ブルゴーニュ公国、フランス王国よりの自立を宣言す
シャルル突進公とヨーク朝イングランド王女マーガレットとの婚儀を話し合う為、使者がフランドルに到着する。
「ヒャッハー! スゲー教会だぜ! 焼こうぜ!」
イングランド使者の護衛の兵士が物騒な歓声を上げる。
だが彼等は突然、有無を言わさぬ暴力に晒される。
その男は全員を殴り倒した後で名乗る
「よく来た! 俺がシャルルだ! 今のは挨拶だ!
動ける奴は、これからケルンの方に略奪に行くから着いて来い!」
「おおー!! 話せる貴族様だぜ!」
こうして突進公と意気投合したヨーク家の弓兵の一部は、そのままフランドルに残り、リエージュ戦争を共に戦う。
リエージュの町はブルゴーニュ公国に属するのが心底嫌なようだった。
1466年、彼等はルイ11世の援軍を信じ、再びブルゴーニュ公国に反旗を翻す。
今回は同調する都市も幾つか現れた。
ディナン市もその一つである。
未だ善良公フィリップ存命中であり、「フランス人の皮を被ったサツマン人」ことシャルル公の行動を掣肘しているし、政治も暴政は敷いていない。
(フィリップは前年、シャルルが統治者として落ち着く事を条件にブルゴーニュ公位を譲って後見役に回った)
それなのに反乱を起こしたディナン市にシャルル突進公が攻め込んだ。
第二次リエージュ戦争の始まりである。
電撃的に侵攻し、大量の砲で無防備の町に日夜砲撃を続けた為、ディナンはあっという間に陥落した。
そしてシャルルは命じる。
「金持ちを連れて来い!」
連れて来られた富裕層800人は、そのままミューズ川に投げ入れられ、溺死させられた。
「全部奪え!」
兵士たちは町を徹底的に略奪する。
「もう奪う物は無いな。
だったら、焼け!」
ディナンの町は放火され、廃墟と化した。
この暴挙を聞いたフィリップ善良公は頭を抱える。
「反乱起こしたけど、そこは元々うちの領土だっつーの!!」
リエージュのラエス・ファン・ヘールスはこの暴挙に怒るも、行動に移せなかった。
援軍を約束したルイ11世がサツマニアに拉致されたというのだ。
フランスは混乱している。
ここぞとばかりに、王弟ベリー公シャルルが出しゃばって来たが、彼は条約で得たノルマンディーの領地も統治出来ていない為、かえって混乱に拍車をかけた。
フランスは国王釈放に身代金を用意している最中で、とてもリエージュへの援軍等出せない。
そこでファン・ヘールスは他の味方としてケセニク領主ジャン・ド・ワイルド伯爵と同盟を結んだ。
そして、息子の悪名に引きずられ、名声も地に堕ちたフィリップ善良公は、1467年に死亡する。
多くのフランドルの町は、善良公の死を悼む。
しかしリエージュだけは
「やっとあの悪魔が死んだぞ!」
と祝杯を挙げ、兵を集めて蜂起した。
同盟を組んだトンヘレン、ケセニク、ルース自治領も共に蜂起する。
そして、本物の悪魔な将が突進して来た。
ファン・ヘールスはブラステムでシャルル突進公を迎撃する。
騎兵500、民兵12000をファン・ヘールス、彼の妻のペントコート・ダルケル、援軍のワイルド伯の3人が指揮した。
1467年10月27日、25000の職業軍人を率いた突進公がブラステムに着陣する。
突進公はリエージュ軍が、大砲を無効化すべく湿地帯に布陣しているのを見る。
射程距離に入れるべく重い大砲を牽いて進むと、湿地帯で止まってしまう。
そこで突進公は、イングランド弓兵500をリエージュ市への抑えに残すと、部隊長であるアドルフ・ド・クレーブス・レーヴェンシュタインに命じ、前衛部隊を率いて敵陣への射撃を命じる。
ファン・ヘールスは射程内の部隊には後退を命じ、あくまでも地の利に頼った防御戦を命じる。
彼は各地に援軍要請の使者を出していて、その到着を待つつもりであった。
だが、トンヘレンの民兵が暴走し、レーヴェンシュタイン隊に猛攻をかける。
ブルゴーニュ軍前衛部隊は崩れる。
それに釣られ、リエージュ民兵等も持ち場を離れ、ブルゴーニュ軍に攻撃をかける。
それを見て突進公は笑いながら腹心のフィリップ・ド・コミーヌに語った。
「サツマンの必勝戦法、釣野伏って効果有るんだな。
それにしても奴ら、学習しないものかね」
前回に引き続き、未熟な民兵を挑発して防御に適した地から釣り出す事に成功した。
「抜刀!」
長巻に似せた両手刀を鞘から抜くと、ブルゴーニュ示現流隊は蜻蛉に構える。
「シェストゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
以降はただの虐殺となる。
開戦時刻が遅かった為、夜の闇に乗じて逃げ出せた者もいたが、4000人が斬殺され、他の者も槍や銃で傷つきリエージュ軍は壊滅した。
指揮官たちは、無謀な民兵の暴走に引き摺られず後方に居た為、無傷で脱出に成功した。
ファン・ヘールスの一家はヘールス城を捨て、モンジョワの町に逃げ込み、更にフランス王家を頼ってパリまで逃げた。
指揮官不在のリエージュにシャルルは降伏を勧告。
寛大な措置を求めたフィリップ・ド・コミーヌの進言による。
リエージュが降伏勧告を受諾し、第二次リエージュ戦争が終わる。
シャルルはリエージュを許す代わりに、周辺を略奪して帰った。
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しかしリエージュは懲りない。
1468年、ルイ11世のフランス帰国を知ると、彼を頼って三度目の蜂起をした。
第三次リエージュ戦争勃発である。
流石に堪忍袋の緒が切れたシャルル突進公は低い声で呟く。
「サツマニアは正しい。
情けをかけても裏切られる。
皆殺しにせねばならない」
ブルゴーニュ軍は三度リエージュ領に入る。
10月22日、要害であるランタンでリエージュ民兵がブルゴーニュ軍を迎え撃つが、全滅、皆殺しにされる。
ゴスイン・ド・ストリールとヴィンセント・ド・ビューレンという二人の男が、フランキモント侯国に頼み込み、600人の決死隊を出して貰う。
10月29日、シャルルの本陣にフランキモント600人の決死隊が奇襲をかけた。
大混乱に陥るブルゴーニュ軍本陣。
しかし示現流免許皆伝の腕前を持つシャルルは、単身彼等を迎え撃つ。
「シェストゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
この声が響くと、決死隊が一人、胴体を斜めに真っ二つにされる。
10人も斬ると、決死隊と言えど怯えて足が止まった。
それはそうだろう。
機械も使わず、人間が真っ二つにされる等、そうそう観られるものではない。
しかも、襲われてる筈のシャルルの方から攻めて来る。
その膂力で真っ二つにされた肉体が20個転がっていて、中にはまだ生きて、苦しみの声を上げている者もいた。
「人狼殺し……」
誰かが思い出したように呟く。
そして恐怖は全軍に伝播した。
戦っている相手は、一種の化け物だと気付いてしまった。
そこに態勢を立て直したブルゴーニュ示現流の部隊が、主君を守るべく突撃を掛けて来る。
夜が明けると、地面には1200個の半身が転がって、血の池が出来ていた。
そして報復が始まる。
「さあ諸君、殲滅のメロディーだ!」
降伏を呼びかける事なく、砲撃が始まる。
城壁を破壊し尽くすと兵士たちが突入。
フィリップ・ド・コミーヌは今回も突進公を諫めるが、もう聞く耳は持たれない。
婦女暴行し、略奪し、放火する。
リエージュの町は一気に廃墟となった。
さらにブルゴーニュ軍は近隣も村々も焼き払う。
アルデンヌの森に逃げた市民にも追撃をかけ、虐殺する。
リエージュ地方は7週間に渡って炎上し続けた。
第三次リエージュ戦争は大惨事で幕を閉じた。
もうリエージュは、逆らわない。
住人は死ぬか逃げるか捕虜となり奴隷として売られてしまい、もう誰も住んでいなかったからだ。
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リエージュの大虐殺は、隣接する神聖ローマ帝国にも衝撃を与える。
難民はフランスか、神聖ローマ帝国に落ち延びる。
近隣諸国はブルゴーニュを恐れ、「西サツマニア」と呼び始めた。
最近はサツマニア、東ローマ帝国のサツマン人の戦い方が大人しい。
怒らせなければ殺さない。
「サツマンの本場はブルゴーニュに移った」
等と評するものもいる。
確かに最近の島津軍は無暗やたらと焼き討ち、根切りをしない。
だから無差別、気分次第の突進公の方が薩摩風味であろう。
だが、島津諸軍は恐怖の暴凶星により、反抗勢力は抹殺され、適度に戦という餌を与えられ、制御下に置かれている。
統制の効いている東のサツマンと、無秩序な目覚めたばかりの西のサツマン、どちらが実際は怖いのだろうか?
そんなシャルルに接近した者がいる。
ハプスブルク家のチロル大公ジギスムントである。
贅沢のし過ぎで財政破綻させてしまったジギスムントは、買い戻し可能という条件で、自領のアルザス地方をブルゴーニュ公国に売った。
文字通りの「売国」をしたのだ。
ハプスブルク本家のフリードリヒ3世は、島津家との提携で菱刈の莫大な銀を得ているが、東ローマ皇帝家久以上のドケチであり、言い値で買ってくれるとは思えない。
それに対し、毛織物産業で莫大な財貨を持ち、本人も豪奢なシャルルならば高値でアルザス地方を買ってくれるだろう。
そしてこれを縁に、チロル領と近い盟約者同盟の都市ベルンに対抗したい。
シャルルは願ってもない土地を得られた。
ブルゴーニュ公国は2つの領土から成り立つ。
フランス東部、ブルゴーニュの名の由来となったブルグント族の故地、フランク王国分裂時のロタール領であるフランスと神聖ローマの中間の地。
そして現在本拠地としているフランス北方のフランドル。
この分断された領土を結合させたい。
ブルゴーニュ地方の首都ディジョンの北東、フランドル領の最南部ルクセンブルグの南東、そこがアルザス地方である。
これを購入する事で、細いながらも結合地点が出来たのである。
あとはこれを太い回廊にしたい。
シャルルは、ブルゴーニュに居てはフランス国王ルイ11世の下位のブルゴーニュ公に過ぎない。
元々フランス領ではないフランドルに在っては、ルイ11世とシャルルは同格なのだ。
これはかつてのイングランドとフランスとの関係とも似ている。
ノルマンディー公兼アキテーヌ公兼アンジュー伯というフランス貴族という立場と、イングランド王という立場。
イングランド王はフランス貴族であり、王家と親戚である事を利用し、フランス王にもなろうとした。
だがそれは失敗し、大陸の土地はカレーのみ残して失い、イングランド王として独立した存在になった。
シャルルはフランス王になる気は無い。
彼はローマ皇帝になりたいのだ。
その為に、フランスの軛から解き放たれたい。
ブルゴーニュとフランドルが繋がった事でシャルルの野望に火が点いた。
そしてシャルルは宣言した。
「我々はフランス王国の配下に非ず。
ブルゴーニュ公ヴァロア家はハプスブルグ家、ヨーク家、アラゴン王家と共に在り。
我々は独立国であり、ローマ皇帝位継承権を持つ」
外交官でもあるフィリップ・ド・コミーヌが取りまとめた成果であった。
そして次期神聖ローマ皇帝である「ローマ王」
「ローマ王に俺はなる!」
シャルルはそう宣言した。
これはルイ11世だけでなく、皇帝位をハプスブルク家世襲としたいフリードリヒ3世をも警戒させる結果となった。
シャルルは自分の後の代でのローマ皇帝を見据え、唯一の子である娘・マリーとフリードリヒ3世の子・マクシミリアンとの婚約を求める。
フリードリヒ3世は婚姻については許可をするが、ローマ王については認めない。
シャルル突進公と手を組んだように見せながら、裏ではルイ11世と手を結び、反ブルゴーニュ戦線を形成する。
シャルルのフランスからの独立宣言と、ローマ皇帝継承宣言は西ヨーロッパに新たな戦争を呼ぶ。
おまけ:
ポルトガル王宮に案内された島津歳久、東郷重位は歓待を受ける。
だが、どちらかと言うと、招かれざる客に対し、もてなすからさっさと帰ってね、という京風ぶぶ漬け外交な感じであった。
基本、サツマニアには関わり合いたくない。
(なるほど、気が短い豊久や又五兄サァ(義弘)だとひと暴れしかねんな)
歳久はそう思う。
そんな歳久には秘策があった。
会食でポルト風モツ煮込みが出た時、一口食べてそれを実行に移した。
彼は懐から印籠を取り出す。
印籠は応仁・文明の頃には既に薬入れとして使われていた。
歳久はその印籠から粉を出し、煮込みに掛けた。
瞬時、匂いが拡散する。
「ナポリ公、それは何ですか?」
宴席には一気に謎の香辛料の話題が広まる。
「ナポリ公、改めてその香辛料の取引について座を設けて話し合いがしたいのだが」
アフォンソ5世まで食いついた。
歳久はポルトガルとの通商という皇帝の使命に見事応えられた。
そして香辛料貿易立国に、山椒という新たな商品が加わる。
現在のところ、転移した薩摩にしか自生していない。
薩摩、ポルトガルは山椒貿易で急速に結びつく。
「こん辛子バ何時頃売りモンじゃチ教えっちゃろかいの?」
皇帝家久は、肥後者の名産辛子蓮根を、鼻を押さえながら食べ、そう呟いた。
和芥子という、もう一つの香辛料を何時披露し、貿易に使おうか、頭を巡らせていた。
「切り札は先に見せるな。
(山椒を)見せるなら、さらに奥の手を持て」




