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東ローマ帝国の実情

本編第一章九話「ドラキュラ対鬼島津」辺りの話です。

 東ローマ帝国とは、もう名前だけの存在である。

 西側諸国では「ギリシャ帝国」と呼ばれていた。

 だがもう「帝国」と名乗る事すら烏滸がましい。

 僅かにコンスタンティノープル周辺と、ペロポネソス半島のミストラス周辺を領有していたに過ぎない。

 そして皇帝の地位も、オスマン帝国によって保障されていたようなものである。


 現在の東ローマ帝国の皇帝はパレオロゴス家である。

 パレオロゴス朝が始まったのは、第四次十字軍が遠因であった。

 イスラム教と戦う筈の十字軍は、何故かキリスト教国である東ローマ帝国を攻撃し、その首都を奪ってしまう。

 このコンスタンティノープル周辺に建てられた十字軍国家ラテン帝国に対し、東ローマ帝国残党は海外領にいくつかの国家を建てて反攻する。

 その内の一つ、ニカイア帝国の摂政であったパレオロゴス家のミカエルが、ラテン帝国を滅ぼしてコンスタンティノープルを回復、次いで主家にあたるニカイア帝国の皇帝・ラスカリス家のヨハネス4世の目を潰して廃位し、東ローマ帝国を再興した。

 パレオロゴス朝東ローマ帝国は、第四次十字軍の乱の後で自分たち同様に抵抗し、独立した「後継国家」の内、テッサロニキ帝国は再併合する事に成功するが、黒海沿岸のトレビゾンド帝国はそのまま独立し続けた。

 そのトレビゾンド帝国は先年、島津家久によって

「俺いたちが攻め落とした町に手を出した」

 という理由で宣戦布告され、征服された。

 その領土は島津家久がそのまま支配している。


 このようにパレオロゴス家は、その始まりから「緊急避難した貴族による地方政権が、中央を取り戻した」というものであった為、滅亡というものを極端に恐れる家となる。

 併合したテッサロニキ帝国旧領にモレアス専制公領、エピロス専制公領、テッサリア尊厳公領等をおいて、皇族を支配者として派遣した。

 これにより、また万が一コンスタンティノープルが陥落しても、何処かの専制公や尊厳公が生き延びて再興を果たしてくれると期待しての事である。

 だが、そう上手くはいかない。

 パレオロゴス朝では皇室同士の争い、帝位を巡る内乱が頻発する事になる。

 生き残りの為に皇族に力を持たせて分散させる為、必然的にそうなった。

 この内乱にオスマン帝国、セルビア王国、ジェノヴァやヴェネツィアという北イタリア諸都市が介入し、その度に帝国領は蚕食されていった。


 現在の皇帝コンスタンティノス11世もまた、兄であるモレアス専制公テオドロス2世や、弟であるデメトリオスとの帝位継承争いの果てに即位した男である。

 この男も一筋縄ではいかぬ政治家なのだ。


 こんな内輪揉めが多いパレオロゴス朝だが、実は東ローマ帝国の中で最も長く続いている皇統でもある。

 血統の保全の他、この皇室はありとあらゆる手段を使って国を守ろうという意識が強い。

 歴代、かなりの数の陰謀や外交交渉を行っている。

 再度の十字軍派遣を阻止した「第2リヨン公会議出席」や、シチリア王国を分裂させ内乱を誘発した「シチリアの晩鐘」は有名なところだ。

 オスマン帝国やセルビア王国が強盛になると、時には彼等の間を渡り歩き、時には第四次十字軍の首謀者である北イタリア諸都市と手を組み、時には宗派的に対立するカトリックのローマ教皇に助けを求める等、なりふり構わずやって来た。

 なお、帝国滅亡の危機であったオスマン帝国によるコンスタンティノープル包囲も、原因としてオスマン帝国弱体化を図ったオルハン王子擁立の陰謀がメフメト2世に露見した事が挙げられる。

 結果、オスマン帝国の侵攻を招き、西側に外交交渉を行うも、余りにも陰謀をしまくった結果、救援に来る勢力が存在しないという事態に陥ってしまったのだった。




 このコンスタンティノープルに人質扱いで住まう島津久保は、この国の歴史を調べて、逆に好意を持っていた。

 他の薩摩隼人たちは

「女々しか!

 死ぬる時はサパっと死ぬるが武士。

 見苦しく策にしがみついて汚名を残す事は恥ごわんど」

 という意見なのだが、当主の立場では全く違うものになる。

 何が何でも御家を残そうとするのは立派である。

 武で敵わぬのなら、調略・裏切・合従連衡・暗殺、時には敵に屈服して雌伏する、これは武家の生き様ではないか。

 そう思った久保は、義父と叔父に書状を送る。

 この国の行動原理が分かったのなら、手を組むなり、甚振るなり、利用するなり色々な事が考えられるのだ。

 この東ローマ帝国の行動原理は、島津義久・歳久兄弟にはよく理解が出来る。

 やはり日本と同じ、朝廷なのだ。

 朝廷は簒奪さえしなければ良い。

 日本においては、帝のその血統を絶やす事など想像もしないから、薩摩島津といえどこの地の朝廷を絶えさせる事は思いつかない。

 そもそもが島津とは、朝廷において摂政・関白の座に就く近衛家の荘園・島津荘の下司職にあったのだ。

 公家の在り方も分かっていた。

 帝になる必要など無い、帝位を簒奪すれば今度はこちらが狙われる立場になる、だから絶対の血統の下で実利を貪れば良い。

「要は我等も近衛家、藤原家になれば良か」

「征夷大将軍にはなれぬ、されど執権・管領にはなれる」

「又六郎(歳久)よ、当地の朝廷が喜ぶ事を考えよ。

 そしてその見返りに得られる物を洗い出すのじゃ」

「分かりもした」

「しかし又一郎はようやる」

「左様。

 我等が欲しい話を、我等の望み以上に調べて寄越すとは。

 あの武辺の又四郎兄(義弘)の子とは思えぬ程ごわすな」

 歳久の感想に、義久はやや顔を曇らせる。

「兄上、何ぞ気がかりな事でも?」

 義久は複雑な表情で語る。

「又八郎の事は聞き及んでおるか?」

「又八郎、おお又一郎の弟で、今はアテナイなる地を治めておると聞いておりもす」

「その又八郎じゃが、あれも武辺の又四郎の倅とは思えぬ程の(まつりごと)の達者と言う事じゃ」

「それは良か事にございもすな」

「あれはまだ十歳を少し過ぎた程度の二歳(にせ)ぞ。

 そん歳で父を凌ぐ政を為し、時に父と馬を並べて敵と戦う。

 異常と思えぬか?」

「異常かもしれませぬが、島津の者なら有り得もす。

 又七郎(家久)も幼くして軍略を(そら)んじておりもした。

 又一郎もあの歳で随分と出来物ではありもはんか」

「そうであれば良かな……」

 義久は自分でも説明出来ない不安を、又八郎忠恒に対して感じていた。

 義久が知る忠恒は、源氏物語を読み、蹴鞠や連歌を嗜む稚児であった。

 長じて政治や軍事の名人になるならともかく、無理してひ弱な少年を大人にしてしまったのではないか?

 それによって何か良くないものがあるのではないか?

 だが、忠恒の父・義弘が言う

「こん危急の時に、稚児で居る等贅沢と思え」

 もまた真実である。

 遅かれ早かれ、忠恒にも島津の男として働いて貰わねばならない。

 なれば、説明出来ない不安等は呑み込んで、このまま育って貰おうか。


「又八郎に女子をあてがっては如何じゃな?」

 歳久がそう提案する。

 彼は義久の不安を感じ取ると、当時としては真っ当な解決策を示した。

 初めて人を殺した不安は、女で発散すれば良い、それが武士的な思考である。

 殺した分、子を作れ、殺した人は供養してやれば良い、我が子の為の糧となってくれ。

 普通の武将である義久もそれに同意し

「適当な側女でも作ってやれ。

 但しあの歳で女子に溺れても敵わぬ。

 それを分かった者を見繕い、目付となる奥女中も送れ」

 と回答したのであった。


 さて、上の方で勝手に色々人生を決められている忠恒であったが、彼は彼で兄の久保とも連絡を取り合っていた。

 忠恒は兄から

「ミストラスの学者を無事にコンスタンティノープルに送るべし」

 という書状を受けていた。

 ミストラスはスパルタの隣の都市で、現在はスパルタ島津家こと島津義弘の支配下に入っている。

(じゃっどん、ミストラスの学者言う連中は、口ばかりでまともな事を学んどらん腐ればかりじゃが。

 兄上はそげな腐れ儒者どもをどがいすっおつもりじゃろう?)

 忠恒には哲学者の価値が分からない。

 アテナイを占領した後は、算術や法理に明るい学者を積極的に招いて自分の師としたり、そのまま官吏として登用もしたが、ミストラスの学者は言っている事が全く分からず、しかも偉そうだからムカついていた。

「まあ、兄上が送れ言うなら……」

 忠恒は手配を行う。

 そして兄から送られて来た書状の、他の部分もじっくり読む。

 兄からは東ローマ帝国の、学問では分かりづらい歴史の行間が知らされて来た。

 成り立ちに起因する、血統と国家を残そうとする本能の凄まじさ。

 力無き故に陰謀に走る気質。

 外敵に圧迫されたが故に、気位が高く他人を見下すような所がある事。

 諸々あって、今や西側に味方をする国は無く、それでも味方をするの場合は何らかの利益を欲してのものである事。


(しかし、何故兄上は未熟な俺いに、こげな大事を教えっとじゃ?

 俺いにゃあ、こんアテナイを治めるだけで精一杯。

 東ローマに味方するのは思惑有る国言うちょお。

 じゃったら、俺いにこぎゃん事伝える兄上には何の思惑が有っとじゃ?)


 精神はある程度安定して来た忠恒であるが、そうなると安心して父・義弘が無茶ぶりしてこき使ってくる。

 次第に何か裏が無いか疑う癖を、十代にして持つようになってしまった。

 この少年、明らかに歪に成長していた。


 だが、そんな疑いは一気に晴れ、兄の天然っぷりを呪う事になるのは、次の書状を見たからである。

 それには嫁・亀寿との惚気話が延々と書き記されていた。

 忠恒は、兄が自分に対して何でも明け透けに話しているだけと悟る。

 ではあるが

「あんクソ兄は何を考えるとっじゃ!

 他人の惚気話など、胸糞悪うなるだけじゃ!

 ましてや、相手は亀寿じゃなかか!

 俺いン気分を悪くしたくて、こん書状バ寄越しやったか!」


 少年島津忠恒は、ムカつき昂った心を、藁束を力任せに切り付け、切り付け、仕舞いには蹴り倒して鎮めていた。

 後に彼は、同じように惚気話を手紙にして送りつけて、ある人物の精神をボロボロにするのたが、それはまたの話としよう。

おまけ:

基本、忠恒書いてる方が楽しいんですよねえ。

義弘からの無茶振りに「キーーーッ!」ってなってるんで。


次話は明日17時にアップします。

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