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薔薇戦争と肥後モッコス

陸封された不知火海の一部。

その塩湖に夜ごと光り物が起こった為、薩摩の役人が赴いた所、アマビヱと名乗るものが出現した。

役人に対し

「海に連れて行って欲しい」

そうさめざめと泣くので、哀れに思った役人がボスポラス海峡に放つ。

去り際、

「当年より六ケ年疫病が流行するから、私の姿を描き写した絵を人々に早々に見せよ」

そう言い残した。

果たしてヨーロッパで黒死病が流行したが、サツマニアと東ローマ帝国では病人が出なかったと言う。


その後アマビヱは、ジブラルタル海峡を泳いでいるところを、ポルトガルからの帰路の島津歳久、東郷重位に目撃される。

 桜島の怪発光に包まれ百三十年前のヨーロッパに転移した薩摩半島。

 薩摩国でありながら、上甑島・下甑島は置いて行かれた。

 出水郡長島も日本に残った。

 かと思えば、幸か不幸か薩摩の道連れでヨーロッパに連れて行かれた地域もある。

 肥後国水俣である。

 自領の西側が消滅した人吉城主(一歩間違ったらここも持って行かれたかもしれない)の相良頼房は

「何じゃこりゃーーーーーーーー!!!!!」

 と腹部に銃弾でも受けたかのように絶叫したが、水俣の元城主犬童頼安もまた、起こった事が理解出来ずに苦しんだ。

 当時島津家に従っていた、というか勝ち馬に乗って豊後攻めに参加していた肥後国人は、自領から切り離れた状態で転移した為、生活基盤を得る為に必死で戦い、一度領地を得たらそこに一所懸命となった。

 元の持ち主がブルガリア人だろうが何だろうが構わない。

 島津家から領土を安堵されると、元々の頑固者の性格が出て、島津歳久の農政にも「お前には言われたくない」的な反発をし、片や刀を抜く、片や槍を突き付けると対立したりした。

 この件は歳久がバルカン探題を解任されて肥後者は矛を収める。

 その後の合戦で捕虜を農奴としたりして生活改善し、半数は幸福に暮らしている。


 肥後者は不器用で協調性が無い。

 大農場に農奴を得ても、経営出来ない者が一定以上いる。

 やがて経営破綻し、元の住人であるブルガリア人に追い出されたりして、浪人となった者も出た。

 同じように転移した日向者が、朴訥ながらギリシャの農民たちと良い関係を築き、柑橘系が売り物になるまで頑張って半農半兵で生き抜いたのと違い、肥後者はあぶれ者が出始めた。


 そして、元々の土地を持ったまま転移した水俣城下の国人たちは更に悲惨であった。

 生活の糧を得ていた不知火海が陸封されてしまい、漁民が生活出来なくなって来た。

 雨が降らなくなり、一方で風による塩害が大きくなる。

 米が採れなくなって来た。

 その上、菱刈の開発が進み、霧島付近でのアラブ種の馬牧畜が始まると、生活に困った農民がそちらで鉱夫や牧場労働者として出稼ぎするようになる。

 農民が居なくなった地の武士など悲惨である。

 年貢が取れないから生活に困る。

 なまじ、初期には米も農作物も昔通り採れたのが不運だった。

 最近では近隣での戦も減り、新しい領地も得づらくなった。

 そんな肥後者に希望を与える噂が広まった。

 傭兵募集である。




------------------------------




 ヨーク朝イングランド王エドワード4世とブルゴーニュ公シャルルが義兄弟となった。

 ブルゴーニュ公としての戦略で、イングランドを戦争に巻き込む、百年戦争の再開を目論んだ。

 一方のフランス国王ルイ11世としては、そんな事をされては堪らない。

 ルイ11世は、ブルゴーニュ公国新領のソンムやアミアンに陰謀の手を伸ばし、離反させようと画策する。

 そして、突進公がヨーク家ならば、ルイ11世は対立する前イングランド王家のランカスター家と手を組む。

 元々ルイ11世は、ヨーク家と手を組もうとしていた。

 ヨーク朝成立の立役者ウォリック伯と交渉し、エドワード4世の妹との婚儀を進めていた。

 しかしエドワード4世はシャルル突進公に妹を嫁がせる。

 ウォリック伯は面目を潰され、深く恨みを抱いた。

 ルイ11世はそれを見逃さない。

 敵同士だったランカスター家とウォリック伯の双方と手を組み、イングランド各地で反ヨーク家の反乱を起こさせた。


 ヨーク家の兵たちは、かつてイングランドに現れて自軍を指揮したサツマン人の影響を受け、野盗か山賊かならず者かとヒャッハー!化していた。

 こいつらはこいつらで、ペストが発生した時に

「汚物は消毒だーー!!」

 と村や町ごと焼き払って、結果として大流行を事前に阻止した功績も有るのだが、それ以上に悪評の方が酷い。

 旅人を見れば襲って身ぐるみ剥がす、教会を見ると焼き討ちし

「見ろよ、聖書なんて持ってやがるぜ!

 こんなもん、今じゃ尻拭く紙にもなりゃしねえのに!!」

 と嘯く。

 暇潰しに絞首台を作り、女児の肩の上に大人を乗せ、重さに耐えられずに子供が転んだりしたら親は死ぬようにする。

 弱者に鎖をつけ投擲競争をする、等等。

 自国の蛮族化を嘆くイングランド貴族だが、

「お前ら、前からそんなだったろ」

 と他国(特にイスラム圏とフランス)からは嘲られる。

 イングランド知識層にしたら、実に心外である。

 サツマンの影響でイングランドは救世主の居ない世紀末状態と化していた。


 サツマンとジャンヌ・ダルク帰国後に、このヒャッハー兵を率いてロンドンを落とし、ランカスター朝のヘンリー6世を捕らえ、バッキンガム公ハンフリー・スタフォードを討ち取ったのがウォリック伯であった。

 その後もウォリック伯はランカスター家との抗争でヒャッハー共を上手く使い、略奪で欲を満たさせていた。

 故に、ウォリック伯が反乱を起こした時、ヒャッハーたちは

「また暴れられるんなら、誰でもいいぜ」

 と迷わずエドワード4世に刃を突き付ける。


 こうして王位を追われたエドワード4世はブルゴーニュ公国に匿われる。

 これでランカスター家が復活したかというと、そうでは無い。

 ランカスター家のマーガレット王妃とエドワード王子は、ヒャッハーたちを恐れて亡命先のフランスを動かない。

 どちらがイングランドに帰るにせよ、ウォリック伯のヒャッハー部隊以上に兇悪な兵力を引き連れて帰らねば、ウォリック伯の傀儡にしかならない。

 ロンドンを抑えたウォリック伯を、ヨーク家のエドワード4世とシャルル突進公、ランカスター家のマーガレット王妃とルイ11世、どちらの陣営が先に強力な軍をもって追い落とすかの競争となった。

 そこでシャルルは島津豊久に、ルイ11世は島津家久に援軍を求めた。




------------------------------




「おはんら、動いてはならぬ」

 出家したが相変わらず当主の島津義久が、皇帝家久と豊久を前に命じる。

 当主ならではの諜報網で、義久は薩摩を一歩も出ずにフランス、イングランドの情報を掴んでいた。

 場合によっては、ロンドン争奪戦で家久派と豊久派が同士討ちする事になる。

 義久はそれを防ごうとしていた。

「我等島津は、他家の為には戦わん。

 おはんら、他家の事等構っちゃならんど。

 知らぬ存ぜぬを決め込め」


 家久はポルトガルとの交易が始まり忙しいので、援軍に応じる気は無い。

 豊久は、別にシャルルという義兄はどうでも良いが、戦はしたい。

 多少駄々を捏ね、五所蹂躙絡みで義久を(肉体言語的に)説得にかかったが、

「こん技は首の極めが甘か!」

 と外す。

 そのまま巴投げの体勢に持ち込み、密着状態での義久の足が豊久の内臓を打ち抜く。

 血を吐いて倒れる豊久(一刻後に復活)。

「この島津龍伯、薩摩ン国内にあっては生涯無敗!

 思い知ったか!」

 こうして豊久も援軍というか、自分自身の出陣も禁じられた。


 だが、フランスとブルゴーニュから援軍要請が有った事は、浪人となったり、水俣で衰亡していた肥後者の耳に入る。

 彼等は島津家の家臣ではない。

 命令に服する謂れは無い。

 鎧櫃を引っ張り出し、壁に掛けていた槍を引っ提げ国抜けをする。

 水俣はブルガリアに繋がっている為、転移の際に出来た山を抜ければ、すぐに異郷の地である。

 水俣衆は、水俣城下に隠居していた犬童頼安を担ぎ、彼を大将としてイングランドを目指した。

 これは正解であった。

 面倒事に巻き込まれ、心底うんざりしていた犬童頼安であったが、彼が居なければ船の手配や、路銀の確保等は出来なかっただろう。


 何より犬童頼安が居なかったら、

「話は聞きました。

 イングランドを破壊するのですね。

 だったら私の指揮下に入りなさい」

 という軍事面のジャンヌ・ダルクこと、ジャンヌ・デ・ザルモアーズの部隊と、揉める事無く合同軍になる事は出来なかっただろう。

 理屈が多く、意固地で、自己主張が強い肥後者は、あーだこーだとジャンヌ・ダルクに文句を言って、結局置いて行かれたかもしれない。

 犬童頼安が代表して話を纏めたのと、何だかんだで十字軍の時のジャンヌの強さを身に染みて知っているモッコス兵たちは、統一集団となってフランドルに辿り着く。




------------------------------




「なんだ、正式にはサツマン兵じゃないのか」

 シャルルのこの発言に、モッコスたちは怒り、奮い立つ。

「薩摩のごたる田舎者(ジャゴンベエ)にゃ絶対(シャンムリ)負けぬさんなー!」

「下に見られ、本当(まこて)のすこっじゃなか!」

「踏んしゃげてやったい!」

 やがてシャルルもイングランドも思い知る。

 あのサツマンが手を焼くくらい面倒臭く、個々では恐ろしく強いのがモッコスであるという事を。

 団結力が無いから薩摩に負けたが、もしも団結したなら天下の軍勢を相手にしても一歩も退かない強兵である事を。

 隼人族同様、朝廷に纏ろわぬ民であった事を。

 そして、やる事なす事、サツマンもモッコスも大して変わらない、鎮西の頭のおかしい連中である事を。




 ジャンヌのロレーヌ兵と犬童頼安のモッコス兵、そして突進公が出した金羊毛騎士団は、ヨーク家のエドワード4世を護ってドーバー海峡を渡る。

(途中、人魚のような不思議な妖怪(アマビヱ)がドーバー海峡を泳いでいるのを多くのモッコスが目撃した)


「ヒャハハハ〜、チェストだ、チェストー!」

 戦斧を斜めに構えて襲い掛かるヒャッハー兵にモッコスは

「何が示現流ばい!

 おどんは丸目先生から直にタイ捨バ習ったい。

 薩摩ん田舎兵法にゃ負けんが」

 そう言って、黒海沿岸では口に出来ない薩摩への不満、悪口雑言を吐くと、突撃していった。


 意地っ張りで退く事を知らないモッコスの攻撃に、弱い者には強く、強い者とは戦わないヒャッハー兵は総崩れとなる。


 勝利を喜ぶエドワード4世らヨーク家の面々だったが、基本イングランドに深い恨みを抱くジャンヌ軍と、サツマンの影に隠れているだけで基本的には同種なモッコスが、イングランドを荒らし始めた。

 ジャンヌ軍は豊久イフリート突進公シャルルを彷彿とさせる焼き討ち三昧。

 モッコスは馬を見れば捌いて馬刺し祭り。

 エドワード4世は、なるべく早くロンドンを回復し、秩序を取り戻し、援軍を追い出し、もとい御帰国願うべく苦慮し始める。

おまけ:

「叔父上(島津歳久)、御使者お疲れ様ごわあた。

 和泉守(東郷重位)も骨折りじゃった」

皇帝家久が二人を出迎える。

首尾良く国交樹立と香辛料貿易の成立を報告される。

「馳走がある」

歳久は厨房に立つと、タラの干物(バカリャウと言う名前を決して教えてくれなかった)を刷りおろし(歳久はどっか間違う)、野菜と合わせて油で揚げた料理を振る舞った。

「油をふんだんに使うとは贅沢ごわそう」

吝嗇な家久はやや不機嫌そうに言ったが、味は上々で気に入った。

大体、胡麻油や椿油が少量採れるだけの日本と違い、この地はオリーブ油が大量にあるので贅沢とも言えない。

「叔父上、こん料理は何チ名前ごわすか?」

「そいが、名前は教えてくれんでな」

一部だけでも「バカ」という発音がサツマン人の耳に入ると、随員が暴れかねない。

それ故にバカリャウの衣付け揚げと言う名前を言えなかった。

「漬け揚げで良かな」

「じゃな」


やがてこの料理は魚のすり身揚げとなり、薩摩揚げ(サツマニアン・フライ)と他国からは呼ばれるようになる。



おまけの2:

後出しにならないように。

薩摩と一緒に持っていかれたのは日向国木崎原(宮崎県えびの市)辺りも。

水俣からえびのを結ぶ線のちょい北、人吉の南辺りが境界線。

あと、えびのから霧島、桜島と垂水の中間を通る南北の線で、西側が転移。

とはいえ、完全に直線ではなく、高千穂・韓国岳は裾野ごとまるっと持っていかれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >タラの干物(バカリャウと言う名前を決して教えてくれなかった) 当時はまだ馬鹿者という言葉は日本では室町時代の新語的な言葉で意味も狼藉者とか乱暴者ていどなので、それほど愚弄する言葉でも無いと…
[良い点] 元々ヨーロッパなんて修羅の国と一緒なんだから、簡単にヒャッハー!化するのも当然。 サツマン上陸はラオウ伝説が成ったようなもんか。
[一言] キン肉バスターを不破圓明流のカムイで返すとは、、、
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