華燭の典にて
島津侍従豊久は、己の容姿が嫌いだった。
彼の理想は、殴られ慣れて腫れぼったくなった一重瞼、奥底にあって真意を悟られにくい細い目、肉質の団子鼻に、甲冑柔で擦れて盛り上がった耳、斬り落とし難い太い首と、兜の緒と絡まりやすい剛毛の髭だった。
貴公子然とした白い肌、二重で見開いた目、高い鼻筋、狙われやすい耳、ここを斬れとばかりに細い首とはっきりした顎の形、女でも無いのに艶やかで濡れたような黒髪、薙刀で狙われやすい長い脚。
(どうして俺いはこがいに女々しか容姿なんじゃ!)
島津豊久はその鬱屈を晴らすかのように、常に先陣に立って大太刀を振るい、敵の首を掻き切る日々を送っている。
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軍事面でのジャンヌ・ダルクの娘にして、政略結婚の為にブルゴーニュ公フィリップの養女となったシャルロットは、最初泣き暮らしていた。
いきなり謎の妖怪と縁組を決められたのだから。
その妖怪は、巨大な剣を振り回し、人間の首を求めて徘徊すると言う。
余りに嘆き悲しむシャルロットに、ブルゴーニュ公は有名な画家ロヒールを呼び、見た者の証言による島津豊久の画を描かせた。
この時期フランドルでは北方ルネサンスと呼ばれる芸術の革新が始まっていた。
ロヒール・ファン・デル・ウェイデンはヤン・ファン・エイクと並ぶフランドル派の巨匠である。
そこに描かれた美男子に、シャルロットは一気に恋に落ちてしまった。
今や
「トヨ様はまだおいでにならないのですか?」
と言う始末である。
そんな折、ブルゴーニュ公フィリップは、シマンシュがナポリとシチリアを攻めている事を知る。
援軍としてカスティーリャ、アラゴン、ナバラの兵が動いた事も聞いた。
イスパニア諸国が安心して兵を出せるのは、隣国フランスがこちらの方面に野心を向けていないからだ。
ではフランスはどこを狙うか?
それはイタリアである。
ブルゴーニュ公国としては、フランスのこれ以上の拡大は望まない。
介入して、ローマ教皇、ミラノ公国、ヴェネツィア、ジェノヴァ、フィレンツェ等に恩を売ろう。
その中にはナポリを攻めたシマンシュも含まれる。
そこで、シマンシュとブルゴーニュ公国との関係を強化し、ブルゴーニュ公国の立場を強めたい。
シマンシュは多くのドイツ諸侯から恨みを買っているが、彼等がソフィア郊外会戦で被った損害は余りにも大きく、神聖ローマ帝国は軍事的に動けなくなっている。
となると、軍事的にフランスと対するには、シマンシュは他国からの反感というデメリット以上に、名前だけで威圧出来るメリットが大きい。
「カスティーリャもアラゴンも強い国だが、『ハンニバルの再来』が負ける事は想像出来ないなあ」
ブルゴーニュ公はそう考え、ナポリに居るならジェノヴァを経由し、海路首都ブルージュまで来て貰おう。
外交的な支援を餌にして。
島津家久はそれも理解した上で、嫡男豊久を追い出し、もとい送り出した。
「東郷どん」
従軍している東郷重位を呼び出すと
「侍従(豊久)奴のお守りバ頼みたか」
と言った。
「主命、謹んで承りまっど、俺いからもお願いがございもす」
「何じゃ?」
「侍従様をお届けした後、しばし暇を頂戴致したく……」
「わいら、何ぞ其方の気に触る事でんしたか?」
「うんにゃ、俺いの我儘ごわす。
暫くブルゴーニュ、フランス、アラゴン、カスティーリャ等で武者修行をしたく……」
「武者修行のお……。
道場破りの旅にしか聞こえんが、相判った。
修行の後は薩摩に帰参せよ。
良いな」
「忝のお御座いもす」
こうして東郷重位も島津豊久に従ってブルゴーニュに向かった。
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ブルゴーニュ公国の都は、南フランスのディジョンからフランドルのブルージュに移っている。
海路ブルージュに入った豊久一行は目立った。
豊久に従う三十人ばかりのサツマン人は、如何にも薩摩人であった為、白人は彼等を人間扱いしなかったが、それに対する報いは火か血かの二択であった為、彼等には誰も触れなくなる。
(火か血か死かの三択でないから、サツマン人も場を弁えている方なのだ)
だが、島津豊久と東郷重位は白人に混ざっても多少低い程度の背丈であり、如何にも貴公子な豊久と、厳しい中に気品を感じる重位は、行く先々で女性をうっとりさせていた。
この主従、恐ろしいまでの朴念仁である為
「女子が喧かな」
「修行が足いもはん。
あげなのは鳥の囀り、秋の虫の音。
心の持ちようで何とでもなりもそう」
といった調子で、婦人方の誘いを自然に無視する。
こんな風にブルージュの町を闊歩するサツマン人を苦々しく見つめる者がいた。
ブルゴーニュ公世子シャルル、この年24歳の血気盛んで傲慢かつ豪胆な男である。
「父上、あのような異教徒で野蛮人をどうして親族に迎えるのですか?」
この男、シャルルには夢がある。
シャルルは己がローマ皇帝となりたいのだ。
それにはドイツ諸侯の支持が要る。
しかし、聞くにサツマン人はドイツ諸侯、その従者、傘下の騎士約2万を殺戮し、3万を捕虜として奴隷労働させている。
身分が高い程戦死率が高く、身代金を払おうにも戻って来ない。
降伏して農奴に落とされたのは身分が低い者たちで、そういった者が帰って来ないのも、ドイツの地の生産力を著しく下げていた。
神聖ローマ帝国領内はサツマン人への怨嗟で満ちている。
そんな状況を作り出した張本人の息子と、養女とは言え政略結婚で関係を持つのは、周囲からの反感を買うだけだろう。
「我が子よ、ローマ皇帝とか大き過ぎる夢は身を滅ぼすぞ。
我がブルゴーニュ公国は、フランス王家から一定の距離を置いた分国で、共にガリアの地を守るが、侮られず、臣下として安く扱われず、介入を受けなければそれで良い。
それに、サツマニアとの和睦はあの時点で教皇猊下の御意志だった。
ならば仕方ないだろう」
フィリップとシャルルは父子喧嘩の最中であった。
(島津家のアレは喧嘩でなく会話なので、ブルゴーニュ公父子の対立とは異なる)
父子の久々の会話は説教からとなる。
「それにしても、名誉ある我がヴァロア・ブルゴーニュ家が、あんな蛮族と縁続きになる等と……」
「その名誉あるブルゴーニュ公が負けたのだよ、しかもシマンシュの第二戦力に」
伊集院忠棟にしたら文句を言いたいだろう。
だが、義弘と家久が異次元なので、それと比べられたら二軍扱いも仕方ない。
「納得いきません。
あのような優男が強いようにも見えませんし、従者どもはそろって矮人じゃありませんか。
一人いる背の高い男、あれは恐ろしく強そうですが、他の者には負けるとは思いません」
「分かった。
そこまで言うなら、槍で試合をしてみよ。
お前が勝ったなら、この婚儀考え直そう。
誰か、トヨ殿に伝えてくれ」
「そうでなくては!
奴等の化けの皮を剥いでご覧に入れます」
「我が子よ……」
「はっ!」
「頼むから、死ぬなよ。
本気で冗談が通じない相手だからな」
「それこそ、御冗談を」
かくしてシャルル公子と島津豊久は、穂先を覆った槍で試合をする事となった。
「ふんっ、優男が。
目に物見せてくれ…………えっ??」
シャルルの目の前で、豊久は騎士が突撃で使う重い槍を、棒でも振るかのように振り回していた。
「大太刀よりはちっと重か。
じゃっど、扱いやすか良か得物じゃの」
「素振りすんには、まあ良か物ですな」
島津豊久と東郷重位が品評している。
コンスタンティノープルで騎士槍、重歩兵、投槍、マケドニア槍等と一通り試合経験がある東郷だったが、これを自分が使うなら大太刀、または長巻と同じ使い方をした方が良いと見た。
試合開始。
槍を突き出して構えるシャルルに対し、豊久は片手で高々と天に向けて掲げている。
(あの馬鹿力で振り回して来るのだろうが、それより速く奴に突進すれば良い。
直線を進む自分の方が速い筈だ)
シャルルは試合構想を立てる。
そして「始め!」の号令。
突進するシャルルが見たのは、自分の槍を弾く豊久の槍の打ち下ろしと、直後に自分より速く踏み込んだ豊久の体当たりであった。
豊久は単に体当たりしただけではない。
シャルルの首に左手を当てると、足払いして倒した時に左肘でシャルルの気道を圧迫する。
脱出しようと暴れるシャルルだが、上手く体重を乗せられ、もがいても身体が動かせない。
(なんだ、これは……)
と息苦しい中でサツマン人の技に恐れを抱く。
「それまで」
言語は違うが同じ内容で、ブルゴーニュの槍の師と東郷重位が声を発し、両人を引き剥がす。
甲冑を着ていたが、足払いと体重かけで転ばされた衝撃でシャルルは自力で動けない。
肉体的衝撃もそうだが、精神的にも衝撃を受けている。
こんな優男に負けたのか?
それに対し、父のフィリップは冷静であった。
「シャルルを動けなくしたのは、サツマニアの戦闘スキルなのか?」
それに対し
「甲冑柔術ごある。
甲冑は重かチ、倒されたら重さが仇んなる。
それに人は関節の数や動く幅に差は無か。
ちっと捻れば動けなくなるやり方等有りもんど」
と答える。
「もう一つ聞きたい。
君の腕力なら、槍でも我が子を叩きのめされたのでは無いか?
何故あのような技で倒したのか?」
それの回答は
「こん得物は馬上で使うもんじゃの。
徒歩でん本来の威力は出んじゃろ。
振り回しても良かったが、こん厚い甲冑バ着けちょると耐えられっど。
頭ん当たっても、胴バ薙いでも、息が有る内は負けじゃなか。
負けを認めん内は試合バ終わらんで、息の根を止める事にした」
さらりと息の根を止めるとか言うので、通訳も困る。
フィリップ「善良公」は意味を知って苦笑いした後、シャルル公子に向かい
「謙虚に学ぶ事だ。
強くありたいなら、如何なる者からでも学べる筈だ」
と言って去って行った。
「俺は異教徒の蛮族というものを認めない。
だが、お前の強さは認めた。
俺に武技を教えてくれ」
「俺いは武芸者じゃなか。
こん東郷どんは俺いより遥かに強か武芸者じゃ。
学ぶなら東郷どんの方が良かど」
こうしてシャルル公子は東郷重位に弟子入りした。
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そして婚儀が行われる。
異教徒ながら、家紋が十字紋である為、見做しキリスト教徒として祝福される。
島津家はあらゆる宗教に寛大である。
まあ、南蛮貿易をしていて、かつ本人が切支丹とならない大概の日本の大名と同じである。
転移前の日本で敵対した豊臣家もそうであった。
逆に切支丹大名となった九州の大名の方が、寺社破壊等宗教弾圧をしている。
島津豊久も「耶蘇じゃろうが構わん」という、寛大というより無関心さであった。
そんな豊久は、大衆の面前で誓いの口づけを求められた時、真っ赤になって抵抗した。
嫌っての事でなく、どう見ても照れて恥ずかしがっているのが丸分かりな為、シャルロットも、その両親も、義両親も微笑ましく見ている。
が、式が進まないのも困るので、ブルゴーニュ公フィリップは奥の手を出した。
ある手紙を見せる。
そこには
『婚儀不成立の折、腹切って見事果てよ 家久』
と有った。
固まった豊久に対し、シャルロットの方から口づけ。
豊久は人生で最初で最後の敵前逃亡をした。
この瞬間、夫婦の上下関係も確立された。
婚儀は終わり、東郷重位によって連れ戻された豊久とシャルル公子が、お互い不愉快そうな顔でワインを飲んでいた。
「こん酒は良かな。
葡萄酒は甘いもんじゃち思っちょったが、渋かもんもあっとな」
「ふん、ブルゴーニュのワインはローマ帝国の時代から作られている。
もっと味わって、ブルゴーニュの奥深さを知るが良い」
「ほお、息子たちよ、仲直りしたのだな」
フィリップ善良公が入って来た。
「別に」
「酒飲んでただけじゃち」
「結構結構。
トヨ殿には暫く滞在して貰うからな。
シャルルと共に兵を鍛えて欲しい」
そう言うと、また手紙を見せる。
そこには
『暫く婚家に預けた。
煮て食うなり焼いて食うなり好きにせよと伝えた。
其方等三十人勉強してから帰るべし。 家久』
と日本語とラテン語で書いてある。
「あんクソ親父がぁぁぁぁ!!!」
豊久の遠吠えがフランドルの夜空に轟いた。
ジャンヌの娘御も、北方ルネサンス以前のモザイク画だったら、妖怪首置いてけを好きにはならなかった事でしょう。
北方ルネサンスの画風だと、滅茶苦茶ハンサムに描かれるかと。
分かったとは思いますが、後のシャルル突進公登場です。
こいつは敵になろうと味方になろうと、薩摩とは相性が良いので、長い付き合いになりそうです。




