十字軍集結
鹿児島勅令でバルカン半島情勢は安定したか?
答えは「否」である。
サツマン人の「九公一民」は廃止された。
人民は喜び、皇帝の徳を讃え、父なる神に感謝した。
だが、薩摩武士はその程度で大人しくなるような可愛い連中ではない。
合法的に奪えないなら、非合法的に奪えば良い。
バレバレな覆面の日本刀を提げた盗賊が、徒党を組んで西はセルビアからダルマチア(クロアチア)、北はワラキア、モルダヴィア、トランシルヴァニア(いずれもルーマニア)にかけて跋扈し始める。
地方領主が防衛戦をするが、鉄砲を持ち、組織的な槍歩兵と弓と騎馬隊の連携をする「野盗」に、時に負けて食糧を全て持ち去られてしまう。
サツマニアの大臣と呼ばれる島津歳久は
「どげんしたら乱取りバせんでも、上手くいくじゃろ?」
と悩んでいるが、彼は農政の専門家ではない為、収穫率というものを知らない。
米という作物が良い方に異常だと言うのに気づくのは、まだ先の話である。
この年も「薩摩飢饉」は猛威を振るい、難民が西側に流れ込んでいた。
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サツマニアを滅ぼさないと、多くの民が苦しみ、難民が出る。
ローマ教皇カリストゥス3世(ニコラウス5世より交代)は、ついに十字軍召集を宣言した。
これには東ローマ帝国復活も関係する。
カトリックと東方正教会は、教義の違いを幾つも持っている。
ローマ教皇が使徒の序列1位とするカトリックと、それを認めない正教会。
聖像を活かした布教をしたカトリックと、表向き禁止した正教会。
聖職者の妻帯を禁止したカトリックと、助祭・司祭は妻帯を許可した正教会。
「聖霊は父(神)と子より発する」とするカトリックと、「聖神は父より発する」正教会。
脳筋な薩摩隼人の中にあって、自分だけはあらゆる事を知って、策を立てて役に立とうと思っている島津歳久は、色々話を聞いて、こう断じた。
「東で信じられているのは禅(曹洞宗)、西で信じられているのは念仏(浄土真宗)でごわすな」
「ないごてそぎゃん思うんかい?」
「東の耶蘇は信じたら行いを起こせチ言うちょる。
日々の暮らしにても禅を実践せよちゅうのと似ゆう。
西の耶蘇は、耶蘇の前に罪を認め耶蘇を信じよと言う。
悪人正機、他力本願の念仏そのものじゃ」
(又六殿バッサリ物事を切ってしもたが、本当じゃろうか?)
(うむ、又六郎は自分は武より知、ぼっけもんが多か薩摩にて一人冷静じゃと吹いておるが、実は又六もお主や又七郎と似たり寄ったりなのよな。
知の気よりも血の気が多か。
自分じゃ微塵も気付いちょらんようじゃが)
(大兄サァもそうお考えで?)
(又六郎は物事が複雑になって。よく分からなくなると、考えるのを止めて、自分が知ってる物に置き換えてしまうから、ちょくちょくズレた話をしちょる事があっとじゃ)
話を戻すと、カトリックは正教会と対立していた。
しかし、時代が下るにつれ、東ローマは弱体化し、東ローマ皇帝に庇護されている正教会も衰えた。
いずれ正教会はカトリックに屈服する形で合一される筈だった。
なのに、サツマニアと同盟を結んだ東ローマは往年の領土を復活させてしまった。
サツマニアと同盟関係にある事は、良い討伐の口実となる。
カリストゥス3世はサツマニア討伐とビザンツ帝国の教義矯正を訴えた。
第2回フィレンツェ公会議で教皇の主張が通り、ついに各国は十字軍派遣に応じる。
カリストゥス3世は、ただ「サツマニア討つべし」と唱えていただけではない。
神聖ローマ帝国皇帝位を事実上ハプスブルク家の世襲と認める事で、フリードリヒ3世を参戦させた。
手紙外交を繰り広げて、イングランド王、フランス王は無理だったが、フランスのブルゴーニュ公の参戦を取り付けた。
他にカルマル同盟のクリスチアン1世、その舅のブランデンブルク・クルムバッハ辺境伯ヨハンも参戦を表明。
ヨハンは錬金術伯と言われており、何かをやってくれるかもしれない。
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順調に見えた十字軍結集だが、問題が一つ生じた。
ポーランド国王兼リトアニア大公カジミェシュ4世の騎士団先遣隊が偵察の為ブルガリア、サツマニア方面に向かったところ、通路にあるワラキアでヴラド3世に叩きのめされてしまったのだ。
ワラキアには、覆面盗賊団や敵対貴族と手を組んだサツマン人残党が現れ、ヴラド3世はそれらの討伐と串刺し用杭の生産で忙しい。
それで見境無くなったのか、味方の筈のポーランド・リトアニア軍にさえ通過を許さず、領内に入った時点で攻撃を加え、捕虜を串刺しにしてしまった。
「このワラキアを勝手に通過することは出来ん……。
ポーランド・リトアニア連合遠征軍御一行様は、
貴様にとどめを刺して全滅の最後というわけだな」
(このワラキアの吸血鬼め!
狂ってやがる)
カルマル同盟軍、ブランデンブルク・クルムバッハ辺境伯の軍もポーランド・リトアニア連合と同じ道を通って北から攻める手筈だから、ワラキア公が自国通過を許さない態度では困る。
カリストゥス3世はヴラド3世に手紙を書いたが、正教会信者のヴラド3世は無視する。
「俺は一番が好きだ。
ナンバー1だ!
誰だろうと俺に対してイバらせはしないッ!」
困った教皇に対し、フニャディ・ヤーノシュが
「あの男は、私が何とかしましょう」
と語った。
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フニャディはハンガリーの大貴族で、宰相も務めた人物である。
同時にトランシルヴァニア公でもあり、領土はワラキアと隣接している。
ある時フニャディはヴラド3世を招待した。
トランシルヴァニアもまた、バレバレの覆面盗賊団に荒らされている。
フニャディはその対策の相談をしたいという名目でヴラド3世の他、新任のモルダヴィア王も招き、食事会を開いた。
そして彼の部下を買収し、ヴラド3世を捕らえ、トランシルヴァニアに幽閉する。
これでやっと準備が整った。
北方軍:カルマル同盟、ポーランド軍他
東方軍:神聖ローマ帝国、ハンガリー軍他
セルビア救援軍:ブルゴーニュ公、ミラノ公
三路から侵攻する。
だがこの情報は、イグナトゥスの同志で、バチカンに何食わぬ顔で戻った者たちから逐一島津家に知らされていた。
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「あん男が囚われおったのか……」
「フニャディ・ヤーノシュはワラキア公ヴラド3世がサツマニアと手を結び、キリスト教徒を迫害しているとしきりに宣伝しています。
それで、薩摩の方々にお聞きしますが、ヴラド3世を本当に裏切らせたのですか?」
島津義久、歳久は首を横に振る。
寝返る相手とは考えられなかった。
だが
「やってはおらんが、今後は手を組めるかもしれんの」
「うむ、味方に裏切られた以上、我等と今後は手を組むやもしれん。
手を組まぬまでも、敵の敵は味方チ言う。
何とか救い出したかな」
そう言って、将来に期待した。
「ほいで、敵にはどう当たる?」
当主の問いに、軍師格の歳久は軍配置を示す。
北方軍:島津義弘、島津忠恒
西方軍:島津歳久、島津忠隣
セルビア攻略軍:島津忠長
本国留守居:島津久保、島津以久
総予備:島津義久
「兵力は?」
「北方、西方、セルビア攻略軍それぞれ八千。
総予備のお館様が五千。
本国には一千だけを残しもそう」
島津家には、この他に小アジア・出水に島津忠豊改め島津豊久が預かる一万強の兵力が居る。
島津軍の基本構想が固まりかけた時、知らせが入った。
「申し上げます。
先程、中務大輔様が帝都より戻られました」
此処に通せと義久が言うより早く
「ズルいですぞ。
こげな楽しか事に俺いを仲間外れにすっとは!」
と言いながら軍議の座に入る。
「おはん、病はもう良かとか?」
「何でも、肝の臓が動かなくなる直前で、硬くなっておったそうじゃ。
じゃっどん、毎日テルマエとか言う湯船に漬かり、薬草ばかりを食わされ、ドカ食いと酒を止められたら、寝て起きて疲れが残る事が無くなったばい」
「おう、そいつは良かった。
じゃったらおはんは出水に戻り、守りを固めてくいやせ」
「そぎゃん場所やったら、俺いはわざわざ出張って来ん。
一番強い敵はどこじゃ?
またすり潰してやっでな!
左衛門の兄上、俺いにやらせてくいやい」
「ならん!!」
島津義弘が怒鳴る。
「一番強か敵は俺いの獲物じゃ。
病人は指宿の砂に埋もれて養生しておれ」
「蜂蜜飲まされたり、腰を揉まれたり、もうウンザリたい。
俺いは老人じゃ無か!
戦させろ!」
馬鹿は連鎖する。
「島津侍従様、出水より参られもし……
「やあやあ、皆々様、軍議に俺いを呼ばんとは冷たかね。
ん?
親父殿、生きておったか!」
「人を勝手に殺すな。
おはん、名乗りを改めたそうじゃの?」
「応、島津侍従豊久じゃ。
親父殿から『久』の字を引き継ぎ、いざと言う時は俺いの責にて出水家を守る心構えじゃ」
「ほうか、ええ心構えじゃ。
ならば俺いは何時でも死ねるの。
と言う訳で、俺いを戦に加えたもんせ」
「待ちやい!
親父殿が戻ったなら、何時死んでも構わんのは俺いの方たい。
左衛門の叔父上、お館様、どうか豊久を先陣に入れちくいやい」
「何処の世界に子が親より先に死ぬ道理が有っと?」
「何処の世界言うたら、薩摩の世界じゃ!」
「うつけが!
薩摩でも先に死ぬるは親が道理ぞ」
「待て待て待て待て!
死ぬ死なぬの縁起でも無い親子喧嘩は後にせい。
そこの馬鹿親子、おはんらが西を攻めろ。
代わりにこの歳久が出水バ守っちゃるで。
あと、俺いが息子(忠隣)はそのまま西攻めの陣に置くから、使ってくいや」
「兄上……」
「左衛門の伯父上、感謝すっど。
お館様、どうか豊久に命じ下され、死んで来いと」
死ぬ死ぬ煩い家久・豊久父子に義久は
「おはん等に死んで貰うような敵でんあるまい。
さっさと片付けてきんしゃい」
と言い放った。
(大兄上も又六も、又七郎やお豊に甘いのお)
島津義弘は心の中で文句を言っていた。
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島津陣営で意外な参戦者が出たが、十字軍にも思いもかけない参戦者が現れていた。
「ブルゴーニュ公、よく参られた」
「教皇猊下の参集なれば、このブルゴーニュ公フィリップ、骨惜しみはしませんぞ。
ところで、今日は猊下に是非とも紹介したい者がおります」
「どなたですかな?」
フィリップ善良公が促すと、一人の中年女性が進み出た。
「ジャンヌ・ダルクと申します。
世間的にはジャンヌ・デ・ザルモアーズの方で通っております。
オルレアンの乙女の名誉を回復すべく参陣致しました」
教皇は驚愕した。
第2章から、隔日17時アップとします。
次回は明後日17時です。
もう一作連載してる関係です。
以前、両方毎日連載しようとしたら、調べ物が多い方に労力を取られ、片方は半年放置してしまったので、その反省から新作は軌道に乗るまでは毎日更新、以降は交互の更新としてます。
作中の島津歳久の癖ですが、創作です。
入り組んで頭が追い付かなくなると、適当な物に置き換えて考えるのは、作者の癖です。
どいつもこいつも「歴史の改変はしてはならない?知るか!わいらはやりたいように生きるまでぞ」と言う殺manばかりなので、一人くらいまともな人間置いたのですが、そうなると思考的に書いてる人と似てしまうので。
豊臣秀吉への対応とか見ると、歳久も結構ぶっ飛んだ武将ではあるんですが。
あと、先にネタバラシ。
今回出て来たジャンヌ・ダルクは処刑されたオルレアンの乙女とは別人ですので。
種明かしは次回。