに行く時とか、リードする時とか、何に気を遣うかとか、とっても参考になると思うんです」

「・・・あっちはもう成人していたね?」

「そうなんです。いつまでも子供で困っちゃいます」


 私は頬に手を当てて溜め息をついた。

 嫉妬深くて甘えん坊なんだから手がかかるのよね。だけど男の子なんてそんなもの。構ってくれないとすぐ拗ねちゃうし、一人だと嫌だってすぐ一緒にいたがるから自立させたいお姉ちゃんは本気で大変。

 だけどネトシル少尉だけじゃなく、エドベル中尉や貴族夫人役の女性(推定王城で偉い女官)まで私を生ぬるい表情で見ていた。

 何故、同意してくれないのか。やはり姉の気持ちは男性や、本当のお母さんしている人達には分からないものなのか。

 

「アレルちゃんの憧れの上等学校生フォトは、卒業生の在校時代のものでもいいんじゃないかしら。そうすれば人物特定は難しいもの。だけど、アレルちゃん。ガルディの権限でサインさせるにしても、そういったことならウェスギニー子爵がとっくに考えて動いているんじゃないかしら?」

「父はまたもや不在で、いつ戻ってくるか分からないんです」


 父は常に帰宅予定を口にすることなく不在にするのだと説明したら、皆の眼差しがとても陰りに満ちたものとなった。

 日にちを決めた約束も破られるからしちゃ駄目で、だけど国を守る為だから仕方ないのだと説明すれば、余計にテーブルが暗くなる。

 マーサが用意しておいた父の食事が食べられることなく終わったとしても、待っていればいつかは会える、だから元気に暮らしておくのだと言えば、余計に皆が悲し気に私を見つめてくるのだが、どうすればいいのだろう。


「そうなの。かえってアレルちゃんがガルディ達に相談するだけいいのかもしれないけれど。・・・そうね。ウェスギニー家のレミジェス様がこのままではお気の毒ね。だけど明日はちょっと時間がなさすぎね。半曜日はどうかしら」


 貴婦人(推定王妃様)はそう言って、全面的に協力してくれると約束してくれた。大臣に対しても、フォリ中尉に対してもだ。

 私の優斗に対する信頼はちょっと不安だけど、私を信じてくれるらしい。

 エインレイドは優しいお母様がいて幸せな王子様だなって思った。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 その半曜日は急遽、早朝のお茶会練習に大臣を招いて、そして午後からは私の沈黙誓約書サイン説明会が開催されることになった。

 叔父のレミジェスをいじめているという大臣は、貴婦人(推定王妃様)によって、私に接触する機会を与えられるというものだ。

 王子であるエインレイドの学友なるウェスギニー子爵家の長女アレナフィルに、保護者の目がない状態で接触できると聞いた大臣とその部下達は、貴婦人(推定王妃様)に感謝して、早朝の茶会練習に是非参加したいと言ったそうだ。


(これが貴婦人の根回し能力・・・! 普通に早朝から呼びつけたら、常識知らずだとボロクソ言われるけれど、王子様や他の貴族令息達と茶会の練習を朝からしている貴族令嬢に、他の王子や貴族令息を休ませて特別に会わせてあげると言えば、一気に感謝される流れになるとは・・・!)


 さすがは貴婦人(推定王妃様)だ。

 その努力に応える私でなくてはなるまい。


(ふっふっふ。毎年の祖父の誕生日、叔父の誕生日における私のドレスアップ能力を見るがいい・・・!)


 祖母の誕生日は男装するから可愛いことは可愛いけれど、女の子のドレスではない。

 父の誕生日は肝心の主役がいるかいないか分からないので、いたらお祝いする程度で終わる。たまに主役不在で私達だけがご馳走を食べたりする。

 だから誕生日パーティは常にウェスギニー子爵邸で行われるものしか私達は知らなかった。

 じゃあドレスアップなんてできない? そんなことないの。

 これでも私は永遠の二十代。していないようでしている化粧も子供っぽさアピールメイクもばっちりできちゃう。

 いつもよりも瞳が大きく見えるように横の髪をいくらか後ろに回し、幅広なフリル付きリボンで可愛らしく結ぶ。瞳は潤んで見えるようにアイシャドウもナチュラルで男には見抜けぬテクニックだ。

 いつもはお茶会練習として足首まであるスカート姿だけど、ワンピースは膝より少し下まで、その裾には大きなフリルがついているものにした。色は落ち着いたアプリコットオレンジ。


(うん、どう見ても幼年学校生ぐらいにしか見えないよね。年齢よりも子供らしく、それでいて落ち着いているかのように見せかけるおしゃれマジック)


 状況を整理してみる。

 何でも大臣は、優斗が適当な資料を見せた所、サルートス国でそれを流通させれば様々な人が助かると考えた。だから商談の場を設けようとしたのに、ウェスギニー子爵家が医師の診断書まで用意してそれを邪魔した。


(それが大臣側の状況なんだよね。優斗はあくまでサルートス国を訪れる理由を適当につけてみただけだったんだけど)


 ちなみに優斗は全く儲けにならない商談など最初から受ける気がなかったが、私の情報を手に入れるチャンスならばと思って、大臣の話を聞くことにしたそうだ。だけどその商談の前に私を誘拐し、二人きりで話し合ってしまったので、その大臣に利用価値はなくなった。

 ファレンディア国に帰国した優斗だが、大臣からのラブコールは止まらない。

 優斗は、私との婚約届をサルートス国でも出してくれるなら前向きに考えてもいいと、大臣に返事して終わらせた。これについては優斗に毎月の手紙を引き換えに撤回させたが、大臣は納得していない様子である。

 今、大臣はウェスギニー子爵であるフェリルドはなかなか捕まらない上、伝言を渡しておいても「お断りします」の一言で話にならず、お怒りレベルは最高潮。その恨みもこめて、ウェスギニー子爵の弟であるレミジェスに色々と圧力をかけているのだとか。

 要は「保護者として、アレナフィル嬢の婚約届をこの国でも提出してください」という要求だ。

 父親を無視して叔父に言ってどうなるんだかと思ったけれど、叔父はアレンルードと私に関する保護者としての全権委任状を父から渡されており、父の代わりに全て手続きできるのだとか。

 叔父は、血が繋がっていなければ永遠の愛を誓って結婚したであろう程に私を溺愛している。だから可愛い姪を婚約させるなんて冗談ではないと、大臣に対して全面的に抵抗しているそうだ。それは祖父母も同様らしい。


(婚約はしたけど結婚する気はないって私が主張してるからなぁ。サルートス貴族がサルートスで届け出を出してないならそれはないってことになるし)


 祖父であるセブリカミオ、祖母であるマリアンローゼも、父の仕事の為に私が偽装婚約をしてしまっただけで、ご褒美にファレンディア旅行に行くつもりだと思うことで心を落ち着かせている。祖父母にとっては我が国の為に父フェリルドが私の婚約を隠れ蓑にして軍備力増強の一端を担うという、国王に対して忠誠を誓う貴族としての立派な行動ということにしておきたいのだ。

 父は、ファレンディア旅行で隔離されない為に偽装婚約し、ついでに婚約者へのプレゼントということで兵器を無料でせしめただけだと真面目に説明したらしいが、祖父母の心がそれを受け付けなかったらしい。

 祖父母にとって可愛い孫娘は、父親がサルートス軍にとって有用な兵器を入手しようとした結果、外国旅行に釣られて婚約の意味も分からずにお約束をしてしまったお茶目さんなのだ。まだ子供だからその意味がわかってないだけなのだ。

 なんにせよ、ウェスギニー子爵家の大人達は、私が外国人と結婚することに否定的だ。未成年の間に解約されるから良しとしているに過ぎない。

 婚約は未成年の時点で解消するのは既定路線。それを噓から出た実(まこと)にする気など全くないアレンルードと私も、大人達と同意見だ。

 ウェスギニー子爵家の全員、サルートス国で婚約届など出すつもりが全くない。その先にある婚姻届など論外だ。


(女のドレスアップとは、視覚による全方位攻撃。見た目でその場を制してこその女の戦)


 誰よりも儚く見せかけ、誰よりも無力に見せかけ、誰よりも与(くみ)しやすしと見せかけ、そして全てを裏切って勝利してこそ姉の威厳も保たれるというものだろう。

 見ているがいい、優斗。私に変なことを仕掛けても、姉として弟の企みなど全てぶっ潰してやる。

 そうして私は、警備棟の警備員を装っているレンノ少尉候補生の移動車に乗りこむことにした。

 早朝から迎えに来てくれる警備員さん達はいい人だ。


「おはようございます、レンノさん」

「おはよう、アレルちゃん。今日はまた、・・・可愛すぎるね。ちょっと大丈夫なのかい? そりゃお茶会練習だから可愛くしていていいんだけど、もう悪いおじさんがいたら誘拐されちゃうよ」


 レンノ少尉候補生は、薄緑色の髪にピンクの瞳をしている。まるでアーモンドの木が一斉に花をつけたかのような色合いの人だ。

 士官の中ではまだ新人なので、何かと兵士さんよりも忙しそうに走り回っていたりする。


「えへへー。今日はお茶会に大臣様も同席するらしいんです。レイディだけじゃないから、頑張って失礼にならないようにしてみました」


 ローグやマーサも見たら喜ぶ、くるくる回っちゃう妖精ポーズをしてみたら、レンノ少尉候補生の動きが止まった。

 おかしいな。みんなの疲れも吹っ飛ぶ可愛らしさだと好評なのに。

 もしかして中身が永遠の二十代である私では痛かったかと、私はレンノ少尉候補生をじっと見上げてみる。


「アレルちゃん。どの大臣かは知らないけど、どの大臣でも妻子持ちだから、あまり可愛くする必要はないと思うよ? 真面目に見せかけている人ほど、変な趣味を隠し持っているものだからね」

「は、・・・はい」


 そのピンクの瞳は本気だった。本気で、隠れ変質者リスクを案じていた。

 笑顔を見せる必要はないからね、可愛い仕草なんて封印しておくんだよと告げる彼の瞳は、全く隙がない。


(そういう事件を見聞きしたことでもあるんだろうか。それとも妻子持ちな男の闇を見てしまったことがあるんだろうか。・・・怖くて聞けない)


 だけど着替えている時間はないし、ここは予定通りに行かなくては。

 だって叔父を助けられるのは私しかいない。ヒロインはいつだって、いい男の味方だ。




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