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29 休暇が終われば日常に戻る



 長期休暇の残りの日々は、ウェスギニー子爵邸にあるお部屋で謹慎させられてしまった私。

 祖父の怒りを目の当たりにした私は傷心して、ベッドの中で過ごすしかなかった。


(ベッドで寝こんでいたと報告されれば、お祖父(じい)ちゃまも私を怒りすぎたかなって思ってくれそうな気がする。うん、完璧)


 やっぱりいかがわしい本って机に向かって読むんじゃなくて、ベッドの中でこっそり読むものだよね。一石二鳥とはまさにこのこと。

 お部屋のお掃除をしたり食事を運んできたりするメイドは元気のない私がベッドの中で本を読んでいるのを見ても、タイトルからして外国語なので何も言わない。

 外国語の本には、外国語で書かれているというだけで真面目な内容だと思いこまれる魔法がかかっている。


(パピーやジェス兄様付きだと私に甘いからってお祖父(じい)ちゃま付きのメイドを寄越すのってなんかひどい気がする。信用されてない気になっちゃう)


 この子爵邸では貴族の令嬢らしく、木綿のふわふわしたネグリジェタイプの寝間着を私は着ていた。優斗に渡された幅広の金属が袖に隠れて左の上腕部で輝いているが、ぱっと見は気づかれない。

ふと思うことがある。この中身、あいつは何を考えて用意していたのかと。

 だってもう私が最初に用意してあげていたのとは全く違う中身になってるのは当然なんだけど、・・・よくよく考えたらかなり問題がない?

 10階建ての建築物1棟分を想定した催眠ガスカプセルは、人を五日間、目覚めさせない。

 正常な思考を失わせるガスカプセルも同様だ。五日間という、飲まず食わずで放置されたら命に係わるんじゃないのと言いたくなるそれに、意地の悪さを感じる。

 鋼鉄をも切断できるミニカッターは、本来モーターをセットにして使用するものだが、人力でも問題ない。時間はかかるが、檻の中に閉じこめられていても脱出できるだろう。


(そういう意味では誘拐対策なんだよね、たしかに)


 ただな、かつての弟よ。お前はこれらをこの国で誰に対してどう使う予定だったのだ?

 五日間あれば誰かを誘拐もしくは殺害したとして、十分に逃走できるだろう。しかも建物内に入った人達が次々に昏倒してしまえば更に発覚は遅れる。


(やっぱり愛華宛てに手紙を寄越したってんでアレナフィルに何かする気だったでしょっ。ああっ、どうしてああいう極端な性格になっちゃったかなあっ。だからあの子にはまともな人間らしい子供生活をって・・・!)


 だけどあれから長い時間が経った。こんな、まさに疑ってくださいと言わんばかりの腕輪など、誘拐された時には真っ先に取り上げられるだろう。

 あの子はもっと目立たない護身用の何かを身につけていた筈だ。こんな昔の腕輪をまだつけてくれていたことに、私は賭けたけれど。

 今も本当はまだ私を疑っているのかもしれない。騙されたフリをしている気分なだけかもしれない。

 大体、あげるよと渡してきておきながら大きさ調節してくれなかった時点でサービス精神ゼロだ。


(うーむ。やはり私がサイズを調整できるかどうかを見るつもりだったか。あの暗証番号は私達しか知らない。・・・どうせあの子を避けられないのなら私が上の立場だと分かるように命令してみたけど、この背の低さが恨めしい)


 やはりここはもっと運動して栄養取って背を伸ばさなくては。

 優斗だってもう私の腰に抱きついて

「ごめんなさい。だって僕、愛華が僕を捨ててっちゃうじゃないかって思ったら、怖かったんだもん」

が、あの背の高さでは通じないことぐらい察してるだろう。

 分かってる。そんなので許してしまっていた私が悪い。

 だけど愛していた。私にとっては目に入れても痛くない弟だった。

 私を見つけると笑顔になって駆けてくるあの子に救われていた。私とは二度と会うことなどなかったとしても、ただ幸せになってくれればよかった。


(だけどもう考えても仕方ないことってあるよね。とりあえずこの国では発禁な本を読み漁って、私が幸せになろう。だって勝手に養子縁組してまで姓を変えたぐらいのことをやらかしたなら、優斗、それなりに力つけてそうだよね。じゃあ大丈夫。うん、大丈夫。後はお金を貯めて・・・あれ? 私、もうファレンディアへの旅行費用、大丈夫じゃない? だって優斗、連絡したら迎えに来てくれるって言ったし。あの家に泊まれば宿泊費もタダ。あ、じゃあ、今度の長期休暇で行けばいっか。うん、じゃあ、また長期休暇の直前になったら考えよう)


 今、お部屋で謹慎させられている私だが、夜になったらアレンルードはベランダの窓から入ってきて私と一緒に眠る。

 ベッドの中で色々とお喋りするけれど、どうやら私が持ち帰ってきた遊泳グッズ、祖父もあれを実際に見てみたら、それよりも改良されているという物を軍に属する者なら手に入れたいと考える気持ちを理解したそうだ。


「お祖父(じい)様も水着になって試してみたからね。湖で水に溺れた人を助けるって想定でテストしたんだ」

「それならフィルもお出かけしたかった。ずっとフィル、お部屋でおこもりなんだよ。ひどいよ。フィルだけ仲間外れだよ」

「色々な人が来てたからね。これ以上男の人と知り合う必要ないってことだよ。もうフィル、おうちから一歩も出なくていいから」

「ルードもひどいっ」


 貴族としての祖父にとって孫娘が勝手にした婚約は激怒する事態だが、国防を考えるならばその孫娘がしたことは己がまだ結婚できる年齢ではないことを逆手に取った良いやり方だったと認めたようだ。

 何故ならそれを融通してくれるというファレンディア人が、私を気に入ったのだから。しかも婚約が解消されるのは三年後で、その時点でも私は未成年だから結婚できない。


「何よりフィルはサルートス人だから、サルートスで婚約届や婚姻届を出さない以上、それは無効だからね」

「だよねー。だからフィル、ちゃんとお祖父(じい)ちゃまに言ったのに。全然お話聞いてくれなかったんだよ。お祖父(じい)ちゃま、お年で怒りっぽくなってるって思う」

「だけど密輸だねって、みんなも言ってたよ。まだ無料で先生やリオンさんにあげるって分かってるからいいけど、これが高額商品で売りさばく予定だったら犯罪だよねって」

「ひどいっ」


 私には1ナン硬貨すら入らないというのに、どうして密輸扱いなの。そんなこと言うならあげないぞ。


(そもそも入手方法に文句つける人がいるのかって話だよ。パピーにしても中尉達にしても、法律守って殺されたら終わりだってよく知ってる人達じゃない)


 私の手元に届いた日には、あの寮監達、喜んで受け取るだろうなって気がする。オーバリ中尉なんて大喜びで持って帰りそう。バッタ品でも楽しんでたし。

 どっちにしても私が悪くなかったってこと、十分に分かってくれたならもう謹慎を解いてくれてもいいと思う。


「んー。なんかお祖父(じい)様、フィルってば男の人を引っかけてくるしかしない子だって思ってるから、これからはもうおうちから出なくていいって思ってるんじゃない?」

「フィル、一度として引っ掛けたことなんてないよっ!?」


 私が「好き、愛してる。結婚したい」って、愛の告白をするのは父と叔父だけなのに。

 土地付き住宅と一生の生活費をくれると約束してくれた父、いつだって高級で素敵な物を揃えてくれる叔父。この二人以上に私をその経済力でメロメロにする人なんて存在しない。

 

「パ、パピーはっ? ジェス兄様もフィルをほったらかしってひどいよっ」

「父上と叔父上ならフィルの後始末をしに出掛けて以来、ずっと戻ってこないね。バーレンさんもおうちに帰っちゃったし、諦めてフィルはお部屋でそのいかがわしい本を読んでなよ。本だけならもういいよ」

「いっ、いかがわしくなんかないもんっ。ルード、読めないからそういう誤解してるだけっ」

「・・・・・・フィル。隠せてるって思ってるの、フィルだけだから」


 どうしてだろう。アレンルードはサルートス上等学校に入ってからとても冷めた顔をたまにするようになってしまった。

 私の生意気さが可愛いアレンルードはどこに行ってしまったの。

 男子寮がアレンルードを変えてしまったの? 離れていた時間が私達を引き裂いてしまった。


「フィル、もうおうちに帰りたい」


 もうここはおうちに帰って、父に抱きついて頭を撫でてもらいながら、アライグマパジャマな兄を愛でるしかない。

 だって私、反省してますポーズにはもう飽きた。祖父が見に来てくれれば、お膝に座って甘えながら反省してますって謝れば許してもらえるのに、全然見に来てくれないんだよ。いつ反省ポーズやめればいいのか分かんないんだよ。

 目の前に相手がいてくれないと猫かぶりなんて続けてらんないのに・・・!


「あそこだとお祖父(じい)様やお祖母(ばあ)様の目が行き届かないから、もう休暇中はここにいなよ。父上も同意したよ」

「ルードだっておうちに帰りたいよねっ? マーシャママにも会いたいよねっ?」

「ヴェインさん、リオンさんとは違う感じで教えてくれるし。マーサおばさんだって休暇が終わったら会えるじゃないか」


 ふわぁっと欠伸して、アレンルードはもう眠そうだ。私の手首を握ったまま、目を閉じてしまった。

 オーバリ中尉と体を動かしてるから、本気で寝つきがいい。


(ルードまで、私のこと分かってくれない・・・!)


 ここだとアレンルードは普通に水色のパジャマ姿で可愛くも何ともないのに。おうちでアライグマパジャマを着てほしいのに。


(ひどすぎる。私、悪いこと何にもしてないのに)


 しくしくと心に雨を降らせながら、私もアレンルードを抱きしめて眠った。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―





 夏の長期休暇が終わった登校日、初日はすぐに終了だ。さすがにこの日は自分のクラスで先生のお話を聞いて解散となる。

 何の為に学校に来たのかと言いたくなるけど、二日目からは通常授業だ。

 王子であるエインレイドも、今日は変装せずに自分のクラスで先生の話を聞いたことだろう。なんかもう変装している王子様に慣れすぎて、本物スタイル見ても「誰?」って言っちゃいそうだよ。

 少し早めに登校して警備棟の第2調理室に荷物をどどんと置いてきた私だが、ちゃんと同じクラスのお友達にもお土産を持ってきている。

 だから先生の話が終わって解散となってから、三人の所へ行った。


「ベルナ、リンダ、フェニア、久しぶり。元気だった? あのね、これね、私、休暇の間バイトしてたからそのバイト先でもらったの。だからお土産。良かったら食べてね。説明書きはちゃんとその国の言葉が分かる人に翻訳してもらって貼ってあるから」


 とても便利な私の盟友、バーレン。その場で彼に調べさせれば大体の意味は分かるお役立ちぶりだった。問題は、味覚が合うか合わないかという買ってからのことだ。

 だけどお土産に渡すものはちゃんと自分でも味見して選んだから大丈夫。

 差し出したのは、レティラッタ国の甘くないお菓子、ロータエン国の黒すぐり(ブラックカラント)のジャム、カクッタコット国の蜂蜜、そして古城の絵葉書セット。三つずつ持ってきたから、喧嘩することもない。こういう時に差をつけちゃ駄目だよね。

 ちょっとジャムと蜂蜜の瓶が大きめだったから、可愛らしい刺繍入りの赤い布バッグに入れてみたよ。その布バッグはどこの国のかは忘れたけど、やっぱりバイト先でもらったものなんだ。エキゾチックで素敵でしょ?


「え? アレル、バイトなんてしてたの? 貴族なのに大丈夫なの?」

「大丈夫。そりゃこの辺りでバイトなんてしたら、うちってば生活苦しいのかなって思われちゃうから、違う都市に行って、そこでバイトしてみたんだ。ブラックカラントのジャムって果実の形もまだ残ってる感じだから、お菓子に入れて焼いたり、ヨーグルトやアイスにかけたりしても美味しいと思う。でね、蜂蜜は色がほとんど無色に近いけれど、それだけクセがないんだよ。だから使いやすいと思う」


 クラウリンダがびっくりしている様子だけど、薄いピンクがかったベージュの髪は長期休暇の間にちょっと伸びたようだ。可愛いリボンを結んでる。

 そりゃあね、たしかに貴族の子供がバイトってちょっとあり得ないよね。貴族でなくても、この学校に来ている生徒でバイトをやる人なんているんだろうか。

 だけど少数派だからって差別はいけないよ。


「どこでどんなバイトしてたの? 外国のものを取り扱う所だったの?」

「んー。そういう所も行ったかな。幾つか掛け持ちしてたんだ。どんなバイトというと、・・・色々とメモを取ったり、倉庫の中身を見たり、代わりに書類を書いたりするお仕事だったよ。場所はサンリラ。色々な国の船が着くの」


 ベルナリンダも緑の瞳を丸くしているが、そんなに意外だっただろうか。だけど大公様の息子が平気な顔してたから、そこまでのことじゃないと思う。

 お小遣い足りなくなったら貴族のお坊ちゃまもバイトぐらいしてるんじゃないの?


「アレル、この絵ハガキは? とても綺麗」

「そこはサンリラに行く途中に寄ったの。とっても雰囲気があったよ。夜は誰もいなくて幽霊が出そうだった。石造りでかなり暗いから行くなら明かりを持って行った方がいいかも。肝試しにぴったりだったけど、お城の中のものを壊したら弁償問題が凄いことになりそうだから程々にした方がいいかな」

「誰もそんなところで深夜に出歩かないと思う」


 エスティフェニアは古城の絵葉書がツボに入ったようだ。水色の瞳が、じーっと見入っている。

 そんな会話はクラスメイトも聞いている人は聞いていただろうけど、どうせあげたのはジャムや蜂蜜だからあまりやっかまれるようなものでもない。外国産じゃなくても普通に流通している。

 貴重なお土産をあげたならやっかまれちゃうこともあるけど、そこらのマーケットでもジャムや蜂蜜なんて売られてるしね。ましてやここはお金持ちの家の子が通う国立サルートス上等学校。


「だけどね、アレル。お土産は嬉しいけど、あまり大声で言わない方がいいんじゃない? それこそお嬢様が長期休暇にバイトしていただなんて噂が流れたら、ご家族の方も困ると思うよ」

「ありがとう、リンダ。だけどもう、うち、バイトなんてどうでもいいって思ってると思う」


 大抵の裕福な家は別荘に出かけたりするものだ。だけど私、ちゃんとそういうのもしてきた。多分、ゴバイ湖とフォムルの温泉とヴェラストールの街を合算すれば、別荘に遊びに行ったのと同等だと信じる。

 そしてバイトなんて、今のウェスギニー家で覚えている人いるんだろうか。お宅のご令嬢、バイトなんてしてたんですかなんて嘲笑されたところで、今のウェスギニー家の誰も気にしないと思う。

 しかしクラウリンダは納得しなかった。


「そんなことないよ、アレル。アレルが何にも分かってないだけ。あと数年したら社交界だって出るようになるんだから。そういうことも考えないと、アレルが困ることになっちゃうよ。おうちの人も困っちゃうよ」

「別にバイトしてたのは報告したけど怒られなかったよ。他のことで怒られたけど」


 貴族令嬢がバイトでお金稼ぎをしていただなんて恥ずかしいといった感覚は、既にウェスギニー家ではどうでもいいこと扱いだ。勝手に婚約してきたことの方が、祖父を激怒させた。

 そしてその婚約でもらうことになったウミヘビのスペックを知って、祖母が寝こんだ。

 横流ししてもらえることを聞いたフォリ中尉からは、改めて素敵なご褒美を考えてやるという伝言が叔父を通じてされている。

 ゆえにウェスギニー家では私のバイトの件などどうでもいい扱いで忘れ去られているのだ。

世間的にはそうではないのかもしれないけど。

 実際、私が三人にお土産を渡そうとした時、周囲には「え?」「バイト?」「何それ」って空気が少し流れていた。私の方を何度か見返した生徒もいる。どうやらかなり非常識に思えたようだ。

 言い募ろうとした三人だが、ぱっと口を閉ざす。気づくと、担任教師が近くに来ていた。


「ウェスギニー君。何でも君、サンリラでバイトをしていたそうですね」

「あ、はい。まずかったですか? 校則で禁止されていませんでしたけど」

「ええ、禁止はされていません。ですが矢のような問い合わせでしたよ。見事な通訳ぶりだったそうですね。同行していた保護者から既に説明が学校長になされているので呼び出しはしませんが、次に行く時には滞在先を報告してから行くように」

「あの、私、祖父母に怒られちゃったので、二回目はないと思います」


 どうせこの国では流通していないアダルトなファレンディアの本は十分に手に入れた。そしてそのリスクを知った貿易会社は今後そういった本を輸入はしないだろう。ゆえに私が行く理由はもうないのだ。

 私がサンリラに行きたがったのは、アレンルードが家にいない今、趣味の時間に没頭する為に多くの小説を格安で手に入れたかったからである。十分な成果を私は手に入れていた。


「ウェスギニー君。通常のバイトは小遣い稼ぎの為にやるものです。外国とやりあって我が国の利益をもぎ取ってくるものではありません。卒業後、無試験で採用するという話が幾つか来ていますが、学校長の判断で保留してあります。誰かに何かを言われても飛びつかないように」

「え? 私、できれば残業がなくて定時で帰ることのできる、小さな役所のお話があるなら前向きにお聞きしたいのですが・・・」


 いやん、照れちゃう。できれば私、無理なく程々のお仕事で暮らしに困らないお給料が希望なんですけど。

 私の頬が赤く染まった。

 無試験採用。ああ、なんていい響き。うっとりしちゃう。

 すると担任教師が深い溜め息をつく。額に指を当てて困ってますアピール顔だ。


「そんな小さな話ではありません。何なら今から働いてくれてもいいと、幾つもの話がきているのですよ? 君はバイトと称して才覚を見せつけてきたようですが、もう縁談も殺到するのではありませんか? まだ一年生なのですから程々にしておきなさい」

「縁談なら全てお断りするから大丈夫です。それより先生、なんかお疲れですか?」


 どうせ今の私は三年間限定の婚約者がいるから縁談など受けられない。そんなことを考える必要はなかった。


「それは、・・・受け持ちの生徒に対する問い合わせがここまで相次いだら誰でも疲労します。優秀なのは結構ですがね。心配せずとも君がバイトをしていたからと言って、バカにする人こそが恥をかくだけです。君には報奨も出たそうですね」

「そうらしいですね」

「知らないんですか?」

「バイト代は口座に振り込まれますし、親に管理してもらってます。私の目的はバイト代じゃなくて、バイトをすることによって生じる違うものだったのです、先生。

 勤労の大切さ、そして日々の生活では見ることのない手続きや作業によって私達の暮らしが支えられていること。そういう社会の仕組みを実感し、己の糧とする為に、私は働きに行ったのです。仮に報奨金が出たからと言って、それで天狗になるのでは意味がありません」


 私はウェスギニー家が肩見の狭い思いをしないように、「お金の問題ではなかったのだ」を、前面に押し出した。

 さあ、クラスメイト達よ。感動してくれていい。先生も私の高潔さに胸を打たれた筈だ。

 あくまで謙虚に振る舞う私は、きっと父や叔父にとってどこに出しても恥ずかしくない子爵家令嬢だろう。だからそろそろ祖父も怒りを鎮めて欲しい。


「そうですか。もし君に無理やり男女交際やバイトと称した仕事を強いる生徒がいたらすぐに報告してください。こちらで対応します。くれぐれも一人で抱え込まないように」

「はい、分かりました」


 担任教師が立ち去った後、私はいきなりベルナルディータからがしっと両肩を掴まれた。緑の瞳が鋭い光を放っている。

 ベルナルディータよ。君の勢いが強すぎてその淡いオレンジの髪が私の頬をぺちっと叩いたぞ、今。地味に痛かったのだが。


「ベルナ。友達を捕獲するのはいけないと思う」

「そうじゃないでしょっ。アレル、一体何をやってきたのっ」

「だからバイト。せっせと書類を書き、倉庫で埃にまみれ、てってこてってこと歩き回るお仕事です。そんな地道に働く人達のおかげで、私達の生活が維持されているのですよ。それを馬鹿にするのは社会の一員である自分を否定するようなものです」


 うん、完璧だ。これで我が家の父も恥をかいたりしないだろう。

 あれだけセクシーで素敵で優しい父なのに、何かと子供を放置しているとか言われていじめられてしまうのだ。更にウェスギニー子爵が娘を働かせているだなんて噂が立ったら申し訳なさすぎる。


「アレルってやっぱり普通じゃなかったんだね」


 ちょっと待て、エスティフェニアよ。私は誰がどう見ても普通の女子生徒だ。

 世の中には、ちょっと気になる女の子とお喋りしたいからって薬を使って誘拐するような非常識な男や、ちょっと双子の妹が行方不明になったからってブレード付き撃銃を持って窓ガラスを全損させてくる少年だっているのだ。

 私など非力で平凡な普通の女子生徒じゃないか。


「誰も私のことを分かってくれない」

「アレルのこと、一番分かってないのがアレルなんじゃないかなって、私、思う」


 クラウリンダまでそんなことを言う。

 無理解とは孤独なものだ。

 その夏を終え、私は愛の妖精が愛ゆえに周囲から孤立してしまう宿命を知った。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 さすがに登校初日はクラブ活動もない。

 だけど警備棟にある第2調理室に行けば、クラブメンバー四人が私の積み上げた荷物を囲んでいた。


「あ、レイド。今日は髪を染めてないんだね。みんなも久しぶりー。元気だった? けっこう日に焼けちゃってるね、みんな。日焼け止めあげようか。もう遅いかもしれないけど」

「やあ、アレル。なんかテーブルの上にこんなのがどどんっと積み上げられてるんだが。一番に来たのが僕だったせいで、僕の仕業(しわざ)だと疑われていたところだ」

「僕は、ダヴィじゃなくて最初からアレルを疑ってたよ」


 ダヴィデアーレとマルコリリオがそんなことを言う。


「僕だってダヴィを疑いたいわけじゃないが、どう考えても女の子の持ってくるものじゃないだろ。いくらビーバーでも」

「ごめん。ディーノのアレルを信じたい気持ちは分かるけど、僕もアレルかなって思ってた」


 うーむ。やはり水着姿の女の子のフォトブックは、私が持ってきたと思われるような、思われないような、そんなシロモノだったか。


「ハズレはディーノだけど、私を信じてくれたお礼にコレを一番に使わせてあげる。どうせディーノ、体を動かすの好きでしょ。誰もいない海とか川とかプールで使うのに持って行ってもいいよ」


 私はフォリ中尉から戻ってきた遊泳グッズを一つ、棚から取り出して押しつけた。

 この遊泳グッズよりも兵器寄りな高スペック品が融通されると知ったフォリ中尉は、今度あらためてご褒美をくれるらしい。いじめっ子だが、フォリ中尉はあれで話の分かる人だ。


(欲しいものがあるなら何でもくれるって話だったらしいしね。思いつかなかったらあっちで素敵なものを用意してくれるらしいし、そっちも気になる。だって自分で考えるより、あっちから用意してくれるものの方が高級品って感じがする)


 その伝言を持ってきた叔父は、焦らずに考えなさいと言った。

 今の内にご褒美をもらうべきか。それとも温存しておいて未来の苦難時にその権力を融通してもらうべきか。そこが悩ましい。

 ベリザディーノは受け取った金属製の遊泳グッズを調理台に置いて困惑している様子だ。


「なんだよ、これ。プロテクターか?」

「ちゃんとみんなで動くかどうかテストしたから大丈夫。あ、もう一つあるんだよ。これね、かなり面白いんだよ」


 私が、それを取りつければ水面や水中を泳げない人でもすいすい泳げるのだと説明すれば、皆が興味深そうに眺める。

 みんな泳げるけど、体が不自由な人でも泳げるという話に興味を持った様子だ。


「じゃあ、学校のプール借りるか? 今日ならどのクラブも使ってないと思うし」

「そうだな。だが、水着がないぞ」


 早速、ベリザディーノが使ってみたいと言い出せば、ダヴィデアーレが一番の問題点を指摘した。

 どうせ登校日初日。みんなさっさと帰宅してるよ。プールなんて誰もいないよ。男の子達が裸でいたところで、変質者なんてこの学校に入りこめないよ。・・・・・・職員の中に変質者がいたらどうしようもないけど。


「普通のパンツでも大丈夫じゃない? 脱げなければ。どうせ足首にも装着するから、パンツがなくなることはないよ」

「あのさあ、アレル。その場合、僕達がそれを君に見られるってことが問題だって、ダヴィ、言いたいんだと思うよ?」

「男同士なら平気じゃない? うちの兄ならちゃんと使い方知ってるし。私、ここでこのお土産、分けておくからうちの兄を男子寮から引っ張ってきて説明させればいいと思う」


 教えることができるのは私だけじゃない。男子寮の寮監達とアレンルードも既にマスターしている。

 なるほどと頷いたエインレイドが男子寮にアレンルードを呼びに行ったけれど、うちの兄はかなり気のつく子だった。

 私が学校に持っていくというのを聞いて、どうせそんなことだろうと思って用意していたのか。アレンルードは男子用水着をエインレイドに渡してきたそうだ。


「みんな更衣室来てよ。アレン、僕達の水着持ってきてくれてるから。アレルは悪いけどここで留守番していてね。女の子用の水着はさすがに持ってきてないそうだから」

「いいですよ、レイド。楽しんできてください」


 警備棟の更衣室で水着を選ぶそうだ。アレンルードもサイズが分からないから幾つか持ってきていたらしい。

 みんな笑顔で楽しそうだなぁと、微笑ましかった。久しぶりに会えてはしゃいじゃってるんだね。

 そんな気持ちが分かっていたから、

「みんな楽しんでくるといいよ」

と、私も笑顔で見送った。

 だけどね、兄よ。どうして妹の分の水着はなかったのかな。いいけどね、別に。




― ◇ – ★ – ◇ ―




 ファレンディア国で優斗が少年だった頃、こんな風に仲のいいお友達とあの子も一緒に連れ立ってはしゃいだりしたんだろうか。寄宿舎のある学校だったから寝食を共にすることでまた違う友情を築くことができたと信じたい。

 私は楽しそうに第2調理室を出ていったクラブメンバーを見送りながら思った。

 できればそんな姿を見たかった。隠し撮りしてもらったものは、撮影者がユウトと親しくなかったこともあり、細かい情報は分からなかった。

 だけど時は巻き戻せない。今、私はサルートス国の女子生徒だ。


(さてさて、思いっきり泳いできた少年達の言うセリフなんて一つだよね)


 一人だから遠慮なく自分のペースで軽食を作ることができる。

 やがてプールで遊泳グッズを楽しんだ四人は、アレンルードと一緒に警備棟へ戻ってきた。

警備棟でシャワーを浴び直し、髪を乾かして制服に着替え直したものの、やはり髪がバサバサだ。


「着替え持って行ってたんならプールのシャワールーム使う方がよくなかった?」

「ここで水着に着替えてサンダルで行ったんだよ。僕、校内を水着で歩くのなんて初めてやった」

「どうしよう。王子様の初体験がなんか後でうだうだ言われそうな気がしてならない。それを勧めたのはディーノとダヴィってことにしといてください」

「別にみんなで決めて行ったんだから誰も怒らないよ」


 水着姿でプールまで行ったと聞いて、こっちがびっくりだよ。上にシャツぐらい羽織って行けよ。もう遅いけど。

 水着姿のまま、グラウンドを五人の少年が歩いていただなんて、ちょっと純情なお嬢さんなら顔を赤らめてしまったと思う。

 ほとんどの生徒は下校していたそうだ。


「ありがとね、ルード。水着までは思いつかなかった」

「フィル、別に普通のパンツでいいって言ったんだって? しかも脱げても気にしないって何なんだよ、もう。叔父上がこんなことだろうって持たせてくれてたからよかったけど」

「だって男の子同士でしょ。それよりお腹空いたよね? 挽き肉と野菜とチーズのトマトソースグラタン。パンもあるよ」


 男の子同士なら一緒にシャワー浴びたりもするだろうし、女の子がいないならパンツ脱げても問題ないんじゃないの? 一人だけなら恥ずかしいけど、みんなでパンツ脱いだら恥ずかしくないよ、きっと。


(フォムルの露天温泉でウフフ、アハハするようなもんだろう、多分)


 挽き肉団子のトマトソースグラタンといっても冷凍してあったものや缶詰を使って適当に作ったものだけど、お腹を空かせた子供達にはこんなものでもよかったらしい。

 アイスティーにちょっぴり蜂蜜を加えて甘くしてみたものを出せば、まさにごくごくという感じで消費していった。


「本当にアレルとそっくりだね。僕、びっくりしたよ。アレル、本当は男の子だったのかなって何度も見ちゃった」

「うん。だから私と兄ってよく入れ替わってたんだ。だけど兄って少しぶっきらぼうな話し方するから、リオ、ちょっと怖かったんじゃない?」

「そんなことなかったよ。だけど大丈夫、アレル?」

「何が?」


 見れば、心配そうな顔をしているのはマルコリリオだけで、エインレイド、ベリザディーノ、ダヴィデアーレは笑いを堪えているような顔だ。


「僕達と一緒にいたでしょ? だからアレンってば、声をかけてきた人に、

『何言ってるのさ、僕、男だけど』

って言っちゃって、そりゃそうなんだけど、水着姿でそれはそうなんだけど、・・・アレル、やっぱり男の子だったんだねって思われたんじゃないかな」

「えっと、・・・・・・ルード?」


 こういっては何だが、私達は間違われることに慣れている。訂正することにも、訂正せずにその勘違いをそのままにしておくことにもだ。

 私は兄のいる方に顔を向けた。


「いいじゃないか、別に。僕、嘘は言ってないし。それにフィル、女子一人が男子四人と一緒にいると思われるより、男子生徒五人の方が自然だよ」

「そういう問題じゃない。多分、そういう問題じゃない。・・・いや、いいのか? 考えてみればそれでいいのかも? あれ? だけど私の名誉は? うん、ルードと思われても全く問題はないんだけど、ないんだけど・・・」


 元々がその予定だったから全く問題はない。いざという時には私はアレンルードだったことにして逃げようと思ってたからこれで万事解決なのかもしれない。

 だけど何故かな。あっさり男子生徒と信じ込まれてしまうと、それもそれでちくっと心が痛くなるの。


「もう諦めなよ、アレル。結構、僕達ってば目立ってたよ。ほら、ここで着替えて水着姿でプールに向かってったからね。もう僕達、男だけ五人チームって思われてるよ」


 エインレイドがのほほんと笑いかけてくるけれど、きっとそういう問題じゃない。

 着替えならプールについている更衣室でもよかったと思うのに、何故ここで着替えていくかな。それはいいけど、どうしてシャツを羽織っていかないかな。

 どこから訂正すべきかが分からない。


「こんなに可愛い私が男だなんて」

「僕と同じ顔だけどね。僕を指さして、

『ほら、やっぱり男じゃありませんの』

って言ってた人もいたから、これでよかったんだよ」

「ううっ。それはそうなんだけど・・・」


 もしかしたらアレンルードは、わざと私のフリをしてくれたのかもしれない。男子寮で一緒にいるのも、授業中で一緒にいるのも全て自分だということにして、私を庇ってくれたのかもしれない。

 だって服を脱がなくていい授業時間や休憩時間にエインレイドと一緒にいても、私ならアレンルードのフリができる。

 

「とりあえずルードをぎゅーっ」

「いいけどね」


 ぺろりとグラタンとパンを食べ終えていたアレンルードは、私をぎゅっと抱きしめ返してくれた。

 父が世界で一番素敵な父親なら、アレンルードは世界で一番素敵な双子の兄だ。可愛くて勇気があって何より私を愛している。

 いつだって私達はお互いを守り合う双子の兄妹なのだ。








― (‘ω’) ― ♪(‘ω’)♪ ― (‘ω’) ―

 


― (‘ω’) ― ♪(‘ω’)♪ ― (‘ω’) ―



― (‘ω’) ― ♪(‘ω’)♪ ― (‘ω’) ―





 長期休暇が終わった初日なのでクラブ活動もなく、アレンルードは男子寮の自室にいて、昼食は隣の習得専門学校に行ってバーレンからもらった軽食チケットですませるか、それとも二つの自宅のどちらかに行って食べるかと悩んでいた。

 外泊届を出して帰宅してもいいけど、やはり男子寮の中で漂うムードを掌握しておきたい気持ちもある。

 国立サルートス上等学校に入ってから、戦場とは違うフィールドで一人戦う気持ちを実感中だ。守らなくてはならないのは一般部にいて目立たなく生きている筈だった妹である。


(寮生の家族に圧力かけて取りこんでるヤツもどんだけだか。フィルじゃなく、僕に接触したいと思わせねえと)


 双子の妹が色々と考え無しにやらかしてくれると、大変なのは家族の方だ。婚約届など、ウェスギニー家はサルートス国で出す気はない。

 だからこそ婚約のことは伏せておくようにと、叔父のレミジェスからもアレンルードは言い聞かされていた。問題は隠し通せないことらしい。

 叔父でさえどこまで時間稼ぎができるやらと、いずれその噂が出回ることは諦めていた。


――― コンコン。


 ノックの音が響く。


「えっと、アレン。いるかい?」


 エインレイドが208号室を訪ねてきたものだから、アレンルードも目を丸くして迎え入れる。


「あれ、エリー王子。どうしたんです? 何か用ですか?」

「えっと、うん。あのさ、アレルがプールで使うっていうグッズを持ってきてくれたんだ。それでね、それをやってみようって話になったんだけど」

「ああ、あれですね」

「やっぱり知ってるんだ? ただね、水着持ってきてないって話になったら、アレル、パンツでいいじゃないかって言い出して。

 僕、そういうのってよく分からないけど、下着のままプールに入るのって普通なんだ? 脱げたらどうするのかなって思ったけど、脱げても足首で引っかかるから大丈夫って。

 それでね、さすがに女の子の前で下着が脱げたら恥ずかしいだろ? だからアレルじゃなくてアレンに教えてもらいたいんだけど」


 アレンルードの妹がらみの悩みが、更に予測もしていなかった新しい悩みを連れてやってきた。

 勘弁してくれ、我が妹よ。どうしてそこで普通の下着で泳げばいいって話になるの? もしかしてクラブメンバーのパンツが脱げるところをうちの妹ってば見たかったの? なんでそこで水着を手に入れる方法を考えないの?


「まさか、初日に使おうとするとは。えっと、水着なら持ってきてあるんですよ。どうせやってみたがるだろうなっていうんで、成人サイズと学生サイズ。明日にでもリオンさんに渡しておくつもりだったのに。まあいいや。好きなのをもらってください」


 アレンルードの予測では、髪を染めたエインレイドが警備棟の出す移動車に乗ってそれを落としに行くのは二日目の夕方の筈だった。その時に水着があるのだと伝えてもらえばいいと思っていたのだ。

 ネトシル少尉は用務員に扮して警護に当たっている人だから、彼から渡されたなら安心だろうと考えていた。


「あれ? 水着の短パン、色々なサイズがあるんだね」

「もしかしたら寮監先生とかも一緒に使うかなって思ってたみたいです。だってアレを使って溺れたりしたら大変だし。・・・よほどおっちょこちょいじゃない限り、怪我はしなさそうですけど」

「そうなんだ?」


 ウェスギニー家のレミジェスが用意したという男性用の水着を持ってきていたアレンルードがそれらを提供してくれたので、クラブメンバー達は誰もがパンツが脱げる心配をせずにすんだ。

 警備棟の中にある更衣室にそれを持っていけば、それならここで着替えていこうという話になる。

 はいてみてサイズが合わなくてもすぐに変更できるからだ。


「あのね、みんな。彼がアレン」

「アレンルードです。アレンって呼んでください。えーっと、この中で泳げない人とかっている? これさあ、水面を飛ぶように移動もできるけど、水中もいけるんだよね。だからゴーグルも持ってきてるんだけど。プールで練習したら、次は湖とか海とかで使うと面白いと思う」


 着替えながらの自己紹介というのも礼儀的にどうかというところだが、アレンルードの顔がアレナフィルそっくりだったので、クラブメンバーもなんだか知っている人といった気分になる。そんなものかと流されていた。

 既にアレンルードはクラブメンバーのことを把握していたこともあるだろう。

 玉蜀黍の黄熟色(メイズイエロー)の髪に針葉樹林の深い緑色(フォレストグリーン)の瞳。全てにおいてアレナフィルとそっくりなのに、やはり服を脱げば違いが際立っていた。

 真っ先にそれに気づいたのがベリザディーノだ。


「へえ。アレルの兄って本当にそっくりなんだな。僕はディーノ。いい体してるじゃないか。そういえばアレル、双子の兄は運動が得意だって言ってたっけ。僕は、泳ぎは普通にできる程度だな。別に水中も怖くないから平気だ」

「ダヴィだ。悪いな、呼び出して。だけど女の子にプールで教えてもらうのってどうかって思うし、来てくれて助かったよ。僕も普通には泳げる」

「リオです。よろしく。そこまで泳ぎは得意じゃないですけど、溺れたりはしません」

「あー、うん。リオって、なんか緊張してる? それともうちの妹にもそんな感じなんだ?」

「え。だって、ほら、・・・僕、貴族じゃないから」


 クラブ活動のメンバーはともかく、他の貴族には生意気だと思われるかもしれない。それがマルコリリオの不安だ。

 普通にしようと思っても、やはり丁寧な言葉遣いが知らず知らずの内に出ていた。


「別に僕達の幼年学校だって貴族はいなかったし、普通にみんなと遊んでたぜ? 敬語とか使われても背中が痒くなるだろが。それにエリー王子や伯爵家のご令息と一緒にクラブ活動してる奴が、今更何を気ぃ遣う必要あんのさ。そんなんで委縮すんじゃねえよ、男だろ」


 ぱんっとマルコリリオの背中を叩いて、振り返るようにして目線を合わせてきたアレンルードがにやっと笑う。

 アレナフィルではありえない仕草に、マルコリリオもびっくりだ。ついでに口の悪さにも目が点になった。


「それに僕よりすっげぇ頭いいんだろ? 卑屈になんなよ」


 凄い音の割にはあまり痛くなかった平手だけど、マルコリリオはちょっと赤くなる。茶目っ気のあるウィンクが、アレナフィルと同じ顔なのに全く違う何かを感じさせた。


(同じ顔だけど、アレルとアレンってかなり中身が違うのかな)


 アレナフィルと話していると、常にその父親と比較されてはけなされるので、

「あれ? もしかしてめっちゃ僕達、対象外?」

と、可愛い顔のわりに自信をなくさせてくるのだが、アレンルードは反対に、

「そっか。もっと自信持たなきゃな」

と、そんな気にさせる。


「う、うん。ごめん」

「いいさ。今までヤな思いしてきたんだろ。責めてねえよ。うちの妹と仲良くしてくれてありがとな」


 アレナフィルも分かりやすい性格だが、アレンルードも違う意味で分かりやすい性格だった。触発されたのか、ダヴィデアーレとベリザディーノもマルコリリオの肩をパシッと軽く叩いてくる。

 もしかしたら自分から勝手に壁を作っていたのかもしれない。マルコリリオはそう思った。


「あー。それよりエリー王子。どうせならもうタオルだけ羽織って、このままプール行っていいですか? 無駄かもしれないけど、うちの妹がエリー王子に近づいてる唯一の女子生徒って噂、消せるだけ消しておきたいんで。今、変装してないみたいですし」


 ベリザディーノとダヴィデアーレを軽く目で示すアレンルードは、もう隠せないと分かっている様子だ。

 エインレイドも頷く。


「勿論だよ、アレン。・・・リオは離れててもいいよ」

「大丈夫です。僕ももう気にしないから」


 遊泳用グッズの一つはアレンルードが持ったが、もう一つはベリザディーノが持った。


「こんなの水の中につけて入ったら溺れそうだけどな」

「そう見えるだろ? 使ってみてのお楽しみさ。うちの妹、クラブメンバーなら悪用しないだろうって持ってきたんだ」

「悪用?」

「使ってみたら分かるよ」


 ベリザディーノが話しかければトントンと返事してくるアレンルードに、ベリザディーノはやっぱりアレナフィルと表情が違うと感じる。

 ダヴィデアーレもこれがウェスギニー家の兄の方かと、興味を持たずにはいられなかった。

 まだ学校に残っていた生徒もいたが、どうやら友人同士と久しぶりに会えたかららしい。あちこちのベンチに友人同士で座って、話に花を咲かせていた。

 だけど五人が水着で歩いていればかなり目立つ。


『あれって王子様じゃない?』

『なかなか見ないって噂の王子様だろ?』

『へえ。あの子、可愛くないか? 残念、男か』

『今日はクラブ活動はない筈だけどな』


 そんなざわざわとした声が五人にも届いた。くすっと笑ったアレンルードがエインレイドに片目をつぶってくる。


「凄いですね、僕達、注目の的ですよ。その内、歓声がないと物足りなくなるかも?」

「アレンは注目されてても平気そうだね」

「そうですね。必要とあればここでみんなにサービスしてもいいんですが、この体じゃなあ。あ、女の子相手ならいいのか?」


 真面目に検討し始めるアレンルードに、どうしても距離感が分からないベリザディーノ達だ。

 歓声ってなんでそんなものが欲しいんだ? サービスって何なんだ? アレナフィルのように自分の欲望だけ見ている女子生徒は分かりやすいが、アレンルードはまだその性格がよく分からない。

 男子寮で唯一の貴族令息。王子エインレイドの身近に配された男子生徒。

 そんな噂はあったが、アレナフィルを見ていると噂が間違っていたんだなと、そんなものだった。


「あれ? アレンちゃん?」


 そんな声が掛けられる。

 皆がそちらを見れば上級生と思わしき背の高い男子生徒がいて、王子であるエインレイドではなくアレンルードをまじまじと見ていた。


「やだなあ、アレンちゃんだなんて。この姿の時は、ア・レ・ン・く・ん。もうっ、分かってない子はお仕置きしちゃうぞっ?」


 それでも、ちゅっと投げキッスをするものだから、その男子生徒も顔を赤くする。

 片手で朱に染まった顔の下半分を覆ったが、アレンルードの上半身をその目はしっかりと確認していた。

 そんな男子生徒に向かって、アレンルードは軽く手を動かすことでエインレイドへと視線を誘導させる。無言でもそれで伝わるものはあった。何故なら貴族で王子の顔を知らない生徒はいないからだ。


「あ、ごめん」

「次から気をつけてねー、せ・ん・ぱ・い。新学期始まったし、また今度遊んでください。先輩方にあげたいものもあるんです」

「ああ、言っとくよ。またな」

「はぁい」


 軽く手を振って笑ってすませるアレンルードだが、ちゃっかり明日以降に会う約束をしている。

 その愛想の良さに、ダヴィデアーレの表情が抜け落ちた。ベリザディーノも目の前で行われたことが今一つ理解できない。

 くすくすと笑っているのはエインレイドだけだ。歩きながら話しかける。


「本当に人気だね。もしかして夢を壊してない?」

「思いっきり壊しておかないと僕の危機ですからね。男からのラブレターなんて見たくもないですよ。さっさと身長を伸ばしてごつごつした体にならないと」

「頑張れ」

「いいですよね、エリー王子は背があって」


 拗ねたような言い方だが、特に妬んでいるというものでもない。そこは双子はどっちもよく似てると、ベリザディーノは感じた。

 そうしてプールに着けば、まずシャワーを浴びて軽く関節をほぐす。


「じゃあ、これをまず実験台でディーノがやればいっか。もう一人はリオ、やってみなよ。あまり泳ぐの得意じゃないって言ってたけど、それでも平気だから。ほら、つけて。それをみんな見ておけば、なんとなくでできる。エリー王子は何かあったら困るから、まず二人のを見ててください」


 ベリザディーノとマルコリリオに装着させながら、アレンルードはどんな体格の人でもベルトで調節できるのだと説明し、足首などに引き出すそれをどこでストップさせるのかも説明していった。


「まず、水面を泳ぐ状態の時は、ここの数値はゼロ。上げていくと、水面下になっていくから、プールではあまり深い数値にしないように。せいぜい1まで。それ以上は激突して流血事故だ。だから絶対に0か1に。不安ならゼロから動かさない。このレバーで方向調節。だから絶対に周囲を見ておくこと」


 それらを復唱させてからアレンルードはまずベリザディーノをプールで試させる。


「うわっ、すげぇスピードッ。何だよ、これ。水上モーターに乗る必要ないじゃないか」


 運動神経のいいベリザディーノはすぐに水面ばかりか水中まですいすいと動かせるようになった。だけどプールなら水面を移動した方が楽しいと感じる。


「さて、次はリオだ。大丈夫。不安になったらレバーから手を離せばいい。何かあったらディーノが助けに行く」

「う、うん。やってみる」


 ベリザディーノの出していた速度の半分も出していなかったが、マルコリリオもすぐに慣れた。水中にも潜ってみる。


「凄いっ。全く僕、体を動かさないのに全部やってくれるんだ。これがあれば誰でも水泳なんて怖くないよ」

「よかった。じゃあ、次はダヴィとエリー王子。ディーノとリオが教えてあげなよ。復習代わりに」

「そっか。そうだね、うん。あのね、レイド。これ、とっても楽なんだよ」


 元々、ベリザディーノとマルコリリオに対する説明も聞いていたので、まさに危ないことなど何一つなく、ダヴィデアーレとエインレイドもそれを動かすことができた。


「こんなのが売られてるだなんて思わなかった。なあ、アレンっつったっけ。これ、売ってた店分かるか?」

「売られてたんじゃなくて、うちの妹がバイト先で埃かぶってたのをもらってきたものだよ。水難救助用って言ってたけど、これを使えば水の中での犯罪も簡単になるから、もう学校で楽しめばいいんじゃないかってことにしたみたいだ。それよかディーノ。泳ぐの得意なんだろ? そーゆーズル無しで競争しねえ?」

「受けて立とう。みんなもやるよな?」


 ベリザディーノが見渡せば、マルコリリオは軽く肩をすくめる。


「僕、負けるって分かってるからやらない。その代わり、審判するよ。レイドとダヴィは遠慮なくどうぞ」

「なんか僕が負けそうな気がするな。レイドも実は鍛えてるし」


 ダヴィデアーレも運動神経に自信があるわけじゃない。アレナフィルよりも運動神経がいいというアレンルードなら自分が一人負けだなと察した。


「どうかな。アレンとディーノは二人でやらせておいて、僕と競争しないか、ダヴィ?」

「それならまだいいか? このままだと昼になるけれど、今日って食堂開いてたっけ?」


 ダヴィデアーレが太陽を見上げる。ベリザディーノは警備棟の方を振り返った。


「アレルに頼んだら何か作ってくれるんじゃないか? たしか冷凍庫にパンとかあっただろ。何よりアレルがテーブルの上に積みあげてたの、幾つかはお菓子じゃなかったか?」

「心配しなくても、うちの妹なら何か作ってくれると思うよ。駄目だったら隣の食堂に行けばいいさ。ま、怖じ気づくなら今の内だぜ、ディーノ」

「ぬかせ」


 カモンと挑発してくるアレンルードに、ベリザディーノが乗る。同タイムだったが、アレンルードは基本的に何でも楽しむタイプだった。

 

「せっかくだから、面白いこの遊具の使い方を教えてやるぜっ。見よっ! これを装着せずにレバーだけ押せばっ、この通り、垂直に水を噴射できるのだっ!」


 プールの水が垂直に真上へと噴射される。

 その勢いにダヴィデアーレが、

「なるほど、これは人に向けてはたしかに危険だ」

などとつぶやいた。

 ウェスギニー子爵家のサルートス幼年学校にも通えなかった双子達。その妹を知れば知る程、低く評価している大人達が許せなかった。

 だけど兄を間近で見てしまうと、この双子ってどちらも別に何を言われてても気にしてないのでは? という疑問が浮かんでくる。

 男子寮でエインレイドの護衛をしていると囁かれる男子生徒は、全く王子のことを気にせず楽しんでいた。


『うわああっ、プールに噴水がぁっ』

『なんだなんだっ』


 遠くからでも水が噴き上がっているのを見つけて誰かが騒ぎ始める。


「アレンッ、ちょっとちょっとっ、騒ぎになっちゃってるよっ」

「やばいっ。とりあえずこれを止めればこの通りっ」


 顔をひきつらせたエインレイドがアレンルードを止めれば、いきなり止められた水が今度はまさにバケツをひっくり返した勢いとなって、バッシャーンと皆の上に落ちてきた。


「うわああっ、何やってんだよっ、アレンッ。角度変えたら駄目だろっ」

「ふっ。もうやっちまったことは取り返しがつかないのさ」


 頭からかぶった水をぶるぶると振り落としながらベリザディーノが騒げば、アレンルードは韜晦してみせる。

 

「なんか、・・・本当に性格は違うんだ」


 マルコリリオは、プールサイドどころかプールの柵の外まで水浸しになったそれを見渡して、もしかしてこれは先生に怒られるのかなと、ちょっと遠い目になった。


(だけど、それも楽しそうって思えるから不思議だ)


 アレナフィルはとても可愛い女子生徒だ。だけど何をやってもアハハと笑ってすませるアレンルードにこそ、マルコリリオは眩しいものを感じていた。





「まだ少年だった僕は、アレンのぶっ飛び具合を分かっていなかった。今ならそう言えるんだ」


 後年、マルコリリオはそう述懐した。



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