第二次ローディの和約
1450年前後、イタリア諸国家は争っていた。
発端はナポリ王が後継者を指名しないまま死んだ事である。
ナポリ王継承を巡り、フランス王家の支流ヴァロア・アンジュー家とイスパニアのアラゴン王家が争う。
ミラノのヴィスコンティ家はフィレンツェ、ヴェネツィアと共にアンジュー家陣営に与するも、アラゴン王アルフォンソ5世(ナポリ王アルフォンソ1世)に敗北する。
ミラノはアラゴン王国に占領されるが、傭兵隊長フランチェスコ・スフォルツァが奪還する。
そのミラノではヴィスコンティ家が絶え、ヴィスコンティ家の娘を娶っていたフランチェスコ・スフォルツァが共和主義派を破ってミラノ公となる。
この混乱期にヴェネツィアがミラノを攻める。
ヴェネツィアの統領フランチェスコ・フォスカリは、ナポリ王アルフォンソ1世、神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世と同盟を結んでミラノを攻める。
そんな中、謎の国サツマニアが転移して来て、オスマン帝国の皇帝を倒し、東ローマ帝国復興を掲げてバルカン半島やアナトリア半島に進軍し始める。
未知の脅威を知ったフランチェスコ・スフォルツァは、協力関係にあったフィレンツェのコジモ・メディチに頼み、和約を呼び掛けた。
こうして
・スフォルツァ家のミラノ公就任を認める
・アラゴン王国とナポリ王国の併合を認める
・ヴェネツィアはエーゲ海沿いのミラノ領を獲得
という、ミラノ・ナポリ・ヴェネツィア・フィレンツェ・教皇領の和約「ローディの和」が成立した。
この時、ローマ教皇ニコラウス5世を巻き込んだのが、かつてアラゴン王アルフォンソ5世の外交官であったアルフォンソ枢機卿、現在の教皇カリストゥス3世であった。
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ローディの和は2年しか保たなかった。
ナポリ王アルフォンソ1世が島津家によって倒され、イスパニア諸国連合軍も島津家によって撃退されたからである。
島津家の勝利を確信していたフランチェスコ・スフォルツァは神聖ローマ皇帝の圧迫を理由に援軍を出さず、ヴェネツィアはむしろ島津家に味方をしていた。
かつての主従も利害が対立し、ローマ教皇領からも援軍は出ず。
ミラノ公は、島津家の行動原理を知っていた。
領土を拡げる欲は強いが、その為に補給もろくに出来ない遠隔地は攻めない。
シチリア島を欲したのは、彼等が欲して止まない米という穀物がそこに有るからだ。
その為、ナポリの地自体はそれ程欲しくない。
麦しか採れないと教えれば、彼等はもうナポリ以北には来ない。
ミラノ公領内には稲作をしようと考えている湿地帯が在る。
まだ米は採れない。
だから、教えを乞いたいという名目で接近出来る。
出来た米を売る先と出来る。
彼等は宗教には関心が無い。
東洋の仏教徒なようだが、キリスト教布教も禁じられてはいない。
実際、東方正教会とは上手くやっている。
取り込める可能性も有る。
農業を主とした貧弱な経済だが、商業の利についても熟知している。
転移時の災害で大型船を全て失い、貿易は全てジェノヴァとヴェネツィアに任せている。
経済的にも入り込む余地がある。
ミラノ公は各国を説得して、ロンバルディア地方のローディに島津家を呼んで会合を開いた。
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ローディの会談の出席者は
【ローマ教皇領】
教皇カリストゥス3世
教会軍総司令官スポレート公ペドロ・ルイス
【ミラノ公国】
ミラノ公フランチェスコ・スフォルツァ
書記官チコ・シモネッタ
【フィレンツェ共和国】
僭主コジモ・デ・メディチ
僭主世子ピエロ・ディ・メディチ
【ヴェネツィア共和国】
統領フランチェスコ・フォスカリ
十人委員パスクワル・マリピエロ
【ジェノヴァ共和国】
統領ピエトロ・フレゴーゾ
軍司令官ニコロ・フレゴーゾ
【島津家】
出水公島津中務大輔家久
シチリア島代官島津薩摩守忠辰
島津家久は、本当は長兄島津義久に出席して欲しかったのだが、長兄は
「俺いは薩摩を離れる訳にはいかんのじゃ」
と謎の理屈を捏ねて、鹿児島から一歩も出ない。
外交交渉だから、智謀に優れるすぐ上の兄・歳久でも良かったが
「今は行かれん。
薩摩の将来に関わる危なか事態が起きておりもす」
と断られた。
(兵庫の兄サァ(義弘)出すくらいなら、俺いでん大して変わらなか)
と、結局自分が出席する事にした。
そして集まった面々を見て
(こいは危なか奴輩が集まいよった)
と直感する。
彼がかつて上洛した時、何かと面倒を見てくれた明智日向守光秀という男。
柔らかな物腰の割に、隙が無く、腹の奥底が見えぬ武将。
彼と臭いが似ているが、更に危険な饐えたような臭いを感じる。
打ち合わせに先立ち、家久はあえてルール違反を宣言する。
「二人ずつちゅう約束ごわしたが、俺いも薩州殿も言葉が出来ん。
通詞としてイグナトゥスちゅう者を入れるが、良かな?」
その威圧に対し、教皇は微笑みを絶やさずに
「仕方ありませんね。
話せない以上、認めざるを得ません。
ですから、刀を握る手は元の場所にお戻しあれ」
と応える。
そして
「一つ困りました。
今宵の晩餐会は13人となります」
そう意味有りげに呟く。
空気は読むもので無く、読まないものな家久は
「じゃったら、俺いが下がる。
薩州殿が居られるで、そいで良かどな」
と言い、
「今日は皆様、貴方に会いたくて集まったのですぞ」
とヴェネツィアのフォスカリ統領が困った顔で説得しようとする。
「構わなか。
俺いは無学、無作法者にて、茶や饗応は見苦しか姿ん見せるだけたい。
会合は出っと、そいで良かな!」
譲る気は無い。
家久は自分の礼儀作法の無さを気にはしているが、劣等感を感じる程では無い。
面々に漂う妖気から、毒殺を警戒したのだ。
それを察したのか、コジモ・デ・メディチが
「客人の好きなようにして貰いましょう」
と纏めた。
議題は、ローディの和で決まった事の再確認で、島津家をナポリ王と認める代わりに、不可侵と神聖同盟の締結を求めるものだった。
(イグアノどん、神聖同盟とか言うたが、何チ?)
(キリスト教の元で同盟し、異教に対するものです)
(そいじゃと、わいら回教を保護しちゅうが、矛盾すっとじゃ無かか?)
(異教相手は名目に過ぎません。
実際はフランス王国か神聖ローマ帝国対策です)
(そいは同じ耶蘇国じゃ無かか!)
(どの国も領土を守りたいだけです)
(ないごておはん、そいなこつ知っちょる?)
(お忘れですか?
私は130年後から来たのですよ。
薩摩様も同様でしょう。
お忘れですか?)
(今の今まで忘れちょったわ)
(…………)
(まあ、耶蘇の同盟なら丁度良か)
家久はそう言うと、イグナトゥスがわざわざ来た理由を彼から言ってみた。
「神聖同盟じゃ言うなら、わいらも耶蘇の国ごある必要が有っとじゃろ?」
「いや、貴国は特別待遇で……」
「じゃっどん、ナポリの地は元々耶蘇の地。
その証が必要じゃ無かとか?」
「何をお求めですか?」
「ここなイグアノどんを、ナポリ大司教に任じたもんせ。
あと、本国薩摩国の大司教にして貰いたか」
イグナトゥスの野望はローマ教皇になる、無理でもその傍で腐敗を追放し、将来発生するルター派やカルヴァン派を芽の内に摘む事である。
この点、異端を忌み嫌う宗教家である事に変わりは無い。
そしてローマ教皇はポッと出が直ぐに成れる安い地位では無い。
司祭から教区の司教、そして大司教を経験してから枢機卿になり、教皇選考で選ばれないとならない。
本来は真面目に神に奉仕し、認められるべきである。
だが、目の前のカリストゥス3世がそうなのだが、有力者であるアラゴン王アルフォンソ5世の推薦でバレンシア司教になっている。
教皇庁の問題とされる縁故主義、部外者からしたら悪習なのだが、縁故の中にいる者からしたら出世の最短コースとなる。
教会軍総司令官ペドロ・ルイスにしても、カリストゥス3世の甥である。
イグナトゥスは薩摩という後ろ盾を得た。
それを足掛かりに130年前の教皇庁に取り入り、縁を繋いで上を目指すのだ。
カリストゥス3世は表面は穏やかだが、内心舌打ちしていた。
島津家の信仰例外を認める一方で、ナポリの教会に自分の手駒を送り込み、徐々に島津家も帰依させようと考えていたのだ。
まさか薩摩にキリスト教宣教師という手駒が有ったとは。
数年前にサツマニアの事を通報して来たイエズス会なる知らぬ修道会、彼等を異端扱いして追い出すのでは無かった。
まあ、やったのは前任のニコラウス4世の一派なのだが。
カリストゥス3世は、イエズス会というのがイスパニア発祥という事で、縁故主義により庇護している。
彼等を使って反撃した方が良いかもしれない。
「司教を任じるのは教会の仕事。
その者が悪しき異端で無いか、調べてからにしよう」
その言葉に、イグナトゥスは顔色を変える。
「教皇猊下、私は薩摩様と親しい間柄。
間違っても本物の異端に対するような異端審問等なさらないように。
神学問答でお願い致します」
そう恭しく脅した。
空気が淀みかけた時、ミラノ公が話題を変える。
「島津殿は米を作っておられるな?」
「そうじゃが、何か?」
「実は我が領内に、何を植えても実らぬ湿地が有ってな。
イスラム商人やイスパニアの者が言うには、雪解け水の冷たさといい、土の質といい、水田で米を作れば良い、と。
貴国に教えを乞いたい」
「対価は?」
煽てられようが、腰を低くされようが、家久は変わらない。
そういう面倒事は全部兄の歳久に丸投げして来た為、彼自身が浮かれる謂れが無いのだ。
ミラノ公の書記官シモネッタが代わりに
「我々も食糧が欲しいから米に目を付けたのだが、もし上手くいって売れる程になったなら、貴国に優先的に融通したい。
上手くいかなかった時は、何も出せない。
我々も豊かでは無いから、出せない時は何も出せない。
駄目か?」
「良か!」
意外な事に家久は嬉しそうに答える。
「おはん、裏表が無かで気に入った。
確かに米が取れんかったら、対価も無か。
教え方が悪か場合も有り、そいでん教えた対価を払えチ言うのは詐欺師じゃでな」
そう言って豪快に笑った。
そんな家久を見ながら、ピエロ・ディ・メディチは父親に
「隙の見えない奴ですね」
と囁く。
だが、父のコジモ・デ・メディチは
「いや、今日はわざわざ見に来て良かった」
と言う。
目線で島津家久の隣を指す。
「あの『ハンニバルの再来』は付け入る隙が無い。
だが、ハンニバルの才能に弟たちは及ばず、そこからカルタゴは敗れた。
島津も同じかも知れんな」
コジモだけでなく、カリストゥス3世もフランチェスコ・スフォルツァも島津家久でなく、島津忠辰の方を観察していた。
基本、同じ国は近しい関係の出席となっていますが、ヴェネツィアは統領のフォスカリと十人委員のマリピエロは政敵です。
独断気味のフォスカリをマリピエロが監視している、という役回りです。
フォスカリの息子は十人委員会によって罪を裁かれ、追放されてるってのがこの時期のヴェネツィアだったので、独裁者が居ない分思い切った政策が採れません。
ジェノヴァについてはまた後の話で解説します。




