ソフィアの惨劇
島津豊久、忠隣はブルガリアの旧都・ソフィアに駐屯している。
島津忠隣が井楼を作り、そこに鉄砲や弓矢を持ち込んで防衛している。
幸いな事に、敵軍来襲より先に島津家久がコンスタンティノープルから戻って来た。
更に奈良原延、上井覚兼、猿渡信光もそれぞれ千の兵を持って集結。
西方軍は一万一千となった。
「来んならさっさと来い!」
と焦れる豊久だったが、十字軍とて遊んでいる訳ではない。
十字軍は十字軍で兵力集結をしていた。
「皇帝陛下とオーストリア公の軍が来たか」
神聖ローマ帝国皇帝の軍は、ヨーロッパ世界ではズバ抜けて多い。
フリードリヒ3世は4万の軍勢を率いている。
オーストリア公兼ハンガリー王のラディスラウス・ポストゥムスも8千の兵を連れて来た。
これにフニャディ父子の兵力8千と、各地から参集した騎士たち2千を合わせ、この方面の十字軍は総勢5万8千となった。
だが、フニャディ・ヤーノシュは不安である。
フリードリヒ3世は音に聞こえた無能者。
ハプスブルク家の出自のみが取り柄である。
ラディスラウス・ポストゥムスはそのフリードリヒ3世の政敵、というか後継者争い相手だが、まだ十代の少年である。
年の頃は島津豊久と近いが、御曹司と初陣で武者首を取った者とは比較出来ない。
指揮官は、数はいるが質に劣る。
フニャディ父子が実質的に指揮を執らねばなるまい。
そのフニャディの方針は「火力重視」であった。
敵と対するに、フス派の装甲馬車をもって防ぎ、大小の火砲をもって反撃する。
味方の騎士にも、鎖帷子でなく、重いが強固な胸甲を装備させた。
馬にも鎧を被せ、サツマニアの非力な小口径銃を防ぐようにした。
方針を決めるとフニャディは、十字軍をトランシルヴァニアから進発させる。
十字軍は兵の質が悪く、長く自領に置いていると、略奪を繰り返すから困る存在なのだ。
5万8千の軍は、途中参加者も増やしながら、ゆっくりと南下していった。
「敵軍、明日にはこの地に着きます」
細作による偵察で、十字軍の様子は刻々とソフィアの島津家久にもたらされていた。
「今宵、少数の兵で夜襲を仕掛けもそう」
豊久は意見を述べたが、家久は却下する。
「間違って、勝ちでもしたら、俺いの算段が狂う。
折角帝都ン役人バ叱り付けて持って来た武器を使わずに逃げられたら、たまったもんじゃ無か」
家久はそれを城壁の内側に隠している。
装甲馬車並みに運搬が困難なため、所定の場所に来てもらわないと困るのだ。
「先陣は三郎次郎(島津忠隣)。
だが、上手く負けて退いて来い」
「また叔父上得意の釣り野伏せりですな」
「ほうじゃ。
おはんが作った井楼も、精々派手に壊されて来るが良か」
翌日、ソフィア郊外で会戦が始まった。
十字軍は途中参加も合わせて約6万人。
それに対する島津忠隣隊は約千二百。
島津忠隣と五基の井楼は随分と前進している。
高みから鉄砲を撃つが
「兜をしっかり被り、胸甲を着ていれば、サツマン人の鉄砲は通じない」
という情報も行き通った十字軍に被害は出ない。
逆にじっくりと大砲を設置されて、一基、また一基と井楼は破壊されていく。
島津家では知らない事だが、ヨーロッパでは古代ローマの頃から攻城兵器は多種多様。
井楼のような高層攻城塔は、アレキサンダー大王の頃から当たり前にあった。
十字軍は落ち着いて対処する。
「ここらで良か!
退き貝を吹け」
忠隣の命令で法螺貝が吹かれ、先陣は退却する。
その法螺貝は、後方の家久本陣にも聞こえていた。
「敵が来っど。
各々、歓迎の支度バせい!」
島津忠隣の巧妙な逃げっぷりに、十字軍は大砲を置いて、騎馬と馬車で追撃をして来る。
敵の防御兵器を破壊した為、野戦用の鉄砲なら怖くないという思い込みも手伝った。
十字軍真正面から家久麾下の各隊が鉄砲を撃つ。
が、胸甲や兜や盾に弾かれ、効果が無い。
「突撃!」
フリードリヒ3世の命令で騎士が突っ込む。
「車撃ちじゃ!」
薩摩の鉄砲隊は、歩きながら弾を装填出来る。
薩摩の鉄砲隊は、歩きながら撃てる。
薩摩の鉄砲隊は、歩きながら味方の邪魔にならぬ様、微妙に戦列を離れる。
つまり、歩きながら、絶え間なく鉄砲を撃ち続ける事が可能なのだ。
これを「車懸かり」ならぬ「車撃ち」と言う。
如何に胸甲が弾を通さずとも、兜の目の辺りに当たったり、非装甲の部分に当たれば、前進が止まる。
部隊としての前進は遅くなる。
「良かか?
組み打ち、槍打ちに移行しちゃうならんど。
あくまでも種子島だけにせい」
「今は我慢ぞ!
我慢したら、存分に御馳走食わせてやっとな!」
「距離を保て!
敵の横っ腹を突くように歩け」
正面に居た豊久、奈良原、上井、猿渡各隊は、後ろには下がらずに、横にいなすように移動し、回り込む。
「あれ?
俺いが背後を突けば、包囲が完成すっとじゃなかか?」
後退した際、味方の邪魔にならないよう、戦場を一時離脱して部隊を再編していた島津忠隣が気づいた時には、城壁と各隊とで十字軍を包囲する形になっていた。
「敵の後ろを襲え!」
島津忠隣の背面展開で、十字軍は完全包囲された。
「落ち着け!
包囲されても我々の方が数が多い。
それに敵の鉄砲では歯が立たない。
敵は白兵突撃をして来る。
馬車を外周に配置。
連結は不要、大砲や銃を撃てるようにせよ。
全軍、馬車を盾に密集隊形。
攻撃に耐え切ったら、敵陣の一角を突き崩すぞ」
「中務様、敵は守りを固めております」
「フハハ、俺いはああなるのを待っていたとじゃ」
家久は命令を下す。
「あの『ぴる、さら』なんちゃら……」
「『ギリシャ火』ですな」
「そいじゃ。
火ぃ放てぇぇ!!」
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会戦の前、コンスタンティノープル。
十字軍襲来に怯える皇帝への挨拶もそこそこに、島津家久は宝物庫に向かう。
「何をされます!
これは皇帝レオン3世がイスラム教徒を撃退した……」
「知っちょる!
俺いがこん町で養生しちょる時、散々自慢されたわい」
「はい、貴重な品です。
十字軍に破壊されたりして、もう3機しか有りません」
「そんだけ有ったら十分じゃち」
「まさか、文化財を戦争に使うのですか?」
「武器は戦場で使うもんたい。
ほれ、おはんにゃ、こん武器の泣く声が聞こえんか?」
「聞こえません!
大体、壊したらもう我々は作り方を知らないから、直せないのですよ」
「そいも武具の宿命じゃろ。
おい、持って行くど!」
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ビザンツ帝国の宝物庫から持ち出した「ギリシャ火」放射器は、大砲程では無いにせよ、持ち運びに難が有る。
故に家久は、敵を城壁近くまで呼び寄せる必要があった。
射程距離に入った「馬車」にナフサとタールの火炎が放たれる。
「なんだ、この火は!」
「消せない! 水をかけたら燃え広がるぞ」
「これはまさか!」
「失われたギリシャ火だと?」
「いかん、馬車の砲の火薬に燃え移るぞ」
密集隊形が完全に裏目に出た。
島津軍は大砲を持っていないという先入観も悪かった。
十字軍は馬車の円陣の中で焼かれる。
家久は、更に油の入った壺に縄を掛けて、敵陣に投擲させ、被害を拡大させた。
「火が粘りついている、鎧も燃えてるぞ」
「ダメだ、鎧が熱い! 痛い!」
「やめろ、鎧を脱ぐんじゃない!」
そこに包囲していた島津軍が突撃して来た。
「先日のお返しじゃ!」
「さっきはようもやってくれたの!」
島津軍は厚重ねの「鎧徹し」という短刀を手に、火の中でも構わず突入して来た。
こんな密集状態では槍や小銃は使い辛い。
薩摩兵は、鎧を突き刺す、或いは鎧の隙間から突き刺し易い、或いは首を切り易い分厚い短刀や、短銃を使って来た。
「首、取ったど!」
「俺いどんもじゃ、手柄首じゃ!」
「まだ俺いにゃ手柄が無か!
丁度良い、おまん、首寄こせ!」
「こいは搔っ切り甲斐のありそうな太か首たい。
俺いが貰ってやるから、感謝しいや」
「首、首、首呉いやぁ!」
「焼けっ死ぬ前に手柄首になってくいやい」
「首渡せーー!!」
騎士たちは、敵が何を言っているか分からずに死んだ。
幸せで有っただろう。
理解したら、余りの理解不能っぷりに悩みながら死んだ事になる。
夜になり、火祭り、血祭り、首収穫祭は終わった。
乱戦の中、オーストリア公ラディスラウリ、トランシルヴァニア公フニャディ・ヤーノシュ、その子のフニャディ・ラースローは戦死し、首を取られた。
神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世は、全軍突撃を命じた割に本人は後方に居たようで、包囲される前に馬を飛ばして逃げ去っていた。
十字軍約6万は、薩摩の1万1千に包囲、殲滅された。
死者2万5千、重傷1万5千、投降1万3千。
装甲馬車と搭載砲14両分、及び大型の攻城用大砲5門鹵獲。
十字軍で脱出出来たのは6千人程度。
2千人程は後方の大砲の傍に居た為歩兵や輜重兵で、皇帝脱出と共に逃げ出した為に無傷だが、他は酷い火傷を負っている。
投降したり、捕虜となった者は、農民が逃散したブルガリアの田園に農奴として送られる。
薩摩軍も三千程の死傷者を出した。
多くは、燃え盛る消えないナフサの炎の中で、首狩りに熱中し過ぎて、火に巻かれて死んだり、敵同様火傷を負ったものである。
島津家久の圧倒的な勝利に、欧州は震撼した。
余談:
その日、作者は釣野伏で十字軍を包囲殲滅させようと文を書いていました。
しかし、ターボルをトーチカ代わりに防戦するフス派の戦術をどう破ったら良いか、案が有りませんでした。
そして島津家久の史料を読み漁っている内に、脳内で家久がこう言って来ました。
「焼き払えば良かどが」
書いてる本人が悩んでた時に、脳内で再構築していた登場人物が案を出した妙な話でした。
おまけ:
サツマン人の再生産は既にシナリオの中にありますので。
減ってく一方ではないです。
将たちはその内減りますが……。




